なかよし
「なにそれ」
「あーおおくら」
「なぁ、なにそれ」
「あーなんかな、やっさんてちっちゃいよな」
「そんなん知っとるし。ちゅーかそういう話やなくて何なんそれ」
楽屋に戻ってくるなり、大倉はひどく不機嫌な顔をした。
その視線の先にはマルの膝の上で丸くなっている安田の姿。
穏やかなその寝顔は、いつも以上にちっちゃくなっているその小柄な身体によく似合っていた。
それだけ見れば微笑ましいの一言だけれども。
大倉はその枕役が自分ではないことがひどく不満だった。
しかもその相手が、恋人の相方となればなおのこと。
「なんでなん。なんでなん」
「なんでて言われてもな〜・・・。いつの間にか寝てもーたんよ」
「・・・そもそも、なんで膝の上なん。そっからおかしい」
「んー、やっさんがな、何か枕ない〜?言うて。そんで」
「お前枕ちゃうやん」
「ちゃうけども」
「やったらおかしい」
「いやそう言われても。枕代わりやねんて」
「なんでお前なん」
「言われても・・・」
まるで子供のようにひたすら同じ言葉を繰り返しつつ、大倉はあからさまに拗ねる。
大倉はとにかく安田が可愛かったし、可愛がりたかったし、逆に可愛がってもらいたかった。
とにかく大好きな安田に構って貰いたいのだ。
だから常に安田の隣には自分がいたいし、安田には自分を頼って欲しかった。
けれどそんな子供めいた幼稚な理想を常に堂々と掲げる大倉の恋人は、色々な意味で周りが放っておかないタイプだった。
よく言えば可愛がられる、悪く言えばいじられる。
そんな姿はフィルターが何枚もかかっている大倉の眼にはどちらにしろ可愛く映るのだが、他の人間が恋人にちょっかいを出すという現実自体は常々あまり気分の良いものではなかった。
理由は単純。
やっさんは、俺のやん。
大倉は良い意味でも悪い意味でもまだまだ子供であるので、単純明快であった。
そしてそんな、錦戸曰く「ナリだけでかくなった子供」であるところの大倉は、周りの人間の中でも特に気にしている男がいた。
それが丸山だ。
いや、丸山自身は人間的に言えば過ぎる程に善良で、お人好しで、優しい性格をしている。もちろん大倉にだって優しい。
それは大倉にも十二分に理解できてはいるのだが、現実として安田と一番仲がいいのは丸山なのだ。
大倉が丸山をそういう意味で気にする理由はそれが全てだった。
曲で楽器を持てば、自分がドラムセットから動けないのを後目に楽しげにギターとベースで絡んだり。
ライブをやれば、自分が袖で見ている先で楽しげな漫才を繰り広げたり。
そういう意味で、大倉にとって安田絡みで丸山は鬼門だった。
「ずるい」
「え、俺?」
「お前以外に誰がおんねん」
「あー・・・そらすまん」
「すまんとか言って全然思ってへんねやろ」
「そんなことないでー」
「ならどけやー。やっさん離せー」
大倉の発言はどんどんただの子供のそれになっていく。
それに苦笑しつつ、丸山は困ったようにちらりと膝の上で丸まっている小さな身体を見下ろす。
「そうは言うけど、起こされへんやろー?こんな気持よさそーに眠ってるんを」
「・・・起こさへんように、離せ」
「無理言うなや〜。なら大倉考えて」
「考える?」
「やっさん起こさへんように俺から離す方法」
「・・・わからん」
「はやっ」
「そんなん無理やん」
「初めに言うたんジブンやで」
「も〜わからん!」
「俺にもわからん・・・」
基本的に楽器組の三人でいた場合、話を進めたりまとめたりするのは全て安田の役目である。
そのため、当の安田が眠っていて話に参加できない以上、大倉と丸山だけで何か話し合いを進めるのには土台無理があった。
「んー・・・んー・・・っ」
「は?なに?おおくら?」
何か考えているかと思いきや、唐突に唸りだす大倉。
「・・・ほんまにずるい」
「は?」
「マルはずるいねん」
「なんで?」
「やっさんと仲良しで」
何を言い出すかと思ったら、と丸山は再び苦笑する。
この2つ歳下の後輩はとにかくマイペースで、ある意味羨ましい。
「大倉の方が仲良しやん」
「俺らのはラブやねん」
「らぶ・・・」
「うん。恋人同士やしね」
「やったらええやんか。俺はやっさんの恋人とはちゃうねんから」
「あたりまえやろ。・・・ていうかマル、前から訊こう思っててんけど」
「うん?」
大倉は丸山の前まで行って、その場にしゃがみ込んで座る。
丸山が座っているソファーの空いたスペースに、頭を預けるようにして。
その膝の上で丸くなって眠る安田の寝顔と視線の高さを同じにして。
「・・・マルは、やっさんのこと好き?」
「んー・・・それ、難しいなぁ」
「なにが」
