まだ恋は始まらない 3










今日も今日とてドラムの練習。
仕事の後に一人スタジオに残ってドラムセット相手に四苦八苦していた。
ドラムなんてただ単に曲のリズムを刻むために叩く、っていう貧困なイメージしかなかった俺を早々に打ちのめすくらいには、この楽器は難しかった。
だいたい、右手と左手が違う動きするってどないやねん・・・。
それでも一応人に教えて貰った基礎を何度も繰り返し練習しながら、いくつかのリズムパターンは憶えた。
ついでにあともう一つだけ憶えていこうかと思った、その矢先。

「・・・・・・腹減ったな」

お腹の虫がぐるると一鳴きして訴えかけてくる。
これはもうしょうがない。
それだけ沢山練習したってことだろう、たぶん。
俺は一人そう納得して、そこら辺に放り出してあった荷物をさくさくとまとめた。
上着やらウォークマンやらを鞄に適当に突っ込んでから、最後にバチをケースにしまって一番上に入れる。
ちなみにこれは自分で買ったやつ。
ドラムセットは借り物だけど、このバチだけは自分の物。
最初に基礎の基礎を教えてくれた人が、バチくらいは自分で買った方が愛着が沸いていいと言っていたから。
高価だし場所をとるドラムセットは無理でもバチなら、と思って早速買った。
材質がどうとかそういうことは全く判らなかったから割と適当なんだけど、確かに自分の物だと思うと何となく嬉しかった。


部屋を出たらすぐ近くに自販機があったから何か買っていくことにした。
自販機に並んだペットボトルをぼんやり眺める。
どうせだからまだ飲んだことのない銘柄にしよう、とゆっくり指を伸ばしたら。
その拍子に後ろから急に誰かに抱きつかれて、その衝撃で俺の指先は押そうと思っていたボタンのすぐ隣へずれてしまった。
お茶の代わりにガコンと音を立てて出てきたのはジンジャーエール。
・・・俺炭酸苦手やのに。
けどそれを実際手にするよりも、背中にへばりついてる相手を振り返るので精一杯だった。
俺より少しだけ背が低くて骨張った細い身体。

「うち・・・?」
「たっちょんやーん」
「・・・なんやねウッチー」

ぐりぐりと俺の肩口に頭を押しつけてくる様が犬みたいで思わず笑いが漏れた。
グループ内で唯一俺より年下のこの仲間は、末っ子というポジションそのままに甘え上手で人懐こい。
内はまさに犬がマーキングするみたいに暫く俺にベタベタとくっついてきて。
それにようやく満足すると、唐突にひょこんと顔を上げた。

「たっちょん、何してたん?こんな時間まで」
「あー、うんとな、」
「あ、ちなみに俺はな、忘れもんとりに!」

・・・そないキラキラ笑顔で自信満々に言うことちゃうで。
そう思わず苦笑しつつ。
背中に内をへばりつかせたまま腰を屈めて、さっき間違えて買ってしまったジンジャーエールを自販機から取り出した。
腰を屈めるとついでに内もそのままぴったりとついてくるのがまたくすぐったい。

「内、重い・・・」
「なぁー何しててん?」
「んー、ドラムの練習」
「えっ今まで?」
「うん」
「わー・・・大変やぁ・・・」
「まぁな。しゃあない」
「たっちょんがんばってるなぁ」
「がんばらなあかんし」
「そうかー。たっちょんに負けへんように俺も歌がんばる!」
「うん。・・・ちゅーか内、そろそろ離れようや」
「んー」

でも内は一向に俺の背中から退く気配がない。
別に嫌ってわけでもないんだけど、正直暑い。

「うっちー・・・?」
「んんー・・・」

内は何事か考えるように小さく呻いている。
なんやろこの子。どないしたんやろ。

「腹減ったん?」
「たっちょんと一緒にせんでー」
「でも俺は腹減ったわ」
「よう食うなぁ」
「まだ食うてへん。はよ何か食いたい」
「もー。たっちょんそればっかやん」
「やって腹減った。・・・俺飯食って帰るからええ加減退いて」

