そうっとそうっと。
なるべく音を立てないように静かに扉を開ける。

「・・・おーくらー?」

少し控えめにそう声をかけてみるけれど案の定返事はなかった。
そうして静かに扉を閉めながら部屋に入り、辺りを見回せばやはり。
ベッドの上、長い手足を無造作に投げ出して寝息を立てる恋人の姿。

「やっぱりか・・・」

ため息混じりで小さく呟きつつ、ゆっくりとその身体に歩み寄った。










ヒーリング










元々それは単なる気まぐれからの行動だった。
久々のオフで何となく暇だったし、かと言って誰かと約束していたわけでもない。
ましてや一人で何処か出かけるなんていう気には全くならなかった。
だから何となくふらりと恋人の家に行ってみた。完全なアポ無しで
大倉はもちろんまだ実家住まいだから、家には当然おばさんがいて。
唐突に訊ねてきた俺に、おばさんは最初こそ驚いたようだったけど。
顔を合わせるのは何も初めてではなかったし、何よりあいつに似て・・・いやあいつが似たんだろう、
そのおおらかな性格からなのか、特に気にした様子もなくにこやかに家に上げてくれた。
何処か柔らかなその笑顔は何となくあいつを彷彿とさせて。
俺は特に用もないのに家に上げてもらった挙げ句、暫くの間おばさんと世間話までしてしまった。
その合間に貰ったまんじゅうは、おばさんがちょうど昨日旅行から帰ってきた際に持ち帰ったというお墨付きの代物らしく大層美味かった。
世間話も一段落ついたところで、「そういやあいつ今日家おりますか?」なんていちいち訊いてみた。
もちろんいるだろうことは判っていたから訊ねてきたわけだけど、そこは一応礼儀ってものだろうと思って伺いを立てる。
するとおばさんは何だか苦笑した様子で、

『お昼ご飯食べた後ずっとこもりっぱなしなのよ。また寝とるんやないかしら』

そんなことを言ったかと思うと、俺の手にさっき食べたばかりのまんじゅうを更に二つ持たせてきて。

『横山くん、よろしくね?』

と言ってまたやんわりと笑うと、何やら洗い物が残っているのかさっさと台所の方へ行ってしまった。
一人居間に残された俺は持たされたまんじゅう二つを見てぼんやりと思った。
それはつまり、あの食い意地の張った寝汚い息子を頼まれたということだろうか、と。



「ほんまよう寝るやっちゃな・・・」

部屋に散らかる雑誌やらCDやらを踏まないようにとベッドサイドに回り込み、その顔を覗き込む。
顔を半分枕に埋めたような形で眠る顔は歳以上に幼く無防備だった。
いつも何処かぼんやりとしている男だが、元々の顔立ちは結構可愛らしいから。
身体だけはいっちょまえだけども、こうして眠っているとその表情は本当に子供のようだった。
それは何だかとても微笑ましくて、いくら見ていても飽きない・・・・・・とは行かないのが現実だ。
確かにそれは可愛いけど、何も寝顔を見に来たわけじゃない。
じゃあ何をしに来たのかと問われれば、それはそれで困るけど。

「・・・起こすか」

ここで普通なら、安らかな寝顔を見せる恋人の眠りを穏やかに見守ってやったりするものなのかもしれないけど。
生憎と俺にはそんな意識は、少なくとも今はまるでなかった。
これが連日の仕事で疲れて眠っているとかならともかく。
おばさんの話によれば、昨日は早めに帰ってきてご飯を食べお風呂に入り、さっさと寝て。
今日は昼前に起きてきて昼ご飯だけ食べたかと思えば、またすぐ部屋にこもってコレだって言うんだから。
気を遣うような余地はとりあえずないだろうと勝手に判断してみる。

未だまるで起きないことをもう一度確認して。
俺はベッドサイドに腰掛けると、こちらに向けられたその背中を下敷きにするように、容赦なく後ろに倒れ込んだ。

「お・お・く・らー!」
「っ、ぐえ・・・っ」

まるでカエルの潰れたようなのにも似た声。
・・・いや、実際そんなもん知らんけど。
とにかく何かに潰された・・・実際俺の全体重を上からかけられた大倉は、俺の身体の下で苦しげに呻いていた。

