愛をもうひとつ
「・・・うまっ。なんやこれバリうまやん!」
「ですよね?最近友達に教えてもらったんですけど、ぼくもう三日連続で来てますもん」
「・・・・・・・」
「なんちゅーかな、つゆの濃厚さと細麺のさっぱり加減が絶妙言うか。
そんでもってコレ見てみぃ大倉。このでっかいチャーシューさん」
「ね。ここのチャーシュー絶品ですよね。よかったですわー。横山くんに喜んでもらえて」
「・・・・・・・」
「あー、ええな。やっぱ男はラーメンやな」
「ね。ぼく昨日は替え玉3つ頼んじゃいましたもん」
「・・・・・・・」
ズルズルズル。
麺をすする音などどれも同じのはずなのに。
今の錦戸には、自分の立てるその音が、この瞬間ラーメンを食べている全世界の誰よりも情けない響きを持っている気がしてならなかった。
もの凄い勢いでつゆから箸、箸から口へと運ばれていく麺は、確かに横山と大倉が今言ったように素晴らしく美味しかった。
濃厚なつゆが絡みつく細麺は、確かに錦戸の舌をも唸らせていた。
しかしながら実際のところ、錦戸はこの店に来てから未だ一言も発していなかった。
確かにラーメンは美味しかった。繰り返すが、素晴らしく美味しかった。
だから今、錦戸がまるで親の敵のようにどんぶりを見つめていることは本意ではないのだ。
どんぶりの中、つゆに浮かぶ麺もだいぶ少なくなってきた。
錦戸はやはり無言でそれを攫うように掬い上げ、掻き込むように口に運ぶ。
そして上げた視線の先には・・・・・・大層嬉しそうに、そして幸せそうに、このラーメンがいかに美味しいかを語り合う横山と、大倉。
「うまぁ〜・・・。ええなぁ、これなら今日はつゆも全部の飲めそうや」
「え、普段はつゆ全部飲まへんのですか?」
「・・・・・・」
「んー・・・なんや飽きてまうっていうか、腹いっぱいになる言うか・・・」
「なんやーもったいないなぁ」
「・・・・・・・」
「けど今日はちゃんと飲むで」
「ほんまちゃんと飲んでくださいよ。あ、でももし飲めへんかったら俺にください」
「・・・・・・」
片方は妙に高めの声で、でも若干舌足らずで。
もう片方はのんびりした口調で、やはり舌足らずで。
会話だけ聞いていれば可愛いと言えなくもないけれど。
錦戸は、自分より身長のある二人を可愛いなどとは口が裂けても言いたくなかった。
そしてもしそれを言って逆に自分の身長のことを持ち出されるのは我慢ならないので、それ自体も言わなかった。
・・・無論、実際のところは二人の内年長の方は愛しい恋人であるので、内心ではつい可愛い思ってしまう日常ではあるのだが。
元々口数のそう多くない錦戸を、更にここまで黙らせている今のこの事態。
錦戸が今言いたいことはとにかく一つだった。
『なんでこの席順やねん!』
錦戸は不満だった。とにかくそれだけが不満だった。
いや、元を辿れば、仕事終わりに二人で帰ろうとしたところを大倉に捕まったこと自体も不満だったし。
その大倉が何も考えのなさそうなその口調で、「うまいラーメン屋見つけたんです」とのたまったことも不満だったし。
あまつさえ、仕事で疲れていたんだろうが、それまでひたすらだるそうにしていた横山の目が途端に輝いたことも大層不満だった。
今の錦戸は不満だらけだった。
けれどそれらは、今一番の不満が解消されるのならまだ我慢できそうでもあった。
大倉がつい先日見つけたというラーメン屋。
さして広くはない店内の、一番奥の4人席。
ノリノリだった横山が先頭、次が大倉、そしてどうにも気乗りしていなかった錦戸が最後に席に着いたのだが。
一番初めに横山が4つの中で一番奥の席に座り。
次いで大倉がその横、通路側に座り。
最後に錦戸が、横山の前に座った。
自然とそうなってしまった席順。
それこそが今の錦戸の最大の不満事。
たかが席くらいで、と言うことなかれ。
本来ならばそうやって横に座り、美味しいものを食べて至極嬉しそうな、年上のくせに子供みたいに喜ぶ顔を向けられるのは自分だったはずなのに。
いや、自分で当然だ。
だって彼は自分の恋人なのだから。
そうやって錦戸の中で理論立てて行くと、やはりこの状況は明らかにおかしかった。
なんで横山の隣が大倉なのか。
なんで横山はそんな風に大倉と楽しげに喋っているのか。
なんで自分はそんな二人をこうして目の前にしながら、一人寂しくラーメンをすすっているのか。
意外と物事を気にするタチの錦戸は、考え出すと止まらなくなった。
そして不満は募る一方だったが、それを口に出すこともやはり憚られ、ただラーメンをすするのみだった。
そもそもが、大倉が誘ったのは横山であって自分ではないし、自分は勝手に着いてきただけだし、そんなことを口にして器の小さい男だと思われるのは我慢ならないし・・・。
