その日は朝から調子が悪かった。
頭はぼーっとするし、立ちくらみはするし、鼻もちょっときてたし。
でも半日くらいならまぁ何とかなるやろと高をくくってて。
「裕さんとのデートなんて久々や〜」って、もうきしょいくらいに浮かれてるこいつを目の前にしたら。
そんなこと言うのも何となく憚られて・・・変に心配されてもうっといし。
だから結構平気だった。
昼飯食べて、買い物行って、天気ええから近くの海いくかーって、そんなことをどちらともなく提案して。
晴れた空の下、二人歩いていた時だったと思う。
ついさっきまでは全然平気だったのに。
急に視界が大きくぶれたかと思うと、身体が揺らいで・・・。


『裕さんっ!』


最後に聞こえたのは、あいつのいつになくせっぱ詰まったような声。

アホ。
んな情けない声出すな。
もっとしゃきっとしとけよ。
そうすりゃ、ちょっとはマシなんやから。










すべてこの熱のせい










次に目が覚めた時、まず視界に入ったのはアンティークの置き時計だった。
よく言えば味がある・・・けれどそういうのに興味ない俺からしたら、なんや単なるボロ時計やんけ、としか思えないような代物。
確か以前番組のアンティーク特集だか何だかのロケの時、あいつが店で見て一目惚れやとかテンション高く言ってた気がする。
ぼんやりする頭を持てあましたまま、暫しその古ぼけた時計の針がカチカチと時を刻むのを眺めていた。
そしてその長針がちょうど二回廻ったくらいで。
俺は今自分が置かれている状況を徐々に把握し始めた。

・・・そうやん。
この時計がここにあるってことは、ここはあいつの部屋で。
ここはこのふかふかした枕・・・寝心地の良い掛け布団も・・・あいつのベッドやった。
ああ、そういや俺、風邪引いとって・・・。
確か海行くーって言って歩いとった時に・・・。

「裕さんっ?起きはったんですか?」

急にかかった声。
それは部屋の扉が開くのとほぼ同時。
まだ頭をそちらにやるのも億劫で、何とか視線だけ向ける。
すると若干霞む視界の向こうで、マルがトレイに濡れタオルと水の入ったコップを載せ、それはそれは情けない顔をして立っていた。

「ぶっさい顔・・・」
「ちょ、なんですか酷いですよっ。や、ていうか裕さん起きて大丈夫なんですか?身体は?頭は?あ、熱とかっ」
「おまえ、ちょっとうるさいねん・・・。静かにせぇ」

どたばたどたばた。
ほんまに落ち着きのない奴。
すっかりその空回りキャラ板についてへんか。
もうお前かて21やろ?そんなんで大丈夫なんか?
まぁグループに一人くらいそういうのおった方がおもろいんかもしれへんけど・・・。

そんなことをぼんやりと思う俺は、けれど。
実際マルが言うように、依然として頭はやられ気味だったらしい。
きっとここに第三者がいたら、もしもヒナがいたらこう言うだろう。
横山さん、あなたはまず自分の頭と身体を心配した方がええですよ、と。

「あっすんませ・・・。あの・・・でもほんま、大丈夫ですか?きつない?」

手にしたトレイを置き時計の脇に置いたかと思うと、マルはベッドの脇にそうっと腰掛ける。
本当に、そうっと、そうっと。
僅かな物音も振動も立てないようにと最大限に気を遣って。
そんな仕草がなんだか妙に笑えて小さく頬を緩ませる。

「そんなヤワやないわ」

にっと唇の端を上げて。
自分では不敵に笑ってみせたつもりだったというのに、マルはますます情けない顔をするばかりで。

「でもー・・・ほんま、いきなり倒れはるから・・・。俺、どないしようってほんま、パニックになってもーて・・・」
「あー、まぁそうやろなー。おまえじゃな・・・」
「裕さん、顔真っ青やったし。汗もいっぱいかいとったしっ」
「んーあー、うん、なんかちょお風邪気味でなー・・・」

