キスミー、アイラブユー










唐突に顔を両手で固定されたかと思ったら、口を思い切り開けさせられた。

「ちょ、ちょちょちょちょー横山さん横山さんよこやまさ・・・っ?」
「んんーーー?」
「っん、・・・あ、あにひへあふのん・・・」
「なに言うてんのかわからへんでおまえ」

何してますのん、と本人は言っているつもりであるのだが。
白い手で開いたまま固定されてしまった口内は唾液が溜まるし、さ行とな行とま行が上手く発音できなくて酷く不自由だ。
この唐突にもたらされた不自由感とその真意の測れない突飛な行動に村上は目を白黒させる。
村上には目の前できゃらきゃらと特有の甲高い笑い声を上げるこの恋人の考えていることがよく判らない。
いや、よく判らないのは割といつものことなのだ。
けれどもそれを力ずくで振り払ったりはしない辺りが村上の横山に対して甘い所だ。

そして当の横山はというと、そんなされるがままで口を開けてモゴモゴと喋る村上の口内のある一点をじっと見つめていた。
それは今開いた口から垣間見える、村上の人よりも尖った歯。
横山がキバと言うところの、つまりは八重歯だ。

「おまえ、ほんま立派なもん持ってんな〜」
「あにがでふのん・・・」
「キバ。めっちゃ尖ってる。ほんま強そう」
「あー・・・ほう・・・」

確かにその八重歯は村上信五という人間の容姿の中でもかなり目を引く特徴であり、アイドルという職業柄チャームポイントと言っても過言ではない。
事実ファンには八重歯が可愛いヒナちゃんと評判のそれであるわけで。
それは当然村上本人にもよく判っているので、強そう、とは些か謎の形容ではあるものの褒めてもらえているのならば嬉しいことではあるのだけれども。
何故、いきなり。
それが今の村上の一番率直な感想だった。
そしてそろそろ開けられっぱなしの口、というか顎が疲れてきた。

「あー・・・ほんれ・・・あに・・・」
「吸血鬼みたいや」
「はぁ?」
「血とか吸えそうやん」

そう言って楽しげにその八重歯の尖った先端部分を指の先でちょいちょいと触れている様は、なんだか未知の物に興味津々の子供のようだ。
確かにそんな様は悪くはないのだけれども、いい加減されるがままのこの体勢も疲れてきたし、野放しにしておいてもその真意が理解できるようにはならなそうだと村上は判断する。
自分の口を固定しているその白い手を両方ガッと掴むと、そのまま自分の方に引き倒すようにして離させた。

「・・・あーっ、もう、むり!」
「あっなんやなにすんねんっ」
「もー限界。開けっぱなして疲れんねんでお前!」
「うわ、今のめっちゃ痛かった・・・力入れすぎやおまえ・・・」

そのまま村上の懐にもたれかかるようにしながら、横山はきゅっと眉根を寄せて今さっき掴まれた手首をさする。
慌ててそれを覗き込んでその白い手首を自分でもさすってやる村上はやはり甘い。

「え、うそ?痛かった?ごめんごめん大丈夫か?そない強くした?」
「おまえは自分で思う以上に無駄にごついことを自覚しろ」
「そらすんません・・・・・・て、そうやなくてね横山さん」
「もー傷モンなったらどないすんねん。お嫁に行けへん」
「ええよ俺がもらったるから・・・・・て、話が進まんから横山さん!」

今度はぐでぐでとまるで猫のように村上の膝の上に身体を預ける横山に、さすがにそろそろ村上も根を上げる。

「ほんでさっきのは、なんですの」
「んー?おまえさー」
「うん?」

ころん、と転がったままの体勢で淡い色の瞳に見上げられる。

「昔はそれほんま嫌がってたよな、て。思い出してん」
「それ・・・?」
「キバ」
「や、キバちゃうから。八重歯ね」
「しつこいわ。キバでええやんけ。村上のくせに八重歯とか生意気やねん」
「どんな理屈よ。・・・て、まぁ、せやね。あんま好きやなかったな、確かに」

