きょうのごはん










仕事終わり、タイミングを見計らっていたのか単なる偶然なのか。
横山が身支度を終えて荷物を持ったちょうどその時、大倉がのそりとやってきた。

「横山くん」
「あ?」
「俺、今日焼き肉食いたいです」

別にお前が今日何食べたいかなんて訊いてへんで。
そう心の中で呟きつつも。
横山はこの4つ年下の後輩ののんびりさ加減とぼんやりぶりを、この出逢って数年で嫌と言うほどに実感していたので特に口にはしなかった。

「・・・で?」
「食い行きましょー」
「まぁ、別にええけど。しかしお前はほんまに突飛なやっちゃなぁ・・・」
「そうですかね?えっと、今日は横山くんと焼き肉の日なんです」
「なんやそれ」

生憎と俺の今日の予定には「大倉と焼き肉の日」なんて書いてへんねんけど。
けれどそれもやっぱり心の中で呟きつつ。
横山にとってはメンバー内ではほぼ唯一と言ってもいい、僅かに見上げる形になるその顔へ胡乱気な視線を送るのに。
大倉はなんだかなんだかふわりと綺麗に笑んで、小首を傾げた。

「横山くんと食べるごはんは、うまいんです」

あんまそれ理由になってへんで。
やっぱり、心の中でだけ。
けれどそんな反面。
そんな詮無い言葉に、何故か横山はふっと軽く吹き出すように笑ってしまった。
それにも大倉は特に言葉なく、ただ更にその笑みを深めるばかりだった。





横山と大倉はよく一緒に食事に行く。
それは今回のように大倉から誘うこともあれば、逆に横山からのこともある。
おそらくは、お互いメンバーの中で一緒に食べに行く機会が一番多かった。
それは二人が恋人同士であるということ以前に、単純に二人ともが食にこだわりを持っていたからだろう。
そもそもが、この二人の仲が近づいたのもその「食」が一因であったとも言える。
4つ離れた歳、事務所の先輩後輩。
その壁は意外と大きい。
しかもお互いがお世辞にも社交的とは言えない性質であればなおのこと。
いくら仲間とは言えども、やはりその仲が進展するのには時間がかかるのは当たり前だった。
けれど、ある日ふとしたことから一緒に行った食事。
そこでお互い食にこだわりが・・・単純に言えば、おいしいものに目がないということを知って。
たとえば何処か美味しい店を見つけると、お互いを誘って一緒に行くというのは彼らの中で最早自然なことになっていった。
同じ嗜好の持ち主とそれを分かち合うのは嬉しいものなのだ。


「・・・んまー!」

横山は今まさにそれを実感していた。
自分のものと違い薄めなその唇。
それが遠慮なく肉を頬張っては、そのままにもごもごと声を上げる様を前にして。
横山は自身もタン塩を口に頬張りながら実感していた。

「ほんまやなぁ〜。このタン、めっちゃうまいな。やばい」
「んん・・・んまいです。んまー」
「ん。うまいな」
「ほんま、んまいですわ〜」

もぐもぐ。
リスのように口をいっぱいにして食べながら喋る大倉を前にして。
横山は今ちょうど食べ頃に焼けた一切れを絞ったレモンにつけ、口元に運ぶ。

「しかしおまえ、ほんまよう食うな」

そう一言言ってやってから、タンをぱくんと口に放り込んだ。

「ん?ん・・・横山くんも食うてるやないですか」

ようやく口の中のものを咀嚼して飲み込んだかと思ったら。
その瞬間また新しく焼けた一切れを箸で摘み上げながら、大倉は不思議そうな顔をした。

「おまえの勢いがすごすぎんねん。欠食児童か」
「えー。そうですかねぇ。やってうまいもん」
「うまいんは判った。・・・ん、確かにここの焼き肉はうまい」
「うん。横山くんが最初にココ連れてきてくれた時、ほんま感動しましたもん、ぼく」
「せやろ?俺の言うことは正しかったやろ?ここはうまいんやって!穴場やで」
「うん。さすが横山くん。ぼくここ大好きです」
「せやろー。うん、うまいなぁ・・・」
「んまいですねぇ・・・」

ほわわん。
新しく焼いた豚トロを頬張りながら、横山はなんだか幸せな気分だった。
だからこの際、なんだかんだと話がぐだぐだに流されたことは気にしない。
というか気付いていない。
目の前の大倉がこれまた横山以上に幸せそうな顔で、これまた口いっぱいに豚トロを頬張っているのでそれでいいんだろう。

タン塩、豚トロ、更に軟骨。
塩系ダレのものを一通り食べ終わり、今度はタレ系のものに移る。
満を持して出てきたカルビに、二人の食べる勢いは先ほどにも増していた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

