僕のための甘いモノ










あー、しんどい。

大倉はどこか底の方に沈みかけたままふわふわする意識の中で呟いた。
なんとなく頭が重いし身体はだるい。
そのせいなのかさっきから眠ろうと身体を横たえて目を閉じても、意識が完全には落ちてはいかないのだ。
さっき昼公演を終えたばかりだが、まだこの後夜公演も控えている。
できればその僅かな休憩時間で少しでも体調を回復させたかったのだけれども、なかなか上手くいかない。
確かにここは自分の部屋ではないにしろ、毎日のように使う以上できるだけリラックスできるようにと同部屋の横山と二人で様々なものを持ち込んでいた。
だからいつもなら特に何の頓着もなく仮眠をとるくらい平気でできていたというのに。
やはり体調があまり優れないせいなのか、いくら眠ろうとしても眠れない。
それはもしかしたら見えないプレッシャーに少し心が参っているせいもあったのかもしれない。

今大倉は初めてグループから出て舞台に出演している。
確かに横山も一緒に出演してはいるが、向こうはなんだかんだと舞台経験はかなりあるし、根本的なキャリアが違う。
同じグループの仲間がいることは安心するし頼もしいけれども、だからと言ってこんなメンタル面のことは所詮自分でどうにかするしかない。
自分でどうにかしなければならない。
言えば横山は話くらい聞いてくれるだろうし、何かしらのアドバイスはくれるだろうけれども。
そこは言ってしまえば自分自身のためにも頼ってはいけない気がした。

ゆらゆらと曖昧な意識をもてあましてごろりと寝返りを打つ。
すると、そちらからこの前横山が買ってきたアロマテラピーの香りがふわんと漂ってきた。
確かにええ匂いやなぁ、と思う。
けれどそんな今評判の癒し効果を持つ匂いをもってしても、やはり今の大倉にはあまり効果がない。
むしろ底の方にあった意識が少しだけ浮上してしまった気がする。
それはアロマテラピーで思い出したからかもしれない。
そういえばあいつの部屋は、これと違ってなんだかとても甘い匂いがしていた、と。
これはラベンダーの香りだが、あれは確か・・・なんという名前だったかは忘れてしまったけれども、妙に甘ったるい、お菓子のような匂いだった。
大倉からしてみれば、この匂いには癒し効果はないだろう、と思ってしまう程に。
けれどそう言っても気にした様子もなく、なんやおいしそうやん?とヘラリと笑って言ったあの顔を思い出す。

大倉は依然として目を閉じて寝転がったままながら、小さくため息をついた。
もうどう考えても眠れそうもない。
こう連日の舞台では会う機会もほとんどないから考えないようにしていたというのに。

それだけ心も身体もしんどいってことなんかな。
けれど思い出したところで今会えるわけでもないのだから、余計にしんどくなるだけだ。
・・・ああ、いっそ電話でもしてみるか。
今は何をしているところだろうか。収録でもあっただろうか。

そんなことをぼんやりと考えながらもぞりと小さく身じろいでいると、背後でゆっくりと部屋の扉が開く音がした。
さっきコンビニに行くと言って出て行った横山だろうか。
何か飲み物でも買ってきてくれたのなら、もういっそ起きてそれを貰おうか。

背後に近づいてくる気配。
それに合わせてうっすら目を開けて、結局眠るまではいかなかった僅かな欠伸を噛み殺す。
寝転んだ拍子に少し乱れてしまった髪を掌で撫で付けながら上半身だけを起こした。

「横山くんー・・・なんか飲みもんとかあります?できたら貰いたいんですけど・・・」

そちらも見ずに小さく伸びをしながら言った。
すると背後からにゅっと手が伸びてきて、起き抜けの大倉の頬にペタリと何かが押し当てられた。

「っ、つめた・・っ」

咄嗟に肩を竦める。
ひんやりとした感触は一瞬ペットボトルかと思った。
けれどもそれにしては形状がおかしい。
ペットボトルよりも小さくて、何かカップの形をしている。
見ればそれはプリンだった。
ご丁寧に上にプラスチックのスプーンが載せられている。

