どこまでも続く君との道
安田が着慣れない羽織袴姿で小さく伸びをしていると、すぐ横で小さく含み笑いをされた気がしてはたとした。
思わずそちらに視線をやると、やはり同じ羽織袴姿でピンと背筋を伸ばしたまま薄く笑う錦戸の顔がある。
何事かと安田が問おうとしたら、それにちょうど被るようにして背後から声がかかった。
「錦戸ー!安田ー!」
それに安田が慌てて振り返れば、黒いスーツ姿の先輩が満面の笑みでこちらに手を振っていた。
事務所の大先輩、TOKIOの国分太一だった。
今日は成人式。しかも事務所の行事の1つとしての意味合いも含んだもの。
そしてちょうど10歳上の太一は今日の成人式の付添人だった。
成人式と言えば、一般に人生の節目として重要であるのはもちろんのこと、彼らの事務所でも毎年新成人が神社に参拝して抱負を述べるのがお決まりだった。
今年はと言えば、関ジャニ∞からは錦戸と安田もいよいよ新成人となった。
他には斗真、NEWSの小山、KAT-TUNの赤西も黒いスーツ姿で出席していて。
皆が同い年ということを実感するこの日、5人は何となく連帯感みたいなものを感じていた。
普段なら早々一同に集まれることなどないメンツだけに、朝集合した時点では至極和気あいあいとしたムードだったものだ。
同い年とは言え小柄で愛嬌のある安田などは赤西や斗真の格好の餌食にされ、それを小山が宥めて庇いつつ、最後は錦戸が二人を一睨みして黙らせる。
同い年特有のいい意味で遠慮のないやりとりは見ていてとても微笑ましいものだった。
けれどそれは報道陣やファンが多数詰めかければ一転する。
その職業柄、いかに普段から注目され慣れているとは言え、人生の節目の1つとも言えるこの式の中では5人も何とも言えない緊張感の中にあったのだった。
そんな5人の緊張をいい具合に解してくれたのが、今回の付添人である太一だった。
事務所主導のこの成人式では、毎年誰か先輩が付添人として同行し、取材陣と新成人のメンバーの仲立ちをしてくれるのが常である。
特に太一はもう三十路に突入したとは思えぬ軽快さと砕けた物言いで、他の誰よりも子供っぽいとすら思われる言動で周囲を笑わせ、和ませた。
また元々口が達者で明るく面倒見のいい太一は、10歳下の後輩達の晴れ舞台が嬉しくて仕方のないようだった。
終始誰よりも高いテンションで場を盛り上げてくれた先輩は、新成人である後輩達からすれば非常にありがたく、安心出来る存在だった。
「太一くん!」
ようやく取材陣とファンも帰り、一息つけた時にかかったその先輩の声。
安田はすぐさま駆け寄ろうとしたけれど、太一はそれに大きく手を横に振り、その必要はないと伝えた。
太一は後輩達が誰しも安心するその明るい笑顔を満面に浮かべ、拡声器代わりのように両手を口の脇にあてて大声で言った。
「今日はお疲れー!立派な大人になれよー!」
もうこの世界で十数年もやってきた大先輩。
けれど決して驕らず飾らぬその人柄と、暖かい言葉に。
安田は思わず目頭が熱くなるのを感じながら、同じように両手を口の脇にあてて大声で返した。
「はーいっ!今日はっ、ありがとうございましたー!!」
そんな安田の様子に目敏く気付いたのか。
錦戸はその横に並び、宥めるように肩を軽く叩いてやりながら、安田のように言葉こそないものの太一に深く会釈した。
安田がぶんぶんと手を振っているのに、やはり手を振り返しながら。
太一は次の仕事があるのか、移動車に乗りこんでいく。
車が走り去っていくのを少しだけ名残惜しそうに見ている安田の頭が、横からぽふっと軽く手で弾かれた。
「んっ、亮?」
「成人式後の初泣きか?」
見上げれば、にやにやと何処か意地の悪い笑みを浮かべている錦戸に、安田は慌てて目を擦った。
すると軽く指の腹が濡れた。
「な、泣いてへんわ!」
「ふーん?まーたお前のことやから、太一くんの言葉に感動して泣くんやないかと思ったけどな」
「・・・泣きそうやったけど、確かに」
「ほらみろ」
「でも泣いてへんよ」
「泣きそうやったやん」
「でも泣いてへんよ!」
「はいはい」
どうにもこの男は目敏くて困る。
