この恋は現か幻か
「僕ねぇ、横山くんのこと好きなんです」
あなたが可愛いと言ってくれる笑顔を満面に浮かべてそう言ったら。
その顔は一瞬この笑顔に絆されたように緩んだくせに、途中で何か言葉にひっかかったという風で複雑そうに苦笑する。
「・・・なんやのおまえ、いきなり」
「いきなりとかやないです。ずっと前からです」
「や、いつからとかそういうんは関係あらへんねん、なんで今唐突に言うねん、ちゅー話でな、」
「言いたなったんです。やから言うたんです」
ほんなら、ちゃんと宣言しとかなあかんのかな?
これからあなたに告白しますー、て。
でもそんなことするわけがない。
したっていいけど、それをしたらあなたは逃げてしまうでしょ?
横山くんはふう、と大袈裟にため息をついてみせると隣で膝を抱えて座っている俺の背中を軽くポンポンと叩いた。
柔らかな手の感触。
まるで大人が子供に言い聞かせるみたいな。
ああ、俺ってすごい。
これでこの人が次にどういう反応をとるのかだいたい判ってしまう。
「・・・ええか、内?」
「はい?」
「大人っちゅーもんはな、思ったからってそのまんま口に出したらええてもんちゃうねんで」
「僕まだ大人やないです」
「・・・おま、普段はボクもう大人ですーとか言うてるやんけっ」
大人やないですよ。
だってあなたはその方がいいんでしょ?
「ああうんまぁそうですかねぇ」
「ほらみろっ」
「うんせやから横山くんよりは大人かなぁて思うただけですー」
にこー、て笑ってそう言ったら。
横山くんはまた一瞬それに絆されたみたいに頬を緩ませたけれど、やっぱり言葉に途中ではたとしてぎゅっと眉根を寄せる。
ああこの人アカンなぁ。
こんなんじゃ危なすぎるわ。
相手がにこって笑っただけでこれじゃ、下手したらそのまま誘拐とかされてまうんやないのかな。
ああでも、こんなんなるのは俺にだけやから大丈夫なんかな。
俺が誘拐するんでなければ。
「・・・なんやて?おま、今なんちゅーた?」
「僕、最近またおっきなったんですよ。背ぇ伸びたんですー」
「・・・で?」
「せやから横山くんより大人なんです」
寄せていた眉根を途端に解いて、呆れたように笑う。
そこには僅かな安堵感が垣間見える。
よかった。よかった。
まさかそんなわけないよな・・・そんな顔。
その白い手がぐしゃぐしゃと俺の髪をかき混ぜるように撫でてくる。
「・・・は、やっぱおまえはまだまだ子供やわ」
そうですよ。
あなたがそう望むから。
「ああ、うん、そうなんです。せやから言うたんです」
「なるほどな。・・・・・・て、あれ?」
「せやからね、僕今言うたんですよ。横山くんが大好きです、て」
俺はまだ子供だから。
それならあなたは許してくれるから。
「・・・・・・」
「あかん?」
「・・・や、あかん、っちゅーか、内・・・」
「なんです?」
「俺、うっかり聞きそびれてんけどな、」
「はい?」
「その、・・・その好きってつまり、」
「はい?」
「せやから・・・あれや、あれっ」
むう、と唇を尖らせてブツブツと呟く様こそ子供みたいだ。
言ったら拗ねてしまいそうだから言わないけれど。
そういうのは子供のすることじゃないんだ。
だから小首を傾げて素直に訊いてみせるだけ。
でもそれは逆にこの人を困らせることにもなるんだけど。
そのくらいは、大人なら許してもらいたい。
「あれて、なんですか?」
「あれて言うたらあれしかないやんけ、ほら。・・・種類とか、そういうん」
「んー?・・・あ、友達とかやないですよっ」
「・・・そ、そうなん?」
途端にぎくりとした様子で俺を窺ってくる。
そして俺はまるで駆け引きみたいに自分で定めた通りの台詞を吐く。
「あたりまえやないですかー!横山くんはー、友達て言うよりか、お兄ちゃんて感じですもん」
「・・・まぁ、せやんな。・・・あれ?」
俺の言葉に予定通りホッとしてみせながらも、横山くんは何だか頭がこんがらがってるみたい。
あと一押し。
「でもねー、好きなんですー」
「結局・・・あれか、なんや、結局なんや・・・んんん?好き?」
「おん。横山くんが大好きです。・・・せや、恋やわこれって。恋っ!」
恋、恋、って。
まるでおませな女の子が瞳を輝かせながら言うみたいに、何の躊躇いも戸惑いもなく言ってみせる。
すると横山くんは今度こそ本当に安心したみたいに頬を緩めて笑った。
またその柔らかな手で頭を撫でられる。
「・・・・・・はぁ、そうかそうか。わかったわかった」
「判ってもらえました?」
「おうおう、わかったて。おまえがまだまだ子供なんやてことがな、ようわかった」
ほら、すっかり安心したみたい。
よかった。
だって怖がらせたくないから。
まだまだこうしていたいから。
「何ですかそれ。あ、また子供扱いやー!」
「ええねんええねん。内はそんでええねん。可愛いなぁおまえは」
