雲一つない青空に燦々と輝く太陽が、空の真上からだいぶ落ちてきて。
照りつける強い日差しがようやく少し穏やかになってきていた。
広大に広がる青い海を脇に走る四駆。
何処までも広がる砂浜の、けれど確実にいつかは見えるその途切れ目に向かって走り続けている。
それはあるオフ日に出掛けた海からの帰り道。
BGMはいつも通り・・・ついでに言うなら行きと同じく、ミスチル。
「ええかーおまえら最後までちゃんと俺に着いてこいよー!
バカンスはおうちに帰るまでがバカンスやでー!」
車内にアホみたいに楽しげな声がこだまする。
内容も至って無意味で意味が判らない。
更には片手に拳を作って突き上げたりして。
それが低い天井に平然とぶち当たってる。
・・・どうでもええけどハンドルはちゃんと両手で握ってください。
そんでちゃんと前見て運転してください。
「キャー!横山くんかっこええ〜!ヒロキどこまでも着いてくぅー!」
「横山くんサイコー!俺まだまだ食えるー!」
最年長のアホなノリに後部座席から顔を覗かせてはきゃいきゃいと乗っかってみせる下二人。
でかい図体をして車内の空気密度を確実に下げている。
それに対して俺は助手席で一人黙ってふて腐れたように窓の外を眺めていた。
なんで帰りまでそないテンション高いままやねん鬱陶しい。
お前らのせいで二酸化炭素濃度上がってんねん。この際息を止めろ。
だいたいヒロキとかきっしょいねん。誰やねん。
しかも片方の返事おかしいやろ。あんだけ食っといてまだ食い意地か。
何より、今日一日ずっとずっとずっとずっと・・・・・・俺の邪魔しよってからに!
「・・・ええ加減後ろのアホ共うるさいんじゃ!死にさらせ!!」
今日何度目かの堪忍袋の緒が切れる。
助手席からの振り返りざまに
足下に転がっていた遊び用のおもちゃみたいな軟球を思いっきり投げつけてやった。
投げた二発は見事奴らの頭に命中。
「いたぁいっ!亮ちゃん暴力反対〜!愛が痛いわ〜!」
「いたいー!コレってDVってやつやーDV!」
「死ね!そのまま死ね!」
「ちょっとーいくらヒロキがかわええからってそない嫉妬せんでー!」
「DVは家庭崩壊の第一歩やでー」
「おい内お前それ以上くだらんこと言うたら下についとるモンちょん切るでコラァ!
だいたい大倉おまえさっきから発言おかしいんじゃDVっていつからお前と家族になったボケェ!」
そうしていく内に車内はますます喧噪に満たされていくわけで。
そんな俺らの様子を横目で楽しげに見やりながら、運転席の愛しの彼は
この騒がしさの中でも時折BGMを口ずさみつつその甲高い声でキャハハと笑ったものだった。
「仲良うせぇよーおまえら!あー今日は楽しかったな〜!」
車内の喧噪をよそに段々と陽が落ちていく中。
窓の外には未だ光る砂浜とさざめく波が緩やかに続いていた。
シーサイド・ロマンス
海岸通りを抜けて景色もだいぶ変わってきた。
もう少し走れば市街地に出るだろう。
太陽はだいぶ落ちてきて、辺りは朱く染まり始めている。
いつの間にか黙ってハンドルを握っている横山くんをたまに横目で見つつ
俺は眠気を感じて小さく欠伸をかみ殺していたところだった。
「そろそろ暗くなってきたな」
「・・・あ、そうっすね」
さっきからさしたる振動もなく至って静かに走る車は
この人には意外なようでいて、実はいかにもこの人らしいという気もした。
一見騒がしいように見えて二人でいると妙に静かになるこの人。
「すっかり静かやなもんやな」
その目は前を見たままに、小さく呟くように言う。
一瞬何のことを言っているのか判らなかった。
彼はくすりと笑いながらちらっと俺に視線をやって、顎でくいっと後部座席を示して見せた。
「後ろ。仲良くおねんねや」
言われて後ろの二人のことを思い出す。
そう言えばさっきまであんなに騒いでいたのに、いつの間にか静かになっていた。
見れば確かに二人で大きな身体を寄せ合って小さな寝息を立てていた。
「かわええもんやなー」
「かわええかぁ・・・?」
「かわええやん。はしゃぎ疲れたんやって」
「あんだけ騒げば十分やろ」
「確かになー。若いってええなー」
「・・・あんたもな」
「あ、ほんま?やー俺もまだまだイケるかー」
別に俺の言葉を本気にしているってわけじゃなく。
単なる言葉遊びを楽しむみたいにそう笑ってみせる。
段々と辺りを染めていく朱がこの人の白い頬にも薄く差し始めていた。
「今日、楽しかったなぁ?」
「そうっすね」
「どうせならメンバー全員で来たかったな」
「また機会もあるでしょ」
「そうやとええなぁ」
「・・・でも正直、俺はあんたと二人で来たかったわ」