安田は少しだけばつ悪そうにしながら、錦戸の顔を見上げる。
「んなこと言うて、亮やって感動したやろ?」
「まぁな。ありがたいわ」
「うん。嬉しいな?」
「せやな」
言葉にすればいっそ素っ気ないくらいのそれ。
けれどそれが錦戸の不器用さなのだということは、安田にはよく判っていた。
錦戸は一見きつく、冷たそうに見える。
本人曰く「むやみやたらとビビられんねん」と言われるのは、確かにきりりと整った妙に色気のある顔と、機嫌悪げに聞こえる低めの声音と、そして不器用さ故のそっけない態度から来るものなのだろう。
けれど安田の知っている錦戸は、人一倍繊細でナイーブで、何より優しい。
他人からあらぬ風に思われることを内心気にしているのも知っている。
それでもなお優しい彼は、他人への感謝を決して忘れない。
それが判っているからこそ、こうしてそれが錦戸から垣間見られた時、安田はどうしようもなく嬉しい気持になるのだ。
「・・・ヤス?」
「ん?」
「なに人の顔見て笑ってんねん」
「んーん?なんでもない。さ、そろそろ俺らも行こか」
「?なんやねんな・・・。行こかて、どこに」
錦戸は何処か釈然としないものを感じつつ、さくさくと歩き出す安田の横に並ぶ。
それをちらっと見やり、安田は小さく笑って嬉しそうに辺りを見回す。
晴れ渡り澄み切った冬の空は、確かに寒いけれど何処か暖かい気もした。
「な、ちょっと散歩して帰ろうや」
「散歩?この格好でか?」
「まぁええやん。折角なんやし。もうこんなかっこ、一生せぇへんかもしれんやろ?」
「・・・物好きやな、お前は」
そんなことを言いつつ、錦戸は随分と柔らかく笑う。
それは安田にのみ向けられるものだ。
傍目にも嬉しそうにはしゃぎ気味の安田は何処か幼く、到底新成人には見えない。
太陽の光をめいっぱいに浴びたその茶の髪は透けるように輝いて、それに目を細める顔はあどけなくて。
陽の光はこいつによく似合う、錦戸はぼんやりと思った。
今その自分よりも小さな身体を抱きしめたら、とても暖かく日向の匂いがするのだろう、とも。
錦戸は思わずスッと手を伸ばし、軽くその腕の辺りに触れた。
「亮?」
それが無意識だっただけに。
錦戸は咄嗟に言葉に詰まりながら、触れた先にある安田の羽織を軽く摘んでみせた。
「・・・結構似合っとるな」
「そう?普段着んからどうかなーと思ってたんやけど。よかったぁ」
「おう。だいたい、サーモンピンクの羽織が似合う新成人なんてお前くらいやろな」
「・・・なに、それは褒められてんの?それともけなされてんの?」
「アホ、褒めとるわ」
「ほんまかいな」
安田は少し苦笑しつつ、けれど何処か嬉しそうに自分の羽織を改めて見てみた。
見目にも鮮やかな安田の羽織は、他の4人と一緒にいると否が応でもよく目立った。
その色は新成人の女性の着ている艶やかな着物にも負けず劣らずで。
それを見た赤西などは、「やべーやっさんさすが!さすがかわいい!ちょうかわいい!」と意味不明に興奮しては、また錦戸に一睨みされていたものだ。
「でもそれを言うなら、亮もよう似合うてるよ?」
「斗真にはますますヤクザっぽいて言われたけどな」
「あはは、確かに迫力あるもんな」
今度はお返しのように、安田が錦戸の薄い青の羽織を軽く引っ張ってみせる。
錦戸が自分に似合うと言うなら、それ以上に錦戸は似合っている、安田は心底そう思っていた。
元々彫りが深く端正で色気のある顔立ちをしている錦戸は、和服がよく似合うのだ。
背筋をピンと伸ばし、凛々しい表情で前を真っ直ぐ見据える姿は、まるで物語から抜け出てきたかのように目を奪われるものだった。
「亮はほんま、そういうの似合うなぁ。かっこええなぁ」
「お前な・・・」
ほうっとため息混じりでそんなことを言う安田に、錦戸は僅かに照れた様子を見せながらスタスタと歩いていってしまう。
安田はそれに慌てて小走りで追いつき、その横に着いていった。
今はまだ咲くのを待っている状態の桜並木を、二人はのんびりと歩いていた。
それは慣れない羽織袴と草履で早くは歩けないせいもあった。
安田がちらりと何気なく向こうの通りに目をやると、成人式などお構いなしではしゃぐ男子校生の集団が目に入る。
