2.俺とお前ではんぶんこ
『しゃあないやん。いっこしかないねんから。・・・なぁ?』
時刻は既にもう少しで深夜を廻るというところだろうか。
久方ぶりの三人での飲み会。
年下のメンバーも交えて食事をするくらいなら最近でも頻繁にあったが、こうしてこの三人で、となると意外なことに最近はあまりなかった。
メンバーの中で唯一の一人暮らしである村上の家に酒やつまみを各々持ち寄っての適当極まりない飲み会は、三人が同い年ということもあって昔話に花が咲くのも極自然なことだった。
そしてそれは酒が入っていくにつれ、だんだんと同じような話の繰り返しになったり時には相手に絡んだりと、年下のメンバーからすれば声を揃えて「おっさんや」と言われるような光景。
けれども既に数えて10年を越える付き合いの長さと気の置けないその関係は、そんなどうしようもないものも楽しくてしょうがない、かけがえのないものなのだ。
「もー・・・な、女はこわい!」
「あー、わかるわー。裏の顔とかほんま怖いよな」
「オレびびったで。ロケする度に女にゲンメツする」
「さすがにあの変わり身の早さはなー。男としてはぞっとするわ」
「いややーこっちは本気やねんで?せやのに相手には財布にしか見えてへんなんて」
「さっぱり理解できん。ああいう女って、俺ほんま嫌い。無理やわ」
「オレかていややで。こっちから願い下げやっちゅーねん!」
どうやら話題は先日行われたレギュラー番組のロケに移っているようだ。
美しくモテる女性の裏側と本音、というテーマのそれは、女のあまりの裏表の激しさにメンバー一同を唖然とさせたものだった。
特にまだまだ二十歳を越えるか越えないかくらいの下五人のメンバーなどは結構本気でショックを受けていたものだ。
こんな業界に身を置いているとは言え、まだまだ女性には夢を持ちたいお年頃なのだ。
そういう意味で言うと、もう二十代も半ばにさしかかる上三人は年下のメンバー程ではなかったものの、やはり一様に眉を顰めた。
潔癖な村上や硬派なすばるにしてみれば、そういう男を食い物にして経験値と言い切るような女は生理的に受け付けない。
いくら見た目が美しかろうとも、だ。
「ほんましばきたくなった。女やからってあんま調子こくといてまうで!・・・なぁ?ヨコ?」
こう見えてロマンチストで、人一倍女性を神聖視しているような所がある、もう一人の親友。
そう言えばさっきから床に転がってスルメイカをかじるばかりでほとんど発言していなかった。
それをふと思い出しそちらを見たすばるは、その場でぽかんと目を丸くする。
「・・・よこ?」
横山は床に転がったそのままに瞼をそっと閉じてしまっていた。
まださほど飲んではいなかったはずだが、柔らかそうな白い頬には僅かに赤みが差している。
よく聞けばすうすうと安らかな寝息が聞こえてきた。
すばるがその寝顔を覗き込むようにして身を屈める横で、村上はふっと笑う。
「あらら。寝てもうた?・・・ヨコー?ヨコちょー?」
閉じた瞼のすぐ目の前で何度か手を振り、優しい声音で何度か呼びかけてみる。
けれどそれは僅かに動くことすらない。
「あかん、ほんまに寝とるわ」
「ええーーー。なんやねん、早いってー」
すばるはつまらなそうに唇を尖らせては、眠る横山のサラサラした薄金茶の髪を指でいたずらに弄る。
真っ直ぐなそれはまるで音を立てるようにすばるの指を流れる。
その度部屋の照明を弾いて美しい。
それは人工的に染められた色だというのに、何故だかまるで生まれた時からそうあるみたいに馴染んでしまっている。
キラキラしたその髪が好きで、すばるはだからこそ今なんとなくつまらない気持ちでひたすらにそれに触れる。
「よこーよこちょー。飲もーやー。はよ起きー?」
だいぶ伸びてきた髪を一房とって、ちょいちょいと猫じゃらしのように頬をくすぐってやる。
けれどその顔はぴくりとも動かず、整った白い顔は表情を何も映さないからまるで作り物の人形のようにも見えた。
すばるはそれがまたなんだかつまらなくて更に頬をくすぐってみるけれど、やはり横山は目覚めない。
「ほらすばる、起きひんのやったらもう寝かしといてやろうや」
白い母猫に遊んで貰えなくて拗ねる黒い子猫。
村上の目には目の前のがそんな風にも映った。
それに内心微笑ましい気持ちを抱きつつ、村上は一応その手を止めさせた。
そこまでして起きないくらいに深い眠りなのだろう。
「つまらん」
