ランデブー 1










よく晴れた日の街の喧噪の中。
道行く人々の様々な会話が耳を素通りしていく。
友達同士、親子、カップル。
今日の空を流れる雲のように、とりとめもなく曖昧な形で流れていくそれを中途半端に聞きながら
目深にかぶったキャスケットを少し直す。
待ち合わせにはもってこいの奇妙な形のモニュメントに寄りかかり
少し俯き加減だった視線の先には、今日新しくおろしたばかりの靴がある。
早く見せたいと思うと同時、まだ来ないのだろうかと妙に胸がざわざわする。
誰かを待つというのは普段の生活の中で何よりも長く感じる時間だ。
いつ来るかいつ来るかと心落ち着かないし、じゃあ待つ以外他に何か出来るかと言えばそうでもない。
少なくとも俺はこの時間があまり好きじゃなかった。
けれど待つのはいつも俺だった。

「・・・遅い」

自分にしか聞こえないような小さな声で呟く。

ただ、俺は確かに待つのは好きじゃなかったけれど。
言ってみればこれは俺が進んでやっていることとも言えた。
待ち合わせ時間よりだいぶ早く来ているのは他ならぬ自分なんだから。
待つのが嫌なら時間ちょうどに来ればいい。その程度のこと。
けれどそれでもいつも早く来てしまうのは
単純にこの後にあるものを俺が楽しみにしすぎているということだ。
まるで子供みたいに単純なこと。
特に最近は忙しくて時間もなかなかとれなかったから、今日は久々で余計に。
昨日夜寝る前から俺の頭は今日のことでいっぱいで、いつも以上に早起きしてしまったくらい。

「・・・たっちょん、遅い」

でもそれにしたって、やっぱり遅い。
腕時計を見ればもう待ち合わせの時間を10分も過ぎている。
あの男のことだから、寝坊したか何か途中で忘れ物をしたかそんなとこだろう。

目深に被ったキャスケットから僅かに人の流れが見える。
けれどこの角度では顔が見えなくて。
それは単なるいくつもの忙しない動きの連なりにしか見えない。
視界にそれをぼんやりと映してから、再び腕時計を見る。12分過ぎた。
15分経ったらメールしよう。
そう思うと同時、久々やねんからせめて時間通りに来い、と内心だけで文句をひとつ。

早くして。
早くきて。

折角空が晴れたんだから、俺の心だって晴れたままでいさせてほしい。
ただお前が来さえすればそれは雲一つなくなるというのに。

雲は流れる。
人も流れる。

その時、不意に俺の前に大きな影が現れて、止まった。
俯いていたから咄嗟に顔は見えなかったけれどすぐに判った。

「おまたせ。・・・遅れてごめんな?」

ほら、俺の心は単純だ。
この声ひとつですぐに晴れてしまう。
我知らず安堵の息を吐き出した。
俺の視線がゆっくりとその身体を上っていく。
ジーンズに包まれた長い脚を、お気に入りのジャケットの裾が揺れる腰を、
この前一緒に選んだ黒のインナーに覆われた胸を、俺が誕生日にあげたネックレスを下げた細い首を。
そしてようやくその小作りな顔に辿り着いた瞬間、俺はぽかんと間抜けに口を開けてしまった。
我が目を疑う。

「え?おおくら・・・?」
「んー?」
「ど、どしたん、それ・・・」

それ、と俺が指さした先にあるものは大倉の顔。
そのいつも優しい色を映した綺麗な瞳を覆い隠す黒いサングラス。
しかも結構ごつめのタイプで、その奥にある瞳は俺からはほとんど見えない。
元々上背があるからその迫力は結構なもので
俺がもしも他人であったなら、正直あまり近寄りたくはない感じだった。

「あー・・・たまにはな、ええかなーって思って。・・・似合わん?」
「あ、ううん。そんなことない。かっこええよ?」
「ほんま?よかったー。正直どう思われるかドキドキしとってん」

