インペリアルスイート










撮影の待ち時間。
控え室の隅の椅子に座って微動だにせず、彫りの深い整った顔を顰めて考え事をしていた錦戸が、不意にガタンと大きな音を立てて立ち上がった。
いくつかの視線が一気にそちらに集中する。
錦戸はその中の一人に向かってズンズンと迷いなく向かっていった。
それは年上の恋人。
座ってデザートのプリンを食べていた横山はそれに何事かときょとんとした表情で目を瞬かせている。

「きみくん」
「ん?」

スプーンを銜えたまま錦戸を見上げる。
錦戸の表情は真剣そのもので、こう見ると本当に男前やなぁ、と横山はぼんやり思った。

けれども。

「初めてはどんな体位がええ?」
「・・・・・・」

そんな男前な表情のまま平然と口にされた台詞に、横山は何か考えるよりも前に手が出ていた。

「いてっ!いきなりなんなんすか!」
「いや反射的にな。ちょおびっくりしてもーてん。・・・ほんで、なんやって?」

たぶん今の台詞は何かの間違いだろう。
横山は努めてそう思うことにした。
けれども横山の努力も空しく、錦戸はその男前な表情でもう一度同じ台詞をのたまった。

「せやから、初めてはどんな体位がええ?ちゃんと訊いとかなと思って」
「・・・・・・どっくん?」
「はい?」
「何を言うてんの?え?なに?おまえ、なに?だいじょぶか?おい、だいじょうぶか??」

横山はまた咄嗟に手が出た。
けれども今度は叩くを通り越し、おでこに手を当てたり頭を撫でてみたりほっぺたを軽く撫でてみたりといっそ心配気だ。
それはそうだろう。
こんな時にこんな所でそんな台詞。
どこか頭でも打っておかしくなったとしか思えない。
しかしそれでもなお錦戸は真剣だった。
表情は男前だった。
横山からすれば頭がおかしいとしか思えないようなことを、そんな表情のままこの待ち時間の間中ずっと考えていたのだ。
けれども錦戸はそんな横山に向かってキリッと凛々しい顔で更にのたまう。

「何言うてんねん!きみくん!」
「えっあっうん?」
「大事なことやで!」
「だいじなこと・・・」
「せやで。俺らの二人の初めての営みやねんから!」
「いっ・・・」

思わず横山が吹き出しそうになった形の「い」は、背後でも同じように吹き出されていた。
錦戸が素っ頓狂なことを言い出した時から興味津々かつ面白そうに見守っていた村上とすばるだ。
二人は可愛い弟分のあまりと言えばあまりの台詞にニヤニヤと顔を見合わせヒソヒソと囁き合う。

「・・・聞きました?渋谷さん」
「ええ聞きましたよ、村上さん」
「初めての営みですって」
「ちなみにそれは前に『愛の』とかつくんですよね」
「そら当然そうでしょ。初めての営み言うくらいですから」
「ちゅーかあの二人まだやったんですねぇ。・・・キミくんたら、全然教えてくれへんから〜」
「ねぇ?水くさいですよねぇ?・・・さも当然行くとこまで行っとるでーみたいな感じで言うとったのにねぇ〜」

あはははははは、と二人の朗らかな笑い声が背後からステレオ状態で聞こえてくる。
横山は思わず軽い目眩を覚えてこめかみを押さえた。
よりにもよって今ここにいたのがこの二人というのは運が悪すぎた。
他のメンバーならばまだその場は強引に押し切って誤魔化して、その後錦戸に説教でもなんでもできるというものだけれども。
幼い時代からの付き合いで、言ってしまえば横山と錦戸の仲を一番近くで見守ってきたのがこの二人なのだ。
日頃自由人と呼ばれるさすがの横山にもこの二人にまとめて来られたら勝てる自信がない。
・・・なので、とりあえず無視することにした。
それに何と言っても一番の問題は、いきなりそんなことを言い出したこの目の前の年若い恋人なのだから。

「にしきど、その話はまた後でにしよ?な?」
「なんでや」
「ほら、今仕事中やんか。終わって、そんで帰ってから、な?」
「あっヒナあいつオレらのこと無視しようとしとるでっ」
「あはは、そんなんされたら余計絡むっちゅーねんなー」
「・・・ほら、外野もうるさいしな?あとでにしよ?な??」

