ヒーロー










「こんなとこで何してん」
「あ、おおくらや」

はたと声のした方を見下ろせば、
どこか呆れたような顔で腕を組んでこちらを見上げてくる顔。

「どこ行ったんかと思ったら・・・」
「あー、夕陽がな、きれいやってん」
「お前夕陽とか愛でるようなガラやったっけ」
「ちゃうけど。なんか、ええやん」

仕事の合間に訪れたスタジオの屋上。
ごうんごうんと大きな音を立てる空調の機械の上によじ登り、ぼんやりと夕陽を眺めていた。
大倉の言うように、取り立てて夕陽を愛でるような趣味はないし、
元々はちょっと一人になりたいなと思って訪れた場所だった。
けれど来てみたらそこには見事な夕陽の朱が街を包み込んでいて、何となく見とれてしまった。
周りよりも少し高いここは、さっきからずっと風が吹いては俺の髪を凪いでいた。
ぐるりと見渡した周りはビルの群れで溢れかえっている。
もういい加減見慣れたはずなのに。
どうしてか、まるで別世界のように感じる光景だった。

「今日さぁ、風気持ちええな〜」
「マル」
「んー?」
「お前そこ結構危ないで。落ちんなよ」
「あーうん。でも意外と平気やねんで。見晴らしええし」

ふーん、と。
まるで気のない返事で返された。
でも大倉は特にその場から動くことはないようだった。

「マルさぁ」
「んー?」
「ほんま危ないそこ。お前ドジやから落ちても知らんで」
「なに、大丈夫やって。まぁドジなんは否定せんけど」
「結構風強なってきたし」
「うん、せやな。気持ちええ」
「飛ばされんで」
「あはは、やっさん辺りなら飛ばされるかもな」
「すばるくんとかもな」
「あーありうる」
「ええから降りて来いよ」
「・・・なんでぇ?」

何か用事があるんだろうか。
ああ、でも確かに用事でもなければこんなとこまで俺を探しに来たりはしないか。
ちらりと見下ろした先で、大倉は何故だか妙に真っ直ぐ俺を見上げていた。
涼やかなその目に見つめられたら、きっと女の子はメロメロなんやろなーとぼんやり思う。
その顔は夕陽に朱く照らされている。

「大倉、顔まっかや」
「お前もやで」
「あ、そっか」
「ついでに髪はぼさぼさやし」
「え、うそ、ほんま?まずいわぁ、この後も撮影あんのに」
「エライことになってんで。ぐっしゃぐしゃや」
「うあー・・・風強いからなぁ・・・」
「直したるから降りて来いって」
「うん、せやなぁ」

そんな風に返事をしつつ、俺はまたぼんやりと眼下に広がる街並みを眺めた。
ひゅうっと風を切る音。
ああ、たぶんさっきから耳をつんざくその音のせいで、まるで別世界のように感じるんだ。

風がますます強くなる。
最近随分と伸びてしまった髪がバサバサと舞って、きっともっと酷いことになってる。
今着ている白いシャツの裾もそこから風が入り込んでくるせいで大きくはためいていた。

「そーらをじゆうにーとーびたーいなー」
「・・・ドラえもんか」

あ、ちゃんと突っ込んでくれた。
スルーされたらちょっと寒いとこやったわ。

「たぶん俺ならのびたやわ」
「あー確かに・・・」
「大倉がドラえもんな」
「なんでやねん」
「俺がいっつも頼ってまうから」
「・・・・・・」

あれ、今度は突っ込んでくれへんかった。
寒かったかなぁ・・・。

その場で両手を広げて風を感じる。
はためくシャツの裾がまるで出来損ないの翼のようだ。

「なんや、今ならちょお飛べそうな感じすんねんけど。風強いし。
タケコプターないけど。どうやろ。どうやろ」
「・・・マル」
「飛んでみたいなぁ。気持ちええやろなぁ」
「マル」

ちょっと強い調子。
何となく引き寄せられるみたいにそっちを見たら、
なんだか大倉は怒ったような顔で俺をじっと見上げていた。

「俺、そんなん許さへんで。絶対許さん」
「・・・あ、やっぱあかん?」
「なんでやねんお前・・・なんで、」

大倉の言葉が一瞬途切れた。
風が強いせいで俺には聞こえなかったのか。
それとも本当にそれは途切れたのか。

「・・・や、ほんまには飛べへんよ。いくら俺でも判ってるて」

続けられることのない言葉に、俺はなんだか胸の詰まるような想いがして。
はためくシャツを自分の手で押さえ込みながら何とか言葉を紡ぐ。
大倉はそれにもただじっと俺を見上げて、朱く染まる黒い瞳を瞬くこともさせない。

