ムーンライト・ブラインド










ラジオの収録終わり。
既に辺りは暗くて街頭の灯りが足元を照らしていた。
中丸と上田はスタジオの出口から出ると、マネージャーが呼んでおいてくれたタクシーが見える。
昨夜遅くまで作曲をしていた上田は、寝不足からか小さく欠伸をかみ殺しながら緩慢な動作でそちらに向かった。
中丸はと言うと、かばんの底に行ってしまった携帯を探しながら歩いていたので、上田より更に後ろを歩いていたのだが。

「・・・え?」

ふと目の前を照らしていた灯りが遮られ、誰かが立ちはだかった気がして、中丸ははたと動きを止めて目の前を見た。
一瞬上田が戻ってきたのかと思ったが、上田はその目の前の人物の向こうでちょうどタクシーに乗り込もうとしているところだ。
じゃあ・・・と改めて目の前を見れば、そこにはなんだか妙に楽しげに笑って首を傾げる、それなりに見慣れた白い顔があった。

「よ、横山、くん・・・?」
「おー。おつかれさん」

平然と軽い調子でそう言って手を上げてみせる横山に、中丸も反射的に軽く会釈する。

「お、お疲れ様っす!」
「結構終わるの遅かってんなぁ?」
「あっ、はい、今日はちょっと時間かかっちゃって・・・」
「そーかそーか。さっすが、売れっこはちゃうなぁ!」
「あはは、どうもですー・・・」

なんで横山くんが、ここに。
中丸は反射的に口から出ていきそうになった言葉をなんとなく飲み込んで、ただ愛想良く笑ってもう一度会釈してみせた。
考えてみればこのスタジオは横山も別の曜日で使っている場所で、恐らく今日は何かコメント録りか何かがあって来ていたのだろう。
深く考えることはあまり賢明ではない。特にこの人相手には。
中丸はそう思いながら、携帯を探していたかばんの口をさっさと閉じて、肩にかけ直す。

「や〜それにしても偶然っすね!横山くん今日はこっち泊まりですか?」
「んー?んー・・・今日は天気ええし、お月さんもきれーやしなぁ」
「あ、あー、なるほど。・・・そうっすね、今日は久々に晴れましたよね」

いまいち話が噛み合わない。
いつものことと言えばそうなのだけれども。
とりあえず何か上手い返しを必死に考えるけれども、どうにも出てこない。

中丸はさりげなく視線を横山の向こう側に向けた。
するとタクシーに乗り込むところだった上田は、当然後から続いて来ない中丸を不思議に思って振り返ったのだろう。
開いた扉に手をかけたままでこちらを見ていた。
中丸は咄嗟に「助けてくれ」という意味の視線を込めて上田を見た。
けれど上田はそれに呆れたように笑ったかと思うと、ヒラヒラと手を振ってみせて、あろうことかさっさと乗り込んでしまったのだ。
しかも最後にその厚みのある唇が紡いだ五文字が、この距離では聞き取れるはずもないのになんとなく判ってしまって、それがまた相手の行動以上に中丸を脱力させた。

『がんばれよ』

何を頑張れって言うんだよちょっと待てよおい!
中丸は内心だけで同い年の仲間にツッコミを入れる。
そんな風に軽く顰められたその表情を、横山はきょとんと首を傾げてなんだかおかしそうに覗き込んでくる。

「中丸?どしたん?」

妙に近いその距離に、思わず無意識に腰が引けてしまった。
この夜の闇の中で見るにはいっそ目の毒なくらいに白い顔。
それはただ生白いというわけではなく、皮膚の下にある血の色が透けるような、そんな透明な白だ。
そこにまるで朱を引いたような鮮やかな唇が所在なさげにあって、それがまた無防備に妙に近い距離にある。

この人との距離感が未だによく判らない。
中丸はいつも横山に抱くそんな印象を新たにしつつ、とりあえず話を何か広げないと、と必死で思考回路をフル回転させて考えていたのだが。
向こうでタクシーが無情にも走り出したのが見えて、さすがに目を見開いた。