依然としてそう言いながらも、すばるは仕方なしに手を離す。
けれどその白い寝顔をじっと真っ直ぐに見下ろしては小さく呟く。
「・・・今日、そない飲んでへんかったよな」
「ん、せやなぁ。いつもならもっと飲むのにな」
村上もまた小さく頷いて、同じようにその寝顔を見下ろす。
横山は三人の中では一番酒が強い。
そして見た目こそ、その白い肌がうっすら赤く染まること以外は酔ってもさして変化はない。
敢えて言うなら少し口数が減るくらいだろうか。
けれど酔うとやたらと絡んでくる村上や、また色んな意味で周りを放っておけない気分にさせるすばるとはだいぶ違う。
普段のイメージからするとあまり想像つかないが、横山は飲んで酔ったとしても傍目にはあまり判らず、他人にもさしたる影響も迷惑も与えないタイプだ。
だからこそ気付くと結構な量を飲んでいることが多い。
しかし今回は三人での飲みだ。
どのくらい飲んだかなんて一目瞭然で判る。
今日横山が飲んだ量なんて、普段からすれば最初の手慣らし程度のものだろう。
その程度で眠ってしまうだなんて、それは酔ったからというよりか、その程度の酒ですら眠気を刺激されてしまう状態だったということだ。
「疲れてたんかな」
「うーん・・・どうやろ。そういう感じはあんませんかったけどな」
「・・・なんかあったんかな」
少しトーンを落として、すばるはぽつりと呟く。
この、普段子供だ子供だどこが最年長だと言われる親友が、一見散々感情をさらけ出しているように見えて、その実大事なこと程隠そうとする性質であることをすばるは知っていた。
それが重大であればある程、深刻であればある程、絶対に他人には言わない。
酷くいい加減なくせしてそんな所だけはやたらと意志の強いのだから呆れる。
それはたとえ自分達二人相手でもそうなのだから、すばるはたまに苛立たされる。
もしかしたら今眠る親友はまた何か一人で抱えているのではないだろうか。
「寝る、てのがな・・・ありうるよな」
「・・・やっぱお前もそう思うか」
「うん。こいつ昔からそうやから」
村上はそのしっかりした指をそっと伸ばし、柔らかな頬に触れた。
もう二十代も半ばにさしかかるのに、出逢った時から変わらない幼子のような感触。
それは確かに無垢と言ってさしつかえなく、触れる度になんだか妙に強い気持ちを抱かせる。
普段ならまず思うようなことではないけれどもこんな時だけは。
守ってやらないと、と。
「悩み出すとまず寝るねん、こいつ」
起こさぬようにそっとそっと、包むように。
その仕草と同じようにその向けられる眼差しもこれ以上なく優しい。
すばるはその様をちらっと横目で見てから、再び眠る白い顔に向けた。
「そこら辺いつまでたっても子供やけどな」
「な。・・・絶対言わん辺りはちっとも子供やないけど」
「コイツは、子供がそのまんま大人になったヤツやねん」
「ああ・・・そうかも」
すばるも、村上も、横山が今何を抱えているのか知らない。
けれどどうして横山がそうなってしまったのかは薄々気付いている。
それは言ってしまえば恐らく自分達二人のせいだ。
横山は三人の内で誰よりも先に大人になった。
それはあまりにも抽象的すぎて、いつ、どの瞬間で、なんて明確には判るはずもないけれども。
確かに順番をつけるとすればそうだった。
それは三人の誰もが感じていた。
横山は誰よりも先に大人にならなければならなかった。
それは単純な話だった。
大人にならなければ、守れなかったからだ。
すばるを、村上を。
まだ本当に幼かった二人を、そうでなければ守れなかったから。
この世界は、自分達が置かれた環境は、酷く厳しいものだった。
頑張ろうとすればする程見えない理不尽さと自らの無力さを思い知らされる。
横山は幼かったけれども聡かった。
だから一番に気付いた。
大事なものを守るには子供のままではいられない。
横山は無理矢理大人になるしかなかった。
自身とて未だ幼いそのままに。
けれどだからこそ、村上やすばるのように順を追って大人になることができなかった。
だから横山は何処かアンバランスなのだ。
子供のような大人。大人のような子供。その二つを両方抱えた人間。
そして大人とはつまり、何かを諦めることだ。
「よーこー・・・」
すばるは小首を傾げてじっと至近距離でその寝顔を見つめる。
なぁ、もしもほんまにそうなんやったら、オマエの諦めたもんて、なんやったん?