ぐりぐりと、また頭を撫でられる。
この人は俺の頭を撫でるのが好きだなぁ。
もう自分より少し上にある頭なのにね。
でも気持ちいいから好き。
その柔らかな手と柔らかな撫で方からはその通り柔らかな好意が伝わってくる。
それに目をやんわり細めてされるがままで緩く目を瞬かせる。
「・・・なんでですか?」
「図体はでかなったけど、まだまだ可愛いなぁほんま。うんうん。おっちゃん安心したわぁ」
「・・・横山くんぜんぜんわからん」
「ええよええよ、わからんで。おまえはそんでええから。・・・とりあえずな、ええか?内?」
「はい?」
俺の顔を下から窺うみたいにじいっと覗き込んでくる。
自然と上目遣いになるから、普段はきつい目元が可愛らしく見える。
でもそんな顔をして、言おうとしていることは大人のつもりなんだろうな。
「あんな、おまえにとってはそない深い意味はないんかもしれへんけどな、大人はそない軽々しく好きとか言うたらあかんねんで?」
「・・・そうなんですか?」
「そうなんや。その言葉はなぁ、本来はほんまにちゃんと好きな相手にしか言うたらあかんねん」
何だか大層なことを言ってるみたいに大袈裟に頷きながら言う。
俺はそれにこくこくと頷き返しながらも、さも不可思議そうに小首を傾げる。
「僕、横山くんのことほんまに好きやのに。あかんの?」
「あーちゃうねん。せやからおまえはまだ子供やからわかってへんのや。・・・そういうんを軽々しく言ってまうような大人は信用ならんねん」
得意げに言うけれど、ねぇ、横山くん。
そんな言い方だとちょっとだけおかしいよ。
だってそれじゃあまだあなただって子供みたいだ。
いや、無理矢理大人にさせられてしまった子供、だろうか。あなたは。
「そうなんや」
「そうやで」
「でもほんなら、僕はええんですよね?」
「・・・あれ?」
「やって僕まだ子供ですー」
「・・・おまえはええ加減大人になれ」
「さっきそのまんまでええて言うた」
「ったく・・・もうおまえも19やろ?成長遅いんとちゃうか?ん?成長は全部身体に行っとんのか?頭ん中身入っとるか?」
コンコン、て。
頭の中を確認するみたいに軽く冗談交じりで叩かれた。
その時その頭が傾げられたから薄金茶の髪がさらりと揺れて、視界の端にきらめいた。
俺が子供だとすれば、あなたは子供が大事に大事にしまいこもうとする宝物にも似ている。
「あっ、いくらなんでも失礼やんそれー!」
「やってほんまおまえ昔から変わらんねんもん」
「変わってますーちゃんと大人になってますー」
「あほ。自分で大人になった言うようなやつはまだまだ子供やねん」
じゃあ、やっぱりあなたは大人なんだね。
無理矢理大人にさせられてしまったとしても、やっぱりそれでも大人なんだね。
そうだ。あなたはやっぱり大人。
そうでなければ、俺はこんな風にはならなかったんだから。
「・・・もうええもん。子供でええもん。せやから言うねん!」
「あ?」
「横山くん、好きやー!」
「ちょ、おい、内!」
さっきから俺に触れ続ける柔らかな手が俺を子供でいられなくさせる。
だからいっそのこと逆に自分の手にとって、懐深く抱き込んだ。
ああ、昔はこんなではなかったのにな。
すっぽりとまでは行かないけれど、もうその身体をこうして抱きしめることがいつのまにか出来るようになっていた。
そうだよ、だって俺は大きくなったんだから。
けれどあなたが言うように、子供みたいにすりすりと頬擦りしながらその身体の柔らかさを確かめるようにしがみついてみせる。
「横山くん大好きやー。好き好き大好きー」
「おま、はずっ。ええ加減にせぇてっ」
「やって好きですもん」
「っ、ちょ、あほ、なにしてねん・・・」
もぞり、と更に深く腕を回して。
すり、と首筋に顔を埋めて。
のしかかるように強く抱きしめたら、横山くんは口ではああだこうだと言いながらもすっかり放り出してしまった手をだらりと床に横たえるだけ。
なんだか女の子みたいに白くて柔い肌は匂いが少ない。
この人はきっと傍にいる男の匂いに染まってしまうんだろうな。
だからついこの前までは違う匂いがしていたはず。
でも今はしないんだ。
「好きなんです」
「・・・ほんま、子供やんな」
うん。
あなたがそう望むから。
「横山くん好き。ほんまに好き。一番好き」
「・・・重いねんおまえ。しかも骨当たるし。肉つけろ」
「横山くんやらかいー」
「うっさいわ。ちゃうねんおまえがゴリゴリやねん。おまえに肉分けたろか」
「あ、うんうん、分けてほしいです。ほんま肉つかへんねんもん僕」
「・・・天然で嫌味て最悪やな」
「なんでですー?」
「なんでもあらへんわ。あー骨当たるーほんまに当たるー」
「じゃあ、こうすればええねんっ」
角度を変えて深く抱き込んだ。
俺の懐はそれ程広くはないし厚くもないけれど。