「あっ、あのやろっ!ちょ、置いてくなってー!上田ー!!」

この時間にタクシーに乗り損ねたらどうやって帰るんだ。
確かにまだ電車はなんとかあるけれど、まず最寄り駅まで結構な距離があるというのに。

「あーあ、置いてかれてもーたか。ごしゅーしょー様やな」
「あああ〜・・・まじかよー・・・」

素で頭を抱える中丸を見て、横山はとても面白くて仕方がないとばかりにひゃらひゃらと笑う。
その妙に甲高い声が夜の空気には妙に響く気がした。

「ま、若人は歩けっちゅーことやな」
「まじすかー・・・」
「まじやで」
「あー、まぁ、最近運動不足だったし、いいか・・・」
「そやで。なんでもそうやってポジティブにいかなあかん。
あっ、あんまポジティブになりすぎるとブサイクなるから気ぃつけや」
「はぁ。村上くんっすか?」
「あっ、俺なんもゆーてへんのに!中丸言うな〜うちのヒナちゃんにブサイクやって〜明日言うたろ〜」
「やっ、言ってませんよ!そんなこと俺はひとっことも!」
「今ゆーたやんけ」
「言ってません!なんていうか、横山くんがポジティブと言えば村上くんっていうか!」

こんなのはその場限りの冗談とか軽口の類でしかない。
けれど所詮中丸がこの先輩相手に返せるものと言えばこの程度の反応なわけで。
セオリー通りと言われようとも、無難に返しておくのが一番だ。
しかしそれはあくまでも無難なそれであり、そういう意味でハイレベルなこの先輩相手に気に入られるものだとは到底思えなかったのだけれども。

「そーかそーか。じゃじゃ丸はおもろいなぁ」
「はぁ。どうもっす・・・」
「必死で」
「あ、そういう意味」
「どういう意味やと思ったん?」
「や・・・横山くんに面白いって言ってもらえるのは嬉しいなぁ、と」

微妙なところを突っ込んでくる人だと思う。
というか次にどういう発言が出てくるかさっぱり判らない。
自由とか型破りとか、そういう人間ならグループのメンバーでそれなりに慣れている自覚はある。
あの手の個性の強すぎる人間を扱うのはそんなに苦手ではない。
最近ではむしろ自分とかぶらなくていいとすら思うくらいだから、そういう意味では大人になったなぁとも思う。
それがいいことかどうかは別として。
ただ、そんな中丸にとって未だまるで慣れないのがこの横山裕という関西の先輩だ。
いくら東京と大阪という拠点の違いはあれど、横山はジュニアの時代から関西では推されていた人間だったから東京にはよく来ていた。
そういう意味では付き合いの長さは結構なものになるし、実際面倒見のいい横山にはそれなりに可愛がってもらっていた記憶だってちゃんとある。
けれども、思えばそんな昔よりも今の方が更に判らなくなったような気がするのだ。
ただ自由とか型破りとか、そんな言葉では説明できない何かがこの人にはあると中丸はいつも思う。
それは同郷のメンバー達からすればなんてこともないものなのかもしれないけれど、中丸にとってみればそれは極端に言えば恐れとすら言える程のものだ。
それはまさか本当の意味での恐怖というものではないが、一番近い感情を考えてみればそんな言葉が当てはまる気がするのだ。

正体のわからない何かがするんと自分の中に入り込んでくるような。
その白い白い何かが、心の中に入り込んでくるような。

理解できないもの全てが怖いとは言わない。
ただそれでもこの人の存在は、そんなような感情を自分に突きつけて、近づくことを躊躇わせる、と中丸はいつも思う。

「中丸、帰ろか」

さっきまではなんだか楽しげに、妙に近い距離で中丸を観察するように眺めていたくせに。
横山はそれももう飽きたとでも言うのか、ふいっと顔を逸らすとさっさと歩き出してしまう。
それに咄嗟に反応できずに中丸はただ目を瞬かせた。
しかしなんだか放っておくこともできずすぐさま後を追う。
なんとなく声もかけられず、その半歩後ろを付き従うように最寄り駅までの夜道を歩いた。

どうしようか、そんな風にはやはり思うのだけれども。
向こうが興味をなくしたというのならば声は余計にかけられない。
とりあえず、駅まで来たら適当に声をかけて頭を下げて挨拶をして、それで別れればとりあえず角は立たないだろうか。
そんなことを思いながら何気なく夜空を見上げたら、確かにさっき横山が言った通り今日は随分と天気が良くて、月と星が珍しく綺麗に見えた。