「なんか早いなぁ・・・」
「ん?」
「早いわほんま。もう成人やで、俺ら」
小さく笑いながらそう言うと、錦戸は小さく息を吐き出しながら頷く。
「あー・・・せやな。早かったな」
「あの頃はあの頃で色々あったけど」
「ありすぎたわ」
「せやね。ありすぎた」
「もうなんもかんもうざくなったこともあったし」
「あったあった」
「ほんまにな」
「ほんまにね」
ゆっくりと頷き合う。
錦戸と安田は同い年で、同じような頃に事務所に入って。
その注目のされ方の違いこそあれど、二人が二人とも辛い挫折を経験している。
この世界は確かに華やかだけれども、それと比例するように苦しいことも沢山ある。
まだまだ幼かった二人にとってそれが、逃げ出したくとも逃げ出すことも出来ない程重くのしかかった時期があった。
「けど、亮は変わらへんね」
その呟くような声に、錦戸はふっとそちらを見る。
何処か穏やかなその表情をじっと見る。
「・・・そうでもないと思うけどな」
「んー・・・そら、全然変わってへんわけやないけど。
根本的にはあんま変わってへんと思う。少なくとも、俺は」
「どうやろな。自分じゃよう判らんわ」
「昔から、強い。ずっと、とっても、強いわ。亮は」
そう言ってふわりと笑う安田に、錦戸は何だか苦虫を噛み潰したような顔をする。
「・・・買いかぶりすぎやろ」
錦戸本人からしてみれば、自分は強いどころか弱い人間ですらあると思っているのだ。
その弱さのせいで他人を傷つけたことは沢山ある。
そしてそれに泣いたことも数え切れない。
昔から近くにいる安田はそれをよく知っているだろうに、と錦戸は自嘲気味に思う。
けれど安田は緩く頭を振りながら、穏やかに、けれどきっぱりと言った。
「ううん。そんなことないよ」
「随分はっきり言うな」
「うん。なんではっきり言えるかって言うとな?」
「うん・・・?」
不思議そうに見つめてくる錦戸に。
安田はやはり穏やかに微笑んだ。
「俺が、亮の強さに何度も救われてきたから」
一瞬、錦戸は驚いたように無言で目を見開く。
それでも安田は柔らかく笑んだまま。
錦戸はつい思ってしまう。
その愛らしいとさえ形容できる笑顔の裏で、彼は一体何度泣いてきたのか。
安田は自他共に認める泣き虫で、何かとすぐに泣く。
けれどそれらが彼の涙の全てかと言えば、それは決して違うと、錦戸はそう思っていた。
たとえば何かあって泣いた彼に、仲間達は皆でそれを励まし慰める。
それに安田はすぐに「もう大丈夫です。頑張ります!」とそう潤んだ目で笑ってみせる。
そうして周りは安心する。
泣き虫で可愛い安田が泣きやんで、笑ってくれて。
もう立ち直ったのだと、周りはそれ以上何も気にしてはこない。
そうして周りが安心した裏で、今度は人知れず泣く。
今度はひっそりと。誰にも悟られぬように。
皆が見た泣き顔の後の笑顔、その愛らしい笑顔の裏で。本当の涙を流す。
可愛い可愛いと言われる彼が、その実誰よりも負けず嫌いであることを、錦戸は知っている。
たとえば自分が何かに負けた姿を、安田は他人に見せたがらない。
「亮は強いなぁ。ううん、前より強くなったんかも。すごいなぁ」
「・・・さよか」
「うん」
同じ関西Jrで同い年であるが故に比較されたことも数え切れない。
それでも彼はいつも自分を慕い、誰よりも認めてくれた。
錦戸にとって、安田の存在は到底言葉では言い表せない。
「けどな、ヤス」
「うん?」
「もしお前が言うことがほんまなら、それはお前のおかげやと俺は思う」
「俺・・・?」
きょとんとしている安田の手を、錦戸はぎゅっと握った。
自分よりも小さな手。
けれどその小さな身体には大きな心が詰まっている。
「俺が強くあれるとしたら、それはお前のおかげやってこと」
「な、なんで?俺なんもしてへん・・・」
「しとる。・・・お前って、アホみたいに誰にでも優しいから」
「アホみたいて・・・。ほんま、亮は褒めとんのかけなしとんのか判らへんわ・・・」
苦笑する安田の手に、更に強く力を込める。
もしも自分が本当に強いのだとしたら、それは他ならぬ安田のおかげだと。