割り込んでくる声を更に無視して、横山はまるで子供にするみたいにそう言い聞かせる。
それは存外弟気質が根付いている錦戸には意外と効果がある。
その証拠に錦戸はさっきと違って少し幼げな表情で横山を見つめていた。

「きみくん」
「ん?」
「でも俺、考えててんで」
「なにを・・・」

と、そこで横山はしまったと思った。
何を、なんて。
今の錦戸に訊いてもロクな答えが返ってくるはずもないというのに。
内心舌打ちする横山を前に、錦戸は再び顔をキリっと整えて男前モードで囁いてみせた。

「最初って、やっぱ想い出になるようなモンにせなあかんやろ?
せやから顔は見えた方がええと思うし、でも正常位やとなんやおもんないし・・・・・・騎乗位はどうやろ?」

あはははははははは!
背後からステレオで笑い声がこだまする。
しかし錦戸はそんなものは最初から耳に入っていないのか、ひたすらにじっと横山を見つめている。
未だ男前モードで。
たぶん自分では決めたつもりだったんだろう。
とりあえず横山としては手が出なかっただけ自分を褒めてやりたかった。
その分顔には存分に出ていたと思うが。

「・・・おまえ、ほんま、なに、も、なんなん?ジブン、なんなん?」
「なんなんてなんなんすか」
「なんなんほんまなんなん!」
「せやからなんなんてなんなんすか!」
「なんでいきなりそんなん言い出すねんあほか!」
「あほてなんやねんひどいわ!」
「何が騎乗位じゃぼけ!」
「やったら何がいいんすか!座位か!バックか!」
「うるっさいわおまえほんまそれ以上言うなや黙らすぞ!」

横山は基本的にシモネタは好きだが、自分に関するものは駄目なのだ。
好きなくせにそれが自分のことに置き換えられるとなると一気に恥ずかしいものという意識に変わってしまうのか、自分がネタにされるのは極端に嫌う。
しかもそれがやたらと紆余曲折まみれの末ようやく恋人になった相手との初めての・・・ともなれば本来こんな所で平然と話せるような話題ではない。
それは同じく照れ屋でシャイな恋人にも共通する所だと思っていたのだが。
どうやら横山と違って生真面目で一途な彼は、そのことを一心に考えすぎて常識という面に頭が回らなくなってしまったらしい。
だからこそ横山の後ろでさっきから大笑いしている二人も目に入らないのだ。

「ヒー、ヒー、し、しぬっ、おもろくてしぬっ」
「すばる、すばる、ちゃんと息せんと、ほら、次の笑い所で耐えられへんで」
「あー、もー、むり、なんやあいつら、アホや、何を言うてんねんっ」
「な〜。初めてが騎乗位か座位かバックかで痴話げんかて、おもろいな〜。ちゅーか立位はあかんのかな?」
「アホ、オマエ初めてで立位はないやろ。すごいわソレ」
「や、ほら、想い出がどうとか言うてたから。めっちゃ想い出になるかな〜て」
「確かに立位が初めてやったらすごいわ。オレも見たいわ」
「・・・」
「・・・」
「見たいな」
「見たいな」
「見せてもらおか」
「キミー見せてー」
「ヨコちょー見せてー」
「誰が見せるかぼけ!」

いいネタになるものを見つけたとばかりにこれでもかと面白がっている二人を振り返ってギッと睨み付けてやる。
けれどもそんな横山に二人はますます大笑いするだけ。
完全にネタにされている。
普段は絶対的にネタにする側である横山としてはありえない屈辱だった。
しかし横山は色々言いたい文句をごくんと全て飲み込んで、もう一度ゆっくりと目の前の恋人に向き直る。
恐らく横山の顔は相当凶悪になっていただろう。
ありえないことを言い出した年若い恋人に二発目のゲンコツをお見舞いするのも時間の問題だった。
・・・けれども。