なんや、これ。
思わず反射的にそれを右手で受け取りながら振り返る。
するとそこには、にぱ、と笑ってコンビニのビニール袋を何故か得意げに掲げた恋人の姿があった。

「お邪魔しまーす」
「・・・お前、なにしてんの?」

いきなりのことに大倉が思わず胡乱気な表情で言うのにも構わず、丸山はさっさと大倉の隣にあぐらをかいて座った。
手にしていたビニール袋からガサガサと中身を取り出し始める。
そこから次々に出てくるそれらは様々種類はあれど、どれもみな一様にお菓子のようだ。
大倉が見たことのないものが多いところをみると、また新商品という文句に惹かれて手当たり次第に買ってきたのかもしれない。
丸山はその一つ一つを何故か妙に丁寧に畳の床へ並べながらなんだか楽しげだ。

「何ってー、観にきたんやんか」
「夜公演?」
「そうそう。信五さんと」
「村上くんも?」
「うん。あ、でもそこで裕さんと会って、二人してどっか行ってもーた」
「どっかって」
「気にせんとお前は先大倉んとこ行っときー、やって」
「・・・何してんねんあの人ら」
「なー?大人はスケベやなー?」

本当に判っているのか怪しい口調であっけらかんと言われ、大倉は思わず眉根を寄せる。
自分と丸山が最近まるで会えていなかったように、横山と村上もまた同じだろう。
ついでに言えばこちらもあちらもその関係性は全く同じ。つまりは恋人同士なわけで。
それを考えると二人でどこかに行ってしまったというその事実につい要らぬ想像をしてしまう。
もう時間もそうないのだからいくらなんでも、とは思うけれども。

「・・・これから公演あんねんから。ちゃんと使える状態で返してや」

誰に向かって、誰を使える状態で、とはさすがに口にしなかったけれども。
丸山はそれも一応判っているのか、これまたあっけらかんと言ってのけた。

「15分で済ますからって。信五さん」
「・・・・・・さいてーやあの人」

あの輝かんばかりの笑顔でそんなことをのたまったのだろうと思うと、大倉は呆れたようにため息を漏らした。
別にあの二人が何をしようと勝手だし口出しするつもりはないが、無駄なことで体力を削るようなことは止めて欲しいと思う。
ただでさえ体力も下り坂だのなんだの言ってめんどくさがっては、いつも以上に何もしなくなる人が相手なのだから。
そしてその過度なまでのめんどくさがりの犠牲になるのは主に自分なのだから。

「どれがええ?」

しかしそんな風に眉根を寄せているのを後目に、丸山はお菓子を並べ終えてご機嫌でそんなことを言う。
大倉はそれにはたとしてようやくそちらをじっと見た。
いつもと変わりない妙に楽しげな様子。
にこにことご機嫌で浮かれた顔。

「どれって・・・」
「どれでもええでー」
「や、別にいらんし」
「なんでー?」
「お茶とかあらへんの?」
「あ、お茶はないなぁ。あいにくと」
「お前なぁ・・・差し入れならお茶か、お茶やなくても飲み物くらい買うやろ、普通」
「あーごめんなぁ。お菓子で頭いっぱいやったわぁ」
「お前はほんまに甘いもんしか頭にないんか」

別にくれるというのならありがたく貰っておくけれども。
しかしこの公演前に飲み物もなしに甘いものばかり食べるというのは後で喉が渇きそうだ。
仕方がないから隣のA.B.C.の楽屋にでも行って飲み物を分けて貰うか。
そんなことを思いながら、並べられた色とりどりのお菓子を物色している大倉の頬に再びひやりとしたものが押し当てられた。
それはさっきのと同じプリンのカップだ。
大倉はまたしても胡乱気な表情でそちらを見る。
けれど視線の先の表情はにぱりと笑むばかりだ。

「・・・なんやねん」
「これうまいねんでー」
「俺別にそないプリン好きちゃうし」
「あれ。・・・じゃあこれはどやっ」
「ゼリー?」
「これさっぱりしててええで。うまいの」
「えー・・・」
「じゃあこれはー?」
「ヨーグルト?」
「これもほんまにうまいねんてっ」
「全部うまいんやんか」
「乾きもんよりはええかなて」
「ちゅーか買いすぎやろ」

いくら大倉と横山が食べるとは言え、甘いものがそこまで好きというわけではない。
相変わらず考えなしに買ってくるなぁと呆れたように思いながら、目の前に並べられたプリンとゼリーとヨーグルトをそれぞれ見て一応選ぼうと物色してみる。
それぞれのカップに手をやってフムフムと眺めた。

