DNA
「いやや、さわんなっ・・・」
横山は押さえつけられた身を捩って絞り出すように叫んだ。
けれど叫んだとは言ってもその声はさほど大きくはなく、むしろ力ないもので。
押しのけようとする身体だって言う程には激しい抵抗もない。
それが判っているからか、押さえつけてくるその顔に似合わぬごつごつした手にはある種の余裕すら感じられる。
そしてその顔はゆっくりと近づけられて、横山の白い喉に唇を落とした。
「ヨコ、あんま暴れんで?」
「や、いややって言うてるやろがっ・・・」
「なんで?」
「なんでもクソもあるかっ・・・!おま、おまえっ・・・」
こんなことをいきなりしておいて平然とそんなことをのたまう様に、横山はフローリングの床の上でもがきながら、白い顔を紅潮させて小さく震える。
それは一種の恐れから来る震えだ。
けれどその恐れは、この唐突な相手の行為自体に対するものではない。
それは気付かれてしまったことに対する言いようのない恐れだ。
気付かれることはないと思っていたのに。
気付かせてはいけないと思っていたのに。
「どういうつもりやねん、・・ヒナっ・・・」
怒鳴りつけるつもりで言った言葉だったのに。
哀れにも声は震えてしまった。
そんなものはまるでこれから可哀相な目に遭わされる被害者のようで、横山は自身に嫌悪感を抱いた。
違うのに。そんなわけがない。自分はそんな存在じゃない。
もっと毅然と、こんなことに意味はないと、そう言わなければならないのに。
けれど横山の内心など判っているとでもいうのか、村上はそれに少しだけ眉を下げて薄く笑うと、押さえつけたのとは逆の手で横山の短くなった髪をふわりと撫でた。
「どういうつもりって?ヨコのこと好きってつもりやで?」
「・・・ッふざ、けんなっ」
「せやからなんで?」
「なんで、おまえ、あほちゃうかっ・・・」
「なにがアホやの」
なんでそんな平然としていられるのか。
横山には判らない。
こんな行為などよりも、余程それが恐ろしくて、そしてそれ以上にやはり悟られているのかもしれないという事実が恐ろしくて。
横山は押さえつけられながらもなおもがき、フローリングの床を這って逃れようとする。
けれどもいくら自分の方が長身とは言え、上から体重をかけて上手いこと押さえ込まれ、その上鍛えられたその腕に力を込められたら横山とてそう簡単には逃げられない。
何よりも恐れが横山から力を奪ってしまうのだ。
もがく度にふわふわと揺れる色素の薄い柔らかな髪に唇を寄せて、村上は柔らかく言った。
「ヨコちょ、あんま手間かけさんで欲しいねんけどなぁ」
「ふざけんな!ほんま、あほ、おまえ、なんでっ・・・」
「ちょお落ち着き、ヨコ。ほら」
心臓がうるさすぎる。
半ば混乱を来す横山を後目に、村上はいつも通りの甘さで横山の頭を宥めるように撫でてやる。
今横山をこんな風に追い詰めているのが他でもない自分であることを判っていながら。
その手は優しい。
いつだって、今だって。
そして今自分の頬に触れた唇でさえもやはり、優しくて。
でもだからこそ苦しくて恐ろしくて、横山はもはやその顔を見ていられなくて、上半身をなんとか逃げるように捻ると固い床に顔を伏せて絞り出すように言った。
「おまえっ・・・すばる・・・」
「・・・うん」
「すばるっ・・・・・・おる、やん・・・」
「うん」
「なん、で・・・?」
『すばる』
そうだ。
その一言で十分なはずだ。
横山が村上を拒絶する理由なんて。
なんとしてでも拒絶しなければならない理由なんて。
すばる。
横山と村上の、二人にとって最も大事な存在。
二人にとって親友で、更に言えば村上にとってはそれ以上の存在でもあった。
すばるがどれだけ村上に信頼を寄せているか知っている。
村上がどれだけすばるを大事にしているか知っている。
