僕の望む姿
「俺のどこが好きなんです?」
「でかい犬みたいなとこ」
即答で返ってきた言葉。
大倉はふむ、と妙に納得したように頷く。
確かに横山の自分への扱いは若干そういう感じがあるように思う。
やたらとちょっかい出してきたり構って貰いたがったり、そのくせ扱いが雑だったり、何かと言うと食べるものさえ与えておけばいいという思考が垣間見えたり。
「横山くんてほんま犬好きですよね」
「おん。犬が一番好き」
「一番?」
「おん。人間より好きやで」
「なるほど。・・・ん?じゃあ俺が一番ちゅうこと?」
「や、最近はハナちゃんのが好き」
「ハナちゃんて誰ですか」
「近所のゴールデンレトリバー。でかくて人懐こくてふわふわで、めっちゃかわええねんで!」
「へえ〜見てみたいなぁ」
横山があんまりにも嬉しそうにニコニコと笑うから、大倉もつられるように頷く。
横山程ではないが、大倉も犬は好きだ。
帰り道で出くわす度にキラキラフワフワした毛をまとわりつかせて懐いてくるそのゴールデンレトリバーのメスは目下横山最愛の存在で、仕事の疲れもあの子に会えば吹っ飛んでしまう、と。
半ば大型犬扱いの恋人を前に、横山は彼女のことを思い出したのかきつい顔立ちにふにゃりとした笑顔浮かべる。
うーん、これって浮気なんちゃうかな。
俺犬なんやったらその子にキーッてヤキモチ妬いたりせなあかんのとちゃうかな。
大倉はそんなくだらないことをぼんやりと考えつつ、少しだけ眠たげに目をこすって小さく欠伸をかみ殺す。
その拍子に今や随分と伸びた髪が揺れて額にかかる。
舞台中は役のためにそのままにはしていたが、そろそろ邪魔でしょうがない。
次のツアーまでに切ろうと考えながら、かかった髪を鬱陶しげにサイドに押しやった。
しかしそこで横山がじっと自分を見ているのにふと気づいて軽く首を傾げた。
「なに?」
「髪伸びたなーと思って」
「うん、伸びたね。そろそろ切る・・・って、ちょ、なにー?」
何やら寄ってきたかと思ったらそのまま手が伸びてきて、折角サイドに退けた髪も台無しな勢いでぐしゃぐしゃとかき回すように乱された。
今までで一番、というくらい伸びた髪はもうひどい有様であちこちに飛んでいる。
元々癖毛のそれはまるで意思を持ったかのように跳ね放題だ。
大倉は視界を覆い隠さんばかりの髪の隙間からその白い手と、さらにその隙間から覗く楽しげな色を映した切れ長の瞳に、そうやって髪をいじられるままに顔をずいっと近づけた。
するとそれには逆に横山が驚いたようで、立ったままの体勢で軽く腰を引かれた。
「ちょ、おまえ、ちかっ」
「なにしてんです?」
「や、髪長いとますます犬みたいやなーと」
「そう?」
「そやで。テンパの犬な」
「・・・テンパ気にしてんのに」
「ええやんけ。なんやかわええし手触りええし」
俺は横山くんのサラサラした髪のが好きやけど。
・・・そんなことを思いつつ、なんだか優しく髪を撫でられるのが気持ちよかったので、まぁええかと思った。
「男が男の髪撫でるとかきっしょいけど、これならええか」
「犬やもんね」
「そやで。犬はガシガシ撫でるもんや」
「んー」
「やっぱ犬はええなぁ〜。大好き」
「ほんまよう言うてますよねぇ。子供より犬が欲しいんでしょ?」
「やって犬は裏切らへんやん」
「・・・んー、そやね」
大倉は特に抵抗することもなくその妙に優しい手を感じ、小さく頷いただけでそれを受け入れる。
「んー・・・」
どんな言葉よりも何よりも、その手の感触は如実に感情を伝えるようで、だから犬は人の感情に敏感なのかもしれない、と大倉はぼんやり考える。
それなら確かに自分は言われるように犬みたいなものなのかもしれないとも思う。
ただしそれは目の前の恋人限定だけれども。
そうして黙ってされるがままで、大きな身体を少しだけ丸めるようにしながら座っている大倉はますますもって犬のようだ。
まさに気性が温厚でよく食べる大型犬。
横山はなんだか楽しげに笑って、ついにはもう片方の手まで添えてガシガシと大倉の髪を撫でる。
こんなことをされても大人しくしているこいつはほんまに犬みたいやな、とおかしく思いながら。
