永遠を願うなら










愛は金では買えないのだという。
なら、夢でならどうだ。



あの頃の自分には何の力もなくて。
ただがむしゃらに前を向き高みを目指して進んでいくしかなくて。
握りしめた拳にはせめてもの譲れないものほんの少しだけを込めて。
左胸にはいつだって野望という名の刃を隠し持った。

自分は思う以上に無力だった。
いつま経っても小さな身体、そして同様に小さな手からこぼれ落ちてしまうものはあまりにも多かった。
だから時として泣き叫ぶ夜もあったし、逆に泣くことすら出来ない夜もあった。
けれど何度も何度も挫けそうになりながらも走り続けた。
それでも支えてくれる親友がいたから。
慕ってくれる後輩がいたから。
そして、夢を見せてやりたい想い人がいたから。



『なぁ、夢見したるから』
『・・・ゆめ?』
『オレがオマエに夢を見したる』
『俺に、夢・・・』
『夢を叶えたる』

だから・・・と、そう言った。
いつからかなんて判らない。
言えるとすればそれは出逢ったその時からか。
ただいつだって茫洋と掴み所のない、その遠くを見る視線を自分に釘付けにしておきたかった。
いつだって幼げで大人びたその白い顔に笑いかけていて欲しかった。

『オレが夢を叶えたるから、傍におって』



愛は金では買えないのだという。
なら、夢でならどうだ。

他には何もなかった。
自分には何も賭けるものがなかった。
抱いた夢しかなかった。
見せたい夢しかなかった。


高く掲げたこの夢でなら、その愛は得られるのか。













その日は誰もが浮かれていた。
ただでさえ日頃から一度ノってしまえば際限なく上がっていくグループのテンションは、今まさに最高潮を迎えている。
普段は率先して自分からはしゃぐタイプではない錦戸や内ですら、嬉しさを隠しもせず笑顔で他のメンバーとじゃれ合っている。
止める人間は誰もいない。
いつも周りをよく見て締める所は締める村上ですらも今日は羽目を外したいのか大声で笑っていた。
ここは何も仕事場というわけではないし、ある程度の騒がしさなど当たり前とも言える居酒屋だ。
だから彼らの状況にさしたる問題などは実際の所ない。
もしあるとすれば、飲んで騒ぎすぎた誰かが潰れてしまわないかということ、そしていくらなんでもあまりの騒がしさに隣の客辺りから苦情が来ないかということ、精々がそのくらいだった。

彼らは皆酔っていた。
ビールや安い日本酒にだけではなく。
今日という日に酔いしれていた。
彼らがずっと目指してきた大きな夢が叶った、今日という日に。

その道が平坦なものではなかったことは彼ら自身が誰より知っている。
もう駄目かもしれないと思ったことは一度や二度ではない。
それは近くに見えて実は遠い空の向こうの星の煌めきでしかないのかもしれない、そう思ったこともある。
走り疲れて歩いたこともあった。
立ち止まったこともあった。
転んだことだってあった。
けれどその度お互いの手を取り合って進んできた。
彼らは転んだ時の傷の痛みと、そしてそれを起こしてくれた仲間の手の温かさを知っている。
だからこそ漸くその手に掴んだ夢に酔いしれた。
立ち止まって互いの顔を見合わせて、その泥だらけになっている様を笑い合い、固く肩を組み合って。
少なくとも今日だけはそれが許される。

けれどまだ日付も変わっていないというのに。
その酔いをふいと冷ましに行くかのように人知れず席を立った人間がいることに横山は気が付いた。
横山自身さっきから随分飲んでいたからその頬は元の白さのせいで紅潮した様があからさまだったけれど、まだ意識は何とか保てていた。
だから頭の中で咄嗟に追いかけなくてはと思ったのだ。



横山は僅かにふらつく足下を自ら何とか支えながら同様に席を立ち、店の外に出た。
外は思うよりも冷え込んでいて、酔いで火照った身体を小さく震わせながら冷ましていく。
けれどそれが逆に意識をよりはっきりさせる。
街灯がぽつんぽつんと並ぶ辺りを見回すと、その内の一つの下に小柄な影が伸びていた。

ゆるりと近づけば慣れた煙草の匂いが鼻をつく。
流れてくる薄白い煙の向こうに俯き加減の小さな顔を見つけて、横山はことんと小さく首を傾げると覗き込むようにそちらを見た。

「なにしてんねん」
「・・・ん、一服」
「なんも言わんと出るからびっくりしたわ」
「あー、盛り上がっとったから」

そう言いながらさっさと煙草を携帯灰皿に押しつけてしまう。
けれど次の煙草を取り出すでもなく、そのくせ店に戻ろうとするでもなく。
すばるは街灯にもたれかかったまま微動だにしない。
ただぼんやりと夜空の月を見上げて目を細めるだけ。
横山は一瞬だけ同じように月を見上げたけれど、すぐさま視線をそちらに戻した。

