そのための両腕










まぁなんていうか。
久々のオフ日、部屋には恋人が来てて。
俺の作ったご飯を一緒に食べて、普段見られないお笑い番組でひとしきり笑って、ちょっとお酒飲んで、ゴロゴロして。
なんとなーく、そういう雰囲気になるやん。な。

だらりと四肢を投げ出して転がる様がなんだか猫みたいやったわけですよ。
ご飯の時以外は寝てるかゴロゴロしてるかする感じ。
ミルク色をした一際柔らかそうな、つついたらマシュマロみたいな手触りの脇がタンクトップからチラッと覗いててね。
なんや誘われてるみたいに勝手に感じたから、緩くのしかかるみたいにそこに指先で触れながら、耳朶の裏に唇を押し当てた。
そうしたらちょっとだけくすぐったそうな顔はしたけど、抵抗はあんまりないもんやから。
ちょっと調子乗って覗く柔肌の至る所に優しくキスを落としていったら、向こうから腕が伸びてきて緩く絡んで。
ついでにおまけみたいにほっぺにキスが返ってくきた。
むにゅ、てあのぽってりした唇の感触がこれまた可愛らしくて。
今日はなんやご機嫌やね。
内心ほくそ笑んでその身体を引き上げるように起こして、正面からだっこするみたいに抱きしめた。
あ、なんやちょっとまたお肉ついたんちゃう?
やたらと柔らかい感触は、けどそれだけが理由じゃない弾力を掌に伝えてきて、相変わらず抱き心地がいい。
職業上痩せた方がええんちゃうかとは一応言うけれども、実際の所は別に痩せなくてもええのよ。
まぁこれ以上大きくなられるとさすがにちょっと困りますけど。何せ身長差があるしね。
でもそれを補うためもあって鍛えてるんで、まぁそこら辺はなんとでもなるけども。

「してもいい?」
「・・・んー。したいならすればええんちゃう」
「ほんならしますー」

うちのおっきい子は基本的にしたがりです。
意外とね。人肌とか好きやねんて。
基本寂しがりやし。いつも誰かとおりたいタイプ。
親しい人間と群れてるとよう吠えるわんわんガキ大将でおれるけど、急にそこから放り出されると途端に借りてきた猫になってまうの。
人見知りさんやし。ネガティブさんやし。
誰かおらんとあかん子やの。
誰かっちゅーか俺がおるからええねんけども。
ただ照れ屋さんやしいつも優位に立っていたいから、全部俺のせいにすんのよ。
お前がやりたいんやろがほんまおっさん盛ってんなよあほーしゃあないからやらせたるわー、てね。
まぁ別にいいですよ。
俺はできればなんでもね。
そんなん言うてる子に最終的に「ちょうだいひな」って言わせんのがロマンやし。ね?

「ヒナ」
「ん?」

なんや先の展開色々考えてたら、目の前の顔が怪訝そうに目をぱちぱちと瞬かせて小首を傾げた。
うーん、この子一応もうすぐ25歳になるのに。
なんでこんな幼い仕草が似合うんでしょうか。
条件反射的にニコリと笑い返したら、今度はそのつやつやした唇がつんと尖った。

「おまえ、えろいこと考えてたやろ、いま」
「そらまぁ。否定はしませんけど」
「なに考えてたん」
「ヨコでエロいこと」
「めっちゃいややわなんか」
「ええやん、これからほんまにエロいことすんねんから」
「金はらえよ」
「はい?」
「妄想いっかいにつきひゃくえん」
「100円?」
「ひゃくえん」

なに言い出すのこの子。
そんな白い掌こっちに向けて、親指と人差し指でわっか作っちゃって。
お金に汚いのはよう知ってますけどね。
こんなとこでそれ出されるとちょっと色んな意味で危ないしね。
途端に犯罪の空気漂うしね。

「横山さん、お金で愛買ったらあきませんよ」
「あほか。おまえのあほな妄想に課金するっちゅー話やんか」
「恋人に課金する意味がわかりませんけど」
「なんや、うばわれてる感じする」
「奪われてるときましたか」
「なんや俺のわからんとこで勝手に俺をオカズにするんが気にいらん」
「ええやん。思考は自由やん」
「おまえはなんかあかん」
「差別やんかー」
「なんかあかん。おまえの妄想ひどそう」
「案外普通ですよ僕」
「いいや絶対ひどいわ。絶対やわ。せやからひゃくえんはらえ」