横山くんは一瞬身を固く竦ませつつも、まるで自分を落ち着けるみたいに大きく息を吐き出すと、ぽふ、と俺の胸を一回軽く叩いた。
「おま、・・・くるしいねん、・・・内」
「大好きです、横山くん」
もう何度目の言葉だろう。
それはいつの間にか日常会話の中に埋もれてしまう程度のものになっている気がした。
でもそれでいい。
そうでなければ。
事実横山くんはもうその言葉を特に拒否することもなく、再び俺の頭を撫でるだけだった。
むしろその手はさっきよりも、ゆっくりと、優しく、愛おしむようですらあり。
同時に妙な安堵感を伴って、もたれ掛かってくるようにすら感じさせるそれだ。
「・・・そうか。子供やな、内は」
「僕、横山くんお嫁さんにしたいです」
「・・・なんやそれ。俺料理とかでけへんぞ」
「ええよ、そういうんも可愛くて」
「あほか。おまえのこと毎朝起こしたりとかも絶対でけへんし。眠いし」
「ええよ、やって俺が起こしたるもん」
「俺じゃ子供やって作れへんねやぞー。わかっとるかー若人ー」
「ええもん。気合で作る」
それかコウノトリさんに運んできてもらうっ。
そんな風に勢いよく言ってみせたら吹き出された。
うん、これでいいんだよね。
「あほや。こいつあほや。・・・しゃあないか、内やしな」
「しゃあないねん。やからお嫁さんー」
「あーうっさ。もー勝手にしとけおまえは。こんなんしとる間は無理やろうけどなっ」
抱きしめる、というよりかは最早抱きつくと言った方が正しいくらい。
まるで抱っこちゃん人形みたいに横山くんにしがみついてる俺の頭を、さっきまで撫でていたその手で今度は軽く叩いた。
撫でたり叩いたり忙しい人やわ。
でも意味としてどちらでも変わりはないからいいのだけれど。
その白い手はお返しみたいに俺を抱きしめて、しがみついてくるから。
それでいいのだけれど。
「やって横山くんやらかいー」
「二度も言わんでええねん」
「いたっ。・・・ああ、結婚したらこういう家庭内暴力も我慢せなあかんねんなぁ。大人てむずかしなぁ」
「ほんまいつまで経ってもあほやね内くんは」
「横山くんだいすきやー」
「・・・ガキ」
ああ。
もう、そんな可愛く笑って嬉しそうにしちゃ。
俺に好きって言われて嬉しそうにしちゃ。だめ。
さっき言ったくせに。
自分で言ったくせにね。
好きなんて軽々しく言うたらあかん、って。
好きなんて簡単に言う奴は信用ならん、って。
そうですよね。
だってあなたはその「好き」に何度も傷つけられてきたから、そう簡単に信じることが出来ないんですよね。
だからあの人の気持ちも受け入れることが出来なかった。
好きだったくせにね。
大好きだったくせにね。
あの人だってあなたのことが大好きだったのにね。
あの人とあなたの恋は成就しなかった。
かわいそうな横山くん。
好きなんて言葉一つに自分は縛られない、って。
あなたの傷ついた瞳の奥がそう言ってるのが判る。
でもね、横山くん?
そんなあなたこそが、その言葉一つに何よりも縛られているんだって。
あなたはいつ気付くんだろう?
だから俺が言ってあげる。
いくらでも、何度でも。
好きだって。
大好きだって。
あなただけが大好きだって。
そうしてあなたをいくらでも縛り付けてあげるから。
ごめんね。
もうあなたの可愛い可愛い内博貴ではいられない。
ごめんね。
これからもずっと可愛い子供の内博貴だったらよかったのにね。
ごめんね。
でもね、気付かせたのはあなたなんだよ?
綺麗なばかりではいられない。
可愛いままではいられない。
そんな恋を俺に気付かせたのは。
恋の魔法をかけて子供を大人にしてしまったのは、あなたなんだ。
あなたは恋によって無理矢理大人にさせられてしまった哀れな子供だった。
そしてあなたは俺に同じ道を辿らせたくなかったんだろう。
でもね、もう遅いよ。
もう、その手の柔らかさと、同時にその頼りなさを知ってしまったから。
「よこやまくん、だいすきや」
「・・・おん」
「だいすき」
その魔法のような白い腕の中。
未だ夢見るように子供の俺を見るあなたを、大人の腕で掻き抱いて。
囁き続ける。
囁き続ける。
あなたが大好きです、と。
いつか本当の俺を見てください、そう思いながら。
いつか本当の俺を見たらこの恋の幻は消えてしまうのに、それを判っていながら。
END
内誕記念とは口が裂けても言えないものが出来上がりましたが。
うわわわわ。超久々の内横がコレですか、と。
何か最近私の中で内横が色々考えることが多くてもにょもにょぐるぐるしていたらこんなものがー。
横山さんはね、ぴろきを本当に可愛がっているから逆に、てなとこがあると思うのです。
とりあえずお祝いなのにごめんよぴろき。
でもおめでとうぴろき。
(2005.9.10)
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