あなたが僕にくれたもの










『今日6時にいつものとこにおいで。ご飯食べさせてあげるよ。』

たったそれだけを電話口で一方的に言われた。
こちらの都合など一切聞きはしないことに今更不満など特に感じはしない。
それがあの人だから、それ一つで理由付けは十分だった。
それに何故だかいつだって特に他の用事もなかった。
確かにあの人はうちの事務所の社長で、俺の仕事のスケジュールを調べることなんて容易いにしたって。
プライベートのスケジュールまではさすがに把握することなんて出来ないはずなのに・・・と、たまに不思議に思うことはあるけれど。
でもそんなところもまたあの人らしいと思えばそれで納得してしまう自分がいた。
そして何より、たとえ他に用事があったとしても俺は行くだろうから。
そんなことをどこか他人事みたいにぼんやり思った。



「いらっしゃいませー」

店内に入るや否や明るい声が出迎えられた。
そこは落ち着いた雰囲気が心地よい創作料理の店。
初めて連れてきてもらったのはもう随分昔のこと。
何を食べたいかと訊かれてラーメンと答えたら、大層大笑いされて。
それなら食べさせてあげるよ、と言って連れてこられたのがここだった。
どう見ても俺が普段友達と連れ合って行く店とは明らかに違うそこに、始めはなんのことかと思った。
けれど連れられるままに中に入ってみると、確かに何やらラーメンらしきものが運ばれてきて。
でもそれは今まで俺が食べたこともないくらいに美味しくて。
社長っていうのはやっぱすごいもんなんや、って単純に思ったものだった。

いつものようにとりあえず受付に行く。
とはいえ、いわゆる高級レストランのような堅苦しい空気はさほどない。
あまり気取らない店内の雰囲気はあの人らしいと思う。
ただそれでも・・・恐らくは相当いい店なんだろう。
社長はいつも、いつの間にかカードで支払ってしまうからよく判らなかったけれど。

「いらっしゃいませ」
「あの・・・横山ですけども・・・」

もう何回も来ているはずなのに、相変わらず慣れないのはどうしてだろう。
いつだってここに来ると緊張してしまう。
どれだけ来たってここが自分の土俵とは程遠いことを判っているからだろうか。
でも特にそれをどうとは思わなかった。
あの人の土俵で自分がどうこうしようという気は元々ない。

とりあえず身だしなみだけ最後に軽くチェックしておく。
仕事帰りにそのまま来たからあまり手をかけている余裕がなかった。
少し跳ねた後ろ髪を手で撫でつけている俺を、にこやかな笑みを浮かべた女性が奥の方へと促した。

「はい、横山様ですね。お連れ様がいらしておりますので、ご案内致します」

そうして個室の前まで連れていかれた。
けれど店員さんはそこまで。
「何かございましたらお申し付けください」とだけ言って去っていくその姿を見送って、扉の前で息を吐き出す。

「はぁ・・・」

一度小さく深呼吸する。
ゆっくりと冷たいドアノブに手をかけた。
そこで初めて自分の手が随分と熱を持っていることに気付く。
そしてそれと同時、扉が開いた。
そこには、自分の家でもないのにワイングラス片手でくつろぎきっているその人がいた。

「YOUが遅いから、もうすぐワイン一本開けちゃうよ」
「・・・あの、言うときますけど僕、1分たりとも遅れてませんよ」

一応時計を確認してもまだ5時54分。早いくらいだ。
もちろんそんな台詞はこの人にとって言葉遊びみたいなものだけど。
内心では何となく判っているのについ毎回同じような反応を返してしまう。
この人相手にいわゆる関西のノリでおもろいこと、なんて言えるはずもない。
ただ、それは単に相手が事務所の幹部であるという理由からじゃなかった。
社長はそれにさも楽しそうに笑いつつ、俺を向かい側の席に促す。

「ほら、座りなさい」
「あ、はい・・・。失礼します」

ゆっくりと腰かける。
恐らくお高いだろう大きめの椅子はクッションが柔らかくて自然と落ち着く。
俺が座ったのを確認してから、社長は手慣れた仕草で少なくなったワインボトルからグラスへ赤い液体を注ぐ。
俺はそれをぼんやりと眺めていた。

