この世で最も美しく愛しく穢れなき感情
『なぁ、飯食い行かん?』
「あー、いいけど」
『おーよかったわー、都合ついて。そっち今忙しいからなぁ』
「そりゃお前だってそうだろ」
『まぁ、そこそこやね』
「じゃあどこにしようか」
『あんな、俺行きたいとこあんねんけどー』
「ん?どこ?」
唐突な誘いは何も初めてではないけれど。
そう言えば少し久しぶりかもしれない、と滝沢は携帯を耳元に当てて話しながらもぼんやりと考えていた。
確かに今相手は舞台でずっと東京に来ているとは言え、昼夜二回公演あれば時間など限られてくるし、自分とてまた新曲リリースやら春に控えた舞台の打ち合わせなんかでそれなりに忙しい。
けれども滝沢はそこまで考えて、ああ・・・と思い至った。
今度自分が主演を務める春の舞台。
自分以外の共演者が決まったのがつい先日のこと、そしてまたつい昨日一人共演者が変わったのだ。
滝沢は思わず小さくため息をつく。
そうだ。
それしかない。
その話題に違いない。
携帯向こうにそのため息が届くはずもなかったけれど、向こうから聞こえる大きな声は更に明るく響いた。
『いやータキとご飯も久々やなー』
滝沢は昔から嫌という程に知っていた。
この明るくて人懐こくて穏和な友達が、どれだけ自分の親友を大事にしているかということ。
そして元は彼だったはずの共演者が昨日いきなり彼の親友に変わったという事実。
あの、一見自由奔放でおちゃらけて見えて、そのくせ中身は酷くシャイで今時びっくりするくらいピュアな面を持つ彼の親友。
導き出される結論など容易に想像がつくというものだ。
「せやからね、よろしくなって」
「・・・何をだよ」
「何をて、うちの子をね」
手にしたフォークでくるくるとパスタを巻きながら笑みを湛えてそんなことを言う顔に、滝沢は投げやりに何度も頷きながらも敢えて違う返しをする。
「・・・あー、お前と久々に共演できるかと思って楽しみにしてたんだけど、残念だな」
「あ、それは俺もよ。ほんまごめんな」
「いや、しょうがないけどさ」
「せやからね、よろしくなって」
しかしながら逸らした話題はまた戻る。
巻いたパスタをもぐもぐと頬張り、まだ咀嚼しきっていない内に村上は更に言葉を続けた。
「あいつほんま照れ屋でしゃあない子やけど、仕事では真面目やから」
「わかってるって・・・」
「ちょっとお腹減ると不機嫌になったり動きが鈍なったりするけど、まぁ逆になんか食わせてやっとればだいたいは大丈夫やし」
「あー、はいはい・・・」
「あとなんやろ、基本的にまだちょっとタキには緊張してまうみたいやから、優しくしたってな?」
「・・・・・・あのなぁ、ヒナ」
「なん?」
滝沢の皿はさっきからまるで進んでいない。
対照的に村上の皿はもう残りあと4分の1といったところだった。
「それ、俺に言うことじゃなくない?」
「なんで?」
「なんでって・・・」
「やってタキの主演舞台やんか。タキに言わな」
「いや、だから・・・別に俺にそんなん言う必要ないだろ、って。
あいつだって子供じゃないんだし、なんだかんだ言ったって俺ともそれなりに話とかするし」
いい加減過保護過ぎんだよお前はさ。
最後の言葉は何となく飲み込んで、滝沢はワイングラスに手を伸ばす。
そのゆらりと揺らめく赤い液体に口を付けると同時に飛び込んできた言葉。
「やって心配やねんもん」
あっさりと放たれたそれはいつもとさして変わりない調子だった。
けれど滝沢はワイングラスを手にしたまま、思わず向かいにある友達の人懐こい笑顔を見つめる。
「・・・それはさ、どういう類の心配?」
「あ、舞台自体は言うても心配とかないねんで?期待しとるし」
「じゃあなんだよ、悪い虫がつくのが心配とでも?」
こいつなら言いかねない。
そんなことを思って滝沢は思わずため息をつきそうになる、けれども。
「あー、ちゃうちゃう。そら大丈夫やろ」
「は?」
「タキはそんなんせぇへんてわかってるから」
「なにが?意味わかんないんだけど」
「タキがあいつに手ぇ出すとかありえへんことはわかってるよ」
翼くんがおるもんな?
そんなことを言うその笑顔は昔から変わらない。
誰しもが愛さずにはいられない人懐こい所も。
飯代を当然のように滝沢に払わせて笑顔で礼を言うような所も。
「あんな、あいつはタキに憧れてんの」
「あー・・・言ってるな、よく」
「ほんまにな、好きやねんて、タキのこと」
「よくわかんないけどな」
「わからん?」
「いや、だってほら、正直憧れられる理由がわかんないっていうか。
確かに入ったのは少しだけ俺のが先だけどさ、歳は同じだし、仕事だって数え切れないくらい一緒にやってきてる。
言っても自分のフィールドってやつをわかってるじゃん?あいつは。
だからこそ俺に憧れるとか実際のとこあんま考えられないんだけど・・・」
少し多弁過ぎたかもしれない。
言い終わってからそんなことを思って、滝沢は空になったワイングラスを置いた。
すると村上はすかさずボトルからワインを注ぎながらまるで歌うように呟く。
「あんなー、憧れってのはそういうもんやねん。理由とかそんなんあるようでないもんや」
「・・・ヒナ、お前いい加減何が言いたいんだよ」
「せやからさっきから言うてるやん。・・・あいつのこと、よろしくな、って」
ことん、とボトルが再びテーブルに置かれる。
こいつは相変わらず卑怯だと、滝沢はため息をつきたい気持ちで思った。
こんな時ばかりその自慢の愛らしい笑顔を消し去ってみせるのだから。
「頼むから、ずっとあいつの憧れでおって」
この男は変わらない。
その笑顔もその人懐こさも。
すぐ人にたかってタダ飯を食べる所も。
いつだってストレートで真っ直ぐな愛情を常に彼に向ける所も。
『お前に憧れてるあいつがどうしようもなく好きやねん』
そのくせ、酷く歪んだ恋情を彼に向ける所も。
「・・・俺は、・・・俺はなんもしない。・・・なんも変わらないよ、今までと」
呟くようにそう言った。
手に取ったグラスの赤い液体の向こうに再び笑顔が見えた。
END
メモからの再録SS。
滝沢演舞城の出演者が村上さんから裕さんに代わった衝撃でうっかり。
いやーちょうど今空前の滝沢ブームだったもんでね。
横→滝ブームだったもんでね。こんなんできましたよ。裕さん出てないけど。
そして村上さんがまたアレだけど。雛→横→滝翼が萌えです。
真っ直ぐで歪んでる村上。
(2006.2.5)
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