「・・・に、にしきど?」

当の恋人は随分としょんぼりしたような表情をしているから、横山は出端を挫かれてしまった。
それはまるで捨てられた子犬のような。

「なんでや、きみくん・・・」
「な、なん・・・」
「いやなんか。・・・俺とするん、いやなんか」
「や、いやっちゅーか、そういう問題やなくておまえ、」
「俺、一生懸命考えててんで。なんでそないアホ扱いするん・・・」
「う・・・・・・」

横山はそれ以上言葉を継げなくなって酷く弱る。
そしてそれを見ていた村上とすばるは思わず顔を見合わせてこっそり笑った。
それはさっきみたいな面白がっているようなものではなくて、微笑ましいと言った感じのそれ。

恐らく錦戸本人は気付いていないのだろうが、横山は基本的に錦戸に滅法弱い。
しかもさっきみたいな男前モードよりか今のような子犬モード。
それは最早横山の弱点と言ってもいい。
そんな顔でそんな風に言われたら、横山はきっとなんでも頷いてしまうだろう。なんでも許してしまうだろう。
けれども幸か不幸か、錦戸はそれに気付いていない。恐らく横山とて半無意識だろう。
全く持って見ていて飽きないカップルだ。

「・・・にしきど、せやから、いやとちゃうくて、場所・・・」
「場所?」
「ここ、ほら、うるさいやつらおるし、・・・もっとこう、あとで、ちゅーか、二人ん時にな、話とか・・・」
「・・・」
「いやなわけちゃうからな、うん、・・・」

段々小声になっていきながらもなんとか宥めるようにそう言う横山なんて、恐らく錦戸しか見られないだろう。
そして当の錦戸はまた幼げな表情で横山をじっと見つめてから、不意ににこりと笑った。
それはそれは無邪気な、可愛らしいそれ。
思わず横山はホッとしたように笑い返す、けれど。

「おん、大丈夫。やっぱ最初は二人っきりやないとな!」
「・・・・・・ん?」
「そういうプレイもアリやと思うし、いずれはなーとか思うけど」
「そういう、ぷれい・・・?」
「きみくん見られるんとか好きそうやし、結構いけるんとちゃうん?まぁ俺もまだまだ修行がいるし、そこらへんは追々やな」
「にし、きど、おい、まて、ちょ・・・」
「大丈夫やできみくん」

錦戸はふっと唇の端を上げてニヤリと笑ってみせる。
村上とすばるは弟分の成長に感心した。
よくもまぁ、ここまで男前モードと子犬モードを無意識に使い分けられるものだと。

「初めてはインペリアルスイートで決まりや」
「いんぺりある、すいーと・・・」
「何せ想い出やからな!場所にもこだわらんとな!
あっ金は気にせんでええよきみくん!そこはやっぱ彼氏が出さんと!まかしといてや!」

インペリアルスイートとは、高級ホテルの中でも特にアホみたいに豪華でアホみたいに高い部屋のことだ。
横山はあまりのことに咄嗟にどこにつっこむべきかよく判らなくなった。
とりあえずアホボケと言って切って捨てておこうかと思ったら、またしても先手を打たれる。

「きみくん」
「な、なん・・・」

両手をぎゅっと握られたのだ。
今度は男前なのか子犬なのか難しいところの表情で。ただじっと。

「せやからきみくんは、なんも心配せんでええねん」

それは何を指して言っているのだろう。
錦戸が言うところの「初めての営み」についてだろうか。
それともそれ以外の何かだろうか。
それとも・・・全部含めてだろうか。

正直心配なことは色々あるのだが。
酷く真っ直ぐで妙に単純で混じりけのない台詞は、それ一つで今までの全てを帳消しにしてしまうのだからずるい。
どうせ判ってはいないのだろうけれども。
だからこそ今返せる答えなど結局はこれだけで、横山はどうしようもなく気恥ずかしかった。

「・・・とりあえず俺としては、顔が見えてきつくないんが・・・・・・普通が、ええわ」


























「なんやあれ。なにをちょっとキュンとしてんねんアイツは」
「いやー亮は凄いなぁ」
「きづいてへんけどな」
「せやから凄いねんて」
「・・・確かにな。インペリアルスイートやからな」
「インペリアルスイートやからね」










END






亮横ってたまにくだらんものを書きたくなりますよ。
ていうか私は亮横をなんだと思っているのだろう(今更自問自答)。
(2005.12.8)









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