夢見る頃を過ぎても










「俺な、きっと、別れても好きやと思う」

特にそちらを向くこともなくひっそりと呟いた。
すると横顔に視線を感じた。
けれど返ってくる言葉はない。

「わからんけど・・・もしもこの先、なんかあって、別れようってなったとしてもな。
・・・たぶん、ずっと好きや」

それでも横山は何も言わない。
視線だけがただただ錦戸の浅黒い肌に注がれている。
その瞳は今どんな色をしているのだろう。
錦戸はふと想像してみたけれど、よくわからなかった。

「まぁ理由もあるかもしれんけど。俺が浮気するとか、あんたが浮気するとか。
もしかしたらどっちかが死んでまうかもしれへんし。
あと・・・仕事の都合、とかな。なんや味気ないけど、そういう理由もあるかも」

昔はもしもの話なんか好きじゃなかった。
それは口にしただけで僅かにでも可能性が生まれてしまう気がして。
錦戸はずっとその想像をするのが怖かった。
別れなんて考えたくもなかった。
そこにどんな理由があろうと、どんな意味があろうと、別れとはそれすなわち否応なく終焉だった。
それだけ大事な人で、大事な関係で、他の何を捨てても守るべき大事なもので。
それは何よりも至上のものであると思っていた。夢見ていた。
夢が破れ去った時はもうそこには何もなくなるのだとそう思ってきた。

「・・・ああ、あとあれやな、結婚、とか。それが一番可能性高いんかな」

それは何もこの関係を悲観したわけではない。
男同士だからと、世間的に許されることではないからと。
けれどそんなものはとうに越えてしまった。
乗り越えたからこその今がある。
だって錦戸にはちゃんと想像できるのだ。

「俺はきっと年上の嫁さんやな。3つくらい上の、しっかりしてて料理上手で、ちょっとおかんみたいな感じで世話してくれんの。
あんたはきっと年下の子やな。言うても1こか2こくらい下の。明るくてよう食べる子。はきはきしててあんたのことも叱ってくれるような子」

その未来図はもちろん確定ではないけれど、決してない可能性でもない。
むしろ可能性としてはきっと高いだろう。
何も考えずにじゃれ合って夢ばかり見て過ごしてきたお互いを知っているからこそ、それは想像すると少しだけおかしいけれども、至極当然に描かれるべき未来。

「俺、子供は3人くらい欲しいねん。あんたは確か犬がほしい言うてたよな。
でもどうせなら子供も一人くらいおったほうがええで。子供と犬と一緒に遊べる」

今横山はどんな顔をしているだろう。
依然としてそちらを見ないから錦戸にはわからない。
でも不安はそれほどなかった。

見えないことが、わからないことが、ないものが不安だったあの頃。
そのくせ頭の中でひたすら美しく描いた夢ばかりを見ていたあの頃。

大人になったから、一言で言えばそうなのかもしれない。
けれどそれは決して身体が大きくなったとかそんな意味ではなく。
精神的に成長したとかそんな意味でもなく。
ただ単純に、人を好きになるということを、ようやく幸せに感じられたから。
たとえ終わりを想像したってそれでもなお幸せだと思えるから。

「横山くん」

呼んだら、そうっと左手に触れたその手の感触。
きゅっと込められた力にも不安は感じられない。
だからこそ言葉も返らない。

「いつか別れる日がきても、ずっとあんたのこと好きや。一生、好きや」

断言した所でそれが絶対などとは言えない。
世の中に絶対などない。
けれどだからこそ言う。
言えることに意味がある。

触れた手が錦戸の指を絡めるようにして握りしめてくる。
これは別れ話じゃない。
けれど愛の告白でもない。
だからこれだけでいい。
手と手を握りしめるだけでいい。
くちづけも抱擁もいらない。

「・・・よこやまくん?」

自分からも、握られた手に力を込めて、ふっとそちらを見た。
そこにはなんだか妙に無邪気に笑う顔。
その唇が小さく形作った言葉に、錦戸も思わずつられるように笑ってしまった。

「なんやそれ。俺の話ちゃんと聞いてたん?脈絡なさすぎやわ。
・・・ま、あんたらしいけどな。じゃあ、行こ」

握ったお互いの手はそのままに立ち上がる。


たとえこの手が離されるその日がきても、きっと、ずっと、好き。
もう夢を見なくなっても、大人になってしまっても、そう思える人に出逢えたことこそが幸福。









END






メモからの再録SS。
いやーこれは我ながらチャレンジブルな感じなんですけども。ネタ的にね。
結構ある種の禁じ手でもあると思うんですが。
でも私的亮横にこれは絶対欠かせないものでもあるのです。
私が普段書く亮横ってのはすれ違い傷つけ合いの薄幸な感じが多いですけども(笑)、
でもそんな二人がそうやって辛い思いを沢山してきて、最終的に行きつくところはここであってほしいのです。
だから言ってしまえばこれは私の中の亮横最終話なんですよね(笑)。ひとつのね。
まぁ基本的に書きたいのはその途中なわけですが、なんとなく最後も書いてみたかったのです。
(2006.2.5)






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