ランデブー 2
大倉のお薦めで入ったカフェはシンプルながら清潔でおしゃれな店だった。
店内はどこを見てもカップルでいっぱい。
こんなところに来たのは初めてで、初めは少し緊張してきょろきょろしてしまったけれど。
出てきた料理がこれまたおいしくて。
空腹が満たされたせいもあったんだろうけど、食べ始めればすぐに気分も落ち着いた。
頼んだドリアが半分くらいなくなった所で、大倉の奢りのロイヤルミルクティーを飲んでほっと息を吐く。
「ここ、ええなぁ」
「ん?」
「この店。こんなとこ、俺全然知らんかったわ」
「うん。俺お勧め」
「大倉よう知っとったなぁ?」
「調べた」
「は?」
「雑誌で」
「自分で?」
「ん。ヤスと来よー思うて」
意外や。
そんな面倒なことをわざわざする奴とは思わなかった。
思わずぽかんと口を開けていると、大倉はにこ、と笑ってみせた。
いい加減、食べる時くらいサングラスを外せばいいのに、とちょっと思った。
「もちろん、ちゃんと実際に下調べにも来たんやで?
そんでパスタもドリアもパフェも実際食ったんやから」
「実際って・・・一人で?」
「うん」
せやから俺のお薦め、なんて言って。
自分で頼んだパスタを食べてる大倉。
ほんまめんどくさがりのくせに。
こんな小洒落たカフェに一人で来てわざわざ下調べやって。
・・・そら、うまいわけやわ。
そんなことを改めて思いながらぱくんと頬張ったドリアは、さっきよりももっとおいしかった。
「うまそうやな〜そのドリア」
「うまいでー。ちゅーか、下調べで食べたんとちゃうの?」
「俺が食べたんは種類のちゃう奴やったから。・・・それもうまそう」
そう言って、パスタをくるくるとフォークに巻き付けて口に運びながらじっと俺の皿を見る。
俺からすれば、お前がさっきからすごい勢いで食べてるそのパスタの方がよっぽどおいしそうに見えるんやけど。
あれもこれも、って。
まるで子供みたいや。
「・・・ちょっと食べる?」
「んー食べる」
「じゃ、ほら」
「んー・・・」
一口分をすくい取って差し出したスプーン。
大倉はこちらに軽く身を乗り出して、それを躊躇なくそのまま口でぱくんと受け取って食べた。
まるで子供みたいにもぐもぐと咀嚼する様子を微笑ましく眺めている時、俺はようやくはたとした。
咄嗟に今とった行動はひょっとしなくてもまずかっただろうかと、今更に周りを見回したりしてみる。
けれど周りの客はみな各々の食事や会話を楽しんでいるようで。
俺らのことを気にしている人なんて、当たり前だけどいないようだった。
それに内心ホッとする。
同時に自分がいかに浮かれているか、ちょっと恥ずかしくなる。
いくらなんでも男が男に「あーん」なんて、おかしいやんな。
そういうんは可愛い女の子が彼氏にやるから許されるんやし。
俺がやっても寒いだけやし・・・。
でも大倉があんまりにも欲しそうな顔するから。
食べる?って訊いたら嬉しそうに頷くから。
せやからつい・・・。
「あーやっぱこれもうまいわー」
けど、幸せそうにそう呟く大倉の言葉に。
内心でぶつぶつと言い訳めいた言葉を繰り返していた俺の意識は一気に引き戻された。
俺のくだらないな杞憂なんて吹き飛ばすみたいな、嬉しそうな顔。
「・・・うまい?」
「ん、んまい。俺も頼めばよかった」
「お前もうパスタ食うてるやんか」
「両方頼めばよかった」
「たっちょん、たっちょん」
「ん?」
「また太るで」
「・・・もうすぐコンサートあるから、だいじょぶ」
「目ぇ泳いどるけど」
その様がなんだか可愛くて、思わずくすっと笑ってしまった。
横山くんじゃないけど、一応気にしてはおるんやね。
でもええよ。その方が。
「大倉らしいわ」
気を取り直したように、また自分のドリアを一口食べる。
ほんまにおいしい。
一人で食べてもおいしいだろうけど、二人で食べるからもっとおいしい。
たぶん、それだけでいいんだろう。
それから大倉が早々にパスタを食べ終わり、それに少し遅れて俺がドリアを食べ終わると。
大倉はそれを見計らったようにメニューに手を伸ばした。
「なぁ、そろそろパフェ頼もか?」
「あ、せやね。でも俺もう結構腹いっぱいやねんけど・・・。食えるかなぁ」
「ええよ。ヤスが食えへん分は俺が食うし」
「んー、じゃあ、大倉に任すわ」
一応メニューは開いたものの、特に迷うこともなく。
すぐさま店員のお姉さんを呼んだ大倉は、まるで最初から決めていたかのように
「スペシャルラブスイーツ」と書かれた大きなパフェを注文していた。
・・・すぺしゃる、らぶ?
