1.誰にも言えない










たとえば自分の彼女がとても綺麗で可愛くて性格も良かったら。
周りの友達や知り合いはみんな羨むだろうし、褒め称えるだろう。
お前には勿体ないとすら言うかもしれない。
そういうのは、悪くないと思う。
だけども特段ひけらかしたいとも思わない。
そういうのはなんだか違う。


元々基本的に嫉妬とかする方ではなかったし、束縛したいという気もほとんどない。
むしろ束縛しない代わりにこっちも束縛しないで欲しいと思ってしまうタイプだ。
求められ過ぎるのは辛い。
こちらもさほど求めないから。
親しい人間なんかには淡泊な恋愛観だと言われるけれども、そういうわけでもない。
単に怖いだけ。
のめりこみすぎて相手だけになってしまった、その後が。
だから強い情熱を向けるのは仕事くらいでいいんだ。


そんな自分の性質はよく判っていたのに、今苦しいのは何故だろう。
いや、その問いに直結する理由なら既に判っていた。

秘密の恋だから。
ほんの指先だけですら触れることを躊躇わせる人だから。


矛盾している。
誰かにこの恋を言いたいなんて思ったこともないのに。
そんな風に僅かであろうとも求めることなんて恐れていたのに。


言ってはいけないからだろうか。
人はいけないと言われると逆にしたくなるものだから。
そんなことを言ったら、たぶんあの目尻の下がった親友はあの呆れた調子で「あんたいくつですか」と言うかもしれない。
そうだ。自分はもう今年で25歳になる。四捨五入すれば30だ。
いい加減大人だと言うのも恥ずかしいくらいの歳だ。
あの人は24歳の誕生日の時なんか、「24歳になったらもうすぐ死ぬよ」なんて、人の誕生日にお祝い所かどうしようもないことを言ってくれたりもした。
・・・ああ、どうしようもない。
そんなことを思い出しては自然と頬が緩んでる自分がどうしようもない。
これは言ってしまえば秘密の恋だ。
実体としてはそんなロマンチックで甘やかなものではないと思うけれども。
絶対に言えないそれを言うならば、確かにそう。


求めてはいけないからだろうか。
人はいけないと言われると逆に・・・これもそうなんだろうか。
ほんま、ええ加減俺25になるのに。
人知れずため息をつく。
普段のキャラとか言動とか、別に作っているというわけでもないけれど、子供じみたことを言っている自覚は、まぁ、ある。
ただこんな風にそれが欲求として顕れたことなんてなかったはずだと自分の今までを振り返る。
しかも、ただ触れたい、だなんて。そんな原始的な欲求。
それは恋愛に半ば直結するごく自然な欲求とはまた少し違う。
キスしたいとか抱き合いたいとかセックスしたいとか、そういうものとは確実に違う。
むしろそんなことはしたくない。
違うけれども。
触れたいのは、触れて貰いたいのは確かで。


相手の立場と、そして自分との関係を考えれば言えるはずもない。
言うつもりももちろんない。
最初から判りきっていたことだ。
ただあの人がそこにいればよかった。
そして時折自分を見て、その与えてくれた名を呼んでくれるだけでよかった。
たまの食事でご飯を食べさせてくれて、話をして。
この想いに名を付けるとすればそれはやはり「恋」なのだろうけれども。
正直その形にくくることにはさほど意味はなかった。


この恋を誰かに言って、想いを形にしたいわけじゃない。
伸ばした指先に見返りが欲しいわけでもない。

だけど、思ってしまう時もある。




「裕?」

ソファーに身体を預けてぼうっとしていたら、上から穏やかな声が降ってきた。
ハッとして見上げると、そこにはいつもと違ってラフな格好で自分を見下ろす、やはり穏やかな表情。

「もう眠いの?」
「・・・や、ちょっと、考え事してました」
「なにそれ。YOUはあんまり頭とか使わない方がいいよ」
「どういう意味なんですか」

それは暗にバカだと言ってるのか。
いつもと言えばいつもの物言い。
じっと見上げていると、さりげなく隣に腰掛けてきた。
きっとアホみたいに高いだろうふかふかしたソファーが少し沈む。
それと同時、おかしそうな物言い。

「だって必要ないでしょ」
「せやから、どういう意味なんですかって。失礼やわ」
「YOUが考えたりするとろくなことないから」
「あーあそうですか。どーせ別にたいしたこと考えてへんかったし」
「まぁそうだろうね」

あっさりそう言われてしまうのも何だかなと思う。
まさかこの人相手に喚き立てるようなことはしないけれども。

ちらりと隣を見やるとさも当然のような顔でブランデーのグラスなんかを傾けている。
それは記憶によれば確かやたらと度数の高いものだったはず。
匂いをかがせてもらっただけでも酔ってしまいそうな感じがしたのを憶えている。
そのゆらゆらと揺らめく琥珀色の液体をなんとなくぼんやりと見つめていたら、視線に気付かれて首を傾げられる。

「なに、欲しいの?」
「いや別に・・・ブランデーとか好きちゃうし・・・」
「まだYOUには早いよ」
「・・・俺も今年で25なんですけどね」
「ああ、もうすぐ死ぬね」
「どっちなんですか」
「YOUは死ぬまで飲まなくていいよ、こんなもの」