「甘いもん食べると元気出るでー」

けれど丸山が何気なく言ったその言葉に思わず手が止まる。
ちょうどそれはプリンの上だった。

「あ、それにする?じゃあ俺はゼリーにしよっかなー」
「・・・マル?」
「んー?」
「お前さ・・・」
「んー??」

大倉は咄嗟になんと訊いたらいいのか躊躇い、思案するように視線を軽く彷徨わせる。
けれどそんな様を気にした様子もなく、丸山はゼリーのカップを手にとってフタを開けると、プラスチックのスプーンを手にさっさと一口目を掬い上げた。
その呑気な様がなんとなく癪に障って思わず大倉は低い声でぼそりと呟いた。

「・・・お前、何しにきたん?」

傍目からすると折角観に来てくれた相手にひどい言い草だと、言ってから思った。
けれどその根底にあるのはそういうことではなくて、もしかしたら、丸山は今の自分の状態を知っていて・・・なのではないかと思ったからだ。

「何ってー、せやから観に来たんやって言うてるやん」

しかし丸山は不思議そうにそう言っただけで、さっさと一口目を頬張っている。
あーやっぱうまいわ〜、なんて妙に幸せそうに呟いているのがますます癪で。
でも、同時になんだか嬉しくもあって。
大倉はプリンのカップを手に取ると同じようにフタを開ける。
小さく口に含んだ甘い味が口内にふんわり広がった。

「・・・あ、うまい」
「せやろー?」

本当においしい。
初めて食べる種類だけれども。
見た感じ何の変哲もないそれなのに。
そんなにすごいプリンなのだろうか、これは。
それともそれを持ってきた人間のせいなのだろうか、それは。
さっきまでしんどくて仕方のなかった自分が嘘みたいに思えるくらいの、この甘いモノ。

「んー・・・ほんまうまい。めっちゃうまい」
「うそ。そないうまい?え、え、俺もちょお食いたい。ちょうだい」

んふふ、となんだか急にご機嫌な様子でプリンを頬張る大倉に目を瞬かせ、丸山は物欲しげに近寄ってくる。
けれど大倉はちらっとそちらを見ただけで更にスプーンを口に運ぶ。

「いやや。お前はそっち食うてるやん」
「えー、ちょっとでええからちょーだいって!こっちのゼリーもやるからっ」
「いやや」
「たつよしケチやなぁ!」
「しらん」
「・・・ええわ。じゃあ俺ヨーグルトも食うてまうからな!」
「食いすぎやろお前」
「くれ言うてもやらんでー」
「いらんし」
「・・・プリンー」
「そない食いたい?」
「えー、やってお前そない甘いもん好きちゃうやんかぁ。
そのお前がうまいー言うてると、なんやめっちゃおいしそうに見えるっていうか」
「ふーん・・・」

じゃあ、と小さく呟いて。
大倉はプリンを掬ったスプーンを一瞬丸山の方に近づけるような仕草を見せる。

「あ、くれるん?あーん」
「・・・すっごいアホ面やな」
「あーーん」

無防備に自分に向かって口を開けてくる顔が本当に間抜けている。
それがおかしくてしょうがない。
自分で差し入れてきたものなのに、食べたがる姿が本当にアホだと思う。
そんなに甘いものが好きなのか、とも思う。
大倉にとってみれば、こんなプリンなどよりも目の前のアホ面の方がよほど好きだというのに。
それこそがまるで何か甘いモノのように胸の奥にじわりと広がるというのに。
さっきまでのしんどさが嘘の様になくなってしまう程に。

「・・・やっぱやーめた」
「えーっ」
「んんん、んまー」
「あっ、食った。くれる言うたやん!」
「やらんわ。やって俺のやもん」
「けーちー」

そうしてカラになってしまったプリンのカップをさっさとゴミ箱に放り入れる。
そのゴミ箱を丸山は何故かしばらくじっと見て、再び大倉を見るとまたなんだか楽しげに笑った。

「ほんじゃ、甘いもんも食べたことやし!」
「ん?」
「今度はかっこええ弁慶見せてやー?」
「・・・あったりまえ」











END






空さんちの大倉誕企画に寄稿させていただいた倉丸です。
とりあえずこの時期マジで演舞城ネタ使いすぎでしたが(笑)。
マルちゃんに癒される大倉が書きたかった記憶。
とりあえずマルちゃんの可愛さは世界を救うから。
(2006.6.24)






BACK