「ぐ・・・っくる、し・・・っ・・・なにー・・・?」
「いつまで寝とんねん。おきろー」

後ろにぱったり倒れ込んだままの俺は、まるで唐突に落ちてきた大きな荷物みたいな感じだったんだろう。
大倉は若干パニックになりつつも、未だ霞んだ目をぱちくりさせながら何とか身体を半分捻って俺を覗き込んでくる。

「よ・・こやま、く・・・?」
「せやで」
「なん・・・もう・・・なに・・・」
「なにて。来たったんやんか」

依然としてその体勢のまま、覗き込んできたその顔を見下ろすようにそう笑ってみせる。
大倉はそれにぼんやりした中にも少し顔を顰めてきて。

「・・・重いー」
「あー?なんやとおまえ。言うとくけどなぁ、おまえよりは軽いで。おれ」
「大して変わらんでしょ。だいたい、俺の方が身長ありますもん」
「たったの2センチやんけ!」
「でも俺のがあるもん」
「うわーみみっちい男やな!」
「・・・なんでもええけど、ええ加減退いてくださいー」

重いー重いーって。
失礼なやっちゃな。最近だいぶ絞れてきたっちゅうねん。
何となく退く気にならなかった俺はそのまま更に体重をかけるようにずり上がり、覗き込んでくる方に顔を近づける。
けれどその眼は至近距離で見つめようとも、未だ眠そうにぼんやりと瞬く。

「重いんですけど・・・」
「ええやんか。おまえ結構力はあるし」
「はぁ・・・」
「せやから俺が上でもなんとかなるし」
「はぁ・・・・・・・・・ん?なんとかなる?」

大倉はその思考回路がちゃんと廻っていないような様子ながら僅かに首を傾げた。
俺は上から覆い被さるように首に腕を絡め、指をその黒髪に差し込む。
柔らかな感触に小さく頬ずりする。

「・・・あれ?横山くん?」
「んー・・・?」

寝起きのせいなのか随分と暖かな身体はくっついているだけでも何となく心地いい。
しかもさっき言ったように、大倉は着やせするタイプなのか意外と肉付きがいいからそれも手伝って抱きついていると何だか安心する。
それらとそのクセのない柔らかな髪がまるで育ちのいい大型犬のようで。
軽く匂いを吸い込むようにして更に身体を寄せた。

「あれれ・・・。横山くん、横山くん」
「なんやねんなー・・・」
「珍しいですね」
「そうかー?」
「うん。そうですよ」

恋人と言うよりは単なるペットのような扱いのスキンシップにも、大倉は特に嫌そうな顔をすることはなく。
けれど少し不思議そうな表情で俺を覗き込んでくる。
その長い腕がさりげなく俺の腰に廻されて、より安定した体勢になる。

「・・・どしたんです?」

寝起きだからってだけじゃない、やんわりと柔らかな声音。
それはさっきも話をしたおばさんとやはりよく似ている。
そしてそれ以上にどうにも暖かく、同時に耳に届けば胸の奥の方が何だか小さく音を立てるような気がするのは、やはりこいつだからなんだろう。

「よこやまくん?」
「んー・・・単なる、欲求不満」
「よっきゅうふまん、ですか」
「せや。・・・単に、ヤりたなっただけ」
「そんでわざわざうちまで来たんですか?」
「暇やったし」
「でも今日うちおかんおるし」
「せやな。俺がんばらんとな」
「がんばる?」
「声とか我慢せんと」
「あーなるほど。でもやっぱ無理ちゃいますかね?」
「なんでやねん」
「横山くんいっつも堪えられへんやないですか」
「あれでも頑張っとんねん!」
「うん知っとる。でもええよ。かわええし」
「・・・おまえ、さらっと言うな」
「やってかわええもん。俺、横山くんの声好き」
「・・・あ、そ」
「うん」