「酔ったん?」
「そうでもない。あんま飲んでへんもん」
「飲まんと絡まれるで、Bガタンに」
「あー、ほんまうっとうしいわーあいつ。酔うとサイアクやな」
「まぁ、今はもっぱらヤスが犠牲になっとったけどな」
「ほんならええか」
「ええんか」
「ええやろ」
「ええか」

小さく笑い合って頷く。
横山がなんだか嬉しそうだから、すばるもまた笑ってしまったのだ。
いっそ妙なくらいに穏やかな空気が流れている気がする、とすばるはぼんやり思った。
闇の中で煌めく様はまるであの月にも似ているその薄金茶の髪を視界の端に映しながら。

「風、気持ちええなぁ」

ぽつりとそんなことを呟く横山の白い顔に視線を移す。

「寒ないか?」
「段々慣れてきたわ」
「んなこと言うて風邪とか引くなやオマエ。案外虚弱くんやからな」
「大丈夫やろ」
「何が大丈夫やねん」
「今日はきっとだいじょぶやねん」

妙に無邪気に笑っては紅潮した頬を緩める様にすばるは小さく苦笑する。
まるで魔法だかおまじないを信じる子供のようだ。

「・・・何の根拠もないな、相変わらず」

すばるも普段はその突拍子もない行動で自由だと言われがちだが、実際の所は意外と裏ではちゃんと物事を考えてそれらを実行していることも多かったし、根はかなり堅実でもあった。
その意味では、よくグループ内では同類に扱われがちな横山とは実は根本には違う部分もある。
それを実感しているのは他の誰でもないすばる自身だったけれど、そんな自分にはない、横山のその理解出来ないような不可思議な部分もまた嫌いではなかった。

しかし当の横山はその言われように心外だとばかりに唇を尖らせてパチパチと目を瞬かせる。
頬が紅潮しているせいでその様が余計に子供じみて見え、同時にこの夜の月明かりのせいか妙に色めいても見える。
今はその色の通り熱を湛えているであろうその頬に触れたい、そんなことを思いながらすばるが見つめる先で横山が薄く唇を開いた。

「根拠ならあるで」
「なに」
「今日やからな」
「・・・それは根拠とは言わんやろ」
「根拠やんか。トクベツな日やねんから」

まぁそう言うだろうとは思っていたが。
今日は自分達の夢が叶った日なのだから。
すばるはおかしそうに小さく笑って首を傾げた。

「念願のCDデビューとオマエが風邪引かんのと、その接点がわからん」
「そんなんあれや、・・・あれ、・・・いわゆるこじつけやねん何事も」
「自分でこじつけ言うてどないすんねん」

呆れたようにそう言ったら、横山は何か考えるような仕草を見せて更にすばるの近くに寄っていく。
その真正面、手を伸ばしたら軽く触れられるくらいの距離に。
長身の横山にそうして前に立たれると、すばるの視界からは最早月がなくなってしまう。
代わりに月色に煌めく髪が夜風にサラサラと揺れているのが闇に残像を作り出していた。

「・・・ヨコ?」

どうかしたのかと、そう問おうとした。
けれどその前に白い顔が躊躇いなくすうっと近づいてきたかと思うと、柔らかな感触を唇に感じた。
驚きはしなかったけれど一瞬反応できなかった。
触れただけですぐに離れた唇はやんわりと撓んで無防備にうっすら開いた。

「煙草の味するわ。あんま吸いすぎん方がええらしいで。歌うたいにはよくないねんて」
「オマエかて吸うやろが。・・・て、どないしたん、いきなり」
「んー・・・うれしいなぁ、て思って。ここまできたんやねんなぁ、て」

それが指しているものなんて一つしかなくて。
すばるは、本当に嬉しそうに笑う、その常になく柔らかな表情に目を細める。

それはずっとずっと望んでいたものだ。
そうやって何のてらいもなくただ純粋に喜んで欲しかった。
そのために走り続けてきた。
何よりも大きな夢を見せてやるからと、だから・・・と、そう言ってきた結果が今ここにある。
すばるはそっと手を伸ばして横山の髪に無造作に触れる。
撫でるというよりか何かを確かめるように。

