その一欠片にも触れず
「なんでこんなことするん、おまえ」
俯きがちに呟いた白い顔は柔らかなラインを描き、どこか所在なさげだった。
けれど触れる手には特に抵抗もなく、勿論何かが返ってくるでもない。
でもそれでよかった。
だって見返りなんて求めてない。
何か与えて貰おうなんて思ってない。
「なんでって・・・んー、なんとなくです」
「・・・なんとなくてなんやねん」
「まんまですけど」
「なんとなくでチューとかすんな。・・・おまえ生意気にタラシなんか」
まるで幼い子供が憶えたての言葉を紡ぐように呟くその唇は、常と変わらず色鮮やかで、少しだけ尖っている。
まったくもって、いつまで経っても幼い顔をする人だ。
昔から大人びていた容貌を、歳がやがて追い越してしまっても、なお変わらない。
それはその精神性が未だ幼いからだろうか。
でもこの人が本当に子供だったなら、こんなことはしなかった。
子供に手を出すのなんて趣味じゃない。
「横山くんとか別に好みやないから、だいじょぶですよ」
「なにがだいじょぶやねん。なんや無性に腹立つな」
軽く睨め付けてくる切れ長の瞳は鋭いくせに、相手を傷つけることなんてできない見せかけの刃だ。
少なくとも、俺には。
そして彼らには。
そっと手を伸ばして、その白いシャツに覆われた腹の辺りに触れる。
言う程たるんでいるというわけでもないけれど、確かにどこか柔らかな感触。
けれどすぐさま容赦なく叩かれた。
「ちょ、痛い痛い」
「おまえに言われる筋合いないわ。ふざけんなよ」
「なんも言うてへんのに」
「ちょっと最近痩せてきたからってむかつくねん」
「せやからなんも言うてませんって」
だって俺から言うことなんて何もない。
あるとしたら、それはそっちだ。
腹に触れていた手をそのままゆっくりと辿るように持ち上げて、その左胸に触れる。
静かだけれども確かな鼓動を感じるそこ。
手のひらを当ててじっとそれを感じるようにしていたら、今度は叩かれることはなかった。
「・・・痛くないですか?」
呟くように訊ねた。
答えは返ってこなかった。
「ねぇ、痛くないですか?」
自分に向けられる様々な想い全てに心を砕いて。
手を伸ばされる度に砕いて。
砕き続けて。
その思う以上に繊細なその心を、粉々にして。
「よこやまくん」
その破片が刺さって痛くはないですか?
その白い顔がゆっくりと持ち上がる。
切れ長の鋭い瞳が自分を映す。
誰も傷つけられない偽物の刃。
誰も傷つけられない、その代わり。
自らの傷も欠片も見せない白い美貌が、ふにゃりと妙に幼げに、笑った。
「そんなん、もう忘れてもーたわ」
だからこっちも笑った。
それなら思い出すまで続けるまでだ。
ゆっくりと顔を近づけて、口づけた。
触れた唇は柔らかく温かく、けれど何一つ感情を伝えてこない。
ただ離れた途端、おかしそうに唇の端が上がるのは見えた。
「・・・訂正やわ。好きでもないのにしとるんやったら、タラシですらないな、おまえ」
「まぁ、なんでもええですよ。俺は勝手にやるんで」
「誰が勝手にさせるかぼけ」
「ええやないですか。別に俺のこと好きになってとか言わんし」
「言われても困るっちゅーねん。きっしょー」
「ね」
何も求めてない。
彼らがあなたに求めて求めて求め続けるから、そしてあなたは与えて与えて心を砕いて与え続けるから。
だから俺は求めない。
あなたが与えなくてもいいように。
これ以上その心を砕かなくてもいいように。
ゆっくりと確かめるように、もう一度その左胸に触れる。
「あ、でもちょっと心臓早なった。ちょっとドキドキしてるんちゃいますの」
「ちょーしのんな。まぁ、力で無理矢理こられたら俺どないしよーってドキドキはしてるけどな」
「いややー、そんなんせーへんもん。俺横山くんとか好みやないもん。もっと素直な子がええもん」
「なんやねんさっきから許可もなしに触りよるくせに、どんだけ人を貶めんねん」
そうやってこれでもかと尖らせられた赤い唇。
そこから全部吐き出してしまえばいい。
ギリギリ塞き止めているもの全部。
砕いた心の欠片も破片も全部。
「あ、言うときますけど」
「あ?」
「俺に惚れたらあかんよ」
「・・・あほか、俺の理想はおまえなんぞ一足飛びで、もっとはるかに高いっちゅーねん」
「あはは」
絶対に好きになんてならないで。
これは単なる自己満足だから。
そう、いっそ横暴なくらいの自己満足。
塞き止めているもの、砕かれているもの。
全て吐き出したりしたら、カラッポになって死んでしまうかもしれない、それがあなただと判ってもいるのに。
頼られること与えることに存在意義を見いだしているのがあなただと、判っているのに。
ただこんな自己満足のために動こうとしている俺を、なんとも思わないでいい。
「あー、でも、横山くんの唇は好きやなぁ。柔らかくて」
「俺の唇が狙いか。やらんで」
「えー」
俺はただ、あなたが与えなくても自分を確かめられる、そんな唯一になりたいだけ。
END
久々に倉横とか書いたらまた微妙なものがー。
相変わらず私は大倉に変なものを求めているのが丸わかりです。
たくさんのものを求められるだけ与えてしまう裕さんに、何も与えないでいられる存在でいたい大倉。
健気なようでいて、これもある種の独占欲なのかもなーとも思いますけど。
(2006.2.26)
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