「あー・・・いい天気だわ、確かに」

自然と呟いてしまってから、はたとした。
目の前を歩いていた横山が足を止めて振り返ったのだ。
その表情はなんだか妙に窺わし気で、何か強い感情の込められた切れ長の瞳に月明かりが差しているのが見えた。
生憎と中丸にはその意味なんて判るはずもなくて・・・この相手に関して判ることの方が少なくて。
ただ、それでも、判らないながらも、なんとなく今言うべきことはこれのような気がして。

「こういう夜空の下を歩くのって、いいっすよね」

そう言ったら、なんだか目の前の白い顔は途端にきょとんと不思議そうなものに変わる。
妙な幼さを湛えたそれは中丸よりも2つ年上には到底見えない。
そしてその妙に目を引く唇からふにゃりと漏れる幼い言葉だって。

「・・・じゃじゃ丸はロマンチストやなぁ」
「あ、そうっすか?あー、意外とこう見えて、そうかも」
「こう見えてなぁ」
「ですね」
「俺のこと怖いんか?」
「や、そんなことはないですけど」
「ふぅん。ほんなら、ようわからん、て思ってるやろ」

唐突な問いに我ながらさらりと答えられたかと思ったら、コレ。
でも思えばそんなことを訊かれたのは初めてな気がする。
この人がそんな風にあからさまに自分に対して興味を向けてくること自体が。
何せ横山は言ってしまえば、ある種「雲の上の存在」みたいな印象が中丸にはあった。
ただそれはたとえば滝沢のような、そういうスター的な意味とは違うもので、言ってしまえばまさにふわふわと掴み所のない、というのが一番適切な。
その上で言ってしまえば、今はまるで雲の上から降りてきたような印象があった。

そんな風に、自分に何かを切に求めるような瞳を、貴方が向けてくるなんて。

「・・・ん、そうっすね。よくわかんないかも」
「やっぱりなー。中丸って、愛想ええけど、めっちゃ距離置いてる感じするもんな」
「あ、そういう感じします?すいません」
「ええて。しゃあない。お前は人当たりの良さで内面のドライさを誤魔化してるタイプやもん」
「うわ、結構それひどい感じだ」
「ひどいで。ほんま」
「あー、すいません」
「ええて。・・・わかってたし」

一体何を判ってたんだろう。
さっさと背を向けられてしまって、自然とその心なしか丸まった背中をぼんやりと見ながら中丸は思った。
自分には判らないことだらけだっていうのに。

最近随分と短くした茶の髪が、それでも風にふわりと揺れるのが見えた。
いくら見慣れたって理解できないのはきっと横山だからだ。
見れば見るほど知れば知るほど深みにはまるから。

だから、理解できない。

「横山くん、なんで今日俺に声かけたんですか?」

それは単に仕事の帰り偶然見かけたから。
そんな台詞が返ってくれば、そこだけは理解できたはずなのに。

もう一度だけ振り返ったその白い顔は、切れ長の目をうっすらと細めて、その赤すぎる唇を僅かに開いて。
何故か、妙に嬉しそうに微笑んで。

「じゃじゃ丸がおったから」

ほら、やっぱり判らない。

「・・・て言うても、やっぱわからんよなぁ?」

うん、判りません。
なんでこんなに判らないのかすらも判らない。
貴方のことが本当に判らない。

本当に判らない、怖い人だと思う。
判らなくなればなる程に、まるで比例するみたいに、恋をしてしまうだなんて。

中丸はさっき横山が言ったように愛想良く、そして曖昧に笑った。














END







ゆっち×ゆうゆうをついに書いてみた!
・・・のはいいですが、なんでこんな微妙なのか自分でももはや理解できない。なんなのこれ。
まさかここまでラブくないもんができあがるとはね。
ていうか意外と私の中のゆっちが理屈っぽい子だったという・・・。あれ?
なにこれ私の夢入りすぎ?まぁ、いいか・・・。
攻めという意識があるせいもあるかもしれんけども、意外と可愛さの欠片もないゆっちになりましたびっくり。
そして横山裕の方がめちゃくちゃゆっち好きなんだよこれ!片思い裕さん。
ていうかグループ外は基本的に裕さんが好きな方が好みです。
(2006.7.11)






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