「仲間としてとか、友達としてとか・・・あと相方としてとか、そういうんやったらもちろんそうやけど」
「俺が言うてるのは、」
「うん」
「・・・どうなん?」
「・・・うん」
「どうなん?」
すやすやと眠る安田の柔らかな髪に触れながら、そう見上げてくる大倉の視線がなんだか真っ直ぐすぎて。
丸山は思わずふっと笑ってしまう。
自分よりも背の高い後輩が身体を折り曲げて座りながら見上げてくる様は、なんだか子犬めいていた。
身体ばかり大きな子犬。
決して飼い主の傍を離れない子犬。
眠る安田と、見上げてくる大倉と。
それらを一緒に視界に映して、丸山はまた笑う。
「好きやな、うん」
「・・・そうなん」
「そうかも」
「かもって、なに」
「恋愛感情とかそういうのって、なかなか判るもんちゃうよ」
「俺はそれを訊いてんねん」
「んならわからん」
「なんやねん」
「ええやん。俺どっちも好きよ」
「・・・なに」
「やっさんも、大倉も、好き」
「せやから、俺が訊きたいんはそういうことやないねんけど・・・」
にぱ、と笑う丸山の笑顔がぶさいくで、でもなんだか愛らしくもあって。
大倉は何となく誤魔化されたような気分になりつつ、でもこの丸山なのできっと本音なんだろうとも思い直して。
何気なく安田のほっぺたに触れる。
眠っているせいかいつもより暖かいそれに頬が緩む。
と、同時、触れながら丸山を再び見上げた。
「・・・俺もまぁ、好き」
「え、俺のこと?」
「そう」
「そっか〜。両思いやんな〜」
「・・・それってちゃうやん。俺と両思いなんはやっさんやもん」
「ああ、そっか。・・・この場合どう言うたらええんやろ」
「しらん」
本気でそんなことを考えているらしい、一見そうとは思えない真剣な表情を見て。
大倉は「アホやこいつ」、と自分を棚上げして思う。
けれど同時に、こうも思った。
ある意味、俺ら三人みんな両思いなんかもしれへん。
うんうん唸りながら真剣に考えているらしいその顔を、ぼんやりと眺めつつ。
ちらりと見れば、穏やかな寝息を立てる恋人の顔。
今の気分はそう悪くなかった。
いや、むしろ気分云々以前に、この状態こそ自分たちにとって一番しっくり来る形なのだろう。
「なら、ええか」
「ん?なにー?」
「マル、腹減ったな」
「さっき菓子食うてなかった?」
「食ったけど、また減った」
「そうかー・・・。でも俺なんも持ってへんしなー・・・」
「メシ食い行こ」
「ええよー。・・・けど、やっさんどないすんの?」
「・・・んー、起こす」
と言うと同時に安田の身体を揺すり始める大倉に、丸山はある意味感動していた。
さっき散々起こさないように離せと言っていたのはたぶんこの大倉ではないのだろう。
腹を減らした大倉は、たとえ安らかに眠る恋人だろうと起こす男だ。
「やっさんーやっさんー。おーきてー」
「ほんまに起こすんや・・・」
「起こさなメシ食いにいけへんやん。・・・やっさん、メシいこー」
「んー・・・?」
ゆさゆさと揺さぶり続けると、やがて安田がうっすらと目を開ける。
丸山の膝の上で頭だけを上げて。
まずは枕代わりにしていた丸山を見上げ、次いで自分を揺すっていた大倉を見る。
二人の姿を確認すると、何だか安心したように一つ大きな欠伸をして、目を擦った。
「ふぁ〜・・・。よう寝たー」
「よう寝とったなぁほんまに」
「あ、マルありがとな?」
「いえいえ」
「やっさん、マル、メシ」
「はいはいじゃあこれから行こか」
「焼き肉なんかええかもなぁ」
「カルビ・・・」
「たっちょん、野菜も食べなあかんよ?」
そうして、これから食べに行く美味しい焼肉に思いを馳せる三人だったが。
ちょうどそこへ出番を終えて戻ってきた錦戸は、扉を開けた先にあったそんな光景に思わず眉根を寄せたものだった。
「お前らなんでこんな広い部屋の真ん中にそない固まっとんねん」
三人は同時にきょとんとした顔をして、互いに顔を見合わせる。
「なんでやろ〜・・・」
「俺が起きた時にはこうやったしな・・・」
「・・・腹減った」
仲の良いことに特に理由はないらしい。
END
倉安・・・に見せかけた(見えてない)楽器隊ほのぼの話。
倉安に分類するのはちょっとサギかもしれんような。
まー倉安というか、倉安+丸というか、もはや丸倉安というか。倉丸安でもいい。
楽器隊は本当に可愛いよね仲良しだよねほのぼのだよね、ということだけで。
ほんとこの三人かわいい。たまらない。
・・・しかしほんとうちのたっちょんは子供過ぎるね。ある意味末っ子的。
(2005.3.5)
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