心の中だけでそう問いかける。
直接問いかけたことは未だない。
あまりにも抽象的過ぎるからだ。
確信はそれでもあったのだけれども。
すばる自身、どう問いかけていいのか判らなかったから。
そんなすばるを、村上はじっと見ていた。
穏やかな表情で。
けれど瞳には複雑な色を映して。
その色をなんと喩えたらよかっただろう。
それは恐らく本人にとて判らない。
「・・・あー、つまらん」
暫しじっとその寝顔を眺めていたのだけれども。
すばるはそれにも飽きたのか、唐突に横山のその腹の辺りに頭をごろんと横たえて転がってしまう。
そしてその上でごろごろと緩く転がる様は猫そのものだ。
その光景には村上も思わず声に出して笑ってしまった。
「ちょっとちょっと、起きるって」
「起きたら起きたでええやーん。つまらん」
「あんた枕ちゃうねんから」
「んー、でもよこちょやらかーい。さすがは白子豚やー」
本人が起きていたら確実に唇を尖らせそうなことをのたまう様に、村上はまた笑う。
どうにもこうにも筋肉というものとは縁遠いその妙に柔らかな身体はすばるのお気に入りだ。
村上とて触れる度にいいなと思う。
昔からまるで変わらないそれが何処か嬉しい気持ちにさせる。
「ええ具合ですか、その子のお腹は」
「ええでー。ハヤリのウォーターベッドなんて目やない」
「そうかー。ウォーターベッドなんて今更流行りでもないけどなー」
「あーほよんてしとるー」
「ええなー」
「ええやろー。もうオレ専用やでー」
「あら、そらあかんですばる」
「んー?」
横山の腹の上でごろんと転がりながら、すばるは何かと村上の方に顔を向ける。
ついでに手持ちぶさたに白い手をとって指を取ったり絡めたりしてみせながら。
ピアノでもやっていそうな程に綺麗な指先もまたすばるのお気に入りなのだ。
村上はその様を見やりながら、人懐こい笑みをニコリと浮かべてそのすばるが取った白い手を指差す。
「専用にされたら困るわー」
すばるは咄嗟にその白い手をまじまじと見て、次いで悪戯っ子のような笑みを村上に向けた。
「あ、いるんかオマエ」
「いややわ、いるに決まってるでしょうが」
「あはは、わかってるわかってる。冗談やて」
無邪気なその笑顔にまた柔らかく笑い返して。
村上はすばるとは逆の白い手をそっと取る。
指を絡めることはせず、ただ掌の上に置いて緩く握る。
そして握った自分の指から覗く白い甲にそっと唇を寄せた。
すばるは白い指を自分のそれと絡めながら、ぼんやりとそれを見上げていた。
「・・・なぁ、ヒナ」
「ん?」
「ヨコのこと、好きか?」
「うん、好きよ」
「そか」
「すばるは?ヨコのこと好き?」
「好きやで」
「そっか」
意味なんてないように見えるやりとり。
けれど意味はある。
「オレ、オマエのことも好きや」
「俺も、お前のことも好きやで」
意味はある。
意味は確かにある。
自分達三人のこの関係には確かに意味がある。
横山でなければならなかった意味が。
すばると村上でなければならなかった意味が。
誰でもよかったわけじゃない。
その意味を忘れたら、それはきっとある意味楽だったかもしれないけれど。
あの日から変わらないこの関係は、絆であり鎖であり、運命でもある。
「なぁ、ヒナ」
「うん?」
「はんぶんこ、な」
「・・・おん、はんぶんこな」
そう、これは運命だったのだ。
だってその白い手は二つあるけれど。
その心はたった一つしかないのだから。
一つしかないその心を、二人で共有する、運命。
TO BE CONTINUED...
第一話から随分と空いてしまいましたが。
なんかもう既に危うい空気が漂ってる!
次回から色々動きそうな予感です。
なんか、ユウユウもてもてーvなんてかわいげのある話には到底ならなそうな気も・・・。
まぁ両方から、って意味じゃ確かにそうなんだけどもー。
三馬鹿ってほんとなんか深すぎて考えてると延々グルグルしてしまいます。
(2006.2.28)
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