またにゅっと伸びてくる白い掌。
親指と人差し指のわっか。
なんとなくそこに人差し指を突っ込んでみた。
途端にきょとんとする白い顔。

「なんやこれ」
「や、なんとなく。突っ込んでみました」
「・・・おまえ、」
「ん?」
「穴があったらなんでもええのか。なんでもつっこむんか。そこでもツッコミ隊長か」
「なに言うてますのん。その穴もお前のやんか」
「・・・さいあくな発言ありがとうございました」
「いえどういたしまして」

向かい合って抱っこした体勢のまんま、お互いぺこりと頭を下げてみる。
なんやろこれ、ちょっとおもろなってきたわ。
両手を腰に回してニコリと笑いかけてみる。

「ほんならヨコさん」
「あ?」
「逆によ?100円払ったらええわけやんね?」
「なにがやねん」
「せやから100円払ったら、エロいこと考えてもええっちゅーことやんね?」
「いっかいにつきひゃくえんやで」
「1回につきね。5回なら500円ね。10回なら1000円ね」
「おま、どんだけ妄想する気やねん」
「いやいや、たとえの話ですよ」
「たとえでも1000円て。妄想に1000円て。さすがはぐれはちゃうな」
「また出たそれ」

ええ加減はぐれから離れましょうよ。
そんなに気に入ってんの?
それとも気に入らんの?
まぁそんなこと言うてちゃんとビデオ録画して見てくれてんのは知ってるけどな。
まことがまことがって、そない方面にまでやきもちやかんでもええのにね。
腰を掴んだ右手の方をするすると上下に移動させながら撫で廻してみる。
それがむず痒いのかもぞもぞと身体を小さく動かして、そっと息を吐き出した時の唇の動きが何だか妙に色っぽかったから。

「ほんならキスは?」
「キス?」
「妄想が1回100円なら、キスはいくらなんかなーて」
「・・・・・・ごひゃくえん?」
「なにその疑問系」
「だいたいそんくらい」
「適当やなー」
「ほんなら、つっこんだらいちまんえん」
「いきなり高いっすね!」
「そこは安売りしたらあかん思うて」
「そもそもお金払わせる時点であかんでしょ」
「ちゅーかおまえ、いれていちまんてたぶん安いで。いまどき」
「そういうリアルな現実は置いておきましょうよ。それじゃ風俗やん」

このご時世、本番アリだなんて確かに相当高くつくだろう。
実際行ったことがあるわけやないけど、話だけなら結構聞いたりする。
でもそうしたら目の前の白い顔が一瞬きょとんと幼げに目を瞬かせて、小首を傾げたかと思うと舌足らずに呟いた。
そのくせそのセリフはちょっとありえないもので。

「・・・ふーぞくて、稼げるんかな」

何にでも興味を持つことが、自分で考える能力を持つ子供を育てます。
・・・とは言うけれど。
そんなとこには興味持たんでええの。
ていうかそんなんばっか興味持つしこの子。

「ちょっと待ちなさいあんた聞き捨てなりませんよ」
「ちょお思っただけやんけ」
「お前が言うとシャレにならんねん」
「なんでやねんあほか」
「すぐ身体使ってこうかなとか言うやんか」
「単なる興味やんけ」
「あかんあかん!あかんでヨコ!」
「だいたい俺男やし」
「そういう趣味の人もおるから!」

ただでさえヨコはなんや変なフェロモンみたいなもんがふよふよ出とるし。
女っぽいわけやないねんけどな。
どっからどう見ても男やし。
でもなんだか男やけど、まぁ、ええかな・・・なんて気にさせる何かが確実にある。
それを前に言ったら「あほおまえだけやわ」と一蹴されたけども。
もちろんみんながみんな、と言うつもりは毛頭ないけれども、自分だけでない妙な自信はあるわけでね。
・・・ほんで、あんた何そんな目ぇキラキラさせてんの?