「・・・横山くんー」
「ん?」
「お腹減った」
飽きもせず撫でていたら、手の下からのんびりとそんな声が聞こえてくる。
そういえばそろそろそんな時間か、と横山は部屋の置時計を見て思った。
「あー、そやな。飯食いいくか」
「行く」
「おまえなに食いたい?」
「んー・・・焼肉とジンギスカン」
「大して変わらんやんけ。どっちやねん」
「どっちも」
「どっちもか」
「あんな、俺お勧めの焼肉屋さんの近くにジンギスカン屋さんもあんねん」
「食費のかかる犬やな〜」
「いまさらやんか。あ、でも、ちゅーことは横山くんのおごり?」
「あほか。なんでやねん」
「なんや。てっきりそうかと思うやん」
「あほ。こない食費かかる犬養えるか」
「でも俺、横山くんに捨てられたら野良犬になってまうわ」
撫でていたその白い手をきゅ、と掴む。
それは決して強い力ではなかったから振り払うことなど容易くできただろうけれど、横山にそんな必要はあるはずもなくて。
ただ掴まれた手をちらっと見て、それから乱された髪を逆の手で梳くように直しながら自分を見上げてくる涼しげな瞳をじっと見下ろした。
嘘のないその瞳は、確かに横山が好きだと連呼する、横山を決して裏切らないあの生き物に似ている。
けれども。
「・・・あーほ、自分の食費くらい自分でまかなえ。犬ちゃうねんから」
「えー、いまさら設定変更なん〜?」
「飽きた。もうその設定飽きた」
「も〜ほんますぐ飽きるんやから。乗って損した」
「おまえな、何事も引き際が大事やねんで。ネタもしつこすぎるとおもんなくなるやろ」
「そういうもんかぁ・・・」
「おまえなんぞ犬ちゃうわ。あないかわいないもん」
「わー、最後の最後で貶められた。ひどい」
「ハナちゃんのが100倍ええ」
「俺は近所のわんこに負けたん?」
「あの子の可愛さに勝てる思うなよ」
「なんでそない得意げなん・・・」
さすがに呆れる。
この気まぐれすぎる年上の恋人の思考は本当に読めないことが多い。
特に大倉はそんなに深く考える方ではないから余計に。
けれどそんなことは特に問題ではないのだ。
だって他の何がわからなくとも、一番大事なことはいつだって大倉には見えているから。
「じゃ、食べ行きましょっか」
大倉はゆっくりと立ち上がって財布を掴む。
それを見て横山もまた、そのまま特に何を言うでもなく部屋の扉に向かう。
横山の携帯と財布がいつも通り置き去りにされているのを見て、大倉はそれも一緒に手にとった。
それから先に行く後姿をじっと見る。
もう何年も変わらないそれ。何年もこうして見てきたそれ。
きっとこれからも変わらないと、ある種の願いも誓いも込めてそう思えるそれ。
「ね、横山くん」
白い顔だけがこちらを向く。
呼んだら必ず振り返るのは、そっちこそ余程犬のようだ。
まるで振り返った先に必ずいることを確認するように。
「俺、犬やなくてよかったわ」
「なんやそれ」
「犬やったらできんこといっぱいできるし」
「・・・そういや昨日は妙にがっついとったよな、この駄犬」
「お腹減っててん」
「今日はジンギスカンで腹いっぱいしとけよ」
「まぁ横山くんは別腹やけどね」
「太るで」
「一緒に太りましょっか」
「いやじゃぼけ。俺は痩せんの!」
そう言ってさっさと出て行ってしまう後姿を見て大倉はふんわり笑う。
犬なんかじゃなくてよかった。
だってそれなら、あの人を、あの妙な寂しさを湛えた手で自分を撫でてくるような人を、いつまでも置いていくことはない。
大倉はそのまま後を追うようにゆっくりと歩き出した。
END
大倉誕祝いのつもりかと言われると微妙なラインですが。
一応空さんちの企画に寄稿させてもらおうと思っててまんまと一日間に合わなかったブツです(あかん)。
なんか久々にまったりした倉横を書いたような!
基本的に倉横はまったりだと思ってるんですが、最近割と殺伐気味だったような気がしなくもないので。
大倉は横山くんにとって人間でも犬でもなく「オオクラ」であるといい。
(2006.6.7)
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