どうぞおいしく召し上がれ










「なー・・・キミー・・・」

ひんやりとしたフローリングの床に懐く猫のように転がって、すばるは黒髪を揺らしながらじっと上を見上げる。
そこにはまだ新品のまな板を置き、包丁片手にじゃがいもと格闘する横山の姿があった。
伸びた前髪をヘアピンで留めて皮むきをする表情は真剣そのものだ。
淡い色の切れ長の瞳がただただ真っ直ぐに何かに没頭する様は確かに見ていて悪くないものだった、けれども。
それもさすがにそろそろ飽きてきた。

「もうええてー」
「ようないわ。邪魔すんな」
「そんなんもう、いつまでたってもでけへんやん」
「まだたったの一時間やんけ。ちょっとは我慢できんのか」

もう一時間やんけ!
しかも野菜の皮むきだけで!
オマエどんだけ不器用やねん!
すばるはよっぽどそう言ってやりたかった。
けれど横山は他人には平気であれこれ言う割にはこう見えて傷つきやすいし、しかも傍目には判らない所でこっそり傷ついたりするからタチが悪い。
いかに普段我が道を行くすばるとは言えども、さすがにそんな面倒な恋人相手に余計なことを言うつもりはない。
むしろ傷つけてしまった場合その後のフォローの方が余程面倒だからだ。
・・・だけれども、すばるとて早々我慢強い方ではなかった。

「せやからだいぶ我慢したやん。もー限界や」
「男なら待て!」
「いややー。ほんなら俺もう男やなくてええわー」
「ほんなら下についとるモンちょん切れや」
「あー?アホかオマエ。んなことしたら、オマエのアソコが満足できんくなるで」

依然としてグダグダと転がりながら平然とそんなことをのたまう男を、さすがの横山もぎこちなく動かしていた手をぴたりと止めて、嫌そうに目を眇め見下ろす。
この大きく切れ上がったアーモンド型の黒い瞳と漆黒の髪を持つ、小柄で細身でまさに見た目だけなら猫のような横山の恋人は。
けれどもその中身は色んな意味で大変に男らしく、横山はたまにその口を思い切り塞いでやりたくなることがある。
自分のことなどは当然棚上げで。

「・・・人が料理しとる時にシモ言うなや」
「別にこんなんシモちゃうやん。日常会話やん」
「ほんならおまえの日常がシモやねん」
「あー、せやせや。シモで何が悪いねん。俺は男やぞ渋谷すばる様やぞコラ」
「開き直りよったわ・・・うっとうしい・・・」
「あーーー腹は減るし誰かさんはヤらしてくれへんから溜まるし、ほんまきっつー」
「あーーーうるさ!」

もう何も聞こえん、とばかりにふいとそっぽを向いて横山はじゃがいもとの格闘を再開する。
それを見上げながら眺め、すばるは小さくため息をつくとまたごろごろとその場を転がった。

もー、別に料理なんてどうでもええやん。
何か買うてきて食うか、それか外行って食えばええやーん。
心の中でだけそうぼやき、すばるはぼんやりと横山の後ろ姿を見上げる。
普段料理なんてほとんどしないくせに、一体どういう風の吹き回しなのか。
何の前触れもなく沢山の材料と共にやってきた横山は怪訝そうな顔をするすばるを後目に、今日は肉じゃがやでー!と妙に気合の入った様子でキッチンにこもってしまったのだ。
なんで肉じゃが・・・?ちゅーかオマエそんなん作れるん?
そんなすばるの当然の疑問などは軽く一蹴し、没頭すること一時間。
その成果は見事なまでにでこぼことした野菜の山だった。しかしそれだけ。
まだ火気の類は一切使用された形跡がない。
確かにそもそもその野菜自体が到底二人で食べきれる量ではなかったせいもあるけれど。
いくらなんでも野菜を切るだけで時間がかかりすぎだということは、同様に普段料理など全くしないすばるにすら判ることだった。

転がったままチラリと脇の掛け時計に目をやる。
既に時刻は9時を廻っている。
これでは出来上がる頃には真夜中になっているのではないだろうか。
確かに腹も減ったが、それ以上に久方ぶりの二人きりだというのに見ているだけで何も出来ないこの状況が、すばるにはいい加減我慢ならなかった。