何より、横でなくて前だからと言って、話せないわけではない。
その事実を鑑みると、これは単なる自分の八つ当たりなのではないか。
錦戸の頭は色々な物事で高速回転していた。
ただ錦戸は失念していた。
確かに錦戸は物事を気にするタチだが、横山と大倉はどちらかというとその逆である。
別に錦戸がこのことに不満を述べたところで、あっさりと大倉が席を替わってくれて、ジ・エンドであった。
けれど悩み多き年頃である錦戸には、そんなところまで頭が回らなかった。
目の前でほんわかとラーメントークを繰り広げる、グループ内のグルメ派二人を前にして。
既に麺がなくなってしまってつゆだけになったどんぶりを、ただじっと見つめるばかりだった。
「なんや。亮ちゃんもつゆ全部飲まへんの?」
「・・・へっ?」
思考の渦にはまりかけていた錦戸に、突然かかった声は既に替え玉2つめを食べ終わった大倉だった。
錦戸がはたと顔を上げれば、不思議そうな顔で小首を傾げ、どんぶりを指さしている。
「やったらぼくにください。飲む」
「なんや錦戸ー、おまえも飽きるタチか?」
ください、と手を差し出してくる大倉と。
更には箸で麺を持ち上げたまま笑う横山と。
錦戸はなんだか、グルメ派カップルのデート現場にうっかり同席してしまったような気分に一瞬なりかけて、慌てて頭を振った。
「・・・飲むわボケ。おまえはさっさと3玉目でも頼んどけ」
「あー、うん。頼むけど。・・・おじさーん!替え玉もひとつお願いしまーすっ」
しっしと、まるで犬を追い払うような仕草をしてみせる錦戸を特に気にした様子もなく。
大倉はカウンター向こうの店主に向かって大声を張り上げる。
それに一瞬間を置き、少し考えるような仕草を見せてから、錦戸も同じようにカウンター向こうに声をかけた。
「すんませーん!俺も替え玉一つお願いします!」
するとすぐさま店員の手によってやってきた替え玉が、大倉と錦戸のどんぶりに投入される。
それらを見て、横山は小さく笑った。
「おまえらはさすが若いなぁ。よう食うわ」
早速勢いよく3玉目をすすり始める大倉を後目に、錦戸は箸をどんぶりに突っ込んだまま目の前の横山を見る。
確かにほとんど麺はなくなってはいるが、つゆはまだ沢山あるし、何よりさっき散々美味しいと言っていたチャーシューがまだ残っている。
「・・・横山くんは食わへんのですか?」
「おっちゃんももう歳やから」
「いや、そらさっき楽屋でしこたま菓子食うてたからでしょ」
「・・・アレはおまえ、アレやで。ヒナとすばるとヤスがやな・・・」
「知ってますよ。散々菓子貰って餌付けされてましたよね」
「餌付けてなんやねん。俺は犬猫とちゃうねんから」
似たようなもんや。
それが錦戸の見解であったが、それ以上言うと怒り出しそうだったので止めておいた。
けれどさっき、仕事の休憩時間にコンビニに行ってきたという村上、すばる、安田の三人の元に真っ先に飛んでいって、「なに買ってきたん?」と興味津々な様子で袋を覗き込んでいたのは、他でもないこのお菓子大好き最年長だ。
そして、コレ食うかアレ食うかコレなんかどうですかと、三人から散々菓子を与えられていた最年長の姿は、まさに餌付けされる犬猫同然だった。
「・・・・・・」
錦戸はそれらを思い出してはまた更に機嫌が降下していくのを感じていた。
そうだ。
ついさっきまではそれで機嫌が良くなかったのだ。
けれどそれらは、大倉が声をかけてきた時点でそちらに不満事が移っただけのことだったのだ。
「・・・・・・」
ズルズルズル。
錦戸は再び無言で麺をすする。
ああ、なんて世の中には、日常には、こうも自分の機嫌を逆撫でするようなことが多いのだろうか、と錦戸は毒づきたくなる。
それはイコール、錦戸を取り巻く環境があまりにも横山に甘いという現実である。
そう言えば昨日は自分がちょっと別の仕事だったからと言って、内と一緒に帰って夕飯まで食べて帰ったというし。
一昨日は日頃の付き合いが悪すぎると言っては、無理矢理に丸山を引っ張っていって買い物に付き合わせたというし。
なんや、コレ。
「ん?錦戸?なん?」
「・・・いや別になんも」
「うそや。なんか今言うたやん」
「言うてませんよ」
「うそやうそ。なんで俺に隠し事すんの」
「何も隠してへんし。・・・ていうかもう、はよ食えばええでしょ。ほら、チャーシュー残ってますよ」
投げやりに箸でそのどんぶりを指し示してみせる。
言いたいことは確かに沢山あるけれど、それは伝えるのはあまりにも情けなく、かっこ悪く、みっともない。