埒があかないから無理矢理腕を回して引きはがそうとしたら、慌てたみたいに抵抗された。

「あっ、ちょ、待ってー待ってー!」
「なんやの・・・」
「あんなぁ・・・?」

小さく窺うような気配がしたから自然ともう一度振り返ったら、どうやら内も俺の方を覗き込もうとしていたようで。
思ったよりも随分と近くに顔があった。

「・・・っちか。ちょ、うっちー、近いわ」

さすがにこの距離はびっくりした。
やって下手したらキスとかできちゃいそう。
いくらなんでも男と男でこれはないわ。
でも内は全然気にした様子もない。
むしろそのキラキラした瞳は俺の顔をじっと見ている。

「あーたっちょん、ココにきびできとるでー」
「や、うん、最近ちょっとな・・・ちゅーかほんま近いから内・・・」

俺が思わず離れようとしてもむしろ内の方から迫ってくるからどうにもならない。
何とか身体を捻ってようやく内の顔を正面に見据えられたけど、だからと言って逃げられるわけでもない。
しかも俺の背後には自販機があるからこれ以上スペースもないし。
何がしたいのほんまにこの子は・・・。

「なんでやの。嫌なんか。嫌なんか大倉っ」
「や、嫌とかそういう問題やなくて。そない近くにおらんでもええやん」
「俺の顔はそない見るに堪えへんのかー!」
「言うてへん言うてへん」
「ひどいわ!泣くで!」
「言うてへんから。泣かんで。困るし。内はかわええ顔しとるよ」
「・・・ほんま?」
「ほんまほんま・・・」
「そっかー!」

唐突に機嫌が悪くなったかと思ったら、唐突に直った。
うーん、何か振り回されとる感じするわ。
俺も大概マイペースやって言われるけど、この子も相当やね。

そんなことをぼんやりと思っていたら、女の子好きしそうな甘いマスクがにこりと笑いかけてきた。
やー・・・俺にそんな顔されても何も出ぇへんし・・・。

「なぁなぁ、たっちょんっ」
「んー?」
「明日ヒマ?」
「あー、うん。オフやし。何も予定とかあらへん」
「よっしゃ!」
「うん・・・?」

内は何でかやたらと喜んで、俺に改めてしがみついてきた。
しがみつかれた肩口で何やら「ふふふ」と含み笑いが聞こえてくる。
・・・不気味やで、正直。

「なんなん・・・」
「あんなー、明日マルちゃんとやっさんがな、一緒にお買い物に行くねんて!」
「あ、そうなん。へぇ」
「俺らも行こ!」
「・・・ん?待って、ようわからんかった」

内の台詞と台詞の繋がりがよく判らない。
マルとやっさんが一緒に買い物に行くらしい。うん。
そんで・・・俺らもいこ、って・・・どこに行くって?

「せやからー、明日マルちゃんとやっさんが買い物行くねん!」
「それはわかった」
「やから、俺とたっちょんも一緒に行こうって、こと!」
「・・・えーと、あの二人に混ぜて貰うってこと?」
「うんうん。そうそう」
「あーなるほど・・・」
「ダブルデートやー!」
「・・・は?」

ようやく判ったと思ったら、すぐまた判らないことを言われた。
まるでびっくり箱みたいな子やな。
宝石箱かと思ったら、中身はびっくり箱。

「・・・ちょお待って内。待って」
「なんやの。たっちょんは『待って』ばっかやなぁ」
「やってわからん」
「何がわからんのー。ヒロキに言うてみ!教えたる!」
「あー、うん。・・・ダブルデートて、なに」

何やら自信満々に胸を叩いてみせるのに素直に頷いて聞き返してみた。
正直、その「ダブルデート」って単語自体、どんな答えが返ってきても素直に納得出来るかどうか怪しいもんやけど。
だいたい男4人でどういう意味やねん・・・。

「あんなー、あんなー」

内は何やら照れたような様子で視線を彷徨わせたりにやけたりと、とにかく忙しそうだ。
俺がそれをぼんやり眺めていると、ちら、とこちらを上目遣いで見て、んふふと笑う。
・・・ほんま、なにこの子。