すばるは今至って健全なる成人男子として正直に言ってしまえば、溜まっていた。
さっきあからさまにぼやくように言ってみせた台詞もあながち冗談ではないのだ。
つい先日ようやく毎年恒例の舞台も終わったものの、今度はもうすぐ出る新曲のプロモーション活動が忙しく休みなど全くなかった。
もちろん同じグループである以上は仕事でも毎日会っていると言えばそうなのが、やはり仕事とプライベートとは別物だ。
いくらいっそ気持ち悪いくらいに仲良しなグループ、なんて言われてはいても。
だからと言って仕事場で平然といちゃつけるはずもなく。
またすばるは仕事に対してはとてもプライドが高く常に真剣だったし、また横山とて仕事に対してはとても責任感が強かった。
その上極めつけに二人してこれで結構照れ屋だったりする。
そのため仕事場で少なくとも意識的にいちゃつくことなどまず皆無なのだった。
だからこそすばるは今この貴重な時間に我慢しなければならないことに、妙に理不尽なものを感じずにはいられない。
確かに自分のために料理を作ってくれているのだと思えば可愛いとも思えるが、正直言ってしまえばすばるは料理なんかよりも横山が食べたい。
すばるは元々食にはさほど興味はなく、腹に溜まればいいという考えの持ち主だ。
それこそがその細身の身体に表れているのだとも言われるが、本人にしてみればこれは最早体質だ。どうしようもない。
どうせいくら食べたとて一定以上には満たされぬ身体ならば、むしろ横山のあの柔らかで真っ白な身体を抱いた方が余程身体も心も満足するというものだ。

ああ、なんてうまそうなカラダ。
すばるはまるで肉食動物が獲物を前にして舌なめずりするのにも似て思う。
床に転がったすばるが見上げた先にある、男にしては随分なだらかでゆったりした背中から腰にかけてのライン。
手元に視線を落としているせいか僅かに俯きがちになっているから、最近また少し短くした後ろ髪からは白いうなじがチラリチラリとまるですばるを焦らすように覗いている。

ごろり。
すばるは少し角度を変えようとまた転がる。
すると今度は僅かにその横顔が垣間見えるようになった。
どこか異国の血が混じっているとしか思えない透けるような色白の顔はどこか両性的ですらある。
今ひたすらに皮むきに没頭する真剣な表情は客観的に見ても美しいと思える。
早熟だったせいか出逢った頃からあまり変わらないそれは、けれどすばるにとってみればそれに対する自分の意識は随分と変わったと思う。
正直、昔はその顔が好きではなかった。
何故と言われても今ではよく判らないけれど。
多感な時期だったのだ、とすばるは内心適当に自身を誤魔化しておく。
結局今こうしてその白い横顔から目が離せないことを考えれば、それは昔の自分が幼かった故に認められない複雑な感情が沢山あっただけのことなのだろう。

「・・・ん?どしたん?腹減ったんか?」

じっと見られていることに気付いたのか、横山はふと手を止めてすばるを見下ろした。
さっきのやりとりなどすっかり忘れてしまったようにご機嫌な様子でふっと薄く笑いかける。
すばるはそれに素直にこくんと頷いた。

「ん。・・・減った」
「そか。ごめんな。もうちょい待ってな」

さっきと違って随分素直で大人しい様に横山もまた素直にそう言って再び手を動かす。
けれど、すばるが折角待っていてくれているのだから、とそう思って少し急いだのがいけなかったのかもしれない。
横山は手元を誤り、その刃先は土気色の皮ではなく、その白い指先を浅く傷つけてしまった。

「っ・・・」
「どしたっ?切ったんか?」

小さく声を漏らすその様にすばるは飛び上がるように立つと、横からそれを覗き込んで窺う。
見れば左手の人差し指の先にぷっくりと盛り上がった血の玉が出来ているのが見えた。

「あーあ・・・ついにやりよったか・・・」
「・・・ついに、てなんやねん」
「ついにはついにやろ。やるんやないかと思ってたわ」
「なんやそれ。偉そうに言うなや」
「普段やらんようなヤツがやったってな、こうなるに決まってんねん」
「・・・なんやねん、こんなんちょっとだけやんけ。なめときゃ治るわ」