「せやな。長かったんか、そうでもないんか、ようわからんけど」
「どうやろなぁ。まぁ、少なくとも簡単やなかったてことだけは確かやろ」

そうだ。決して平坦な道ではなかった。
そしてこれからだってきっとそう。
けれどそれでもあの頃夢見た一番大きなそれが今こうして叶えられた。
横山の淡い切れ長の瞳はやんわりと撓んですばるを映す。
嬉しそうに、無邪気に、夢見るように。
すばるはその視線の意味をよく知っている。
自分が言ったから、夢を見せてやるとそう言ったから。
その時から、横山は憧憬にも似た眼差しですばるを見るようになった。
白いシーツの上で白い身体を泳がせる時ですら、熱っぽい中にも確かな憧れを湛えた瞳で。
すばるにはそれが心地良かった。
横山はすばるにしかそんな眼差しを向けない。
何もかも捧げるみたいな、ひたすらに一途なそれ。
それを自分だけのものにしておくためなら何だって出来た。
何だってしようと思った。
夢は自分のためであり、そして同時に横山のためだった。
すばるにはそれしかなかった。
胸に抱いた大きな夢しか横山を繋ぎとめていられるものがなかった。

「ここまで来たんやな・・・」

白い顔を見上げる。
月色の髪に触れる。
すばるは自分の中に目を逸らせない相反する感情が生まれていることに気付いていた。

「来てもーたんやな・・・」

一つの夢を叶えた。
あの頃誓った夢を叶えた。
夢を見せてやるからと、夢を叶えてやるからと、だから傍にいてくれと言った。
自分を愛してくれと言った。


でも、じゃあ。
叶えた夢のその先は?


追い続けた星をその手に掴んだはずなのに。
その先に見える道は今星の輝きによって煌々と照らされているはずなのに。
すばるはその先を見えるものがやがて色褪せてしまう日を恐れた。
自分にはこれしかなかった。
夢しかなかった。
そうして憧憬にも似た眼差しで釘付けにしておくしか。

夢は決して一つではない。
言ってしまえばまだそれはほんの通過点でしかない。
けれど一番最初の一番大きなそれが叶えられたことですばるは思い知ってしまった。
夢には終わりがあるのだ。
それがいつかはまだ判らないけれど。

「・・・すばる、なんでそんな顔すんの」

横山はぽつりと呟いて身を屈めたかと思うと、その額をすばるのものにこつんと合わせた。
夜風に冷えてしまったそれが互いの熱でほんのりと温もりを与え合う。
まるで子供が子供にするようなそれに、すばるは小さく唇の端を歪めてそのまま見上げる。

「オマエこそ、なにしてんの」
「・・・やっておまえが変な顔しとるから」
「変ちゃうわ。普通や」
「変やわ。もっと嬉しそうにしろや」
「しとるやん、十分。嬉しいに決まっとるやろ」

そうだ。決まってる。
嬉しいに決まっている。
けれども夢を追う内に大人になってしまったすばるは、そのほんのり暖かい額が永遠ではないことを今更に知ってしまった。

「・・・嬉しいで、俺らの夢が叶ったんやから」
「おん・・・でもすばる、・・・」
「ん・・・?」

横山は自分で名を呼んでおいて、一瞬何か言葉に詰まったように黙り込む。
眉を下げ唇を薄く開き、その白く柔らかな手ですばるの黒髪に何故か恐る恐る触れる。
怪訝そうに見上げてくる大きく切れ上がった瞳に何故か泣きそうな目をする。
そんな泣きそうな目をして、狭い肩をきゅっと掴む。

「・・・・・・戻ろか」
「ヨコ・・・?なにオマエ、なんかあんねやったら、」
「ちゃう、ちゃうねん、別になんもない、なんもないねん」
「・・・おかしなやっちゃな」
「はよ戻ろ・・・戻ろ、すばる・・・」

夜に怯える子供が親に言うように、そう俯いてしまう白い顔。
サラリと頼りなく流れる月色の髪。
いつの間にかすばるの手を握る白く柔らかなそれ。
ぎゅっと、まるで置いていかれることを恐れるみたいに。
すばるは目を細める。
何故恐れるのだろう。
恐れているのは他でもない自分なのに。

もしかしたら横山は、恐れるすばるを敏感に感じとって、それを恐れているのかも知れない。
掲げた夢に繋がれた二人は所詮どちらもその夢に縛られ続けるしかない。

すばるは小さく息を吐き出すと一つ頷いた。

「わかった。・・・わかったから」
「もどろ、すばる・・・」
「わかった・・・」

握られた手を逆に握り返し、引くようにして歩き出す。
すぐ目の前にある店にまた戻るまでの時間はものの一分もなかった。
それは刹那の時間。
けれど二人が確かに儚い永遠を願った時間。










END






すば誕記念ですばよこです。
なのにまぁ何て言うか微妙ですけども。
とりあえず基本的にうちのすばよこのヨコはすばるに絶対的な憧れがあるわけですよ。
なので今回は逆にそのすばるサイドのお話というかなんというか。
たぶんすばよこが私的には一番大人なカップリングな気がしますわ。根本的な話で言うと。
そしてすば兄は男前です(何の脈絡もなく<兄さんのウェブ連載っぽく)
すば兄お誕生日おめでとうー。
(2005.9.22)






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