「あんなー・・・聞きたい?」
「や、別に・・・」
「聞きたいっ?」
「・・・なんなん」
「あんなーあんなー」
「はいはい、なにもう・・・」
「俺な、マルちゃんが好きやねんっ」

俺、今日は一体この子にどんだけ驚かされればええねん。
思わずポカンと口を開けたまま咄嗟に反応出来なかった。

「・・・・・・はぁ?」
「キャー言ってもたー!」
「はぁ・・・」
「どないしよー!もーたっちょん絶対言うたらアカンでー?」
「はぁ・・・」
「たっちょんがどうしても聞きたいて言うからー!」
「・・・」

や、言うてへん言うてへん。
もうツッコミすら心の中だけで。
もしもここに村上くんでもいたなら、いったいどんなツッコミをしてくれただろうか、なんてぼんやり思った。
俺がそんな風にぼけっとしてる間にも、内はキャッキャと一人で慌てたり照れたり俺の肩をバシバシ叩いたり。
内みたいやったら人生楽しいやろなー・・・て、ちょっと思った。

「・・・えーと、内、そんで、」
「マルちゃん彼女おるんかなぁ?なぁどう思う?」
「しらんわそんなん・・・マルの彼女とか・・・」
「あーどうなんやろーマルちゃん最近かっこええからー」
「かっこええか、アレが・・・」
「かっこええやんかー!あ、そんでもって、すんごくかわええの〜」
「ああうん・・・」

割とどうでもええけどな。
それよりも。
マルを好きってどういうこと?
つまりはそれってそういうこと?
そんでそれを俺に話してどうしようって?
俺にどうしろって?
内はそんな根本的な問いかけさえ俺にさせてくれない。
あー、しんどい。
俺今それどころやないって・・・人の恋路どころじゃ・・・。

「せやからアタックチャンスは自分で作らなー!なーたっちょん?」
「・・・え?なに?」
「あー聞いてへんかったな?もうっ」

や、聞いてたで。
ただ単にお前の話が一気に飛んだだけであって・・・。
「そんですんごくかわええの〜」から「せやからアタックチャンスは」の間とか、何もなかったやんか。
あったとしてもこの子の頭の中だけやわ絶対。なにこれ。

「明日のお買い物に混ぜてもらって、そんで俺はマルちゃんと仲良くなんねん。アピールすんねん!」
「ああ、なるほどな・・・」
「ついでにたっちょんもがんばってな!」
「ついでか。・・・・・・って、ちょお待て内。待って」

思わず反射的に突っ込んでしまったけども。
今またさらっと言われたで、なんか。

「またそれやー。今度はなに〜?」
「俺が何をがんばるん」
「え、アタックを」
「誰に」
「え、やっさんやろ?」
「・・・なんでやねん」
「えっ!たっちょんてやっさんのこと好きなんとちゃうのー!?」
「誰がそんなこと言うたん・・・」
「えええー!」
「えええーて・・・」

なんでそんな驚くん・・・。
キラキラした目いっぱいに見開きよって。
こっちこそ驚きやわ。
いつのまにそんなことに・・・俺がやっさんを、なんて。
確かに俺は向こうからはその、告白とか、されたりしたけども・・・。
俺自身は・・・断ったし、一応・・・一応な・・・や、一応っていうか、うん・・・。

「うそっ!じゃあ、じゃあ、マルちゃん!?」

一人内心で言い訳めいたことをグルグル考えていたら、また内は脳内で思考をとんでもない方向に発展させていた。
どっからそんなんが・・・。
しんどいわ、ほんま。

「・・・うっちー、ええ加減しばくで?」
「なんでやー!暴力反対やー!」
「お前がわけわからんこと言うからや。なんでマルやねん。意味わからん」
「マルちゃんは意味わからんくないで!」
「ずれとるから。確実に会話がずれとる。別に俺はマルにどうこうって気持ちは持ってへんからてこと」
「・・・ほんまぁ?」
「ほんまほんま。マルとかありえへんから」