すばるの呆れたような口調にばつ悪げな様子で横山はその左手を隠すように右手で覆う。
確かにすばるの言うことは尤もかもしれないが、これでも時間はかかってもここまではそれなりにちゃんと出来てはいたし、もうちょっとだったというのに。
そうやって結局お前は駄目なのだという風に言われると、それは今日ここへ来て慣れない料理をしようとした自分の意図まで全てダメ出しされたような気分になる。

「も、ええからあっち行けよ」
「なに言うてんねん。手当せなあかんやろが」
「せやからこんなんなめときゃ治る言うてるやろ」
「アホかオマエ。そんなんで包丁持ってたらまた同じことするに決まってるわ」
「・・・・・・」
「・・・はぁ」

すっかりへそを曲げたようにむっつりと黙り込んでそっぽを向いてしまう白い顔に、すばるは今度こそ呆れたようにため息をつく。
正直自分とてお世辞にも大人っぽいとは言えないという自覚はあるし、それは主に村上から散々言われてきた。
けれど横山は更に自分を上回る。
いや、あくまでも普段で言えば自分よりは大人だと思う。
仕事に関して言えば頼りになるし、その面倒見の良さは自分には決してないものだし、年下のメンバー達にとっては良き兄貴分とも言えるのだろう。
けれど殊プライベートにおける横山はどうにもこうにも子供っぽいというか稚く、いっそ頼りない。
誰かがついていてやらないと何かに躓いてしまうのではないかと心配させる何かがある。
それはきっと、いつだって他人の手を求めているくせにそれを決して出したがらずに強がって背を向けてしまうような、そんなどうしようもない性質から来ているんだろう、とすばるは納得したように思った。

「・・・キミ」
「・・・」
「キミタカ」
「・・・なん」
「手」

ただ一言そう言うすばるの意図が判らず、横山はちらっと怪訝そうな視線を向ける。

「手。出せって」
「な、なんでやねん」
「えーから出せ言うてるやろ」

焦れたように自分から手を伸ばし、すばるは横山の左手を強引に取る。
そこには先程よりも血が更に滲んで指の腹まで垂れてきていた。
まさに白魚のようなと形容出来るその白い指先に、目にも鮮やかな赤い血。
そのコントラストはすばるの大きな瞳には、何とも鮮烈に飛び込んできた。

「ったく・・・気ぃつけろやオマエ・・・」
「・・・したくしてしたんとちゃうわ」
「あたりまえやろ。勝手に傷とかつけんな言うてんねん。俺のやねんから」
「はぁ?なんや俺のて・・・」

さっぱりわからん、と続けようとした横山だったけれども。
途中ではたとしてうろうろと視線を泳がせたかと思うと、最後に窺うようにしてすばるの顔をそろりと覗き込んだ。
そして本能的に、まずい、と思った。
その表情がどうにも楽しそうに、いっそ無邪気なまでに楽しそうに笑っているのだ。
中でもその口角が弓なりにつり上がっていて、それは大きく切れ上がった瞳と相まってまるで食事前のケモノの笑みのようだった。
横山はそこで思わず掴まれた左手を引こうとする。
けれどその骨張った手はグッと力を込めてそれをさせようとしない。
むしろより近づけられてその薄くてあまり血色の良くない唇が寄せられたかと思うと、血の赤に彩られた白い指先は最早抗う間もなくその口内に含まれてしまった。

「っ、な、すば・・・っ?」
「ん・・・」
「やめ、やめろてっ・・・」

生暖かく湿ったその感触にぞわりと何かが背中を駆け上がるような感じがした。
また同様に暖かな舌先でぴちゃりと舐められれば、今度は何か小さな痺れみたいなものが身体に走る。
・・・いや、自分の血を舐めてくれているのだ。ただそれだけだ。
横山は一瞬そう思おうとしたけれど、その先からより深く指を銜えこまれて舐め上げられては堪らない。
それは最早否が応でもその先の行為を予感させてしまうのだ。
その感覚に耐えて横山がきゅっと口を横に引き結んでいると、すばるはようやく唇を離したけれど。
その拍子に唇の端が濡れたのか、自分の舌でそれをぺろりと舐めて拭ってみせた。
うっかりそれを凝視してしまった横山はワンテンポ遅れて視線を逸らしたが、最早遅かった。