何故今そんな昔の話を持ち出すのか。
村上は真っ先にそうは思ったが、それは今問うべきことではないのだろうと思った。
代わりに思い出すのはまだ事務所にも入りたてくらいの幼かった自分。

「やってなー、周りみんなきっれーな子ばっかやったから。おまえも含めてな?」
「そうか?ブッサイクなんもぎょーさんおった気ぃするけどなー」
「まぁ、俺はそう思っててん」

それは単に個人として見目が整っているとかいないとか、そういうことに拘っていたわけではなくて。
他人と違うから、ただそれだけで弱味のような気がしたのだ。
実際の所八重歯なんて言ってしまえばむしろ可愛いものだし、逆にアイドルとしてはチャームポイントですらある。
けれども幼い村上は今の村上とはだいぶ違った。
周りと違う部分を弱さだと思っていた。
ただ違うことがイコール弱さだと思っていた。

「ネガティブヒナちゃんー、てな」
「はい?」
「昔のおまえなんぞ全然人のこと言えへんかったで」
「・・・あー、せやねぇ。そら確かに」

今でこそポジティブポジティブとネタにされる程に前向きだとされる村上であるけれども、昔はむしろ人より後ろ向きで悲観的な考えの持ち主だった。
置いて行かれることを常に恐れていた。
自分の居場所と存在意義を確立しようといつだって必死だった。
村上はふふっとおかしそうに笑うとサラリと流れる薄金茶の髪に何気なく触れる。

「お前とすばるがなー・・・」
「あ?俺とすばるがなんやねん」
「・・・ほんっま、人見知りさんで我が強くて何にでもキャンキャンキャンキャン・・・ほんま、俺悩んだわー。
このままこいつらとやってけるんかなーて」
「おまえ俺らのせいにすんなよ。よこーすばるーちゃんとしようやー、とか言うてピーピー泣いとったくせに」
「そうそう。そんな感じ。思えば昔の俺って可愛かったなぁ」
「平然とぬかしよんなこのゴリラ・・・」

呆れたようにそう言っては何気なく手を伸ばし自分の顎にゆるゆると触れてくる手をそのままにさせてやる。
ここまでくるには劇的とまでは行かないにしろ、確かな自己改革が必要だった。

明らかにその身の内から輝きを放っている、持って生まれた華がある二人を羨んだことは数知れない。
けれどもそれ以上にそんな二人と一緒にいたい気持ちは大きくて。
それ故に悩んで。
その白い顔に笑いかけられる一番近い位置にいるために村上がしてきた努力は計り知れない。

では何故傍にいたかったのか。
それはよく今でも周りから言われることへの答えと同義だ。
何故そんなにも横山に甘いのかと。

「あーの、ねぇ。ヨコ憶えとる?」
「んー?」
「前に俺、この八重歯で他の奴らにからかわれたことあって」
「あー・・・あったなような・・・」
「そん時もキバやーキバやー吸血鬼やーて」
「クソガキはしゃあないな〜」

幼い記憶を引っ張り出しながら横山は笑う。
その笑顔は変わらない。
横山は変わらない。
その変わらない笑顔でその時言った言葉を村上は忘れないだろう。


『あほか、かわええやんか』


何故横山に甘いのか。
それは何故傍にいたいのかと同じ答え。
簡単で単純な話だ。
自分を肯定してくれたからだ。
この世界で初めて、掛け値無しで、なんのてらいもなく、肯定してくれたから。
迷う自分の存在意義を認めてくれた気がしたから。
それは言ってしまえば幼いが故の単純すぎる思いこみであり、また向けられた言葉とて幼い故の単純なものでしかない。
けれど幼い村上にはそれで十分だった。
それだけで自分を変えることができた。
だとすればその意味の大きさは計り知れない。

