青春アワー 4










好きな人にAV紛いのことをしてもらっちゅーのは、やっぱ男としては羨ましいもんなんかな。

俺はぼんやりとそんなことを思いつつ、どんどん速度を増していく動悸を持てあましながら、硬直したようにその白い顔をじっと見上げた。
そうやって真顔でいるとまるで造りもののように整った顔がよく判る。
うっすらと開いた赤い唇や透けるような白い肌、全体的に薄い色素。
出逢った頃からあまり変わらないそれは、だからなんだろうか、俺の心をずっと掴んで離さない。
でも今目の前で気まぐれに俺にのしかかってくるあんたはそんなこと知らんのやろな?
当たり前だ。
この想いを口にしたことは一度としてなかったのだから。
口にもしないで伝わると思う方がどうかしている。


「・・・おんなじこと、しよか」

柔らかそうな唇が微かに動いて、そんなことを呟く。
なんだか妙に静かな言葉だった。
てっきりからかい混じりでああだこうだと無駄に喋っては、面白がる様子を見せると思っていたのに。
思う以上の緊張と僅かな混乱とで、未だ魔法にかかったままみたいに動けずただ見上げるだけの俺に、その白い指先でやはり静かに俺の髪に僅か触れてはちらりと向こうの画面の中を見る。
画面の中では未だ映像が流れていて、既に場面はクライマックスなのか、件の女教師が身も世もなく喘いでは豊満な白い胸を揺らしていた。
相手の男が動く度にその甘ったるい声がひっきりなしに上がる。
そんな音をバックに、それと、同じこと・・・?
俺と、あんたが?ほんまに?夢やなくて?
それこそ俺が何度も夢に見てきた、そんなことを?

「よ、よこやま、くん・・・?」

言いたいことや訊きたいことはそれこそ山ほどあったのに、俺の喉からは情けなくも掠れたそんな言葉しか出てこない。
ただ自分で唾をごくんと飲み込む音がやけに耳に響く。
そんな俺をどう思っただろう。
まだまだ青いとでも思ったんだろうか。
その真顔の中でほんの僅か、その赤すぎる柔らかそうな唇の端を歪めてみせて、少しだけ身を引いた。

「亮ちゃんは、こういうん、好きか?」

何を?問うこともできなかった。
固まったように転がっていた俺のジーパンのファスナーに静かに手をかけた。
それはおずおずと、まるで焦らしているのかと思う程にゆっくりと。

「ちょ・・・っ?」

思いきり息を飲んでしまった。
白い指先が静かに降りていくと同時、チチチ・・・と小さな音がする。
するとなんだか僅かな開放感。
ジーパンのファスナーが降ろされたのだ。
けれどされていることは理解できても、目の前のこの人に自分がされているという事実が未だ理解しきれないでいた。
そんな俺をどう思ったのか、横山くんはまたも緩慢な仕草で、今度はおずおずと開いたファスナーの中に指先を伸ばす。
それを触覚よりも前に視覚で感じてしまった俺は、今度こそビクッと身体をおののかせてしまった。
まさか、本気で?・・・してくれんの?
頭に血が上ったように熱い。
そしてまたも焦らすように、ほんの僅か触れるだけで留められた白い指先が、けれど確かに俺の黒い下着に触れた。
触れられた瞬間、頭だけでなくそこにも熱が集まる気がした。
若いと笑われようともこればかりはしょうがない。
好きな人にそんなんされて、そんなされそうになって、我慢しろって方が無理やねん。

もう一度ごくんと唾を飲み込んだ。
カラカラに乾ききった口からはやはりろくな言葉は出て行かない。

「よこやまくん、・・・きみくん、ほんまに・・・?」
「ん・・・?」
「ほんまに、その・・・」

見下ろしてくるのになんだか妙に窺わし気な視線。
それには若干の違和感がある。
そもそもが、さっきから静かすぎると思う。
教師モンのAVなんぞに判りやすく反応してる弟分に自分が先生になって教えてやる・・・なんて、そんな半ばからかい混じりの展開だったはずなのに。
ちょっと悔しいけど、俺と相手の今までの関係を考えたら精々がその程度のものだと思っていたのに。
今みっともなく転がされて組み敷かれているような俺をからかうでもなく、ただ緩慢に動くだけ。
一体何を考えているんだろう。
けれど俺はその先を考えるには至らなかった。
どこもかしこも血が上り過ぎだ。