彼の優しさのおかげだと。
錦戸はいつもそう感じていた。
安田本人は「単に断れへんだけで、小心者なんよ」と言うけれど。
心ない人間などは、八方美人などと言うけれど。
じゃあその八方美人で小心者な人間の言葉に、行動に、何度も救われた自分はどうなるのか。
錦戸は、自分こそ安田の優しさに救われてきたと思っていた。
「お前、男前やんな」
錦戸はふっと微笑んではそんなことを漏らした。
何だか胸の奥を暖かいものが満たす。
その小柄な身体は、けれど自分の中ではひどく大事で、愛しいものなのだ。
けれどそれに目を剥いたのは、手を握られたままの安田で。
「ちょ、亮っ?なん、なに、どしたんっ」
「んなテンパるなや。アホに見えるで」
「やってそんなんいきなり・・・。亮の方がよっぽど男前やって・・・」
「まぁな。俺は確かに男前やけどな」
「・・・自分で言うたよこの人」
「ははっ。言うてもうたな」
「ちょ、亮?大丈夫?まだ春は先やで?」
「あー、そろそろ帰るかー。行くでー」
「ちょっと亮っ・・・引っ張るなて・・・っ」
その手を握ったまま。
スタスタと歩き出す錦戸に引っ張られる形で、安田は小走りになる。
その急な言葉に戸惑いつつも、見上げた視線の先、僅かにこちらに見えた錦戸の表情がとても穏やかで。
安田は何だかきゅっと胸を掴まれたような気持になる。
自分の手を引く強い力は、錦戸自身の強さだと思った。
それにひどく憧れる。
それがひどく愛しい。
「亮・・・」
「なんや?」
きつく強く、繋がった二人の手。
けれどたとえそれがふとした拍子に離れたとしても。
心は決して離れることはない。
「なぁ、亮は神社でなに誓った?」
「・・・内緒や」
「・・・じゃあ、俺も内緒」
二人は誓ったから。
たとえその絆が目には見えなくなっても。
決してなくなることはないのだ。
暫く歩いて、それでも未だ手を握られたまま。
安田は少しそれが気になったが、錦戸もあながち気付いていないわけではないんだろうから。
特に何も言わなかった。
「なぁ、ヤス」
「ん?」
「もういつでも大丈夫やで」
「なにが?」
「嫁に来ても」
「・・・いや、結婚はもう18歳でできるで・・・・・・って、俺ずれとるな・・・」
「ちゃうわ。そういう法律上のことやなくて、心構えの問題や。
成人もせん内に結婚なんてあかんねん」
「ほんまに亮は古風やんな」
「そういうとこ大事にしときたいねん」
「亮らしいわ。・・・ええと思うよ」
「・・・それって、」
錦戸ははたと足を止め、横の安田を見下ろす。
言葉だけとれば平然と返していた安田だったが、その表情を見れば照れたように僅かに赤くなっていて。
「・・・ええよ、俺は。実際にはできんけど。うん。ええと思う・・・」
視線を落としがちに呟かれたその言葉。
見れば耳すらも赤くなっている。
錦戸はそれに緩む顔を押さえられず。
握った手を一旦離し、今度は指と指を絡めて握り直した。
「じゃあ、お前んち行くか」
「ん?なんで・・・?」
「ご両親にご挨拶」
「早速かい」
「何事もきちんとせんとな」
「ははっ、ほんまに亮らしい」
その格好で行くとほんまにシャレにならん、そう思ったけれど。
とりあえずこうして手を繋いでいるのがとても幸せだったから。
安田はまぁいいか、と笑って自分からも握り返した。
こうしてずっと歩いていこう。
これからどこまでも続く君との道。
END
亮安はイチオシです。でね、カプと言うよりは親友っぽい感じで。
いやこの二人は親友で!そういうのがいいのわとさんは!(ああそう)
WUの対談とか読んでても、ほんとナチュラルに仲良しさんなのね〜と思ったのでね。
基本的に年齢差のあるカプが好きですが、同い年は同い年の良さがあるよね。
亮安は、とにかく絆。友情。強い繋がり。安定。そんな感じで。
あのにっきどさんがやっさんの言うことなら素直に聞いたりすると非常に萌えます。
あのやっさんがにっきどさんにならしっかりとモノを言えたりすると非常に萌えます。
うーん、好き。
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