青春アワー 2










「おー、やっぱりなぁ〜」

部屋に入るや否や間延びした声がして、思わず眉根を寄せて振り返る。
横山くんは扉を閉めると途端に部屋を一通り見回してみては、なんだか楽しげな様子だ。
それはいっそ子供がどこか未知の場所を探検するにも似た、まさに興味津々て感じで。

「ほんっま、相変わらずきったない部屋やな」
「・・・今日の朝時間なかったんすよ」

まさか来るだなんて思ってもみなかったし。
そこらじゅうに散らばる雑誌やCDをそそくさと拾い集めて適当に隅に追いやる俺を尻目に、横山くんは落ち着きなくうろうろとあちこちを物色している。
何か宝物でも探しているみたいな楽しげに輝く瞳は鬱陶しいやらでも愛しいやら色々と複雑だ。
まぁ、見られて困るようなもんはとりあえずなかったとは思うけども・・・。

「んー・・・と、定番と言えばやっぱここやんな」

正座した体勢で丸い背中を折り曲げ、大きな身体をできるだけ縮こまらせて、いくつになってもキンキラしてる髪がサラサラと床のカーペットを撫でるように流れるのが見える。
何をしているのかと眉根を寄せて見ていたら、ベッドの下に頭を突っ込む勢いでそこをごそごそと覗き込んでいた。
そうするとますます身体は丸まって、そのあまり男っぽくない丸みのあるラインが強調される。
しかも今のその体勢がなんだかいわゆる頭隠して尻隠さず、みたいな。
別に隠そうとしてるわけじゃないんだろうけどそう見える。
思わずじっと見つめてしまった。
・・・この人ケツでかいな。安産型やな。
って、そうやなくて。

「・・・横山くん?何してんの?」
「んんんーー??」
「せやから何してんのって」
「あんなー、ほらー、おやくそくやん、ここー」

なんやねんそのガキみたいな喋り方。狙ってるやろ。
言い方可愛くしたらええ思ってんねやろ。クソ。

ちゅーかええ加減こっち見てほしいねんけど。
ケツしか見えへんねんけど。
変な気起こしたらどう責任とってくれんねん、あんた。
まぁそんなん表に出す程俺もガキちゃうけどな。フン。

「お約束って、なに?」
「ほら、えーぶいな」
「・・・AV?」
「あるかなーて思ってんけど、・・・んー?」

そんなでっかい身体ベッド下に入るわけないからな。
必死に腕を伸ばしてるけど特になんもなくて面白くないのか、ようやく上体を起こして一息つく。
髪ボサボサやで。

「なんや。つまらん」
「んなとこあるか。アホやろ」
「ほんまおまえはおもんないなー。そんくらい仕込んどけよ。
うわーこないなとこにお宝が〜的な、な。あるやん」
「誰がするかそんなん。しょうもない。だいたいあんたがいきなり来たんやんか」

最初から来るって判ってたらもっと色々準備しとったわ。
そんなアホみたいな仕込みやなくて、きちんと部屋片づけて、さりげないおもてなしくらいは余裕でやっとったはずやのに。
タイミング悪いわほんまこの人。

なかなか上手くいかん、と眉根を寄せてたら、横山くんはなんだか唇を尖らせて更につまらなそうな顔をした。
そうかと思ったらふいっと顔を逸らされる。
・・・なんでやねん。

「なんやおまえ・・・あほか、ちゃんと言えよ」
「はい?」
「都合悪いんならちゃんと言えて。俺かてさすがに遠慮するっちゅーねん」
「なに言うてんの?別にええて言うたやん」
「顔が言うてへん」
「顔は生まれつきや」
「顔怖いねんお前」
「あんたも十分怖いっすよ」
「あほか知らんやろ、俺最近プリティーゆうちん言われんねんで」
「アホや。アホがおる。単に太ってきただけやんか」
「うるさいねん!」

