ラブライフ 4










その頃、二人はすっかりココイチの新メニューに夢中だった。

「やっべめっちゃうまい!」
「うまいね〜」

凄まじい勢いでカレーをかきこんでいく横山の隣で、翼もまたマイペースにスプーンを進めている。
翼のカレーは通常の量だが、横山のカレーは大盛りの上に、店長お勧めだというカレーコロッケを二つ程頼んでいた。
スプーンを持ったまま、紙の袋に入ったコロッケを美味しそうに頬張る姿に小さく笑んで、翼は水の入ったグラスに口をつける。

「ヨコってほんとによく食べるよね。見てて気持ちいい」
「ん?そう?でもー、大倉とかもっと食うねんで?」
「あー、そっか」
「あと錦戸とかもなー」
「なるほど。そう言われてみればそうかもね。ほら、俺あんまそんなに食べないからさ」
「翼くんは食わんよな〜。あ、そういやタッキーもそうやんか。演舞城の時思ったわー」
「まぁ、あいつはそれでも鍛えてるからね」
「そうそう、食わんのに筋肉とかバリすごいよな!かっこええわ〜」
「ふふ、かっこいいよね、確かに」
「・・・あ、ごめん」

横山は一拍置いて何かに気付いたのか慌てて頭を振った。
その意味がよく判らなくて翼はきょとんと首を傾げる。

「なにがごめん?」
「やー、なんか。・・・なんとなくやねん」
「なんとなくなの?」
「ちゅーか・・・あんまタッキーかっこええ言うたらあかん、て・・・」
「へ?なんで?誰がそんなこと言ったの?」
「・・・ひなが」

いくらなんでももう怒っているわけではないのだろうが、未だばつが悪いのかなんなのか、小声で呟かれた名前。
スプーンを銜えて口を尖らせる様がまるで子供のようでおかしかった。

「村上?えー・・・?なんでだろねぇ?」
「なんや、翼くんに悪いやろ、って。あかんでーって」
「俺?別に何にも気にしないけど、ていうか割とどうでもいいんだけど・・・」
「とにかく、あんまタッキーかっこええて俺言うたらあかんねんて。ずるいよなぁ。みんな言うてんのに」
「ふーん・・・。あいつそんなこと言ってんだ」

その理由なんて手に取るように判るというか、村上信五という男は思考としては割と判りやすい形態をしているのだ。
このいつまで経っても希有な幼稚性を抱える恋人を持つあの男が、中でも未だに最強の予防線を張っているのが自分の相方であることを翼は知っている。
何せ横山の滝沢に対する憧れはその実かなり絶対的なものがあるからだ。
けれどもまさか自分までダシに使われているとは思わなかった。
普段からバイタリティの溢れる男だけれども、恋人のこととなるとなおのこと精力的だな、と翼はいっそ感心してしまった。
精力的という意味では滝沢も負けてはいないが、種類が少し違う。

そう言えば今日はパスタにしようと言ってたけれど、カレーも悪くない。
あの男はどうせココイチなんて来たことはないだろうから、今度連れてきてやろうか、と翼がぼんやり思っていると背後で件の恋人の声がした。

「つ、つばさ・・・っ!」

はたとグラスを置いて振り返ると、入り口に息せき切らせた滝沢と笑顔全開な村上が立っていた。

「あ、意外と早かった」
「ちょっ・・・なんやねん、なんであいつら来てんねん!」
「んー、たぶん村上じゃない?」

横山はあわてふためいた様子でスプーンを口から出して喚くけれど、翼からしてみればここに来る時から二人が追いかけてくるであろうことなど予想していた。
村上ならば横山の場所など一発で判るだろうという特に根拠もない推測だったけれども、どうやら当たらずとも遠からずだったようだ。
そうして近づいてくると、村上は二人が座っていたカウンター席の隣に腰掛ける。
横山は一番奥に座っていたので、仕方なしに翼の隣だ。
うっかり出遅れた滝沢はその村上の隣に座った。

「ヨコー、なんで翼くんと行ってまうねん。今日は俺とココイチ食おー言うてたやんか」

何やら若干うさんくさいヒナちゃんスマイルを浮かべて村上は平然とそんなことをのたまう。
なんか挟まれたくないなぁ、と翼がぼんやり思う隣で、横山は軽く威嚇するような調子で唇を尖らせる。

「なんやねんおまえ・・・今おまえの顔なんぞ見たないねん。どっか行け」
「まだ怒ってんの?」
「なんで怒らなあかんねん。あほか」
「せやんなぁ。別にヨコが怒るようなことしてへんもん、俺」
「・・・いやでも、ヨコは怒ってもいいと思うよ」

