雨音に誰を想う
雨の日になると気が滅入る、なんて。
こんな感傷的な感情を自分が持ってしまったことに驚く。
聖は雨粒が伝うガラス張りの戸からぼんやりと外を眺め、そっと息を吐き出した。
けれどそこにぼんやり映った背後の人間にはたとして咄嗟に振り返ったが遅かった。
カタン、と小さく音を立てて背中から冷たいそこに身体を押しつけられる。
「相変わらずシケたツラしてんなぁ?」
「・・・そういうアンタこそ。相変わらず軽薄そうな顔だな」
吐き捨てるようにそう呟く聖の人形のように整った顔が歪むのを見て、鳴海坂はそれを鼻で笑った。
掴んだ白い手首が熱を持つのを感じて更に力を込めてみる。
「可愛くないな。もっと可愛い顔してみろよ、折角キレーな顔してんだからさ」
「アンタに?・・・ごめんだね。なんでそこまでサービスしてやらなきゃならないんだよ」
「ふん、仮にもシャワーから出てきた彼氏に対する態度じゃないな。お帰りなさいくらい言ってみろよ」
ギリリと手首を強く握られて痛みに顔を顰めながらも、聖はうっすら唇の端を上げて睨み付けた。
その切れ長の瞳の奥にはまるで手負いの野良猫にも似た強くて脆い光が湛えられている。
「誰が彼氏だって?ほんと、頭ん中カラッポだな。さすがは伝説のバカ」
「おい、誰にモノ言ってんだよ。俺を誰だと思ってる」
「だから、伝説のバカ、鳴海坂剣だろ?」
挑発的な光を込めて嫌みたらしく嘲笑うように言ってやった。
けれど鳴海坂はそれに軽く舌打ちしたけれど、それ以上は何も言い返すこともしない。
その代わりというように、ガラス張りの扉に押しつけていた聖の身体をひょいと軽く抱き上げてしまう。
予想外の反応に聖は息を飲んでそこから降りようとするけれど、長い両腕に上手いこと押さえつけられていてままならない。
「なんだよっ、・・・結局力ずくか。バカにはお似合いだ」
「聞き分けない子猫ちゃんにはお仕置きしかないだろ?」
「ふざけんな・・・」
「お前こそ何か勘違いしてるみたいだけどな、聖」
「っ・・・」
向こうにあったふかふかのダブルベッドの上にまるで荷物のように放り出される。
スプリングの十分効いたそこは決して聖の白い柔肌を傷つけることはない。
そんなことは許されない。
「所有者」である鳴海坂以外の何人たりとも、聖を傷つけることは許されないのだ。
悪趣味なバスローブを脱ぎ捨てる仕草は安っぽいドラマのワンシーンを見ているようで、聖は忌々しげに顔を背ける。
けれどもその先にあるものは既に判りきっているから、身体は勝手に奥から鼓動を刻み出してしまう。
ギシリと軋むベッドの振動を感じて小さく唾を飲み込んだ。
顎をぐいっと手で掴まれ、背けていた顔を強引にそちらを向かされた。
鳴海坂はなんだか酷く楽しげに笑っている。
「聖、そんなにあいつが恋しいか?」
「・・・なんのこと?」
白い顔はぴくりとも動かない。動揺しない。
けれどその程度のポーカーフェイスなら朝飯前の子供だということは知っている。
だからその答えになど興味はない。
本当の問答はこれから身体でするのだから。
「しらばっくれなくてもいい。最近妙にまた抵抗が増えたのは、あいつのせいだろ?」
「関係ないね」
「あいつには抱かれたか?」
「関係ないって言ってる」
「お前も趣味悪いな。呆れるぜ」
「・・・アンタよりはマシだよ」
「あいつも十分バカだと思うけどな」
「同じバカでも、全然違う」
「へー?どう違うって?教えてくれよ」
「・・・」
ついには黙り込んだ聖の頭を上から抱き込むように撫で、鼻まで触れ合った距離で囁く。
それはどこか愛おしむように妙に優しげに。
「無理だよ、聖。あいつにはお前を理解してやれない」
「・・・わかってるよ。だから関係ないって言ってる」
「俺だけなんだよ、解ってやれんのは」
「もういいよ・・・」
「真木大輔、な」
「もういいって!」
「・・・この際人でも殺せば、四六時中一緒にいてくれるかもな?取調室で」
「剣・・・もういいから・・・。言わないでよ・・・」
途端に弱ったようなくぐもった声と共に、抱き込んでくる鳴海坂の広い胸に聖は顔を押しつけた。
聖は鳴海坂が嫌いだ。
バカだから。
バカのくせに自分のことを解った風に言うから。
人を物みたいに酷く抱いたかと思えば、たまに壊れ物にするみたいに優しくするから。
まるで暖かな陽の光に憧れるように恋をした、彼の笑顔を忘れさせようとするから。
「泣くなよ、聖」
「ないてない」
「・・・忘れろ、聖」
「うるさい」
「優しく抱いてやるからさ」
「余計なお世話だよバカ」
今日は雨。
あの笑顔には会えない。
だからその長い腕の中で雨音を聞いて眠るだけ。
END
妄想メモから再録SS。
一時期超ブームだった、鳴海坂剣×高坂聖→真木大輔、という凄まじいドラマ越えカプですよ。
シンデレラと白線流しとはぐれ。やー我ながらチャレンジブル!
でもまず聖たんが超萌えだしさ!あれは横山裕のドラマキャラの中でも最萌えだと今もなお思っています。
そして萌えっこバカ剣たんと萌え刑事真木大輔。もうとりあっちゃえよ!ていう趣味全開。
しかし未だに萌えるな・・・。
(2006.9.3)
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