その両手に余る幸せを










村上が風呂から上がり寝室に向かうと、部屋のベッドは既に掛け布団でこんもりと盛り上がっていた。
人二人くらいなら眠れる程のサイズのベッドだが、そのちょうどど真ん中にできた山の中身は、実はついさっき共に帰ってきた恋人だ。
そのいっそ漫画めいた光景に、村上は軽く呆れたように笑い、髪をガシガシと白いタオルで拭きながらそのベッドサイドに歩み寄る。

「はっや。どんだけ速攻やねん。ちゅーか風呂入らんのー?」

けれどそれに返ってくる言葉はない。
ただ盛り上がった山が少しだけ身動いだ。
どうやら動くつもりはないという意思表示なのだろう。
村上はそれに小さく息を吐き出して一つ頷くと、そのベッドサイドに近づいた。

「ちゅーか寝るだけなら、うち来ることないやんか」

大阪に帰ってきた以上自分の家だってあるというのに。
そんなことを思いながら、村上はベッドサイドから手を伸ばしてその盛り上がった山をポンポンと軽く叩いてみせた。
しかしそこに返ってくるのはやはり小さな身動ぎだけだ。

今日はついに始まった長期ツアー最初の会場の最終日だった。
いくら四日間の最後とは言え、まだ一つ目の会場だというのに凄まじい盛り上がりぶりで、正直全力を出しすぎたきらいもある。
これから長丁場になるというのに、メンバーみんながみんな体力温存という言葉など知らぬかのように、テンションのままに弾けた。
特に今日の最終公演の盛り上がりはまさに異常な程で、さすがにもう昔のように無茶はきかなくなってきたと思いながら、村上は走り回ってパンパンな脚を若干持て余していた。
ええ加減ちょっとは考えなあかんなぁとは思いつつ、けれど今日は致し方ないとも思っていた。

「よーこやーまさーん。寝んのはええけど、もうちょい向こう寄ってや。俺寝れへんやんか」

もう一度ポンポンと盛り上がった布団を手のひらで軽く叩いてみる。
確かに今日は疲れたやろな、と思いながら。

そう、テンションのまま盛り上がった上に、あれだけ盛大に自分の誕生日を祝ってもらったのだから。
人は感動することでも疲れるものだ。
そしてその疲れはもちろん嫌なものではなくて、とても心地よい気分を伴う疲労だ。
だから今日の横山はきっとよく眠れることだろう。
そういう意味では、折角来てくれたのに僅かな触れ合いすらなく、こうして自分が風呂に入っている間にすげなく布団を占領されたとしても、村上はまるでつまらない気持ちにはならなかった。
一年に一度の、横山がそのいつまで経っても稚い心を震わせたこんな日に、自分のベッドでこれ以上ない程の心地よい眠りを得られるのなら、喜んでベッドも明け渡そうというものだ。
・・・とは言え、どうせならそんな一年に一度の幸せに包まれた恋人がすぐそこにいるのなら、自分もできるだけ近くで一緒に眠りたいというのも正直な気持ちだった。

「俺も寝るからちょい寄ってー。よこちょー」

けれど軽く叩いても揺すっても、そのベッドの山は横にずれない。
ただ眠っているわけではないようで、依然として小さく身動ぎはするのだ。
村上は軽く首を傾げてふっと息を吐き出したかと思うと、その布団の端をおもむろに掴んで軽く捲りあげた。

「どうも、おこんばんはー?」

そんな一応の挨拶と共に、捲りあげた先を覗き込んでみる。
するとそこには、両手になんとか納まるくらいの段ボール箱を抱えて背中を丸め、転がっている恋人がいた。
何か大事なものを守るように抱え込んでは、小さくもない身体を精一杯丸めている姿が、なんだか何か動物の親のようにも見えた。

「あんたなにしてんの・・・」

思わずぽかんと口を開けてそんなことを呟いた先で、横山はうっすら目を開けて少し眩しそうに村上を見上げていた。
村上の驚きなど意にも介さぬ様子で、ただぽってりした唇を軽く尖らせて呟く。

「ちょお、眩しい。しかも寒い。めくんな」
「はぁ、すいません・・・」

思わずそんな風に反射的に謝りつつも、村上はその布団を捲った部分に堂々と乗り上げる。
二人分の体重がかかってベッドのスプリングがギシリと軋んだ。
当然のように身体を滑り込ませては自分の身体をずらそうとするその手に、横山はもぞもぞと身動いでは仕方なさそうに少しだけ寄ってやった。

「なんやおまえ、狭いやんけ」
「あんたここ誰のベッドやと思ってんの」
「今日は俺のや」
「なんでやねん」
「プレゼントや」

なんだか自信満々に言う様が妙に得意げで子供じみていた。
村上は一瞬目を瞬かせ軽く吹き出しては、シーツに肩肘をついてすぐ傍の丸まった身体を眺めた。

「お前、今日はなんでもプレゼント言うたらええ思ってるやろ」

軽い笑いと呆れ混じりのそんな言葉に、横山は白い顔を薄く笑ませるとわざとらしく可愛らしい調子で言ってみせた。

「ヒナちゃんありがとなぁ?」
「はいはい、どういたしまして。・・・ほんでもそれ、ほんまに寝る時まで抱いてるつもり?」

そう言って村上が指差した先は、横山が依然として大事そうに抱えているダンボールの箱。
それは今日メンバー全員で横山にプレゼントしたDVDボックスだ。
以前から横山がずっと欲しい欲しいと言っていたそれ。
貰った時はステージ上ながら本気で感動していて、それこそステージでなかったら泣いていたかもしれない。
そのくらい本気で嬉しそうだった。
箱を大事そうに抱えて、顔を崩して子供みたいにふにゃふにゃと笑って、今日は抱いて寝るとまで言っていた。
メンバーは皆そんな姿を微笑ましく思ったものだったが、まさか本当にやるとは誰も思わなかっただろう。
普段誰よりも横山を見ていて、このプレゼントのリサーチを行った当の村上とてさすがに思わなかった。