心配してくれとるのはよう判るんやけど。
でも、その顔はないで正直。
崩れすぎとるから。テレビ出とる奴の顔やないから。
あっ、なんやもー泣きそうな顔すんなーなんやねんうざいなぁコイツはほんまにー・・・。

「なに裕さん!風邪引いとったんですか!?なんで言うてくれへんの〜!」
「なんでもくそもあるかー。文句あるんかー」
「あるから言うてるんでしょ!
も〜・・・倒れた裕さん抱き上げたらなんやめっちゃ熱いしほんま俺どうしようかってー」
「・・・・・・あ?」

俺は今確かに、聞き捨てならない台詞を聞いた。
でもマルは気付かずそのままつらつらと喋り続ける。

「せやから病院連れてったほうがええんかなーとか、でもはよ寝かさんとあかんよなーとか色々考えてー」
「・・・おい、マル?」
「もー裕さん抱きかかえたまま俺、」
「おい!マル!」

埒があかん。
力を振り絞って起きあがり、その襟首を両手で掴んでやった。

「うわっ!な、なんですか?」
「おまえ、今なんて言うた?」
「なんて・・・?」

きょとーんと目を丸くした表情。
・・・アホ面すぎやボケ。

「倒れた俺を、どうしたって・・・?」
「倒れた裕さんを、どうした・・・・・・・えーと、とりあえず、うち連れてこ思いましてー」
「思って、・・・なんやって?」
「えーと、抱き上げて、タクシー拾って、そのままうち帰ってました」
「・・・・・・・」
「裕さん?え?なに?俺なんか今変なこと言いました?」
「・・・ありえへんわおまえっ!こんのボケ!!」
「えっ?えっ??裕さん?裕さーんっ??」

どうにもこうにもありえない。
俺は一気にベッドに突っ伏し、目にもとまらぬ早業で掛け布団を上からかぶった。
あからさまに狼狽えているマルの情けない声を聞きながら。

「裕さん?なに?俺何かしました?」
「・・・ボケ。大ボケや」
「え〜?なに?言ってくれんと判らへんのやけどー・・・」

こいつはほんま・・・俺が言わな判らんのか。
・・・判らんのやろな。

「・・・・・・ちなみにおまえ、俺を抱き上げたって、どうやって?」

布団の中からの言葉はきっと少しくぐもっていただろうけども。
何とか聞き取れたことが嬉しかったのか、それとも別の理由からなのか。
マルは何だか妙に嬉しそうな調子で言ってのけた。

「そりゃあもちろん、横抱きですよー。いわゆるお姫様抱っこってやつですね!」

丸山隆平くんやりました!なんて。
得意げになってるコイツを今すぐ張り飛ばしてやりたい。
ついでにコブラツイストかましてやりたい。

「・・・アホや。やっぱおまえは救いようのないアホや」
「えっ、なんでですか」
「おまえ、俺が日頃から何度人のおるとこで触るなって言うとるか判るかっ」
「えー・・・」
「アホやアホっ。もーほんまふざけんなよおまえー。
なんや抱っこて!そんなん人に見られたらおかしいやろ!」

170オーバーの大の男を、同じく170オーバーの大の男が、よりにもよってお姫様抱っこて・・・・・・きしょっ!
もしもそれを見とった第三者がおったとしたら・・・仮に田中さんとしよう。
田中さんがもし彼女とのデート中にんなもん見せられたら一気に萎えるわ!
デートもしくるわ!
あーすんません田中さん。変なもん見せて。

布団の中でぶつぶつと呟き続ける俺を後目に。
マルの困ったような声が微妙に聞こえてくる。

「ええー・・・。でも、でも、アレやないですか、風邪やったし・・・裕さん・・・」
「・・・んなもん、運ぶくらいどうとでもできるやろー」
「でも・・・俺、テンパっちゃって・・・裕さん大丈夫かなぁって・・・」
「・・・・・・」