「あー・・・鉄の味やんな、やっぱ」
「・・・あたりまえ、やろ」
「せやな。やっぱうまいもんとちゃうよな」
「そらそうやわ・・・こんなん食べもんとちゃうねんから・・・」
「んー・・・でもなー・・・確かにうまくはないねんけどなー・・・」

いいからとにかく離してくれ、そう言おうとしたけれど言えなかった。
振り払おうと思えば容易く出来たはずなのに。
それは唇から指を離してくれはしても、じっと見上げてくる視線が瞳を離してくれなかったから。
仕方ない。
そう、仕方がないのだ。
横山はその大きな瞳に出逢った時から強く惹かれていた。
時として強すぎるそれが怖くもあって直視出来ない時期は長かったけれど。
一度捕まってしまえばその瞳に映されることはどうしようもなく心地良くて、気持ちよくて。
横山はその純粋なケモノみたいに綺麗な瞳に捕らえられ、酔わされる。

「・・・すば、・・っん」

語尾は噛みつくようにして合わせられた唇に飲み込まれてしまう。
瞳はやはり横山を縫いつけたまま。
口内に鉄の味がじんわりと広がる。
それに小さく眉根を寄せるとその濡れた唇の端がまたも弓なりに上がって、さもおかしそうに言った。

「うまくはないけど、そそられるわ」










せめてベッドで、なんて。
そんなことを言う自分が女々しいみたいな勢いで、その場に押し倒された。
リビングにすら移動せず、場所はそのままキッチンの床の上。
しかも固くて冷たいフローリングの床はお世辞にもセックスに適した場所とは言い難い。
ただそれも別に初めてのことではないと言えばそう。
横山は頑なに拘るという程ではないが、それなりに世間一般程度の常識的な場所での行為を望む。
けれどすばるにはそんな世間一般程度の常識、というものは殊この行為においてはまるでないらしく。
むしろ特殊な場所を好む性癖があるから横山はたまに酷く困らされる。
かつてありえない場所で致されて素で泣いてしまったことを横山は今でも忘れられない。むしろ汚点だ。
しかもすばる本人は反省どころかその時のことをさも楽しい想い出のように時折思い出しては、可愛かっただの、またやろうなだの、デリカシーの欠片もない発言を平気でするのだった。
少なくともセックスにおいてはノーマルを好む横山にとってみれば、すばるの性癖は時折本気で勘弁して欲しいと思う。
でもそんな恋人が相手だからなのか。
たとえフローリングの固い床の上に押し倒されて、自分だけ完全に脱がされて、しかも後ろからまるで動物の交尾みたいにのしかかられても、逆に今更あまり動揺はしなかった・・・確かにあまりいい気
もしなかったけれども。

「・・・っん、ぁ、・・・う・・・」
「きみー、今日はどこらへんがええ?」
「っしる、か・・・っ」

ちゅーかなんやねんその甘ったれた声はっ。
上からのしかかられて、その骨張った指の腹で下肢の中心をゆるゆると扱かれながら、横山は既に浅くなった息の中で舌打ちしたい気持ちで毒づく。
すばるは時折こういう訊き方をする。
さもその容姿に見合ったような可愛らしい訊き方だ。
けれどその中身が容姿通りの可憐さではないことなんてとうに知っている横山からすれば、それはその先の展開を予感させるだけの代物で。
むしろそういう時程酷いことをされるから横山は反射的に身を固くしてしまうのだった。
僅かに強ばるその肩に気付くと、すばるは片手を後ろの肩口から廻して横山の顎を掴む。
そして少し強引に引いて振り向かせ視線を合わせた。

「あんなー、ちょっとなー、久々やん?」
「な、に・・・」
「セックス」
「ん・・・まぁ・・・」

両膝を床について四つん這いになったまま顔だけで振り返るこの体勢は正直苦しくて、横山は自然と眉根を寄せるけれど。
言われたことに関しては、それは確かにそうだ、と素直に頷いた。
横山とて今日はそのつもりで来たのだ、・・・半分は。
予定では夕飯を作って一緒に食べて、それから・・・というつもりだった。