「舞台お疲れ様。盛況だったみたいだね」
「はい、おかげさまで。社長も見に来られたんですよね?」
「もちろん。確か、6日だったかな」
「6日・・・あ、じゃあ錦戸と内も見て貰えたんですね」

何となくよかった、と思う。
今回錦戸と内の二人はNEWSのコンサートの関係で途中からの参加だったから。
どうせなら、出演できる全員を見てほしかった。

俺が小さくワイングラスに口をつけると
社長は椅子の背もたれにゆったりと身体を預ける。

「あと、9日も行ったかな」

さりげなくそう言い放たれた。
あまりにさりげなさすぎて、俺は一瞬そのまま普通に聞き流しそうになるけれど。

・・・9日?

「あの・・・」
「うん?」
「や・・・その、9日も?」
「ああ、行ったよ。その日はあくまでもこっそりだけど」
「こっそりて・・・」

既に6日に見に来ているのに。
忙しい合間を縫ってまで、敢えてその後また見に来たのは。
しかもそれが9日なのは。
それがお忍びでなのは・・・。

その流れるような仕草を目で追いながら考える俺に、彼はゆるりと笑った。
とても穏やかな笑み。
こういう表情をする時は素直に教えてくれるんだ。
それが何となく判って少し嬉しかった。

「裕の誕生日だからね」
「ありがとう、ございます・・・」

他にも言いたいことはあったような気がしたけど。
咄嗟にそれしか言えなかった。
けれど目の前のこの人は、俺の些細な表情の変化を見てとって十分に満足したようで。
もうひとつオマケみたいに含み笑いをしながら言った。

「思った以上に頑張ってたね、裕は」

裕、って。
そう呼ばれるのはプライベートの時だけだ。
仕事の時はあくまでも「横山」だから。
ほんとはたぶん仕事の時呼ばれたって、きっと周りには判らない。
この人の口癖である「YOU」も、この人が俺に名付けた「裕」も、傍目には変わらないから。
でも俺には全く違う。
その名前はこの人が俺にくれたもの。
そして俺がこの人から唯一受け取ることが出来たもの。
俺にとってこの人がくれたそれはまるで響きが違うから。
やっぱりそう呼ぶのはプライベートの時だけにしておいてもらいたい。
そうでないとたぶん、俺は何一つとして繕えない。
きっとまるで・・・初恋を経験したての子供みたいに狼狽えてしまう。
そんなことを一人で考えて勝手に恥ずかしくなる。
別に口にしたわけでもないのに、俺はそれを誤魔化すみたいに軽口を叩いてみせた。

「はー、わざわざ見に来てもらっとるって知ってたら、もっと頑張ったんですけどねぇ」
「ああ、そうだね。二カ所台詞間違えてたね」

さらりと返されたそれは俺をギクリとさせた。
本当に・・・見に来てくれていると知っていたら、絶対にミスなんてしなかったのに。
それは相手が社長だからっていうんじゃなくて。・・・そうじゃなくて。
ただ、折角この人が俺を見に来てくれたのなら・・・。
内心ばつ悪い心地でちらりとそちらを窺う。

「・・・気付きました?」
「気付いたのは僕だけじゃないと思うよ」
「精進します・・・」
「そうしなさい」

けれど彼はそれ以上は特に説教めいたことを言うでもなく。
優雅な仕草でワイングラスを傾けながら楽しそうに俺を見る。

「誕生日プレゼントは何がいい?」
「・・・はい?」
「プレゼント。・・・なんだっけ、確かラジオで家が欲しいって言ってたんだっけ?」
「や、あの、社長・・・」
「どうしようか。マンションならつい最近いい新築のが手には入ったんだ。いる?」
「いやっ・・・そういう冗談は勘弁してください・・・。社長が言うと笑えませんよ」

この人は本気も冗談も全て同じトーンで言う。
だから言われる方としてみればどうにも受け取り方に困る。
しかも一般人なら笑い飛ばせるようなことでも、この人なら容易く出来てしまうことが多すぎるから、余計に。