「おー、おれ、いけるか?」
「なにがですのん」
「そういう趣味の人相手やったら稼げるんかな」
「あんたちょっと本気で言ってます?」
「んなわけないやろが。単なる興味やんか」
「ほんま危ないわおまえ・・・」
「誰がやねん!変な想像すなよ」

そらするよ。
容赦なく想像するよ。
俺結構本気で心配よ。

「ヨコさん、俺が払ったるから、ね?」
「なにがやねん」
「変なとこで稼ごうとせぇへんように」

まぁそれ以前にうちの社長がおる限りそんなことはありえへんわけですが。

「・・・ヒナ、払うんか」

あれ。
なんや不満げやんか。
口とんがってますよ。
あんたその仕草ええ加減止めて。
キスしたなるから。
・・・・・・えい、してまえ。

「んっ、・・・なに」
「ん?キスやん。なにて」
「・・・払うんか」
「あ、500円やったっけ?」
「・・・600円」
「なにそこ微妙に増えてんの?」
「値上がりした」
「した後の値上がりとかサギちゃうの?」
「勝手にしといてなに言うてんねん」
「そこは恋人やねんからええやんか」
「金払うんやったら恋人ちゃうやんけ。そんなん」
「・・・あんたはー、もうー」

なるほど。
至極真っ当なご意見で。
でも最初に言い出したんはお前やんか。
そやのに今更そんな可愛いことを言うわけですか。
そのツンととんがったお口が。

「お前は無理やなぁ」
「はぁ?なんやねんいきなり」
「お前はやっぱ無理やわ」
「せやからなにが」
「そっちで稼ぐんとか、ほんま無理」
「なに俺思いっきり否定されてんの?」
「ほんなら肯定して欲しいの?ヨコならぎょーさん稼げるでー!て」
「肯定されてもうれしないわ」
「せやろ?」
「でもなんやおまえに否定されるんはごっつむかつく」
「そらすんません」
「調子のんなよはぐれ」
「ついにははぐれ呼ばわりっすか」

そないはぐれ好きなら、今度真木大輔でやったりましょか?
・・・なんて言ったら殴られそうなんで止めとこ。
まぁ視野に入れとくってことでー。

「でもそもそもあれってな、言う程稼げんらしいで」
「え、そうなん」
「やって全額自分で貰えるわけやないねんから。ほとんどは店に入んねんで」
「あ、そか。俺らとおんなじやな」
「まぁ俺らは事務所やけど」
「あーお金ほしい」
「あんたね」

そない伏し目がちに吐息混じりで呟かんといて。
せやから心配になんねん。
ものは何にせよね。
ほんまは別に言う程困ってるわけでもないくせに。
たとえどんだけあっても欲しい欲しいて、そのくせ実際何をするわけでもなく口ばっかりで。
この子の意味があるんだかないんだかようわからんおねだりには困ったもんです。

「よっこら、しょ・・・っと」

我ながらおっさんくさいなぁと思うセリフを自然と呟きながら、正面からだっこしたままでゆっくり後ろに身体を傾けて床に転がる。
自然とヨコの身体が俺の上に載っかるみたいになって、突然のことに驚いた身体が上で身動いだ。
咄嗟に身体を支えるために俺の頭の横に手をつくと、下向きになった唇が自然とうっすらと半開きになる。
動いたせいで撓んだ唇の皺のせいでそれがまた柔らかそうに見えてね、ええなぁって改めて思った。

「なにおまえ。びっくりするやんか。なに」
「35500円」
「は?」
「35500円分で、お願いします」
「なにが?」
「金は払わんけどね」

からりと歯を見せて笑ってみせたら、ようやく意味が判ったんか、そらもうあっきれたーて顔された。
ええがなええがな、そもそもはお前が言い出したんやし。
おもろいから今日は使わせてや。

「ちなみに内訳は」
「本番3回、プラスキス10回、プラス諸々」
「もろもろて」
「どういう風に焦らそかなーとか、考えるアレですよ」
「つまりは妄想5回てことか」
「言い換えればね」
「そもそもおまえ3回もやる気か。やる気満々か」
「言うても俺さっきから満々よ。・・・ああ、でも、キスはもっとしたい?」
「きくなよ」
「まぁそこらへんは臨機応変にね」
「タダやのに」
「払ったらあかんのやろ」
「払う気かこのはぐれ長者が」
「わかったわかった。でも何もタダでとは言わんから安心し」
「なんやそれ」
「お金は払わんけどね、その分他のもんあげるから」
「・・・・・・おまえ、」

俺に載っかったままその白い顔が近づいてきたかと思ったら、触れる寸前で囁いて、それからちゅっと触れた。


『愛で払ったるとか言うたらほんま金とるぞ』


そんなんさすがによう言えんわ。
でもね、その分ちゃんとあげるから。
この腕の中でいくらでもおねだりすればええよ。

俺にしかあげられへんもの、いくらでもあげるから。










END






弱村上ブームと平行して最近ノロケ村上ブームも到来中(対照的)。
なんかもういろいろ頭悪めな空気。かと思えば微妙な空気も。
よくわからん(ちょっと)。
(2006.3.17)






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