両片思い










マルの恋愛観は、四面楚歌、らしい。

「なんやそれ」
「なー。自分でもびっくりやわぁ」
「なんやそれ」
「そう言われてもなぁ、俺かて知らんてー」
「知らんて。お前の結果やろ」
「そうは言うてもな?まさかそんなんが判るテストやとは思わんかってんから。しゃあないやん」
「四面楚歌て・・・」
「なー。俺もなんでこんなんパッと浮かんだんやろ。フシギやわ」

何も考えずに浮かんだ四文字熟語。
ラジオ内でやった心理テストの結果曰く、一つめは人生観が、二つめは恋愛観が判るのだという。
これによれば、村上くんの恋愛観は以心伝心、横山くんの恋愛観は相思相愛、となかなかにぴったり当てはまるものだった。
それに対してこいつの結果と言ったら、ネタ的には確かにおいしいとも言えるけれど、実際にはどうなんだと首を捻るようなものだった。

「ほんまにお前って、どっかおかしいわ」
「なにちょっとさすがに失礼やん?」
「四面楚歌て・・・」
「なにー?なんやしつこいなぁ、大倉」

少し怪訝そうな顔で無造作に顔を覗き込まれた。
それにチラリと視線だけで返して、何気なくジーパンのポケットに手を突っ込む。

「・・・やって、実際そうなんやろ?」
「は?」
「結構当たってんねやろ?」
「あ、四面楚歌?」
「好きな子ができたら周りはみんな敵やって、言うてたやん。俺聞いたで」
「あー・・・言うたなぁ・・・」

のんびりと思い返すように呟くマルに何だかもやもやする。
収録中にそれを聞いた時は意外やなって思っただけだったのに。
今更ながら、何とも言えない落ち着かない気分になってる。

「意外やんな」
「あ、そう?」
「なんとなくやけど」
「うーん・・・そうかもなぁ・・・」

周りの奴はみんな敵。
誰にも近づけさせない。
好きな子は自分だけを見ていて欲しい。

一連の発言を聞くにつけ、確かに案外当たっているんだろうと思った。
けれど普段お世辞にも男らしいというイメージがない分、それは俺にとっては十分驚く発言だった。
むしろ過ぎるくらいに優しくて思いやりがあって、相手の気持ちを考えすぎて自分をおろそかにしてしまうくらいの奴だからこそ。
そんなあからさまな独占欲みたいなものを根底には抱えているとは思わなかった。
ただそれはこいつのことだから、何も独占欲だけでなく、たぶん自分以外の人間に意識を向けられることへの怯えもあるんだろうけども。

意外だ。
本当に意外。
まだまだ知らないことなんて沢山ある。
あって当然。
特にこいつなんて判りやすいようでいて案外他人に自分を見せたがらないというか、謎な部分が多い奴だから・・・。

「なんやろなぁ、やっぱそうなんかなぁ。確かにそういうとこもあるんかもなぁ。
ううんでもなぁ、絶対そうって断言できるわけでもないしなぁ。実際どうなんやろなぁ」

無駄に身振り手振りを交えながら、まるで意味のない独り言。
あーうっとうしい。
そんなん実際とかどうでもええねん。
そういう気持ちが根底にあることはもう確かやねんから。
たまに妙にカンに障る、こいつ。

「・・・なんやねんグダグダうっさいねんお前」
「な、お前こそなんやねん自分から振ってきといてっ」
「知るかお前の答えが何やおかしいからあかんねん」
「そんなん人の勝手やろー!」
「勝手やけどうっとうしいねん!」
「うっとうしい言うな!そんなん言うたらお前かてあかんやろーアレは」
「なんやねん」

じろ、と軽く睨め付けるみたいに見ると、マルは軽くむっとしたような表情で俺をびしっと指さした。
なんやこいつ。人様を指さしたらあかんて習わんかったんか。

「人のこと言えんのかー?なんやねん酒池肉林て。
おまえこそ恋愛観が酒池肉林てありえへんやろ。酒池肉林てっ」
「・・・知らんわそんなん」
「ほんまやらしい男やで。まだ若いくせに」
「・・・もうこの前二十歳になったわ。知らんのか」
「知らんわけないやろ。でも二十歳言うたってまだまだ若いでー」
「二十歳はもう酒飲めるやんか」
「飲めるけども、酒池肉林はあかんやろー。それはあかんでっ。あかんっ」