「俺は、」
「大倉・・・?」
「俺は・・・お前一人でなんか、絶対にいかせへんからな」
「え、なに?」
「お前がいくなら俺もいく。俺を置いてくなんて許したらん」
「や・・・大倉、なんや話がちょっとおかし・・・」
「絶対逃がさんから」
「あー待って待って大倉っ。お願いやからちょっと待てってっ」
「お前には俺以上の男なんてありえへんのやから」
「そら仰る通りやけど、もうそれ以上は何や恥ずかしいやん、ちょっとぉ・・・」

どうしよう。何や大倉が壊れた。
こんなん普段言わんのに。
俺は軽く狼狽えつつ、どうしたものかと辺りを見回す。
相変わらずびゅうびゅうと風は強く吹いていた。
眼下の街並みは段々その朱から更に深い色へと変わっていく。

「あんな」
「なに、なに、まだ言うん〜・・・」
「俺以上にお前のこと愛してる男なんて、おれへんねやから」
「あー、あー、も、待って、ええ加減にしろってー大倉っ」
「お前こそ、ええ加減うだうだしてへんで観念せぇや」
「も・・・なんやねんな・・・」

わけがわからない。
それ以上言われたらどうしていいかわからない。
だから俺は思いきって、飛び降りた。

・・・・・・。

飛べるかと一瞬でも思ったけど。
どこかに一人で逃げ出してみたいって、思ったけど。
実際にはそんなの無理なんだって判ってたから。
俺はお前なしでは駄目なんだって、判ってたから。

もやもやする気持ちも苦しい気持ちも愛しい気持ちも、全部胸いっぱいに詰め込んで。
こんな場所でいきなり愛を叫び出したこの年下の恋人の元へと、飛び降りた。

「っ、たぁ・・・!あ、足の裏いたぁ・・・」

ダン!と着地した先はコンクリートの床だったから、足の裏がジンジンと痛んだ。
それに思わずしゃがみこんだら、待っていたと言わんばかりの勢いで何か大きなものに体当たりされた。
何かっちゅうか、でかい年下の恋人に。

「っ・・いたい・・・おおくら、いたいわ・・・」
「・・・そういうこともある」
「や、わからんわ・・・。今ので頭も打ったぁ・・・」

そのまま後ろに倒れ込んだ。
反転した視界には、めいっぱいの空。
朱く、深く、そのまま飲み込まれてしまいそうな大きな空。
でも俺と空の間には大倉がいる。
今度はじっと上から見下ろされ、その長い指が俺の髪を無造作に梳いた。

「・・・直してくれてんの?」
「ぼさぼさや」
「風強かったしなぁ」
「お前なんか絶対に飛べへんのやから」
「うん・・・判っとってんけど」
「飛びたくなったら、俺に言えばええやん」
「なにそれ」
「そしたら俺が、無理やアホ、って言うたるから」
「うわー厳しいドラえもんやわぁ」

何だか我ながらおかしな会話だった。
思わずクスクスと笑ってしまう。
俺の髪を梳くその手に触れた。
ひんやりと冷えてしまったそれ。
にぎにぎと指に力を込めたら少しだけ暖かくなった。
大倉は年下とは思えない随分と穏やかな表情を浮かべて、俺の好きなようにさせてくれた。

こんな風の強い日に、俺を探しに来てくれて、俺の傍にいてくれて。
ありがとな、大倉。

「おおくら」
「なに」
「ちゅーしよか」
「・・・きっしょ」
「ひどっ」
「・・・うそ」
「うそ?」

えーと、それってどういう意味になるん?
思わず考えようとした俺の手が、きゅっと握られた。
指と指が絡められる。
少し温かくなった手に力が込められる。

そして冷たい唇が、一瞬触れて、すぐに離れた。

「・・・おおくら」
「・・・なに」
「顔、まっかや」
「お前もやで」
「・・・うん」
「・・・うん」

朱く深い空が俺と大倉を包み込む。
そして大倉の温くなった手が、俺のものを包み込む。

空は飛べないけど、手を握って引き留めてくれる人がここにいる。










END






大倉祭様に投稿させていただいた倉丸・・・です。
うん、これは紛れもなく倉丸で投稿したのでした。大倉総攻めの企画だったし。
別にいつもと変わりませんけど、特には。
ていうかね、最近もういい加減表記を倉丸に変えるべきかと思わなくもなく・・・。
まぁ元々リバというよりは倉丸寄りなんですけど。単に些細なこだわりなんですけど。
結局カプなんて、詰まるところは挿れるか挿れられるかだけの違いなんじゃないかなーと。
・・・えーと、この話において大倉はマルちゃんのヒーローですよ、と(何て恥ずかしい)。
(2005.5.25)






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