友達としては好きだし、一緒にいて和む相手だからそういう意味ではむしろ大好きと言ってもいいけど。
そういう対象には絶対にならない。
・・・なんや俺この前からこんなんばっかやな。
内は俺の言葉に安心したのか、またにこりと笑ってさっきと同じようなことを言い出した。
堂々巡りってやつや。

「じゃあやっぱ、やっさん?」
「・・・せやから、なんで、そういう、」
「それも違うん?ふーん・・・そっかぁ・・・じゃあ、明日一緒に行かん?」
「んー・・・」
「なぁなぁ一緒に行こうやぁ。俺一人やったら心細いー」
「なんでよ。別にええやん。どうせマルとやっさんやろ?」
「でもー、あの二人ほんま仲ええしー、コンビ組んでるしー、俺間入ってける自信ないー。
ハブられたらどないしよー」
「ありえへんから。心配ないと思うでそれは」

むしろあの二人の間に堂々と入って、これでもかと引っ掻き回しながら二人に世話されるお前の姿なら想像つくわ。
末っ子って絶対得やわ。

「でも一緒に行こうやー。なぁなぁ」
「・・・はぁ。まぁ、別にええけど。暇やし」
「よっしゃー!
じゃあ俺早速二人に連絡とるから、明日の待ち合わせとかはまた後でメールするなー!」
「おー・・・」

交渉成立とばかりに満面の笑みを浮かべて俺にひとつウインクしてみせてから、内はブンブンと大きく手を振って走り去っていった。
それはまさに嵐のようなというべきか・・・。
とにかく俺は妙な疲労感と共に一人自販機の前に残された。


とりあえず内との今のやりとりを反芻すると。
内はマルのことが好きでアタックするつもりらしい・・・ていうのは正直どうでもええとして。
・・・俺、やっさんのこと好きなように見えんねんな。そうなんや。初めて知った。
確かに友達としてなら好きやけど・・・そういうんとは正直違うし・・・って、俺何度言うてんねやろこれ・・・。
向こうが俺のことをそういう風に好きなのは知ってる。でも俺はそうじゃない。
俺からしてみればやっさんは友達でしかない。
だから明日4人で出かけるのだって、内にしてみればマルと・・・片思いとは言え好きな人と出かけられるんだから、まぁデートと言ってもいいのかもしれない。
でも俺は違うんだから、それはダブルデートなんて言い方はおかしいし。
ああでもやっさんからしてみればそういうことになるんだろうか・・・片思いでも、好きな人と・・・・・・俺と・・・。

「・・・なんで俺がこない考えなあかんねん。あほくさ」

さっさと帰ろう。
お腹がすいてる時にあれこれ考えるとロクなことがない。
そもそも俺が考えるようなことじゃないはずだ。
明日はとにかく普通に友達と買い物に行くことだけを楽しめばいいはずで。
内の思惑なんて知ったことじゃない。

「っ、・・・?」

その時、ふと何か小さな痛みが走った。
ゆっくりと右手を見る。
無意識に握られていたその手のひらには、さっきの練習でマメができていた。
どうやらそれが鈍く痛んだようだった。
全然気づかなかった。
痛んで初めて、気がついた。

「・・・あ、ジンジャーエールどないしよ」

まだ気付いていないことも、もしかしたら沢山あるのかもしれない。










TO BE CONTINUED...






この連載は倉安です。
・・・と改めて書かないとダメなくらいに今回はアレですね。安田が全然出てないよ。大丈夫か。
倉内なのか内倉なのかっていうかそんなんどうでもいいよ!ってくらいにぴろきが・・・ね。
いくらなんでもうちのぴろきはファンタジーすぎますか。
まさか本気でこんなんだとは思ってません、よ・・・(当たり前)。
まぁこの連載では大倉とメンバーの絡みを書いていきたいという思惑もあるのでね。
前回が言ったら3馬鹿編だったので、今回は内編。
ちなみにうちのぴろきはマルちゃん大好きです。夢見てるし。・・・や、だから倉安だって!
次回はダブルデート編だと思われ。
(2005.6.28)






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