お互い最早無言でひたすらに食べている。
食への集中度が100%になると、二人は平然と会話というものを放棄する。
折角二人で来てんのにもったないやん!ありえへんよ!と。
食なんてさして興味なさ気な思考と体型をしているグループ1のアイドルである末っ子なら、そんなことを言うであろう光景。
けれどこの二人にとっては極々自然なことだった。
二人で、二人だけで、黙って、ただひたすらにご飯を食べる。
そんなことが、そんな空間が。
二人にとっては十分に幸せなことだった。

「・・・あっ」
「あ・・・」

けれどそんな沈黙が破れられたのは突然。
鉄板の上で焼かれていた最後の一枚の元に、同時に伸びた二組の箸。
いや、僅かに横山のものの方が早かっただろうか。
その箸が肉の端っこを掴んでいる状態で、暫し時が止まる。

「・・・あ、どうぞ。横山くん食べてください」

大倉は横山を促すように頷いてみせる。
横山はそれに返すように頷きつつも、摘んだ一切れを一旦自分の口に持って行ってからちらりと前に視線をやる。
何故だかじっとこちらの口元を見ている涼やかな瞳。
別に「くれ」という意味で見ているわけではないんだろうということは判るけれども。

「・・・ほれ」
「はい?」
「やる」

一度は自分の口元に運んだ一切れを、けれど横山は食べもせず。
そのまま軽くテーブルに身を乗り出したかと思うと、大倉の方に差し出した。

「え・・・。ええですよー」
「ええからやるって。なんや見とるし」
「あ、別にくれって言うつもりで見とったわけや・・・」
「それは判っとる。別にええから食えって」
「あー・・・んじゃあ、」

大倉は少し考えてから、こくんと頷いて。
腰を浮かしたかと思うと、その長身を折るようにして横山の方に身を乗り出して
横山が箸で差し出した一切れをそのまま口で受け取るようにぱくんと食べた。
そのまま再び席に腰を下ろすこともなく、身を乗り出したままの体勢でもぐもぐと咀嚼する大倉の様に、横山は軽く笑む。

「うまいか?」
「んー。んまいです」
「そうか」

それだけ言うと、横山は半分以下になっていたビールジョッキに手を伸ばし、軽く煽った。
それを後目にも大倉は、今度は白いご飯をがっついていて。
・・・なんや、まるで餌付けでもしとるような気になるな。
そんなことを思いながら、横山はこのひょろりと背の高い後輩をじっと見る。
あまりにも幸せそうに食べる大倉の姿を見ると、なんとなく横山は頬が緩むのだ。
他人には意外だとかそうは見えないと言われるが、こう見えて二人には共通点も多く、何より一緒にいて気が楽だった。
特に横山はイメージに反して他人に干渉されるのを嫌うし、オフでは喋る方ではない。
そんな横山が気疲れせずに一緒にいられる相手はそう多くない。
大倉は、横山が気を緩められる数少ない人間だった。

「・・・なに見てるんです?」
「ん?」
「横山くん。なんや俺のこと見とるから」

食事をする手も自然と止め、ぼんやりと大倉を見ていた横山に気付いたのか。
大倉は空になった茶碗を置いてじっと横山を見つめていた。

「んー。別に」
「別にってなんですか。気になる」
「気にすんな。ええからおまえは食っとれ」
「もう全部食ってもうた」
「・・・はやっ。あっ、おまえ一人でロースまで全部食うたな!?」
「せやって、横山くんぼーっとしとって食わへんのですもん」
「ちょっと考え事しとったんや!」
「知りませんよ。もう食ってもうたもん」

幸せそうに食べている姿が可愛い、だなんて。
そんなことを柄にもなく夢心地で考えていたのがいけなかったらしい。
その可愛く食べる姿がまさか二人前の豚ロースを一人で平らげているとは、横山は思いも寄らなかったのだ。

「ああ〜・・・俺のロース・・・」
「また頼みます?」
「・・・もうええわ」

軽くため息をついた横山は、代わりに店員を呼んで中ジョッキをもう一杯頼んだ。
大倉は何故かそれに軽く眉根を寄せる。

「・・・まだ飲むんですか」
「ええやん。代わりや代わり」
「肉の代わりなら肉頼めばええやないですか」
「飲みたい気分なんや」

ふふん、と軽く鼻を鳴らし。
すぐにやってきた中ジョッキを早速口に運ぶ横山を、少しだけ恨みがましく見た大倉はぼそりと呟いた。

「・・・俺も飲みたい」
「なんや、それか。結局それが言いたいんか、未成年」
「・・・・・・横山くんのおっさん」
「ああ?なんやおまえ今なんか言うたか?」
「おっさんやーおっさんやー。ビールばっか飲んで」
「アホ。大人の嗜みや。悔しかったらはよ大人になれ」
「・・・なれるもんならなっとるし」