二人の間で水を飲んでいた翼はその水を飲み干してしまうと、暇を持てあました調子でさりげなく呟いた。

「へっ?」
「つ、翼くん?」

それには横山も村上も驚いたようで、二人して目を瞬かせて翼の横顔を凝視している。
そして村上の隣にいた滝沢も軽く身を乗り出すようにして窺う。

「翼・・・?」

翼は滝沢にだけ視線をやってふっと笑ってみせる。
横山にばかり気を取られていたけれども、滝沢もまぁ気付けば随分としょんぼりした顔をしている。
かっこいいと言われる顔が台無しだ。
そもそもが、それとて本を正せばこの関西代表ポジティブ人間のせいではないのか、と翼は若干無理矢理な結論を持ってきてみる。

「俺も怒ってるしね」
「え、翼くん?なに?俺翼くんになんかした?」
「したした。たきざーに手ぇ出したじゃん」
「えっ!ちょ、出してへんて!出してへんよ!そら、アレは単に寝ぼけてただけやんか!翼くんならわかるやろ!?」
「え〜〜?わっかんないなぁ〜。村上ちょっとひどくない?ちょっとっていうか最低じゃない?」
「ま、待ってや翼くん、そらなんかの間違いやし・・・」

まさか翼にこんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
村上はさっきの余裕などどこへやら、本気で狼狽えて頭を振る。
それに滝沢などはぽかんと口を開けて固まっていた。

「たきざーは俺の恋人なのにさ、ひどいよ。ほんとーにひどい」
「つ、翼く・・・」
「翼くんごめんなああー!?」
「えっ、ちょ、ヨコ・・・!?」

さっき拗ね倒していたのも嘘のように、横山は申し訳なさそうに眉を下げて翼の肩をがしっと掴む。

「そやんな!翼くんからしたら村上の野郎むかつくよなぁ!そやでそやで、タッキーにあんなんして!ほんまごめんな翼くん!」
「いやいや、横山のせいじゃないよ。ショックだけどさ、俺・・・」
「ほんっまごめん!うちのあほが!ゴリラやから人間としてのマナーとかいまいち判ってへんねん!」
「うんうん、大丈夫。横山がそう言ってくれて、俺ちょっと元気出た」
「翼くんはええ奴やなぁ〜!さすがタッキーの相方やわ!」
「横山もいい奴だよー。村上にはもったいない」
「ちょ、ちょ、ちょお・・・いくらなんでもひどない?二人とも・・・」

どう考えても翼の台詞はいつも以上の棒読みで、何か企みがあるとしか思えないのだけれども、普段慣れない翼からの攻撃にさすがの村上もどう対応していいのか判らない。

「た、たき〜・・・」

思わず助けを求めるように隣の滝沢を見るけれど、滝沢は未だ固まったように翼を見ているだけだ。
なんとも頼りにならないことこの上ない。
いつもの帝王ぶりはどうしたことか。
お前の恋人やねんからなんとか言えや!と内心だけで言い捨てつつ、小さく脇腹をこづいてやった。
すると滝沢はハッと我に返ったように目を瞬かせて、ぽつんと一言呟く。

「つ、つばさが・・・」
「は?」
「つばさが・・・俺に手を出したって、怒ってくれた・・・」
「お、おまっ・・・なに感動してんねんコラ滝沢ー!!」

お前は乙女か!と村上は得意のツッコミをいかんなく発揮するけれど、既に浸りきっている滝沢にはまるで効果がない。
そんな二人を後目に、翼と横山は未だお互いへの褒め合いトークで盛り上がっている。
しかし横山の方を向いている翼の手が、何かプレートのようなものをスッと村上の方に寄越した。
村上が思わずそれを見ると、それはこの店の伝票のようで。
そこにはまるで見えない文字で「おしおき」と書かれているような気がした。
それを手に思わずがっくり肩を落とすと、村上は懐から財布を取り出しながらぼやき混じりで呟いた。

「わかったから・・・払うから。ええ加減うちの子返してくれ・・・。ほんで、おたくのコレも引き取ってや・・・」



そんなある日の愛あるヒトコマ。










END






随分前にメモの方でプチ連載っぽくなってた雛横+滝翼を完結させてみました。
ていうかむしろ雛横より翼さんのが目立ってた感じでね!
そして元々大した話でもなく、単に村上に制裁を加える翼さんが書きたかった話だしね、これ(そうだったんだ)。
というわけで雛横的にはどうなのって感じですいません(笑)。でも楽しかったです。
タキツはもうほんとどっちでもいいです。翼さんが最強ならば!タキちゃんが翼さん大好きならば!
(2007.2.1)






BACK