・・・何か、俺が悪いんやろか。もしかして。
段々としょげていくその声を聞いていると、ちょっとそんな気もしてくる。

「・・・別に、風邪くらいで死にゃせんやろ」
「裕さんっ」
「な、なんや・・・」

唐突な勢いの声に。
俺は思わずびくっとして、恐る恐る顔を布団から出してみた。
するとそこにはやはり困ったように眉を下げた、けれど何処か真剣な瞳があって。
ああ、そう言えばこいつはいつも笑っているから判らないけれど。
マジな顔したら意外と迫力あるって・・・そう、確か錦戸が言っていた。あの錦戸が、だ。
そんなことをぼんやりと思い出している先で、そのいつになく強い瞳が俺を真っ直ぐに見つめてくる。

「裕さん、倒れはったんですよ?顔は真っ青で、汗もいっぱいかいとって、息も荒くて、」
「マル・・・」
「俺が何度呼んでも、全然応えてくれへんくて。なんで俺気付けへんかったんやろって、」
「・・・・・・」

いつの間にか、マルの身体が俺の上に影を作っていた。
無意識なんだろうが、押さえつけられた肩が少し痛くて。
僅かに熱を持っていた。
それは風邪だけのせいでは決してなく。

「俺の腕の中でぐったりしとる裕さんが、もしもこのまま起きてくれへんかったら、俺どないしようって・・・っ」
「・・・・・・アホ。んなわけないやろ」

その真剣な瞳に、真剣な声に。
常には見られない、こいつのそんな色々な表情に。
やばいくらいに胸を掴まれていることなんて・・・決して悟られぬように。
何とか絞り出した声は掠れていたけれど、少しは平静を保てていただろうか。

「俺はまだたくさんやりたいことあるし・・・こんなことで、死ぬわけあらへん」
「・・・そ、ですね。すんません」

マルは一瞬だけ言葉に詰まりながらも、眉をへにゃりと下げて。
小さく俺に頭を下げた。
まるで不用意に吠えてしまった大型犬が飼い主に叱られたみたいな、そんな。

「うるさくしてすんませんでした・・・」

・・・違うやろ。
ほんまに怒られたんは、謝らなあかんのは・・・。

「・・・・・・あっ、すんませっ・・」
「ん・・・?」

今度は何かと思ったら。
どうやら俺の肩をいつの間にか押さえつけていたことに気付いたらしい。
慌てて身体を起こそうとするマルの、その浅黒く男らしい手をぎゅっと掴んで引き留めた。

「ゆ、裕さん・・・?」
「・・・マル、ちょお、こっち来い」
「へっ?こ、こっちって・・・?」
「やから、こっち」

掴んだ手を何とかこっちに引っ張る。
未だ手に力が入らないのがもどかしい。
けどそれでも、マルには俺が何を言いたいのか判ったらしい。

「え、で、でも・・・」
「ええから・・・俺力入らへんねん・・・。来いって・・・」
「・・・はい」

さっき無駄に大声を出したせいか、何だか息が上がり始めていて。
もう喋るのも正直面倒くさくなってきていた。
そんな俺の様子をどう思ったのか。
マルは心配げな、けれど決してそれだけではない何かを映した瞳で俺を見下ろして。
そうっと、そうっと。
さっきよりもそうっと。
まるで壊れ物にするように、俺には1ミリの負担もかからぬように。
上から覆い被さるようにして俺をそっと抱きしめた。

「大丈夫、ですか・・・?」
「あー・・・そこそこ・・・」
「後でおかゆ作るんで、それ食べたら薬飲みましょうね」
「ん・・・。うまいの作れよ・・・」
「はい」

優しくて、強い、けれど何処か遠慮が捨てきれない。
そんな抱擁は、まるでマル自身を映しているようだと思った。

「裕さん?」

ぼんやりとその顔を見つめる俺に、マルは不思議そうな瞳で返してくる。
力の入らない手を伸ばし、その額に触れる。
最近黒に戻した張りのある髪が指に絡む。
色を抜きすぎて痛んだ俺のものとは違う。
結構触り心地が良くて、何となく何度も撫でるように指を動かした。
そうしたら、照れているんだか何なのか。
ちょっと耳が赤くなっているのがよく見える。