いかに俺たちもいわゆる芸能人とは言え、諸先輩方のように最早街も普通に歩けないのにはまだまだほど遠い。
だからこうして二人で出かける時だって、たいして変装とかその手のことをしていったことはなかったから。
もしかしたらその一環でかけたのかとも思ったんやけど・・・。

「な、俺腹減った。昼飯食い行こ?」
「なにたっちょん・・・。遅れてきといていきなりそれなん?」

不思議な感覚でまじまじとそのサングラス姿を見ていた俺に照れでもしたのか。
大倉はあからさまな態度でふいっと身体の方向を変える。
けれどその口から出た言葉はきっとあながち誤魔化しているだけってわけじゃなく。
きっと本当にお腹が減ってもいるんだろう。
ほんまによう食べる子や。

「やって俺急いどってー。走ったら腹が減るやんか」
「そんなん、たっちょんが遅れてくるのがあかんの。俺ずーっと待っとったんやから」
「・・・ずっと?どんくらい?」
「あ・・・や、そんな長くもないけどな。そうそう・・・」

まさか待ち合わせの20分前には来てました、なんて。
恥ずかしくて言えるはずもない。
小首を傾げて俺を見下ろす大倉の顔は正直サングラスのせいで判らなかったけれど
とりあえずは、その手にゆっくりと自分のものを重ねる。

「・・・ん?」
「ごはん。行こか」
「ん。お詫びにデザートは俺が奢ったるから」
「じゃあジャンボパフェな」
「ジャンボ・・・。俺にもちょうだい」
「しゃあない。財布は大倉持ちやから少しなら分けたるー」

思わず緩んだ頬でそんなことを言った。
重ねた手がきゅっと握られたことが嬉しくて。

この手はすごい。
触れただけで、握っただけで、俺の心をこんなにも温かくする。

「・・・やっさん?」
「ん?なぁに?」

きっとどうしようもなく緩い表情だったんだろう。
そして心までもが緩んでいた。
強く握られ、握りかえした手にばかり意識が行っていた。
それをまるで引き上げるように大倉の身体が俺の上に影を作った。
何かと見上げる。
逆光になってよく見えないその表情。
そもそもが、そんな濃いサングラスをしていられたら判るわけもない。
それが少しだけ不満だったけれど。
そんなことを口にする間もなく。
大きな影は俺に覆い被さって、一瞬の間だけ、俺を飲み込んだ。

戯れのように触れただけだったけれど。
だからこそなおのこと鼓動がうるさくなる。
暖かなその手。
けれどその薄い唇だけはひんやりとしていて。
その存在が与えるものが安心や安らぎだけではないことを思い知らされる。
もしそれだけならば、この胸はこんなにも熱くなったり騒いだりしない。

「俺な、今日のデートほんま楽しみにしとってん」

サングラスをしているから表情はよく判らない。
けれど笑ったことだけは判った。
その薄い唇が撓んで。
その声が、まるで溶けたチョコレートみたいに甘く俺の耳に注ぎ込まれたから。

「なのにたくさん待たせて、ほんまごめん」
「あ・・・でも、それは、」
「どうせヤスのことやから、待ち合わせ時間より前に来とったんやろ?」
「・・・わかっとんなら、もっとはよ来て。あほ」
「うん。ごめん。ジャンボパフェで許してな」
「ついでにロイヤルミルクティーもつけて」
「うん。更についでにプリンも奢ったるー」
「・・・そんなに食えへん」
「そしたら俺が食う」
「結局お前が食うんやね・・・」

ちゅーか、なんでこんなとこでキスとかすんねん。
誰かに見られたらどないすんの!
・・・ほんとはそう言わなきゃいけなかったに違いない。
でもできなかった。
その甘い言葉が心地よすぎて。
まるで酔ったみたいな気分で。

「じゃ・・・まぁ、行こか。・・・俺も腹、減ったかも」

あーあ・・・。
俺、たっちょんにベタ惚れやん・・・。

そうしてあんまりにも恥ずかしい結論が俺の中で出てしまったので。
しょうがないから俺はこれから奢ってもらうジャンボパフェのことで頭をいっぱいにしておくことにした。
身体も心も、甘いものでいっぱいに。











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(2005.4.6)






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