君と出逢えた日










クリスマスなんて別にどーでもええけども。




「今年は寒いなぁー」
「んー」
「なんや最初は暖冬言うてたのに、今月入って20年ぶりの厳冬て修正したらしいで」
「そんなん冬は当然寒いねんから。いちいち暖冬とか期待持たせんのやめてほしい」
「せやなぁ。暖冬言われてたら今年は過ごしやすいかもって思ってまうもんな」
「ほんまに寒い・・・」

うんざりと呟く俺の隣でうんうんと頷きながら歩く村上は、そのくせ言う程寒そうでもない。
吐き出す息こそ俺と同じように真っ白いけど、その口はいつもと変わりなくよう動く。
元の体温が高めやからなんか、その無駄な筋肉のおかげであったかいからなんか、性格が暑苦しいからなんか、ようしらんけど。
さっきからジャンパーのポケットに両手を突っ込んで身を縮こまらせて歩く俺から見れば、こいつは寒さなんぞへっちゃらみたいに見えてちょっとシャクや。
そんなん毎年毎年思うことやねんけど、やっぱり今年もおんなじ。
ちらっと隣を見たら、偶然目が合って小さく笑われた。

「お前ほんまに寒いの弱いよな」
「あほ俺は普通や。おまえがおかしいねん」
「なんや、何がおかしいことあんねん。それに俺かて寒いわ」
「ほんならもっと寒そうにしろよ。俺ばっか弱いみたいやんけ」
「ちゅーか事実お前は寒さに人一倍弱いやろ。冬になると動きが鈍なるし」
「きっと寒すぎて血液とか筋肉とか凍ってまうねん。俺のせいやない」
「凍ったら死んでますよあんた」
「寒すぎて今にも死にそうや」
「死んだらあかんて」
「死にたないけど死にそう。あーさむいさむいさむい」

わざとそんな風に連呼して、少しだけ足を速めてスタスタと先を行く。
でもそうしたら余計に寒くなった気がした。
ええ加減ほんまに凍りそうや・・・。

「ほんなら手ぇ繋ごかー?」

何も考えてなさそうなそんな声が後ろから聞こえて思わず足を止める。
呆れて眉を寄せて顔だけで振り返ったら、村上は例のキバを見せて笑ってた。
しかも両手を胸の前で軽く広げる仕草つきで。

「俺、今結構手ぇあったかいで。ほらほら」
「・・・よりにもよってクリスマスに男二人で手ぇ繋ぐて。どんな罰ゲームやねん。さっぶ!」
「あはは、ほんまやな。それこそ寒いわな」
「ほんまやでおまえ止めてくれ」

声を立てて笑う村上が再び隣に並んだのが視界に映った。
一際強い風が吹いてその寒さに思わず身を竦めたら、前髪が変な方向に跳ねる。
けどそれは隣からさりげなく伸びた手にスッと直されてまた元通りになったから、ポケットから手を出さずに済んだ。

「・・・そもそも俺らは毎年せっせと仕事しとんのに、世間様は浮かれとるっちゅーのがまたおもんないよな」
「事務所入ってからは一度も休みないもんな、この時期」
「別にクリスマスとかどーでもええけど」
「ここ数年は自分らのコンサートやっとるしなぁ」
「せやから別にええねんけど。ええ加減世間は浮かれすぎやわ。だいたい日本は無宗教やないんか」
「日本人てお祭り騒ぎが好きやからね。そういうんはええと思うけどな」
「祭はええ。・・・けど、自分が祭の外なんがむかつく」
「結局そういうことやね」

まぁ、ほんま今更やし。
毎年言うてるようなことやけども。

「しかしお前ほんま毎年それ言うてるよな」

自分でも今内心思ったのと同じことを言われて思わず横目で見る。
村上はやっぱりさして寒そうでもない様子で笑うと、真冬の夜空を仰ぐようにふっと見上げた。
寒そうでもない、ちゅーかむしろ楽しそうやわ。
こんなクリスマス本番の日の仕事帰り、寒空の下を男二人で歩いとるっちゅうのに。
・・・おまえこそ毎年おんなじような反応やんけ。

「きっと来年も言うねやろなー」
「なんやねん。寒くなかったら言わんで」
「いや冬やからたぶん寒いやろ。程度の違いはあっても」
「もー寒いのいやや」
「そら俺も嫌やけどな」
「はよ帰りたい」
「帰ろ帰ろ。なんかあったかいもん作ったるから」
「あったかいもん?」
「おん。豚汁とかええなー」
「豚汁食う」
「材料ならうちにあるし」

そういえば去年は野菜スープやった。
俺が肉も食べたい言うたらソーセージとベーコンがたくさん入ってて。
いちいち憶えてるいうよりか、今日やからなんか、思い出してまう自分は少し恥ずかしいから絶対言わんけど。
この日はやっぱり自分の中で特別なんやろなと思う。
年々大事な日になっていく。
普段はまるで意識せぇへんけど。
一年の内で今日だけは改めて思う。

「・・・うーお、さぶっ。なんやねん、風強なってきてへんか?」

凍えるような冷たい風が容赦なく頬に当たって思わず目を瞑る。
すぐに収まったそれに思わず大きく息を吐き出すと、それは白く薄く空気に溶けこんでいって。
完全に消えてしまうと、そこには俺を見る少し目尻の下がった意志の強そうな瞳がある。
長い歳月の中で変わったものはとても多いけど、その奥の穏やかな色はいつだって変わらへん。
それだけはきっとこれからも変わらんねやろな、何故か根拠もなく思う。
実際、別に根拠なんていらんねん。
俺がそれを好きで、そのままでいて欲しくて、そうあるようにしようと思っとる以上。
それ以上でもそれ以下でもない。

「ほんまに寒くて死にそう。・・・はよ豚汁食べたい」

なんとか暖を取ろうとポケットに突っ込んでいた両手の内、右手をそうっと出す。
それは途端に容赦なく冷気に晒されるけど、すぐさましっかりとした造りの男らしい手に指先から絡められるように握られた。

本当に寒い。
寒くて寒くて敵わん。
そんなことを毎年毎年繰り返してる。
でも寒い中やからこそ、その暖かさが一番感じられるんやろな。

男っぽくてあったかい手。
でっかくて通る声。
太陽みたいな笑顔。
明るくて面倒見のいいとこ。
人懐こくて誰とでも仲良くできるとこ。
優しくて気配りができるとこ。
割となんでもそつなくこなすくせにここぞってとこであかんかったりするとこ。

ほんまはな、わかってんの。
もう言葉でなんぞ言い尽くせないくらい、そんなんでいっぱいの自分なんて。
言うてしまえば、普段はそんな意識せぇへんようなたくさんのもんをいっぺんに自覚すんのが、今日なんやろな。

もう9年。
来年で10年。
再来年は11年。
正直出逢った日のことなんてもう憶えちゃおらんけど。
この先、世間の誰もが浮かれるクリスマスなんてものが自分の元に訪れてくれなくてもええから。


どうか、この日だけはなくなりませんように。



「・・・俺、おまえやないとあかんかも」

隣も見ずに手を繋いだままぽつりと呟いたら。
冷たく澄んだ空気が、そのやんわりと笑ったような気配を伝えてきた。

「お前、それも毎年言うてるわ」










END






雛横入所記念日小説ー。短めですが書いてみましたよ。
割と珍しく嫁さん視点でね。
んもうね、同じ日、しかもクリスマスに入所って。そんな運命の出逢いって!たまらん。
これからも夫婦仲良くお願いします。
(2005.12.25)






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