やけにピンクのハートがメニューに踊るその大きなパフェはどうやらこの店の売りらしく、一際目立つように載っていた。
確かにさっき「ジャンボパフェおごって」と言ったのは俺だけど、何やらそれは単に大きいだけではない感じがした。
「な、なぁ、大倉?あのパフェって、何なん?」
注文をとったお姉さんが行ったのを見計らい、少し身を乗り出してこしょこしょと小さく訊ねる。
けれど返ってきた答えは、にこりと柔らかな笑顔つきの意味のわからん代物。
「うん。スペシャルでラブなスイーツやねん」
せやからそれが何かって訊いてんのに!
・・・でもそれは、今のお姉さんがトレイに載せて持ってきた巨大なガラスの器を見て明らかになる。
見た目は割と普通のパフェ。
フルーツとアイスクリームと生クリームと、あと他にもパイやらムースやら、
とにかく甘いものがこれでもかと詰め込まれて盛りつけられたものは見た目にも鮮やか。
普通じゃないとすれば、やたらと量が多くて普通の3人前はあるんじゃないかっていうそのサイズ。
でもジャンボパフェというのは判っていたから、俺が驚いたのはそこにじゃなくて。
そこに平然と添えてある2つのスプーン。しかも柄がハートの形をしてて。
「あーきたきた!うまそう〜」
「・・・なぁ、大倉?」
「ん?なに?あっ、はよ食べんとアイス溶けてまう」
「なぁ、なぁ・・・これって・・・」
「これ結構食うのにコツがいるねんで?うまいこと食べへんと崩れてまうからな」
「そうなんや・・・って、大倉!」
「んー?」
大倉は既に一口目のアイスを口に運んでいる。
その拍子にてっぺんに載ったハート型のパイが崩れ落ちそうになって、慌てて手を伸ばしてキャッチした。
自分でコツがいる、なんて言っておきながら早速崩しとるし・・・「やっさんナイスキャッチ!」やないわ!って、そうやなくて。
危ういところでキャッチしたハート型のパイをまじまじと見ながら、小さく呟く。
「これ・・・もしかして、カップル、用・・・」
段々と小声になっていくのが自分でも判った。
だって、こんなあからさまな仕様って。
ハートの柄をした2つのスプーン。てっぺんにもハートのパイ。
よく見ればガラスの器が置かれたコースターも、ハート・・・。
「かわいいやろ?」
けれど返ってきた答えはその一言。
しかもまたやけに嬉しそうな笑顔つき。
明確な答えではないけど、それは肯定に他ならなくて。
「うわ・・・も、おおくら、なに、」
「ん?ヤスこそなにー」
「なんちゅー恥ずかしいもんを、お前・・・」
折角奢ってくれようとしているものだし。
文句を言いたいわけではないけど。
でもやっぱり、何もこんな所でそんなものを頼まなくても。
俺らはそら・・・そういう関係なわけやけど。
でも世間的にはやっぱり・・・。
何と言っていいのかと、もごもご口を動かす俺を大倉は不思議そうに見て。
それからまたスプーンをひとすくい口に運んで、笑う。
「でもうまいで?・・・あっ!」
「な、なにっ」
「ヤス!大変や!」
「なに!」
「このムース、イチゴ味や!お前のためみたいな感じやで!」
「いっ、いちご?いちごは好きや・・・」
「せやろ?ほらほら、食うて」
「あー、うん・・・・・・て、何やもう、なんかええんかなコレ・・・」
おいしければいい。
二人で食べておいしければ、それで。
ついさっきそう思ったばかりだというのに。
俺はまた周りが気になってしまって。
きょろきょろと辺りを見回し、また目の前の色鮮やかなパフェを見る。
それを交互に繰り返す姿はよっぽど不審だっただろう。
我ながら、アホみたいに人目を気にする自分がたまに嫌になる。
大倉と一緒にいることは決して恥ずかしいことなんかじゃなくて、そんなのは辺り前で。
判っているのに、なんで俺はこんなに・・・。
「・・・やーっさん」
「な、なに?」
ゆるゆると顔を上げて大倉を見る。
その手がスプーンにさっきのイチゴムースをすくって、俺に差し出した。
また俺はその顔とそのスプーンとを交互に見てしまうけれど。
大倉は、ただやんわりと笑って頷いた。
何となく段々サングラスの奥の瞳の色でも判るようになってきた気がする。
いつだって、こんな俺にとてもとても優しい、その色が。
「だいじょーぶ、やで」
たった一言。それだけで。
俺の胸のもやもやはなくなって、また甘いもので満たされる。
自然と口が、そのスプーンをぱくんと口に含んで。
口の中には好きなイチゴ味がふんわり広がる。
けど俺にとってはそれ以上に、いつだってそうやって笑って、大丈夫やで、って。
そう言ってくれるお前の言葉が、その笑顔が。
「・・・あまい」
甘い、あまい。
大倉の作り出す世界全てが、俺の心ごとふわりと包み込むみたいだ。
TO BE CONTINUED・・・
また意味なく続いていくわけで・・・。
安田はどうしようもなく乙女なわけで・・・。
一応何やら書きたいシチュエーションをつらつらと書いていくシリーズと思われます。
(2005.4.16)
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