そんな会話を交わしつつ、俺の手は大倉の髪に絡み、唇は耳朶の裏に廻る。
舐めつつ軽く吸い上げるようにしてやれば、大倉は俺の腰に廻した手をぴくんと反応させて軽く肩を竦める。
そうしてこのままなんだかんだと雪崩れ込むかと思い、そっと離した唇でほうっと息を吐き出して体勢を変えようと、したら。

「ん・・・?」

俺の腰に廻っていた大倉の手の片方が目の前にやってきたかと思うと、その人差し指の腹がちょこんと軽く俺の唇に押し当てられた。

「よこやまくん」
「なにぃ・・・」
「俺、眠いです」
「はぁっ?」
「まだ眠いー・・・」
「おっまえ、マジか?マジで言うてんのかっ?」
「まじです」
「おまえってやつは・・・」

思わずガクンと肩を落としてため息をつく。
どうしてこいつはこうもマイペースに平然と萎えることを言ってくれるんだろう。
自分がやりたい時にはいっそ強引なくらいにやるくせに。
わがままな奴だ。

そう一言言ってやろうとするけれど、そんな唇はこいつの薄いそれにそっと塞がれてままならなかった。
思わずぽかんとその顔を見ると、それにふわりと笑んでは長い腕が俺を更に抱き寄せた。

「横山くん、身体あったかいですよ」
「そらおまえがぬくいからやろ」
「うん。俺にくっついてぽかぽかしちゃった感じ」
「せやからなに・・・・・・っ、おおくら、ちょお苦しい・・・」

抱きしめる力がいつの間にか随分と強くなっていて。
それはもう寝ぼけ眼のそれではなかった。

「今日は、その方がええんとちゃいますか?」
「・・・なに?」
「くっついとるだけの方が。横山くんの今の身体、セックスしたいて身体やないですよ」

ちゅ、なんて。
子供騙しみたいなキスを頬に受けた。

「・・・なんやそれ」
「やってあったかいもん」
「アホ。せやからそれはおまえがぬくいからやって、」
「うん。・・・あったかくて、気持ええでしょ?」
「・・・まぁな。おまえ子供体温やしな」

そんなことをぼそりと言ってもまたやんわりと笑まれるだけ。
その腕の力を強められるだけ。
少しだけ苦しい感覚。
けれどそれ以上に暖かい感覚。
なんだか見透かされているのかも知れないと思いつつ、それは逆に抱え込んだ頭の柔らかな髪に顔を埋めて誤魔化した。

「おまえほんま犬みたいやな」
「んー?」
「でかいわぬくいわ手触りええわ、」

しかもなんや、安心すんねん。

でもそんなことを言ったら、大倉は小さくクスクスと笑うから。
何かと思ってちらりとそちらを見ると、視線が合った拍子にまた触れるだけでキスされた。

「ほら。犬とセックスしようと思って来たりはせんでしょ?」

そう言ってまた笑う。
俺はその仕返しのように、埋めていた髪から僅かに顔を上げてその耳に軽く歯を立ててやった。
まるで躾けのようなそれ。

「いてて」

余計なことを言わないように。
その腕の中でもう一度歯を立ててやる。
本当は単にくっつきに来ただけだなんて、そんなことを俺に言わせないように。
再びその柔らかな黒髪に顔を埋めてやる。

そしてゆっくりとその温もりに身を委ねた。
お前が気付いてしまわぬように。
ただ傍にいたいと言うだけのことが、セックスの何倍も恥ずかしいだなんて。










END






大倉忠義に絶賛ときめき中につき、倉横です。
でかいの二人がいちゃいちゃべたべたくっついてるのが書きたかったんです。
あの二人なんであんなでかいのに可愛いのか・・・。
でもって大倉はなんであんなに格好いいのか・・・。
そして横山さん的に大倉は癒しで。癒されに行った裕さん。
でも大倉のあの可愛くて男前で素敵なとこがなかなか表現できません。も、もっとこう・・・!(悶)
(2005.3.22)





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