思わず本音が口をついて出る。
ぼそりと呟くような言葉に、その顔が一瞬ちらりとこちらに向けられて、すぐにまた前を向いた。
少しだけばつが悪い。
明らかに今の俺の言葉を面白がって薄く笑う、沈みゆく陽に染まる白い顔。
「男二人で海て、ちょお寒いやん」
「そら、そうっすけど」
「楽しくなかったん?内と大倉がおって」
「や、そこまでは・・・楽しいことは楽しかったし」
楽しかったのは本当だ。
なんだかんだと言ったって。
気の置けない友達と騒ぐこと程楽しいことはない。
正直挙げてみればアホみたいなことしかしてないけど、来てよかったとは思ってる。
「でも確かにおまえ、俺があいつら構っとると見るからに不機嫌そうな顔してたよなー」
「まぁそりゃ・・・・・・ていうか、あんた気付いてたんか」
「おまえ結構判りやすいねん」
そんなのいまさら言われるまでもないけど。
あっさりとそう言われると癪だ。
あの二人にベタベタ触られたり逆に構ったりするあんたを見て、俺がどんなにやきもきしたか。
それであいつらとどうにかなるなんてあるわけないと理性で判っていても感情は別だというのに。
判ってて、なんて。ありえへん。
「・・・そういうあんたは性悪やで」
「・・・性悪て。すごい言葉言われたわ、今」
「判っててやってんなら性悪や」
「やって海楽しかってん。・・・・・・ちょっと嬉しかったりも、したし、な」
「嬉しかったて・・・」
またちょっと意味の判らないことを言われた。
チラ、とそちらを見るとやっぱりその横顔は前を向いたまま。
だけどその頬がほんのりと染まっているように見えた。
それは何も沈む陽のせいだけじゃ、なくて・・・。
「・・・おまえ、見過ぎやわ。いくらなんでも」
やっぱり言葉が足りない人だ。
でも今度は何となく判った。
少し想像力が働いた。
それは自分でも自覚済みのことを言われたから。
しかもこの人が照れるようなことなんて、それしかない。
「きみくん。なぁ」
けれど呼びかけても黙って前を向いたまま。
依然として静かに走る車。
市街地に出る前のこの道は車通りもまばらで。
BGMのミスチルもさっきのアップテンポの物からいつのまにかスローなバラードになっていた。
彼はその耳心地良い恋の歌にゆるりと耳を傾けているようだ。
それを攫うようにじっと見つめて言葉を紡ぐ。
「悪いけど、俺はいつだってあんたばっかり見てるで。今日だけやない」
「知っとる」
「知っとるならいまさら照れんでや」
「照れてへんで」
「ああ。嬉しかったんやっけ?」
「・・・もうええやろ」
急に車のスピードが落ちて路肩に停まった。
夕陽の朱が金色の髪を染め上げている様が妙に綺麗で瞳に焼き付いた。
きっとずっと忘れないだろうと思った。
ゆっくりと少しだけ躊躇いがちに俺の方を向いた顔は、まるで今の感情をそのまま映し出したようで。
夕陽と、そして俺とで、染まっていて。
俺が身を乗り出してそっと手を伸ばしたら。
逃げられることもなく、その柔らかな頬に届いた。
「ええよ、もう言わん。・・・あんたも俺だけ見てくれれば」
「・・・言われんでも、見とる」
「もっと。俺だけ見てや」
淡く染められた瞳の奥までも見透かすように呟く。
彼は頬を撫でる俺の手の感触にうっすら目を細めて軽く顔を俯ける。
睫が影を落とすのが何だか妙に儚げな美しさに見えて、密やかに俺の胸を騒がせた。
「これ以上どないしたらええねん・・・」
「せやな・・・・・・たまには、あんたからキスしてほしい」
「・・・なんやそれ、都合よくやらされとる感があるわ」
「嫌なん?」
「そうは言うてへんし。・・・そんなん言わへんわ」
「せやな。素直にうんて言えへんだけやねんな」
「・・・・・・おまえはほんまに可愛くないわ」
ほら、また出た。
最後の捨て台詞。
けど皮肉なことに、それを言う時のあんたはたまらなく可愛い。
普段は余裕綽々に見せてるくせに。
俺に内心追いつめられてその台詞を言う時は、妙に頼りない様子を見せるから。
知らへんのやろな、その台詞を聞く度ますます俺のその「可愛げ」ってやつがなくなっていくこと。
その度俺があんたの虜にさせられること。
それは嬉しいと同時、少し悔しくもある。
「侯隆、キスしてや・・・」
それならば虜は虜らしく縋るように懇願してみせる。
別に武器として使っているつもりもないけど、あんたが俺のこういうのに弱いことを知ってる。
「・・・目」
「ん?」
「つむれよ・・・」
「ああ、はいはい」
そのいつもより下がったトーンの声音の奥に妙な緊張があるのがよく判った。
改めて言われてするとなると、確かにこの照れ屋な人には厳しいんだろう。