「さすがに邪魔やないの?」

コツコツと、ダンボールの箱を爪先で弾くように音をさせてみる。
けれど横山はそんな村上の手をすげなくその白い手で叩くと、改めて箱を抱えなおす。

「あほさわんな」
「ええやんか。俺も金出しとんねんから」

思わずそんなことを言ったら、途端に至極嫌そうな顔をされた。

「おっまえは・・・なんでそうやねん」
「なんでて」
「人がせっかく感動して、今日という日を噛み締めながら寝よう思ってんのに」
「はぁ。それはええことやね」
「それをおまえ、金金て。おまえの頭ん中は365日金か。金ピカか」
「はぁ。それはすいません」
「ほんまちょっと悔い改めろよおまえ」
「別に特に悔いてはないですけども」
「おまえの人生を丸ごと悔い改めろよ」
「人生丸ごとっすか」

えらい範囲広がったな、とそんないつもの調子の返しを続けつつも、村上はなんだか嬉しそうに笑って自分も枕に顔を預けた。
転がった横山とようやく目線の高さが合う。

「ま、そんなに喜んでもらえたんなら、よかったわ」

それこそ頑張ってリサーチした甲斐があるというものだ。
こうして毎年毎年、今年は何を贈ろうかと考えては準備して、そうして手渡す瞬間が村上はたとえようもなく好きだった。
想いなど形には見えなくて、言葉すら紡がれた傍から曖昧になってしまうことをよく知っていたからこそ、たとえ他愛はなくとも一年でたった一日だけ、この想いを形にできる瞬間が大事だった。

「まだ三日・・・あ、日付変わったからあと二日か、早いけど。おめでとなー?」

そう言って特徴的な八重歯を見せて笑う顔を暫しじっと見て、横山はその箱を僅かに自分の脇のほうに移動させ、左手だけで少し余るくらいに抱えなおした。
ほんまに寝るんかな、と村上は当然のようにそんな行動を見ていたのだけれども、その傍から横山の箱を抱えたのとは逆の手が村上の肩に廻った。
パチン、と村上が一度瞳を瞬かせた拍子に、その白い腕によって布団の中に引っ張り込まれた。

「っん、ぐ・・・」

予想外の行動に咄嗟に受身も取れず、村上はそのまま顔からシーツに突っ伏す形になった。
その上から白い腕に半ば抱えられたような形だ。
若干息苦しいその体勢ながら、村上はなんとか顔だけを上げてそちらに向けた。

「ちょ、なんやねん急に・・・」
「・・・もー、寝るで」

けれど横山は何故か依然として当然顔でそんなことを言う。
片手に箱、片手に村上の肩。
若干どころではなく両手に余りすぎで、むしろそんな体勢では眠れないだろうと思う程の状態で。

「や、寝んのはええねんけどね、ちょっとこの体勢きついて」
「我慢せぇよ」
「無理言うなやー。ちゅーかお前も苦しいやろ、それじゃ」
「別に、苦しないで」
「嘘やろ。どう考えても無理あるやろ」
「・・・ええねん。今日はこれで寝んの」
「これでって・・・」

片手にプレゼントの箱、片手に自分を引っ張り込んで?
けれどそこまで思って村上はようやく気づいた。

「・・・ああ、プレゼントやから?」

思わず顔を近づけてくすりと笑ってそう言った。
恐らくいつもの悪態をつかれるだろうと予想しながら。
けれど続く悪態はなく、むしろ常にはないくらい、素直に緩んで笑む子供みたいな白い頬がそこにあった。

「今日は、いい夢見れそうやろ」

そう言って稚く笑ったそれこそが欲しかったもの。
毎年見たいと思うもの。
そしてこの家でこの部屋で、独り占めして眠りたいと思うもの。

「・・・ほんなら、お前が気持ちよく眠れるように、こうしとこか」

肩に回された腕を緩く解き、村上は自分の両腕をその柔らかな身体いっぱいに回した。
自分より長身の身体が更に箱を抱えているのだから、それは軽々とはいかなかったけれども、今日は特別な日だからきっと大丈夫。
相手も自分もいつにない程の幸福な夢を見られるだろう。

横山はその腕の感触に呆れることもなく、ただやはり稚い白い笑顔で、密やかな笑い声を立てて、目を閉じた。

「せやな。ここが一番、ええ夢見れるわ」


ありがと。


微睡みに掠れたようなそのたった一言が、幸福な夢へと誘う小さな鍵。










END






ユウユウ26ちゃいおめでとーう!
というわけで、遅れちゃいましたけどおめでとう記念!
色々ネタは考えたけども、やはりあの横浜オーラスでのお誕生日祝いが感動的すぎてね・・・これしかないなと・・・!
そして去年亮横で祝ったので(祝ったというには憚れる内容だったけども)、今年は雛横で。
まぁあのお祝い自体、というかもはやあの横浜オーラス自体が雛横スペシャルだったしね・・・。
ユウユウは本気であのDVDボックス、というかスカウターを抱いて眠ってればいいよ。可愛いよ。

ユウユウの26ちゃいが幸せな一年でありますように。
(2007.5.14)






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