あかんあかんて、なんやねんこいつ。
こいつの四面楚歌発言に比べれば、それこそどう考えたって単なるネタで終わるような物なのに。
何でこいつこんな食いついてくんねん。別に実際したとか言うわけでもなし。

「・・・なんやねん。何でお前にそないなこと言われなあかんねん」

声を低く押さえ込んで、少し威圧するみたいに言ってみせた。
別にこの程度のやりとりは割としょっちゅうしているし、何でもないようなことなんだけど。
俺が言った言葉に、何故だかマルはワンテンポ遅れてからぽかんと口を開けて目を丸くした。
まるで虚を突かれたみたいなアホな顔。
それから何度か視線を泳がせて、彷徨わせる。

「・・・なんで、て」
「なんで」
「・・・う、うっとうしいねんおまえっ」

何か考えてるみたいだったからちょっと待っててやったら、これ。
あー、うっとうしいて今さっき言った奴に同じこと言い返されると腹立つ。

「はぁ?うわ、もーなに?めっちゃむかつくこいつ」
「なんや恥ずかしいねん大倉」
「そんなんお前に言われたないわっ。お前だけには恥ずかしいとか言われたない」
「なんでやねんっ」
「四面楚歌より酒池肉林の方が恥ずかしない」
「んなわけあるかい!ようそんなこと堂々と言えるなほんま恥ずかしいわーお前ー」
「うっさいうっさい。マルのくせにうっさいねん。マルのくせに俺のこと恥ずかしいとか言うなやっ」
「マルのくせにて失礼やろー!」
「失礼ちゃうやん当たり前やん。・・・あーもーなんやねん」
「そっちこそなんやねんっ」

だいたいが、なに?この言い合い。
確かに俺たちの間ではくだらない言い合いなんて日常茶飯事で。
むしろそんなのばかりで。
そんなのが楽しかったから、俺は十分に満足していたはずだったのに。
それなのに。
お前があんなこと言うから。

もしもの話なんて、聞きたくなかった。
もしも恋人が出来たら、なんて。
答え次第ではまだよかったはずなのに、こいつの解答は俺にとってある意味最悪だった。

周りの人間全てを敵だと言ってしまえる程に相手を一途に想うのだと。
相手に自分だけを見て欲しいと。
自分も相手しか見ないと。
まるで更に俺にトドメを刺すみたいに横山くんが言ったものだった。
マルは彼女が出来たら絶対に友情よりも愛情をとるだろう、と。

そういう人間もいる。
そうでない人間もいる。
そしてそのどちらが正しくてどちらが間違っているとかそんなことはない、そう判ってはいる。
けれど現実にはそれは、俺の一縷の望みすらも打ち砕くかのような差でもあった。

言い出せない臆病な恋をせめて友情という形で留めておきたいと願った。
確かにそれは叶うことかもしれないけれど、所詮は恋人には敵わないのだと思い知らされたようなものだ。
そして実際、俺の想いってやつはそんなポジションに甘んじていられる程に淡い代物ではなくなっていたのだと、思い知らされた。

「・・・お前、友達甲斐のない奴やな」

ぼそりと独り言のような呟きは軽い八つ当たり。
呟くようなそれだったけれどそれはマルにも届いたようで。
その言葉が「友情より愛情をとる奴だ」と横山くんに言われた事実を指していることにも、どうやら気付いたようだった。
途端に困ったようにその眉根が寄って、随分と伸びてサラサラになった髪を、何だか苛立ったみたいにぐしゃぐしゃと指でかく。

「やって・・・そんなん・・・しゃあないやん・・・。おれ・・・」
「・・・なに」
「せやから、・・・好きな人にはっ、自分だけ見てほしいねんっ。しゃあないやんっ。好きやねんもんっ」
「な、ちょ、なんやねんいきなり、」
「他の人とか見て欲しくない・・・ほんまは今すぐ、俺だけ見て、とか、言いたいけど・・・言えへんけど・・・」
「マル・・・?お前、好きな奴、おるん?」
「・・・っ」