「だからなんかなー、・・・ちょっと今日、興奮しとるわ、オレ」
「なんや改まって、・・・っ、ん、」

ぱちぱちと目を瞬かせて問おうとしたけれど、それはまたも薄い唇に塞がれてしまう。
ただそれはすぐさま離れ、次とばかりに今度は掴まれた顎が僅か持ち上げられたかと思うと、その下のうなじ近くの喉に食いつかれた。
文字通り、歯を立てて噛みつかれたのだ。
グ、と歯が肌に食い込むような感覚と共に何とも言えない痛みが走った。

「っ・・・ぐ、いた・・・っ」
「ん、ん・・・ぅ・・っ」
「・・・ッ、す、すばる・・・っや、やめ、いたぃ・・・っ」

甘噛み、なんてものじゃなかった。
本気で噛まれているのだ。
すばるの歯は本気で横山の白い皮膚を食い破るように立てられていて。
事実そこには既にじんわりと血が滲んでいた。
横山は本能的に恐怖を憶えてしまって咄嗟に頭を振ると、まるで逃げるように身を上にずり上がらせた。
けれど顎を掴んだのとは逆の手が濡れ始めた下肢の中心を執拗に擦り上げ、きつい愛撫を与えてくるから膝が震えてしまってそれもままならない。

「ぅ・・あ・・・っす・・ば・・・」

怖い。
もしかして本当に喉を食い破られてしまうのではないだろうか。
ありえないとは思いつつもそれと同時、すばるの細い指が溢れ始めたぬめりと共に先端を微妙な力加減で刺激してくるのに、横山の上がった腰はその先を求めるように震えてしまう。
すばるがきつく歯を立てながらもちらりと窺うように見ると、横山はぎゅっときつく目を閉じながらもその端を濡らし、肉感的な唇をしどけなく開いてそこから消え入りそうな嬌声混じりの吐息を吐き出して
いた。

「ぁ、あ、・・・ッ、・・あ・・・」

元々高めの甘い声が更に濡れて艶やかで、すばるはうっすら目を細めて耳を澄ませる。
口内には横山の体内に流れる赤い血の味が僅かにして、耳元ではその甘い声がくすぐって。
すばるは堪らないとばかりに一旦口を離して息を吐き出すと、横山の下肢の中心にグッと力を込めて擦り上げ、ついでとばかりに先端に爪を立ててやる。
まるで腰から脳天までビリッと何かが走ったような感覚と共に横山は一瞬目を見開いて息を詰める。

「ん、ぁ・・・・は・・・ッ」

びくん、と一度その白い背が軽く撓って弛緩すると、上半身はぺたんと床に崩れ落ちてしまう。
パタパタと、固い床が立てた何か液体が滴るような音が何なのかは、当然判っているから。
横山はそれにぎゅっと目を瞑って熱くなる頬を床に押しつけた。
けれど生理的な涙を滲ませながらひたすらに浅く息をしていると、その白濁に濡れたすばるの手がぺたりと自分の喉元に触れるから、横山は思わずくぐもった声を漏らした。
しかもそこは今さっき思い切り歯を立てられたところでジンと痛んだ。
そこに更に自分のもので濡れた手で触られるなんて虐めとしか思えない。

「あ、ほ・・・っどの手で触ってん、ねん・・・ッ」
「んー、血ぃ出たなーて思って」
「おま、ふざけんなよ、ほんまにっ・・・」
「・・・痛かった?」
「ったりまえ、やろっ」
「・・・でも気持ちよかったやろ?」
「っ・・・」
「噛みながらやると結構感じたりするヤツもおるらしいて聞いてやってみてんけど。
やっぱりな、オマエは感じるタイプやと思ったわ」

当然のような口ぶりで言われて頬がカッと熱くなる。
しかし事実喉元に噛みつかれ痛くて怖いと同時に、その手で愛撫された横山の熱はいつも以上に早く反応してしまっていた。
少し久しぶりとは言えそれは随分早い。
それはつまり僅かな恐怖が横山の身体の奥から言いようもない快感を引きずり出していたと言えるわけで。
図星を言い当てられた横山は居たたまれなくなってどうしようもなくて、何とか言い訳を試みようとするけれど、かき乱された身体と頭では上手い言葉なんて思いつくはずもなくて。
涙に煙って上擦る声で罵るくらいしか出来なかった。