「お前、口でされたりするん、好きそうやんな?」

小さくふふっと笑われた。
・・・ああ、せやな、やっぱりそんなもんやねんな。
あの映像と同じようなことをしたら俺がどんな反応するんか、窺ってんねんな。
俺は内心そんなことを思いつつ、ばつが悪くて視線を逸らした。
だからその後僅かに降りた沈黙に、横山くんがどんな顔をしたのかは判らなかった。

いよいよ下着にかかった指先に、それだけで身体の奥からじわじわと沸き上がるような衝動を覚える。
そして視界の端で薄金茶の髪が揺れたのが判った。
くつろげられた俺のジーパンの前に顔を近づけてきたのだ。

うそ、手やなくて、・・・うそやろ?
確かに映像内の彼女は自らの舌で相手の熱を慰めていた。
けれどもまさか、横山くんまで、そんな。

でも俺は内心狼狽えつつ特に言葉は出なかった。
混乱してはいたけれど、何か言って「やっぱやーめた」なんて言われたくなかったから。
そう、正直に言ってしまえば、してもらいたい。
いきなりでそれはないやろと冷静に思う自分がいる反面、好きな人にしてもらえるなら理由はどうあれ嬉しいに決まってると熱に浮かされたように思う自分がいる。
・・・しゃあないやん、まだ若いねんもん。
もちろん今までの経験の中でしてもらったことが全くなかったわけではないが、それでも本当に好きな人にしてもらうのはやっぱり違うだろうというのは想像がつく。
そしてきっとそれは、想像以上のものだろうから。

「・・・亮ちゃん、あの映像見ててええで」
「あ、え・・・?」
「あの通りにやったるから」
「・・・ん、はい」

はい、やないやろ俺!
何を素直に頷いてんねん!
ああ、でもやばい、普通に興奮する。いやめっちゃ興奮する。
どないしよ・・・なんて、俺はまるで童貞みたいに為す術もなく転がされたマグロ状態だ。
その白い指先が俺の下着にかかり、その白い顔が更に近づいてくるのを瞬きせずに見た。

「じゃ・・・」

でもやはり言葉は妙に少ない。
普段のこの人ならあらゆる言葉で俺をからかっているだろうに。
今はまさに絶好のチャンスのはずだ。
けれどそれもせず、そんな風に何か考えるようにじっと黙りがちに事を進めようとするのは、何か他に理由と目的があるのだろうか。
疑問はあった。
けれどその先をきちんと筋道立てて考えていくには、やはり今目の前にある熱が邪魔をする。

そして俺は何より大事なことすらすっかり忘れ、目の前で動く薄金茶の頭をぼんやり眺めてしまった。
だからそこに投げかけられた言葉が一瞬理解できなかったんだ。

「あんな・・・俺は今ゆうセンセやからな?」
「あー、うん・・・」
「ナイスバディのお色気先生やねん」
「あー、あそこのな・・・」
「そやねん。・・・せやから、俺をあれやと思っとけばええねんで」
「ん・・・?」
「どうせなら目とか瞑っといた方がええかもな。俺あんま喋らんようにするし、そしたらほんまのAV体験できるんちゃうか?」
「え・・・」

違和感があった。
さっきから感じていた違和感が一気に膨れ上がった。
それは今じわじわと身体を支配し始めていた熱など遙かに凌駕するような違和感。

その白い手、白い顔。
妙に柔らかそうな赤い唇、いくつになってもキラキラした髪。
黙っていれば切れそうな程の美貌、けれど笑うと一気に崩れて幼くなる。
俺が恋をしたのはこの人だ。
横山裕っていう、男だけど、兄貴分だけど、俺にとっては誰より綺麗で可愛い人だ。

「なに、言うてんの?え・・・?」
「せやから・・・あれ通りにやったるからって、ゆーてるやん。ゆうセンセが教えたるって。まー・・・俺もゆうセンセではあるけどな、まず挟んでやれるプリンがないしな」
「は・・・?あんた、なに・・・?」

横山裕。
横山裕?
あんたは横山裕やろ?
俺が好きな・・・好きで好きでしゃあない、横山裕。
この人は今、それを見るなって言うたんか?
自分やと思うなって言うたんか?
あの女優さんやと思えって?
あの映像通りにやるって、そういうことなんか?