うわ・・・。
なにそれ・・・図星てやつやん・・・。
その赤くなった耳とか、もう。
判りやす過ぎて泣けてくる。
一瞬目眩がしそうだった。
最悪や。
もうたとえ話だけの話じゃなくなってしまった。

「・・・ふーん?おんねや?」
「ええやん・・・別にそんなん」
「ええけど。ふーん?せやからあんなリアルに話しとったんか。ふーーん」
「・・・なんやねん大倉。感じ悪い」
「・・・感じ悪いんはどっちやねん。もうサイアク」
「なんでそんなん言うねん!」
「サイアク。もーマル最悪」
「うっさいそんなんお前のが最悪やでっ。なんや酒池肉林てアホかっ」
「お前どこまで引っ張んねん。そんなんネタに決まってるやんか」
「・・・どーだか」

今度は向こうの反撃。
低く呟かれた言葉は若干ヤケになってるみたいだった。

「はぁ?」
「だいたい大倉はなー、基本的にみんなをその気にさせすぎやねん。博愛てやつやわ」
「意味わからん。どっから来たんそんなん。ちゅーか何の関係があんねん」
「博愛やから。そんでみんなお前のこと好きやから。
せやからもしかしたらほんまに酒池肉林になってまうかもしれへんやん?そういう恐れあるでおまえはっ」
「はぁ・・・?お前なに?何言うてんの?意味わからん。そんなん言うたらお前かてそうやん。言うたら八方美人やん」
「俺は酒池肉林とかせぇへんもん」
「俺かてせぇへんわアホか」
「・・・でも俺には実際のとことか、そんなんわからんから。しゃあないやん」
「何がしゃあないんかさっぱりわからん」
「もうわからんでええ」
「ようないわ」

どんどん話がずれてきてるような気がするのは俺だけか?
それとも逆に、これらは全て一つに繋がる話なのか?

ひたすらに眉根を寄せる俺を後目に、マルは未だ耳を少し赤くしたまま大きく息を吐き出した。
俺もなんだかポケットに突っ込んだままの手が汗ばんでいたから、さりげなく外に出す。
そのサラサラした髪が額に鬱陶しげにかかるのを手で大きくかきあげると、そこには何だか妙に思い詰めたような顔があった。

「俺、これでも結構独占欲とか強いんかもしらん」
「・・・ああ、それは今回でよう判ったけど」
「せやからな、たぶんな、・・・」

かき上げた端からサラリと流れ落ちる一房の髪が妙に印象強く瞳に焼き付く。
でも次に見た表情はやっぱりどこか困ったような代物で、マルらしいと思った。

「俺、博愛的な恋人は嫌やねん。・・・俺だけ、見て欲しい」

何処か躊躇いがちな瞳の奥には微かな怯えさえ見てとれる。
独占欲には裏返しの怯えがある。
本気であればある程に、その裏側を常に気にしてしまうこいつらしい。
そう客観的に思う反面、俺の頭の奥は何だか熱を持ったみたいに正常に機能してはいなかった。

そんな告白じみた言葉。
俺に向けたらどうなるか、こいつは判ってるんだろうか。
もしかしたら・・・そんな希望的観測が頭を過ぎって止まらない。
そうなんだろうか。
それともやっぱり俺の勘違いなんだろうか。
・・・でも、もう、知らない。

お前が、思うよりずっと強い独占欲とその裏返しの怯えを持っているなら。
俺は数多の人間なんかより、ただ一人に溺れたいと強く思ってる。

さっきまでポケットに突っ込んでいた手は未だそのままに熱を持って、目の前のサラサラした髪にゆっくりと伸びた。











END






何かまた無性に倉丸倉が書きたくなったんですが。
例の通信ネタにしてみたら、うっかり何か恥ずかしいものが出来上がりました。
恋愛観の四文字熟語。酒池肉林×四面楚歌。
マルちゃんの結果が何となく興味深かったのです。
そんなこんなで今回は倉→←丸な感じでー。
倉丸倉は基本的に爽やかカップルだと思うんですけど、今回は根底が意外とドロドロしてましたよ二人とも、ていう(笑)。
マルちゃんがああ見えて意外とダークサイド持ちだったりすると萌えます(末期)。
(2005.7.19)






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