「なんっ・・・やねん、おま、・・・あほ、・・・あほ、・・・あほっ」
「あーごめんて。泣くなて」
「だれがやっ・・・」
「やってオマエ肩震えてんで。あと声も」
「あほっ!誰のせいやほんま・・・人を食い殺す気か・・・」
「泣くなて。せやから」

うー、と何かを・・・たぶん泣くのを我慢しているであろうくぐもった声が漏れ聞こえるのに、すばるもさすがに少しばつが悪くなる。
泣かれるのは嫌いじゃないというか、むしろ快楽で泣かれるのは割と好きだったりする。
気持ち良すぎて泣いてしまうというならいくらでも泣かしてやろうと言うものだ。
けれどそうやって怯えて泣かれてしまうとさすがに悪かったかな、と少し思う。
それでもほんの少しだけれども。

「も、ややっ・・・」

ふるふると頭を振って。
ぺた、ぺた、と何とかすばるから逃れようとフローリングの床に手をついて。
それはすばるが噛みついた時に出来た喉の浅い傷とも相まって何とも痛々しい。
こんな現場を村上にでも見られたらさすがにぶん殴られそうやな、とすばるは何処か冷静に思ってみる。
いつでも自分達の保護者ぶるあの面倒見の良い親友だけれど、これはさすがに自分が悪いと言うだろう。
好きな子そない虐めて何してんねんお前は!と。
・・・や、でもこいつほんまそそられんねんもん。
そう正直に言ったらゲンコツくらいで許してくれるだろうか。

「やや・・・すばるもういやや・・・」

すん、と小さく鼻をすするような音が聞こえてすばるは表情だけで苦笑する。
別に虐める気でやったわけやないねんけど。
さすがにこれ以上は今日は止めておこう、そう思ってその腰に腕を回して引き留めると、ぽんぽんと宥めるように背中を叩いて撫でてやる。

「やや、て。もうしたくないてこと?」
「・・・普通がええ」
「普通て。・・・んー」

何もしたくないわけではないらしい。
それはよかった。
もしも嫌だと言われても、それはさすがにこっちも嫌だから。
そんなことになったら無理矢理は避けられなかっただろう。
まぁそういうプレイも好きと言えば好きだが。
それをやってしまうと当分口をきいてくれなさそうだし、村上にばれたら怒られる。
ならばとりあえず今日のところは横山の言う通り普通でいこう。普通で。
すばるは一人頷くと、背中を撫でることで段々と落ち着いてきた横山の身体を両腕でゆっくりと抱き起こし、そのまま今度は背中からゆっくり床に寝かせた。
するとようやく視線が合って。
横山は目元を真っ赤にして濡らしながらも、何事かとすばるを見上げていた。
そのぽやんとした表情が何だか稚く可愛らしくて。
また同時に淡い色の瞳の奥はやはりきちんと情欲に濡れていて。
すばるは薄い唇の端を歪めると、熱を持った白い頬に指先で触れながらゆるりと口づけた。
柔らかく弾力のある唇の感触を確かめると、横山はうっすらと目を細めてそれを従順に受ける。
そのままの流れで白い太ももに手をかけて片脚を持ち上げると、こくんと小さく喉が鳴ったようだったけれど、やはり特に何も言わない。
横山はセックスにおいては基本的に酷いことをしなければ大抵が従順だ。
それが普段の鼻っ柱の強さとは随分ギャップがあってまた堪らない。

「ん・・・」
「キミ?」
「ん・・・?」
「オレ、お腹減ってんけど」
「あー・・・せや、ごはん・・・」

ぽんやりと、今思い出したと言った風で頷くと、横山はきょろきょろと辺りを見回してから上にあるまな板を見上げる。

「まだ途中やった・・・」
「ん、まぁ、ええよ。中断させたんはオレやし。オマエ食うからええし」
「・・・あほか。でも、あかんて、おれ、今日そのために来たんやし、」
「・・・ちゅーか、オレ思っててんけどな」
「ん?」
「なんでいきなり肉じゃがなん?」