「・・・おまえ、何考えてんの」
「な、何って・・・」
「俺、今ちょっと弱ってるやん」
「はぁ」
「犯したくなった?」
「なっ!」
「なぁなぁ」
「アホなこと言いなや!いくらなんでもっ、そんな状態の裕さんに、そんな・・・っ!」
「でもおまえ顔真っ赤やで、今」
「・・・・・・・」
「しかもなんや、勃ちそうやん。下」
「そ、そりゃっ、裕さんがそんなことするしそんなこと言うしでっ・・・・・・もー!なんなんこの人ー!」

にやにや笑う俺を、それでも変わらず抱きしめたまま。
マルは困り果てた様子で情けなく叫ぶ。

ああ、やばい。
コイツなんでこんなアホなんやろ。
なんでこんな、好きでたまらんのやろ。

「ま、ええわ。・・・とありあえず眠いから寝る」
「是非そうしてください・・・。ちゃんとおかゆ作っときますんで・・・」

疲れた様子で呟いたマルは、今度こそ身体を離そうとする。
その頬に軽く唇を押し当ててから、もう一度笑いかけてやった。

「治ったら、しよ、な」
「えっ、あ、え!?ぅあ、あー・・・はい・・・させていただきます・・・」
「なんやねんおまえ。折角俺が誘ったんやからもうちょっとやる気出せよ」
「やる気はありますよ。ありますけどね・・・」

いやもうええですよ・・・。
そんな台詞を諦め混じりで呟きながら。
マルはそっとベッドから降りて、トレイに置いてあった濡れタオルを俺のおでこに載せた。
その冷えたタオルが気持ちよくて、軽く目を細めながら小さく息を吐く。
そんな様子に少し満足したのか、マルは部屋を出て行こうとしたけれど。
何を思ったのか再びこちらを向いて、身を屈めてきた。

「・・・ん?」

何かとぼんやり見上げた俺に再び覆い被さる影。

・・・もしかしたら。
もしかしたら。
俺が隠し通せていると思っている最後の砦なんて、そんなもの。
実はもうとっくになくなっているのかもしれない。

そう思わずにはいられない。
そんな、キスをされた。

「っ・・・あほ、うつる・・・」
「ん。すんません。でも、裕さん?」

その大きな手で髪を撫でられた。
女っぽい容姿がコンプレックスの俺には羨ましい限りの、そんな男らしい手で。

「絶対ですよ?さっき言ったこと。絶対、」
「な、に・・・」
「絶対、俺の前で死なんで?俺より先に、死なんでな?」
「んっ・・・」

それに俺が何か言う前に。
もう一度唇を塞がれて。
その分を取り戻すための呼吸をしている間に、マルは出て行ってしまった。
ゆっくり寝とってください、そんな言葉を俺の耳元に残して。

「・・・・・・あかん、わ」

何もかもがいけない。
あいつも俺も。
情けないあいつも。
俺の言うことを何でも聞いてしまうあいつも。
素直になれない俺も。
酷いことばかり言ってしまう俺も。
俺に夢中なあいつも。
あいつに惚れてる俺も。

なんも、かんも。

この熱のせいにしてしまいたい程。










END





丸横ですよー。なんか実はすんごい好きなのです。
亮横の次に好きなのです・・・横受け次点なのです・・・(こそり)。
なんかこう、女王様と下僕っぽく見える感じが。
でも実際には横山さんの方がむちゃくちゃマルちゃんのこと好きっぽい感じが。
横山さんは、マルちゃんならどんなひどいこと言っても自分の側を離れないという自分勝手でアホで幼稚で、かつどうしようもなく可愛らしいことを思っているといいです。
マルちゃんは横山さんの傍にいられれば幸せなんでしょうけども。かわいいなーマルちゃん。
丸横において可愛いのはマルちゃんですよね。かわいいよまるちゃん。
どうでもいいですが、裕さん裕さん連呼させすぎました。最近そう呼ばなくなったよね。
でもうちのマルちゃんは、二人きりの時は裕さん呼びで!だって萌える!(はいはい)





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