そう言いながら自分はちびちびと口をつけて、徐々にグラスからその琥珀色を減らしていく。
その言葉の意味はよく判らない。判らせてはくれない。
きっと問いかけても答えてはくれない。

「社長こそ。そろそろええ歳なんやから控えた方がええんとちゃいますか」

だからちらっと嫌味っぽく言ってみた。
けれどそれに返ってきたのはおかしそうに笑った気配だけ。

「控えたら意味ないじゃないか」
「はい?」
「それじゃ酒なんて毒を飲んでる意味がないってこと」

一瞬、どう返したらいいのか判らなかった。
その意味すら計りかねた。

「・・・でも社長みたいな人程、長生きするんですよ」

結局言えたのはそんな言葉だけ。

「あはは、それはそうだ。憎まれっ子世にはばかる、って言う素晴らしいことわざがあるくらいだから」

けれど俺の言葉に満足そうに笑って、グラスの中の氷をカランと揺らす。
掴めない人。
どう返せば正解なのか、それともどれも不正解なのか、それすらも教えてはくれない。
そんな、人をいちいち動揺させておいて。

「笑い事ちゃいますけど、それ」
「いいじゃないか。そうやって多くの人の記憶に残って長生きするなんて」
「社長もたいがいポジティブですわ・・・」
「村上みたいだからやめてよ」
「・・・知ってはるんですか?」
「たまにラジオ聴くからね」
「嘘やわ」
「嘘なんかつかないよ。失礼だな」
「やってそんなん一回も聞いたことないですよ」
「言ってないだけだよ」

そうだろうな。

どうせ言ってはくれない。
何一つとして。
けれどそれでもいい。
それでもよかった。
俺だって言わない。
それでよかった。

だけど何故だろう。
たまに苦しくなるのは。

「・・・なに、そんなに欲しいの?」

じっと送った視線にはそんな言葉が返ってきた。
そのグラスの中の液体をゆらゆらと揺らしながら。

俺は欲しいんだろうか。
本当は欲しいんだろうか。
求めてはいけないから?

「ほんまは、ちょっとだけ・・・」

小さく笑って呟くように言ってみせたら。
予想外に笑い返されて、その手にしたままのグラスがこちらにそっと傾けられた。

「ほら。ちょっとだけだよ?」

それを両手で受け取って、そうっと口を付けてみる。
ほんの僅か、唇を濡らす程度で含んだ液体は、けれどそれだけで喉を灼いてしまうのではないかと思う程に強くて。
何かがせり上がるような感覚と共に思わず咽せこんでしまった。

「っげほ!・・・っけほ、」
「ほら、だから言ったのに。YOUにはまだ早いんだよ」
「けほっ、けほっ・・・」

涙目になって咽せる俺に呆れたようにそう言って、グラスをさっさと取り上げてしまった。
けれど代わりにその、大きいとは決して言えない、まるで年輪のように皺を刻んだ手が俺の頭を緩く撫でた。
なんだか優しい感触にまた咽せそうになる。
何とか堪えて飲み込んだけれど。
代わりに心臓がうるさく鼓動を打つ。

「YOUは飲まなくていいんだよ」
「っ、でも、・・・飲んでみたいとか、思うじゃないですか。そんな、横で飲まれたら、ほら・・・」
「酒に憧れる歳でもないだろう?」
「まだ早いとか言うくせに・・・どっちなんですか」
「どっちでもないけど」
「どっちでもない?」

ようやく収まった喉元を抑えて目を瞬かせ聞き返す。
それに返ってきたのもやはり穏やかに頭を撫でる感触。
ただ撫でるだけの。
愛おしむだけのそれ。

「裕は無理なんかしなくていい」

言葉は何も返さなかった。
ただ小さく頷いて頭を撫でられるだけだった。
そんな子供にするのだか犬猫にするのだか、もしかしたら恋人にするのだか。
どれだかもよくわからないその仕草だけで嬉しい、だなんて。
この人は知っているだろうか。
でも知らなくていい。



どうせ言わない。
どうせ言えない。
誰にも言えない。


『僕はこの人が好きなんです』


そんな一言すら。










END






何か懲りずに書き始めたりしてますよこの人。
しかもお題で微妙に続いてたりする罠。
なんていうかねぇ、わとさんほんと色んな横山裕を追求していきたいからねぇ、メンバーとか同年代相手じゃ絶対できないものも書いてみたいわけですよ。ね。
とにかくこういう横山裕もアリかな的な感じで。
なんかカプっていうよりかもはや単体萌えに近い気配すらある(どうなの)。
いや社長相手ってのが大事なわけですけどもね。まぁ社長が捏造に捏造を重ねてるだけに。
でも譲れぬラインが「プラトニック」なのでそこは頑なに!
わとさん意外とプラトニック萌えもあったりするんだこれが・・・。いちゃいちゃもいいけども。
というわけでいつも以上にわとさんの趣味と自己満足の世界だとは思いますが、いけるわ!て方はお付き合いいただければなと。
まぁマイペースにいきますよ。
(2006.2.25)






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