プンプン、て擬音が頭の上に浮かんだのが見えた気がする。
今度は顔だけじゃなく身体ごとそっぽを向いてしまった。
丸まった背中がこっちに向けられて、こっちこそつまらんっちゅーねん。
なんやねんこの人。
急に機嫌悪なるし。
俺なんもしてへんのに。
そら俺も余計なことばっか口から出てってる気ぃするけど。
でも言う程機嫌損ねるようなことを言ったつもりもないのに。
さすがにこれだけ付き合いが長くなれば、だいたいどこら辺で怒り出すかくらいは判ってるつもりだったのに。
・・・ほんま、上手くいかん。

「ちょお、もう、横山くん。DVD見るんでしょ?」

とりあえず本題に持っていってなだめすかそうとする。
めっちゃ気ぃ遣い屋さんやな俺。
あんたみたいな人には俺がお似合いやねんで。ほんま。
・・・言えたら苦労はせぇへんけど。

「桜井さん、みるか」

でも俺の気遣いなんてそっちのけ。
横山くんは案外拗ねた様子でもない声で、普通にそんなことを言った。
背中を向けたままだからその表情はよく判らなかったけど。
でも普通にまた楽しそうにミスチルを歌い出してるからたぶん大丈夫。音もいつも通り外してる。
なんや、意外と別に御機嫌斜めちゃうやん。よかった。

「うん、見ましょ。たぶんそのデッキん中入ったまんまやと思うから」
「おーし、リモコンこれやんな?」
「そうそう。あ、どうせやからなんか飲みながら見る?」
「そうやなぁ。ビールとってビール」
「はいはい。・・・じゃあ俺はこれにしよ」
「よーし再生すんでー」

移動してその隣に腰掛ける。
ちらっと横目でそちらを見ると、横山くんはあぐらをかいた体勢で片手にリモコン、片手に缶ビールというかくも見事なおっさんスタイルだった。
でも余程見たかったDVDだからなのか、やけに嬉しそうな横顔。
よくよく見ればその白すぎる頬がほんのり染まっているような気すらする。
まだビールだって一口しか飲んでいないだろうに。
そんなに桜井さん好きなん?
アホかもしれんけど、俺も好きやけど、さすがにちょっと妬ける。

「あ、これもしかして途中ちゃうん?一回メニュー画面に戻さなあかん?」

リモコンの再生ボタンを押しながら横山くんがこっちを見た。
聞かれてはたとする。
そう言えば途中だったような・・・確かまだ序盤戦やったけど、好きなあの曲が終わった辺りでもう遅いからってそのまま消して寝た気がする。

「あー・・・そうかも。じゃあ一回その隣のメニューボタンを押して」
「んー?どれ?」
「せやから、その、再生ボタンの隣の・・・」

と、そこまで言って俺は急に自分の記憶違いに気付いた。
それは言う程大した違いじゃない。
昨日だと思っていたそれが一昨日だっただけの話。
事実としてはただそれだけの違い。
けれどもそれは今この場では結果として何よりも大きな違いだった。

そのミスチルのDVDを見たのは昨日じゃなく一昨日だった。
そして昨日本当に見ていたのは・・・・・・。

「・・・っ!ちょ、待って!」
「ん?」
「あかん!間違えた!そのDVDはちゃうねんっ・・・!」
「え?ちゃうんか?ん?でも再生始まったで?」
「あかんて!ちょ、リモコン貸して!はよ!」

あかん!まずい!
昨日見てたん言うたら、よりにもよってアレやんか!
やばい見られたらもう死ぬしか!

もう人生最大のピンチ言うても過言やない俺やのに。
これでもかと焦ってるっちゅーのに。
この白いキツネ顔は人のそんな様をさも楽しそうに指差して笑いやがった。
しかも意味わかってへんくせに、ご丁寧にリモコンは自分の後ろに隠して。

「なんやねん、おまえなに焦ってねん。おもろい」
「ええから貸せっちゅーねん!はよせぇや!」
「うーわこわっ。亮ちゃん怖い〜」

遊んでる場合ちゃうねん!
もうほんま力づくやぞ見くびんなや!