知っていたから、隠してきたのに。
「すばるのこと、大事やで。愛してるし」
「そうや・・・そうやろが・・・。せやから、どけよ・・・」
「でも、もうな、あかんわお前」
少しだけ苦しげに響いたその言葉に、横山は伏せていた顔を上げてしまった。
上げてはいけなかったのに。
そして上げた顔には当然のようにその顔が近づいてきて、薄く開いた横山の唇に村上のそれが触れた。
「・・・あかんわ。俺にはお前も放っとけへん」
固まってしまったように身動ぎ一つできず呆然と見上げる横山の白い顔。
それをそうっと撫でてやって、村上はもう一度口づけた。
それに応えるどころか抵抗すらできず、ただ微かに震えるだけの柔らかな唇がどこか哀れだ。
「きづいてたん、か・・・」
「ん・・・まぁ、薄々な」
「おれ、そないわかりやすいか・・・」
「そうでもないとは思うけど。俺はいっつもヨコのこと見てるしなぁ」
「・・・あかん、かったか」
どこか乾いた声はまるで絶望しているようにすら聞こえる。
ずっとずっと好きだった相手に口づけられてそんな反応をする横山は愚かだろうか。哀れだろうか。
けれど村上は知っている。
そういう人間だということは知っている。
だから気付いてしまったら放っておけなかった。
でもだからこそ気付いてはいけなかったのかもしれないとも思う。
けれどそれでも、横山が自分の知らないところで傷つくことを考えれば、これが最善であったと村上は信じる。
「すばるは大事や。でもお前も大事。・・・それやあかんのかな」
「どっちも、なんて・・・むりやん・・・」
「無理やないで」
あっさりとのたまう様に、横山は紅潮した顔を歪めてふらりと手を伸ばした。
そして村上の胸ぐらをグッと掴んだかと思うと、力ないながらもきつい目で睨み付けた。
「・・・ええか、村上」
「ん?」
「浮気、って、言うんやぞ、これ」
「・・・」
「わかってんのか・・・?」
その瞳には責めるような色と、縋るような光と、その両方が同居している。
けれど村上はそれにうっすらと笑った。
何もこれは衝動的な行動ではないのだ。
だから判っている。
「浮気やないよ。どっちも本気」
「・・・詭弁やな」
「そうかもな。でも俺としてはそのつもりやから」
「そのつもりって、どういうつもりやねん」
「すばるもお前も泣かせへんて、そういうつもり」
「・・・誰が泣くかぼけ」
横山はふいっと顔を逸らして床に転がる。
いつの間にか村上は押さえつけていた手を離してしまっていた。
けれど横山がそれ以上逃げることはない。
とは言え、その手を伸ばしてくることもない。
あの細すぎる痛々しい両腕を必死に伸ばしてしがみついてくる存在と。
この傷つきやすい柔らかな肌をさらして決して触れてこようとしない存在と。
村上にはどちらも放っておけなかった。
誰にも渡したくなかった。
だったらこの両方の手で捕まえておけばいい。
背負う覚悟なんてとっくにできている。
背負わせる意味も十分理解している。
「ヨコ、俺なぁ、ほんま欲張りやねん」
「・・・・・・知っとる」
村上は迷わない。
二人を同時に抱える以上、迷ったらいけないから。
決して迷うことはなく、思う。
もしも何かが罪だとすれば。
それは自分にこの二人を出逢わせた運命自体だ。
END
雛昴で雛横とかね。三馬鹿ドロドロですよ。ついでに昴横も入れるか?(余計)
ていうかマジな話村上ならアリというか、三馬鹿ならアリだと思うの。
あの三人の絆と関係を持ってすればこの関係は可能だと思うの。
だってほんと村上さんにはすばるもヨコも放っておけないし、二人も村上さんいなきゃ生きていけないと思うわけで。
(2006.7.22)
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