ああ、からかうっていうんはそういうことなんか。
そういうことなんか。
言い出せもしないくせにヤることだけはやりたいなんて、そんなん思ってるクソガキにはそれで十分か。
してくれるだけでもありがたく思わなあかんか。


ふざけんな。


「・・・・・・きみくん」
「ん?ほら、お前映像見てなあかんって、ちゃんと俺があれ通りにやんねんから・・・・・・ッ、えっ?」

勢いよく上半身を起こすと、その勢いで下着にかかっていた白い手を掴んで、今度は逆に思いきり引き倒した。
切れ長の目が驚愕に見開かれている。
・・・自分で誘ってきたくせになんやその顔。
何かが身体の内から暴れ出すような感覚だった。

違和感は熱を凌駕した。
けれども熱は収まったわけじゃない。
今でもこの身体中に燻って、むしろまだまだ溢れてくる。
ああ、どうしてやろうかこの熱を。

掴んだ白い手を床に押しつけ、さっきとはまるで逆の体勢でじっと見下ろしてやった。
横山くんは小さく唾を飲み眉根を寄せると、掴まれた手を振りほどこうとする。

「りょ、・・・おい、なにしてんねん、おま・・・俺がやるって、」
「・・・いらんわ、もう、そんなん」
「いらんって・・・やっておまえ、ああいうん、好きやって・・・せやから」
「せやから何?せやから同じようにやったるって?」
「そうやろ・・・そういうあれやん、せやから俺が教えたるって・・・」
「でも、あんたやと思ったらあかんのやろ?」
「それは、せやから、・・・ほら、やっぱ俺は女優さんとはちゃうしな・・・?」
「そんなん最初から判ってたわ。アホか」

言い出せもしない恋だった。
だから想像の中だけで散々汚してきた。
若さなんて、未熟さなんて、ただの弱さだ。苦しいだけだ。
言い出せもしない恋の弱さ、けれどそれは身体の中で、心の奥で、溜まりに溜まってもう爆発寸前だった。

「あんたにあれのマネなんぞしてほしくない。・・・あんたはそんなんとちゃうやろ」

恋の言葉はもうそのまま出て行きそうだった。
その勢いのままに、振りほどかれようとしたその手を更に強く掴んで縫いつける。
けれど顔を思いきり近づけてやったら、一瞬悲しそうな顔をされた。そう言えばそれはさっきと同じ。
そうかと思えば細く息を吐き出して、唇を薄く開いては閉じ、開いては閉じ。
・・・らしくないわ。
どうせなら怒って頭の一つもおもいっきり叩けばええのに。
蹴りの一つも入れてくればええのに。
そんならしくもない反応されたら、俺はもうそれを理由にして、戻れんとこまで行ってしまうかもしれんのに。
けれどこの人は一体なんなんやろ。
俺が怒ったとでも思ったんかな?
それこそ、ほんまにらしくない。

「亮・・・なぁ、わ・・・悪かった、から」
「・・・はぁ?今更やん」

そんな声を掠れさせて、半ば怯えたみたいな反応、あんたやないやん。
なんで?
俺、今そんなにおかしなってんの?
ちょっとへこむわ。
へこむし・・・抑えきかへんようになってまうわ。

「悪かった・・・ごめん。せやから怒んなよ・・・」

なんで落ち込んでんの?
わけわからん、ほんまに。
せやから別に怒ってへんわ。
こんなんで怒ってるって、ほんまに今更思ってんの?
でもそうやって謝られたら、それ以上言えなくなってしまう。
手を引くしかなくなってしまう。
それが狙い?
だとしたら、ほんまにひどい。
俺の気持ちも欲望もここまで引きずり出しといて。
でもだからって、そんな風に相手のせいにしようとしている、俺はもうどうしようもない。

「・・・ほんまに悪かったて、思ってんの?」
「ほんまやって・・・ちょお悪ふざけしすぎたわ」
「ふぅん・・・」

一応頷いてやりながら、頭はちっとも冷静なんかじゃなかった。
ただ目の前の身体を包むそのシャツを、一体どう脱がしてやろうか、なんて。
確かに熱でおかしくなっているとしか言いようがない。
AVをBGMにして好きな相手をどうこうしようと考えるなんて、若さで説明するにもさすがにあんまりだと思った。










TO BE CONTINUED...






錦戸暴走編。
そしてもうバレバレですけど実は両思いっていう、ね!(あーあ)
なんか展開がアレですけど基本はラブ米なので、早々若人の思うようにはさせません(ひどい)。
(2006.12.18)






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