「っちょ、ちょちょっ、りょおっ・・・!?」
「はよ貸せっ!消すっ・・・」

横から手を伸ばしその身体を躊躇なく床に押し倒して、驚いた拍子に手から転がり落ちたリモコンを奪う。
目的は何とか達成できたものの。
気付いたらものすごい体勢。
なんでそこまで?と唖然とする白い顔を見下ろしていた。
しかもリモコンを奪い取ったのとは逆の手はガッチリとその身体を肩口から押さえつけている。
信じられないものを見るようなその目が、パチ、パチ、と何度か緩く瞬いて俺を見上げる様が、なんだか妙に幼げで。
俺はついに自分がやらかしてしまったのかと思った。
実際には別に言う程のことはしていない、単にリモコンを取り戻そうと思っただけだったのに。

それはこの体勢がまずいものだと十分に知っていたからだ。
いや、妄想していたからだ。もう数え切れない程に。
強引にその身体を押さえつけて、白い肌を露わにして、そこに指を滑らせて、震えるそこに唇を落として、自分の痕を刻み込んで・・・。

「・・・うわっ!」
「っな、なにっ・・・?」

まるで頭の中の妄想がにじみ出てその切れ長の瞳に映ってしまうんじゃないか。
そんなアホでしかないことを思って、俺は思わず飛び退いた。
すると今度は俺の声に驚いたのか、その肩がぴくっと小さく揺れる。
けれど横山くんはひたすら俺を驚いたように見上げ、起きあがることすら忘れている様子だったくせに、ふと、何かに気付いた様子でそのまま顔だけをテレビの方に向けた。

「え・・・?」

その瞳が真ん丸く見開かれる。
画面には再生されたDVDの映像が流れ始めていた。
俺の顔はみるみる内に真っ青になっていっただろう。
幸いなことにテレビの方を見ていた横山くんには、この顔は見られなかった。
でも、どう考えてもこの場合はこっちを見て貰っていた方がまだよかった。

「ちょ、まっ・・・!」

慌ててリモコンの停止ボタンを押そうとした俺の手は、焦りのあまりか上手く動かせなかった。
この細長い物体をこんなにも恨んだことはないだろう。
なんでこない持ちにくい形してんねん!
・・・逆恨みやとは判ってる。
でもそうでもしないとやりきれないこの事態。

「うわあ・・・」

横山くんの第一声はそんな間の抜けたものだった。
感心なんだか呆れなんだか、とりあえずどちらにしろ俺としては最低最悪の展開。

「おまえ、・・・いや、趣味は人それぞれやしな、ええと思うで・・・うん・・・」

そんな反応やめてや。
そんな、そんな・・・・・・もう泣きたい。

「うん、ええんちゃう・・・。結構きれーな女優さんやん、俺も結構好きかも。おっぱいおっきいしなー。うん・・・」

もうええねん。やめて。もうやめて。
それ以上言わんで。お願いやきみくん。

「いやでもしらんかったわー。そうかー・・・亮ちゃんは教師もんが好きかー・・・」

未だ起きあがることもなく、俺に転がされたまんまでしみじみと呟いた横山くんの視線の先。
そこにはきつく綺麗めの顔立ちをした色っぽいお姉さんがいた。
白シャツの胸元をババンと開けて、短すぎるタイトスカートから生足をドドンと出して、ポインターを片手に細いフレームの眼鏡を指先で押し上げてはこちらを妖艶に見下ろしている。
その上にはでかでかと白抜き文字。


『カラダで教えて★ゆうせんせ』


「いや、うん、健全やで。オトコノコなら当然やん!教師モンにハマるんもまた青春やで!」

なんや俺めっちゃ慰められてる?

そんな青春ならいらん。
もう死にたい。










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(2006.3.29)






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