月の夜に君と二人で










美味しい食べ物と少しのアルコールで満たされた腹を抱え、二人は満足げに店を後にした。
外はすっかり真っ暗で、晴れた夜空に月がまんまるく輝いている。
そよそよと涼しい風に吹かれながら並んで歩いた。

「うまかったー」
「うまかったなぁ」
「そろそろ帰るか」
「せやなぁ。終電の時間もあるし・・・」

つい時間を忘れ、他愛もない話をしながら摂った遅い夕食。
既に時刻は深夜を廻っていた。
丸山は歩きながら携帯で終電の時間を調べた。
そしてディスプレイに表示された結果を見て、はたと立ち止まる。

「・・・ん?どしたん?」
「・・・おおくらぁ」
「なに」
「今日、日曜やんな・・・?」
「せやな」
「・・・終電、もう終わってもーたみたい」
「・・・うそやん」
「ほんまやって〜」

へにゃりと眉を下げる丸山の携帯のディスプレイを大倉が横から覗き込む。
そこには既に過ぎ去った時刻を示す文字。
土日の終電は平日よりも早いことを二人は失念していた。
大倉は小さくため息をついて辺りを見回した。
目の前の大通りには時折タクシーも通る。
けれどここからお互いの家までは結構な距離があるし、深夜料金もばかにならない。
今の手持ちを考えるまず無理だった。

「あかん・・・帰れへんやん」
「どないする?」
「明日って、仕事昼過ぎからやんな?」
「あー、うん。雑誌の取材だけやわ、確か」
「じゃあ始発までどっかで時間潰すか」

大倉は腕時計で時間を確認した。
始発の時間までは4時間弱と言うところ。
駅前まで行ってファミレスにでも入れば何とかなるだろう。
それに深夜とは言え今日の陽気は暖かくて、こうして歩いているのも悪くなかった。






「歩くと結構腹ごなしになるなぁ」

未だ営業している飲み屋や24時間営業のチェーン店の脇をゆっくりと歩く。
丸山は何故か妙に上機嫌だった。
それを横目に大倉は無言で小さく欠伸をする。
アルコールが入っているせいもあってさすがに眠気も徐々に押し寄せてきていた。

「・・・眠ない?」
「あ、俺はそうでもないな。結構元気」
「俺、あかんわ・・・。ファミレス入ったら寝るかも」
「ええよ。俺が起きとくから大丈夫やし」

思わずちらっと見た丸山の顔はやはり上機嫌なままで。
大倉は何となく癪な気分になって強く目を擦った。

「・・・いや、寝ぇへんけど」
「別に俺ならヘイキやで?」
「俺やったら嫌やわ。二人でおって寝られたら」
「そか。大倉が嫌なら俺も嫌やわ」
「・・・なんやそれ」

ふふ、と小さく笑って妙に軽やかに横を歩く丸山に、大倉も呆れたように笑う。

「なんや楽しそうやなーお前」
「楽しいでー」
「なんで?」
「うーんと・・・・・・あっ」
「ん?」
「おおくらおおくらっ、ちょお待っとって!」

丸山はその場で一旦立ち止まると、目の前の煌々と漏れる明かりの方へ走っていってしまう。

「え、ちょ、・・・・・・なんやアイツ」

言われるままにぽかんとその場で立ちつくす大倉の視線の先には一件のコンビニがあった。
そこにいそいそと入っていく丸山の姿が見える。
トイレか?と怪訝そうに首を傾げていると、ものの2分もしない内に丸山は戻ってきた。
その手には小さなビニール袋が1つ。
何だか子供みたいに楽しそうな顔で丸山は中身を袋から取り出してみせた。

「じゃじゃーんっ」
「・・・アイス?」
「スイーツやで。スイーツ」
「アイスやん」
「アイスやけど」
「何しに行ったんかと思った」
「急に食べたなってん。大倉も食うよな?」
「食う」
「よーし。どっちがええ?チョコバーとー、アイスモナカ」
「ちょこ・・・いや、アイスモナカにする」
「ん、モナカな」

はい、と手渡された物の冷たさに手が驚いたようにぴくんと反応する。
アルコールのせいでいつの間にか随分と熱を持っていたんだと大倉は今更思った。
袋を開けて中身のモナカを一口かじると、その冷たさに頭が冷やされて少しだけ目が覚めた。
隣では丸山がやっぱりご機嫌な様子でチョコバーをかじっていた。

「んまいなぁ」
「ん」

アイス片手に駅までの道のりをゆっくり歩く。
店が建ち並ぶ通りから少し外れてきたから、自然とネオンの明かりも遠ざかっていく。
けれど今日の月明かりだけは変わらず頭上から二人を照らし続けていた。
夜の静けさに何処か甘い声が柔らかく響く。

「こういうん、俺好きやわ」
「・・・アイス?」
「アイスもやけど」
「うん」
「俺、帰り道ってあんま好きやないから」
「・・・なんかわかる」
「な。せやから、帰り道やない道を歩いてるんが、ええなって」
「・・・ん」

まるで子供みたいだ。
過ごした時間があまりにも楽しいから、帰りたくないなんて。
でもそんな気持ちはいつだって忘れられない。
いつだって忘れたくない。
先なんて何も考えずただ漠然と走っていた頃とは違うけれど。
それでも、いつだって。






暫く歩いて、最寄り駅ももうすぐの所まで来た。
あと少しすれば駅前のファミレスの明かりが見えてくるだろう。
大倉は食べ終わったアイスモナカの袋を、丸山が持っていたビニール袋に横から突っ込んだ。
そしてその勢いで丸山の手をがしっと掴む。

「へっ?」

何事かとぽかんとする様を少しだけおかしそうに視界に入れて
大倉は残りあと僅かだったチョコバーを横から奪うようにばくんと頬張った。

「あ・・・」
「・・・ん、こっちのもうまい」
「俺のー・・・」
「ごちそうさん」
「・・・やるとか言うてへんのに。なんで食うねんなぁ」

少し恨めしげに自分を見る丸山の手を依然として掴んだまま。
見えかけてきた駅前の明かりとは反対の方向に歩き出す。
丸山はそのまま引っ張られながらきょとんとした様子で、遠ざかっていく駅の方と大倉の顔とを見比べた。

「あれ?大倉?駅あっちやでー?」
「もう一駅歩こうや」
「そら、別にええけどー・・・」

唐突な行動に丸山がじっとその横顔を見つめると、大倉は何だか随分と上機嫌のようだった。

「・・・楽しそうやなぁ、大倉」
「楽しいでー」
「なんで?」
「うーん・・・・・・アイスがうまかった、から」
「・・・そか」

丸山は嬉しそうに笑うと、掴まれたのとは逆の手にビニール袋を提げた。

掴まれた手の温かさはいつだって、帰りたくないと思わせる。
それはどんなものにも冷やされることはなくて。
たとえネオンがそこになくても、月明かりさえあれば歩いていける。

「さっき食うた分、今度は大倉が買ってな」
「どうせ途中にまたコンビニあるやろ」
「今度はプリンがええなぁ」
「お前歩きながらプリン食うんか」
「シュークリームでもええで」
「スイーツな」
「うん、スイーツ」

あと一駅分だけでも。

帰りたくない。
離れたくない。

まんまるい月の下、二人で歩く。










END






ほのぼの若干ラブっぽい倉丸倉で。
この二人ならロマンチックなのもいいと思う。
可愛くロマンチックに、そして青春。
(2005.6.4)






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