「・・・・・・そんなん言うたっけ?」

横山はぽかんと口を開けて村上の顔を見上げる。
その表情がどうにも子供っぽくて、思わずふっと笑ってしまった。

「どうせお前は忘れとると思ったわ。・・・その後普通にキバキバて言うてきたしな」
「あー・・・」
「ほんで今も言うしな。ほんま変わらんなー。10年経っても」
「・・・どうせ成長してへんわ」
「ふふ、拗ねんでや。お前はそんでええねんて」

変わらないでいてくれることこそが嬉しいのだから。
それが他ならぬ依存とエゴだとしても。


「なー、村上」
「うん?」
「おまえのキバ、好きやで」
「キバちゃうて。せやから」
「キバめっちゃ好き」
「しかもなんやそればっか好きみたいに聞こえるしね?」
「むしろキバが好き」
「・・・そのキバの本体としては聞き捨てならんね。こら、キスしてまうでー?」

冗談交じりでそう言って自分の懐に転がる白い身体を両腕でグッと抱き寄せるけれども、横山は特に抵抗するでもなくされるがままでじっと見つめてくる。
むしろ別に構いもしないと言うかのような、無防備で無垢な表情で。
その顔に惹きつけられるみたいにそのまま唇を合わせたら、そうっと首筋に手が廻るのが判った。
少しだけ深く合わるとくぐもった声がする。
柔らかな唇が自分の下でゆるりと動いた感覚。
いったん唇を離すと切れ長の瞳がパチパチと瞬いてまた村上をじっと見つめていた。

「キバ当たる」
「いまさらやん。・・・なに、当たるの嫌なん?」
「ちゃうて。それがええねん。キバやもん。それがええ」
「意味わからんわ。それがええて・・・」
「ええねん、キバで」

首筋に廻された手がつんつんと後ろ毛を引っ張ってくる。
本当に行動が突拍子もなくて判らない。読めない。
村上は小さく苦笑する。

けれども判る必要はないのかもしれない。
横山が一体何を思ってあんな行動を仕掛けてきて、こんなことを言うのかなんて。
判らなくていいと、他ならぬ横山自身が行動でそう言っているのかもしれない。
それは言ってしまえば、いつも横山を甘やかしてばかりの村上の、横山に対する甘えだ。
村上はそれらを承知の上で、その場所を守るための努力ならば何だって惜しまない。

胸いっぱいのなんだかふわふわした感情は、甘く柔らかくて同時に何処か曖昧でいっそ儚くすらある。
だからこそ消えないように逃がさぬように、あの頃よりずっとしっかりしたその両腕で白い身体を抱きしめるのだ。

「な、ヨコ?」
「ん」

くすりと笑って柔らかな頬をつんとつつく。

「キスしたかったんなら、最初からそう言やええのに」
「・・・このポジティブキバ男」
「そんなんいっくらでもしたるしね。はい、ヨコちょーチューの続きしよかー」
「うわきっしょいこと言うなやっ、・・・ぁ、・・ン」

そうして悪戯なものから深まっていく口づけにゆっくり閉じられる瞳を見て、村上はまるで祈るように思う。


甘い口づけ。
甘い感情。
その中に隠されたこのキバが、いつか君の白い喉笛に食らいつくことのないように。










END






突発雛横、ヒナちゃん八重歯ネタ。
前にレコメンでユウユウが村上さんの八重歯を「キバ」て言ってたんがすんごいツボでしてね、個人的に(笑)。
おまえキバあるやんけ、て。
そんで村上さんは、八重歯の可愛いヒナちゃんですやんか、て自分で言ってたわけです(最強総攻めを確信)。
そんなんを今更ふっと思い出してつれづれに・・・。
村上さんが自分が可愛いと自覚していたりそれを武器にしたり八重歯アピールな笑顔を振りまくのは、実はユウユウの昔の何気ない発言のせいだったりしたら萌えるってな話でした。
あの子村上さんに限らず、色んな子に対してそういう無自覚の殺し文句吐いてはキュンとさせて惚れさせてるといいと思うよ。
てか実際そうだよねー。
しかし村上視点だけどタイトルは・・・ていうアレな感じで色々ごにょごにょですね。横山も深いよ実際。
(2005.12.5)






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