とか何とか疑問を今更口にしつつも。
すばるはいつの間にか思い切り広げさせた白い両脚の間に身体を滑り込ませ、細く骨張った指先を二本、奥に探るように侵入させた。

「・・・っん、おま、入れんなら、言えて・・・っ」
「そんで、なんでなん?」
「せや、から、・・・」

横山のイイ所なんて既に判り切っているから。
その細い指はまるで生き物のように蠢いては柔らかな襞をかき分けていく。
ポイントを知り尽くしたその動きにびくびくと腰を小刻みに震えさせながらも、横山は途切れ途切れに濡れた声で答える。

「おまえ、舞台中も、あんま食うてへんかったし、・・・痩せてもて、しんどそ・・やったし・・・」
「あー・・・まぁ、なぁ・・・」

確かに舞台中は痩せに痩せてきつかった。
食べてないわけではないのだが、食べても食べてもどこからか出ていってしまって一向に肉がつかなかった。
痩せれば必然的に体力も落ちる。
連日の舞台はまさに体力勝負とも言えるわけで、それは元々小柄で細いすばるにとってはかなりしんどい状況だったのだ。

「したら、おかんが、言うて・・・」
「おかん?オマエの?ミナコ?」
「ん・・・肉じゃが、やったら、そこそこうまくできるやろし、肉も野菜もとれるから、て・・・」
「・・・・・・」
「おまえも、前に好きやて言うてた、し・・・」
「・・・・・・」
「せやから、・・・・・・そんだけ、」
「・・・・・・」
「ど、どうせできんかったけどなっ・・・・・・も、なんか言えやこら・・・っ」

そう苦し紛れの悪態をつきつつも。
何となく余計なことを言ってしまったような気がして、横山は紅潮した頬を持てあましながらきゅ、と口を噤んだ。
こんなことは言わないからこそいい話だというのに。
言ってしまったら恥ずかしいだけだ。
しかも実際には作れてもいないというのに。
視線を合わせずらくなって俯きがちになっていると、いつのまにか止まっていたすばるの指が再び横山の中で動き出した。

「あ・・・ッ、すばる・・・?」
「キミタカ・・・」
「っ、や、あ・・・なに、ちょ・・・ま・・・・っ」

あまりにも強くポイントばかりをついて奥を引っかき回されて、横山はあまりの刺激と快感につい引け腰になってしまう。
過ぎる快感にさっき熱を解放したばかりの下肢の中心が再び鎌首をもたげ、濡れ始めている。
このままでは挿れられる前にまたイってしまう、と横山はすばるを窺うように上目で見上げた。
するとすばるは妙に嬉しそうな、そして確かな情欲を映した大きな瞳でじっと横山を見つめ、ぐいっと腰を引き寄せる。
その手はさっきよりも何だか性急な気がした。
そしてそう思ったそのすぐ後、奥を引っかき回していた指が一気に抜かれ、いつのまにか十分に反応していたすばるの熱を一気に宛がわれる。
ずるり、と奥に塊が押し入ってくる圧迫感。
横山は懸命に耐えようと歯を食いしばった。

「・・・・・・んー・・ッ!」
「は、ぁ・・・っ」

一瞬頭の奥がフラッシュするような強い目眩と衝撃。
腰を引き寄せられたまま横山の白い背が一際びくんと反り返る。
その曲線がとても綺麗で、すばるはそのまま誘われるように代わりに突き出された胸の突起を舌で嬲る。
尖ったそれは濡れた感触にも敏感に反応してその刺激をダイレクトに奥に伝える。

「ぁ、・・っん、も、せやから、いれんなら、言えって・・・っ」
「んなヒマ、あるか・・・アホ、オマエがんなこと言うから・・・」
「なに、おれのせいにすんなっ・・・わけ、わからん・・・ッァ」
「アホ、アホやなオマエ・・・」
「なんで、やねんっ・・・あほとかいうなっ、あほ・・・っ」
「普段はちーっとも可愛ないくせに、・・・こういう時に、んな可愛いこと、すんな。アホ」
「え・・・あ、え・・・」

それが指しているのがさっきの自分の言葉だったということにようやく気付いて。
横山はこれ以上ない程に顔を真っ赤にして狼狽え、何処か隠れる場所を探すようにきょときょとと視線を泳がせる。
けれどそれにすばるは上から覆い被さるようにして横山の腰を更に強く曲げさせ、急な角度で奥を抉るように突く。