自分が幼い頃からの付き合いである以上、そんなもの今さら隠してもしょうがないとは判っていても。
それでも出来る限り、この年上の恋人相手にそういう姿は見せたくない。
そんな思考自体がまた情けないという自覚はあるものの。
錦戸は、出逢った時から自分と横山との間に横たわる「3つの歳の差」というものを、過ぎるくらいに気にしていたから。
こればかりはいくら問いつめられようとも、言うわけにはいかなかった。
「・・・あっそ」
横山は一言小さくそう呟いたかと思うと、そのぽってりした唇を軽く尖らせて。
がたん、と音を立てていきなり立ち上がる。
「んん?」
その横でずるずると麺をすすっていた大倉が、麺を口いっぱいに含んだまま、何事かとそちらを見上げる。
横山はそれを意に介した様子もなく、大倉の後ろを通って通路に出たかと思うと、テーブルを回り込んで今度は大倉の前に座った。
つまり、錦戸の隣だ。
「横山くん?なんです・・・」
錦戸が訝しそうにそちらを見ると、その白い手は今自分が座っていた場所に置かれているどんぶりを引き寄せていた。
つゆの中に浮かぶチャーシューを箸で摘み、持ち上げて。
ちらりと横の錦戸の顔を見る。
錦戸は何がしたいのかよく判らず、ただその様子を見つめる。
「・・・まぁ、なんやよう知らんけどもやな、」
「はぁ?」
「とりあえず、食っとけ」
チャーシューを持ち上げた箸が一瞬だけ錦戸の口元の方に動き、けれどもすぐさま躊躇したように止まり。
最終的に、それは錦戸のどんぶりの中にポチャンと投入された。
「・・・・・・どうも?」
「なんで疑問系やねん」
「いや、別に。どうも」
もしかして、一瞬でも直接食わせてくれようとしたんだろうか。
なんてことを思って、思わずそれを想像してしまう錦戸だったが。
それ以前に横山のその行動の真意を考えるべきだということにすぐ思い至る。
「あの、横山くん、」
「ええから食えって。はよ食え」
「あー、はい・・・」
何故か妙に急かす横山に負けて、錦戸は自分のどんぶりに投入された横山のチャーシューを頬張る。
さっきから自分の分も散々食べていたはずなのに、改めてとても美味しいと思った。
横山はと言うと、テーブルに頬杖をついて錦戸のそんな様子を見ていた。
「機嫌なおせよ」
「・・・はい?」
「なんやおまえ機嫌悪かったやろ」
「・・・そうっすかね」
「そうや。なんや、ラーメンすする音まで機嫌悪かったで」
「そんなことないと思いますけど」
横顔にその視線を感じつつ。
錦戸は敢えてそちらは見ずに、ラーメンを再びすする。
今度の音は、きっと機嫌悪くは聞こえないだろう。
口出しされるのは嫌うくせに構われないと拗ねる、この寂しがりの恋人が。
周りから甘やかされることに慣れているこの恋人が。
敢えて甘やかしにかかるのなんて、きっと自分くらいなのだろう。
その事実に顔が緩みそうで、錦戸はそちらが見られなかったのだ。
さっきまでの不機嫌だった気持、色々な不満事。
それら全てが、恋人のこんな些細な態度で一転してしまう。
恋心とはかくも都合良く出来ているものだ。
「横山くん」
「ん?」
「帰りコンビニ寄ってきましょ」
「なんで?なんかあんの?」
「横山くんが前好きやー言うてたあのプリン、また売ってましたよ」
「ほんまかっ?行く行く」
「ね。買いましょね」
途端に浮かれ始める錦戸と。
そんな錦戸の不満から一転幸福への内心の劇的変遷など露程も知らないが、ただ錦戸の機嫌がよくなったことに満足そうな横山。
依然として食べ続けていた大倉は、そんな目の前のカップルにちらりと視線をやって。
なんや幸せそうで何よりやわ。
と、三人の中で一番年下らしからぬことを内心で思っては、三度カウンター向こうに向かって声を張り上げた。
「おじさーん!替え玉もひとつ〜」
END
ちょろすぎますよにっきどさん・・・。
天使シリーズと同一人物らしからぬこの感じ。
でもこんな感じでいちいち横山さんのことで過敏になって、
でも横山さんの態度一つですぐ幸せになれるにっきどさんとかもいいと思うのです。
亮ちゃんかわええね。
いやにっきどさんは基本的に男前だと思うんですけど頑なに。
でも横山さんの前ではほら。恋してるから恋(いけしゃあしゃあ)。
でもってたっちょんはかわいいですね(唐突)。
このたっちょんは亮横んちのペットかなんかでいいと思います。
あ、子供でもいい。近所の子でもいい(何が何やら)。
たっちょんと亮ちゃんはよく食べる子なのでいい感じです。その調子で横山さんを(以下略)。
(2005.2.28)
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