「なんだ。冗談じゃないんだけど」

でもほら、そうやって穏やかに笑いながら言われても。
冗談でも本気でも。
俺は結局反応に困るんだ。

「・・・そういうんは、頑張ってその内自分で買いますし」
「YOUは本当に欲がないね」
「そういう問題やないですよ」
「だって何も望まないから」
「いやー・・・ドラマとか、ほら、出たいですし。欲なら沢山ありますよ」
「ドラマ?その位いくらでもとってきてあげるよ」
「・・・・・・や、それは、」
「ほら。欲がない」

それじゃあこの世界で生きていけないよ?なんて。
おかしそうに言われた。
まるで誤魔化すみたいにこくんと飲み干したワインが喉を通り、身体の奥へと染みていく。
けれどもうワインじゃ酔えなくなってしまった。
ここに連れてこられた当初はまだまだこれで十分だったのに。
・・・そういえば社長自ら「未成年の飲酒厳禁」という決まりを破っていたのだと、今になってぼんやり思った。

「YOUは何も望まないから。
こうしてご飯を食べさせる以外じゃ、名前しか受け取ってくれなかったね」
「そんなことも、ないですけど・・・」
「ご両親以外のもう一人の名付け親っていうのは、おもしろいから気に入ってるけど」
「・・・おもしろいですか?関東の人の感覚はようわかりません」

何とか小さく苦笑した。

名付け親、か。
言われてみれば、確かに俺には生みの親以外にもう一人の名付け親がいることになる。
恐らくはこの世界でやっていくならずっと付き合っていくことになる名前。
この人が俺にだけ与えてくれた大事な大事な、名前。

「裕、って・・・社長の口癖と区別つきませんよね」
「なに、気に入らない?」
「いいえ。結構、これでも・・・気に入ってます」
「・・・そう?」
「はい」

「裕」が「YOU」から来たのか。
それとも「YOU」が「裕」からきたのか。
それは俺にも判らない。
ずっとずっと、そう名付けられて以来考え続けてきた。
考えたって所詮俺には判りはしないけれど。
ただ、俺がひとつだけ知っていること。



『裕』

あなたが生涯唯一愛したという女性の、名前。



「裕」

ただそれだけ呼ばれて。
いつの間にか俯いていた顔をそっと上げた。
そこにはとても穏やかに笑う彼の顔。

「YOUは、本当は侯隆で。でも、同時に裕なんだよ」
「・・・社長の言うことは、やっぱり僕にはようわかりません」
「そうかな。両方揃って初めて、白い横山裕なんだよ」
「白いは余計でしょ・・・」
「肌、あんまり無闇に焼いちゃだめだよ。白いのは白い方がいい」
「・・・忘れなければ、気をつけます」

小さく笑って頷いてみせた。
彼はまた穏やかに笑んで頷き返してくれた。

この、あなたが与えてくれた「裕」という名前は。
少なくとも今は俺だけの「裕」だと思って、いいんだろうか。
この人の考えることはいつだってさっぱり判らない。
でも、ただそれだけは信じていようと思った。
信じていたいと思った。

たとえそこにどんな想いがあろうとも。
そのせいでこれからどんな想いを抱えることになろうとも。

それでも俺にとっては、あなたがくれたただひとつの大事な宝物だから。










END






うわーい、ついについにここまで来たか、という感が強いです。
ジャニ横です。社長×横山です。
だってだって、裕さんがあんまりにもラジオで社長社長連呼するから。
ものすごく気に入られてるっぽいから。
そして何と言っても、社長の方からも裕さんのことを「白いの」呼ばわりですよ。決まり手です。
あ、ちなみに「裕という名前は社長が昔愛した女性の名前」という設定は
某Tさんとメールでジャニ横で盛り上がった際にTさんが仰っていたものです。
あんまりにも萌えなのでお許しを得て使わせていただきましたーv
Tさんありがとうございます!
まぁジャニ横言うても、至極プラトニックなわけですが。
カプっていうかね、社長は「紫の薔薇の人」的でいいわけですよ。たとえが微妙かな。
やっぱり所詮は生きる世界が全く違うと思うので・・・。
いわゆる普通の恋人同士的な空気はまずないとは思います。
そこら辺裕さんはきっちり弁えてると思う。裕さんは何も求めてないと思うのね。
でもそれでも抱いてしまうほのかな恋心、くらいでいいの。
・・・正直夢見がちも極まってきましたが(ヒー)。

後書きながー!ていうか語りになってる。
(2005.5.29)






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