「う、ぁ・・・っすば、すばる・・・っ」
「キミ、・・・キミタカ、ほんまうれしい、ありがと、なぁ・・・っ」
「んっ・・・ん、ん・・・」

こんな時でもなければ素直にありがとうも言えない。
この照れ屋でシャイで、けれどとても面倒見がよくて優しい恋人が向けてくれた暖かな気持ちに。
自分が返せるのはこんな時に呟くたったそれだけの言葉しかない。
すばるはそんな自分が少し嫌だったけれど、それでも言える時に言っておかなければ、そう思ったから。
ありったけの気持ちを込めて横山の耳元で囁く。

「キミタカ、ありがとな・・・」
「うん、ん、ん・・っ」

強く腰を打ち付けられて揺さぶられるのに、既に横山はこくこくと頷くことしか出来ない。
けれど生理的な涙で煙った視界に映ったすばるの顔が何だか本当に、子供みたいに嬉しそうで、ちょっぴり泣きそうにも見えて。
それに思わず自然と笑みが漏れて、横山は最早力の入らない手で何とかその小さな頭を抱きしめた。
そして、また後でちゃんと肉じゃがを作ろう、と霞む意識の奥でぼんやり思った。











「んー、結構うまいかもしらん」

情事後の余韻も何のその。
二人は空腹に負けては色気も何もなく一緒にキッチンで慣れない調理をし、出来上がった料理を前にテーブルに着いていた。
すばるは横山お手製の肉じゃがに舌鼓を打っていた。

「かも、とかいらんねん。素直にうまいて言えや」
「いやでもちょお味付け濃い」
「そうか?・・・んー、結構ええと思うけどな」
「うん、まぁご飯には合うな」

初めて作ったにしてはそこそこの出来で、そして当のすばるの反応も良い。
横山はそれに嬉しそうに自らも箸でじゃがいもを割ってつつく。

「せやろ?あー、俺ってばさすがなんでもできてまうわ。びっくりやわ」

さっきのことをすっかり忘れ去った様子で得意げに言うのに、すばるは呆れたようにそちらを見ながらご飯をかきこんだ。

「・・・調子乗りすぎやろ。あんだけ皮むきに苦戦しといて」
「あほか。大事なのは結果やねん」
「アホか。過程かて大事やぞ」
「・・・そもそも時間かかったんはおまえのせいもあるやろっ」
「オレが何もせんでも時間かかってたやん」

まさに図星を指されてばつ悪そうにしつつ、それでもぼそぼそと反論する。

「・・・おかん、皮むきは教えてくれへんかってん」
「あー、てことは逆にアレか」
「あ?」
「ほんならその後の部分はちゃんと予行練習してきたんや?」
「・・・・・・まぁ、なんちゅーか、ぶっつけはようないやん、やっぱ」

更にばつ悪い気分を味わいながら横山は視線を泳がせる。
けれどすばるはそれを気にした様子もなく、むしろ嬉しそうにニコニコと笑う。
その表情が子供のように無邪気で横山は何事かときょとんと目を瞬かせた。

「ええなー、それ」
「は?」
「花嫁修業っぽくて」
「・・・おまえ頭だいじょぶか」
「はよ嫁に来いよ」
「・・・あほや。あほがおる」
「何がアホやねん。そらアホにもなるやろ。嬉しかってんもん」
「あ、そ・・・」

何だか無駄に自信満々に言い切られ、横山は嬉しさと気恥ずかしさでそれ以上言葉が継げなかった。
その代わりにまたじゃがいもをつついて口に突っ込む。

「キミ、また何か作って食べさせてなー」
「・・・気が向いたらな」

そんなに嬉しそうに言うのなら。
・・・ただし、いつだっておいしく食べてくれないとイヤだけど。

「・・・血の味はもう勘弁やわ」










END






というわけでついにやってしまいましたえろー。
ちょっと前に思い立ってメモでみなさんに訊いてみたところ、すばよこが一番人気だったのでとりあえず今回は兄さんで(笑)。
そんな直接的な描写多くないから言う程エロくはないと思うけど。まぁ。
とりあえずすばる兄さんは楽しかったです。いいよやっぱあの人は男前だよ。兄貴エロ向きだよ(なんたる)。
しかし色々恥ずかしい話ですいません。てかユウユウ・・・。
とりあえず宣言通りすばよこえろが書けてよかったですわ。
(2005.9.5)






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