こうしていつも一緒にいると思わず横山も忘れそうになるが。
大倉はまだ19歳だ。
たとえ家でなら多少は大目に見れるとしても、法律的に言えばまだ飲酒が許される歳ではない。
とは言え、普段なら特別飲みたいなどは言い出さない大倉も、横山と二人で食べに来る時は別だった。
横山が一人で飲んでいるのが何となく嫌なのだろう。
いかに普段ぼーっとしていて、何も考えていなさそうに見える大倉とは言え。
その4つの歳の差をまるで気にしていないかと言えば嘘になる。

「あと1年やのに・・・」

まるで拗ねたようにそう呟く大倉に、横山はからりと笑って。
手にしたジョッキをテーブルに置いたかと思うと、腰を上げて大倉の方に身を乗り出す。
大倉が何かと顔を上げると、横山のその手が自分に伸びてくるのが見えた。
白くて綺麗で、なんや守ってあげんと。
そんなことをぼんやりと大倉に思わせる、その手が。
ゆるりと伸びては大倉の頭を少し乱暴に撫でた。
わしゃわしゃと。
まるでかき混ぜるようにされたそれに、大倉の髪があらぬ方に舞う。

「・・・なんですか?」

されるがままできょとんとする大倉に、またからりと笑う、その手以上に白くて綺麗な顔。

「そうそう、あと1年やんか。そしたら一緒に飲めるやろ」
「・・・横山くん」
「ん?」
「一緒に、飲んでくれますか?」
「なんや、あったりまえやんか。ええ居酒屋教えてやるし」
「・・・うん。そうですね」
「そうそう」
「うん」

その答えに満足したのか。
こくんと頷いては、既に氷が溶けて温くなってしまったウーロン茶をごくごくと飲み干す大倉。
横山はそれを見て自分も再びジョッキに手を伸ばす。
喉を通り降りていくアルコールがなんだか心地よく、また1年後の今日の日を思えばなんだか楽しみだった。

『横山くんと食べるごはんは、うまいんです』

けれど横山は思う。
その逆もまた然りだと。
そしてそれこそがこの二人の関係の答えだった。



「ねぇ、横山くん」
「ん?」
「ぼくも、代わりほしいです」
「代わり?」
「ん。それの代わり」

それ、と言って大倉が指さしたのは今横山が手にしているビールジョッキ。
ぽかんとしている横山に向かって、大倉はふわりと柔らかく微笑んでみせた。
見ればその体勢は、再び横山の方に身を乗り出していて。
横山の体勢もまた、実は未だ大倉の方に乗り出したままで。
自然とテーブルの上で近づいていた二人の距離。

「さっきも思ってずっと見てたんですけど・・・横山くんの唇って、うまそうなんですよね」

さっき。
網の上に焼かれた最後のカルビ一切れを横山が食べようとした時。
やけにじっと横山の口元を見ていた大倉。
・・・おまえはそんなことを考えてたんか、このムッツリが。
そんなことを思った横山がそれを実際口にしようとする、その前に。
軽く傾げられた顔が近づいてきたかと思ったら、ふっと唇と唇が重なった。
しかも触れるだけでは留まらず、大倉の歯が横山のつやつやでぽってりとした赤い下唇をやんわりと甘噛みした。

「んっ・・・。おま、いきなりなにすんねんな・・・」

いくら個室とは言え、いつ何時店員が来るかどうかも判らない場所で。
けれど大倉は意に介した様子もなく。
ほわんと笑ってみせたかと思うと、今度はその手を軽く横山の顎に添えた。

「やわい・・・。んまい。もっかい」
「おい・・・」
「ね、もっかい。あと1年、ビールは我慢するから」
「・・・この甘ったれ」
「うん」
「うん、やないわアホ」
「やってうまいんです」
「・・・言うなアホ」
「うん」

そうして再び重なる唇と唇。
あむあむと、柔らかく下唇を噛んでくる大倉の頭を軽く撫でてやりながら。
これもまた餌付けと言うのだろうか、と横山はされるがままでぼんやり考えた。

「ん・・・」

日々少しづつではあるが、上手くなっていく気がするそのキスを受けながら。
やはり横山はぼんやりと思う。
きっと、この大食いの恋人のことだから。
帰ってからもベッドでの餌付けが必要だろう、とも。










END





倉横もイイですよね(横受けならなんでもいいんだろ)。
とりあえずたっちょんが好きです。最近好きすぎて大変です。
たっちょんかわいいー。そのくせ踊ってる姿とかドラム叩いてる姿とか恐ろしくかっこいい。
可愛いと格好いいがここまで同居してる上に、更に天然さんだなんて・・・ッ!
末恐ろしい子です。私的にはぴろき以上に末恐ろしい子です。
そんなたっちょんに内心やられちゃってる横山さんで。
丸横同様、倉横も実は横山さんたら相手にメロメロな感じだといいです。
うーん世間とずれてる予感。
というかそれ以前にうちのたっちょんが何か変な気がする。まぁいいや。
とりあえずたっちょんにおいしく戴かれちゃうといいよ横山さんは。もぐもぐと。





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