頬に触れていた俺の手に彼のものが重なった。
暖かくて滑らかなその感触に、俺も少しだけ緊張する。
目を瞑る前に見えたのは、俺をじっと見つめる彼の美しい切れ長の瞳と、その奥に映る自分と。
そして窓の向こうの海に落ちる夕陽だった。
シートが小さく音を立てる。
彼が俺の方に身を乗り出したんだろう。
暫く待っていると何となく吐息がかかったような気がする。
唇が向こうから触れたら、その後はどうしようか。
きっと照れてすぐに離れてしまうだろうから、それを無理矢理引き留めて。
もっと深いくちづけを送ろうか。
頭の中だけでシミュレーションしてみる。
小さく息を飲んだような気配がした。
唇がそっと近づくのが判った・・・・・・けれど。
その直後に横山くんがもう一度息を飲んだのが判った。
しかもそれは明らかに驚愕に満ちた代物で。
何かと思うよりも前に俺の身体は軽く突き飛ばされていた。
「ちょ、なんっ・・・」
思わず目を開ける。
するとそこには俺と彼の間から楽しげに顔を覗かせているアホ共・・・もとい、内と大倉がいた。
いつのまに起きたのか。
俺は唖然として開いた口が塞がらなかった。
ちゅーか、忘れとった・・・。
「何してんねん何してんねん二人ともっ!」
「わ〜・・・・・・今チューしようとしとったで。チュー」
「ほんまやでー!キャーフケツやー!」
「ラブコメはんたーい」
少し寝たおかげでまた元気が復活したのか
妙に大はしゃぎな二人に対して、横山くんは疲れたように大きく息を吐き出したかと思うと
ぐったりした様子で二人から顔を背けた体勢で運転席にもたれ掛かかってしまう。
僅かに見える耳が赤くなっている。
もう当分はこっちを見てはくれないだろう。
そこで俺はようやく、またも邪魔されたことを知った。
無言で右手に拳を作る。
「・・・・・・お前ら、ええ加減にしろよ?」
その後のことはもうあまり話したくもない。
というか、冒頭のやりとりと大差ないので省略。
・・・ああでも、今度は直接手を下したことに違いはあったな。
人間やっぱ拳やな、と思った夕暮れ時やった。
もちろん顔は避けて頭な。一応こんなんでもアイドルやしな。
結局帰りの静かな夕暮れ時もこの車内は喧噪に包まれて終わった。
「じゃあなー亮ちゃんっ。また明日ー」
「おつかれさーん」
「おー」
家の前まで送って貰い、荷物を手に助手席を降りた所で
後部座席の窓から顔を出した二人が笑いながらぶんぶんと手を振っている。
それにつられるように笑ってひらひらと軽く手を振り返してやる。
今日あれだけ俺に怒鳴られて頭を叩かれてもこれなんだから、なんだかんだと憎めない奴らだと思う。
既に辺りはだいぶ暗くなっていて、うちの門灯が横山くんの四駆を軽く照らしていた。
運転席の方に廻って身を屈めてみる。
彼は軽く身体をハンドルに預けたような体勢で、覗き込む俺を見上げてきた。
自動で窓が開き、その拍子に車内に吹き込んだ風が彼の金色の髪を揺らした。
「今日はほんま楽しかったわ。ゆっくり休み」
「横山くんこそ。今日は運転ありがとうございました。・・・じゃあ」
「ん。また明日な」
少しだけ名残惜しい気がしたけれど。
こんな所でこれ以上何か出来るはずもない。
まぁ、今日はしゃあないか・・・と大人しく荷物を持ち直して三人に別れを告げた。
門扉の前で一旦荷物を降ろしてから鉄の扉を開ける。
だいぶ老朽化して錆び付いたそれに少し手間取っていたら、後ろで砂利を踏む小さな音がした。
何かと自然と振り返ったら、横山くんが何故か車を降りてきていた。
「横山くん・・・?」
何か忘れもんでもありました?って。
そう訊こうとしたけど、それはままならなかった。
少し伏し目がちな、その夜に映える白い顔がゆっくり近づいてきて。
薄く開いた俺の唇に薄赤く色づいた柔らかなものがやんわり重なり、すぐに離れた。
「・・・じゃあ、な」
僅かに頬を緩ませて、少しだけ照れたようにそれだけ言って。
彼は足早に車の方に戻っていってしまった。
俺に、返す言葉どころか何一つとして反応させず。
そうして間髪入れず走り去っていった車を俺は視界の中だけでぼんやり見送った。
小さく、風が吹いた。
僅かに熱を持った頬を冷ますようなその感覚で、俺はようやく小さく息を吐き出す。
「目、瞑んの忘れた・・・な」
唇に自分で触れてみる。
少し湿ったそれを風がまた撫でる。
見えたのは、そっと目を閉じた彼が白い瞼に落とした睫の影と、流れた金の髪と。
そしてその向こうに見えた夜空に浮かぶ欠けた月だった。
「・・・返しそびれた」
すぐさま離れてしまった唇を容易く離して帰してしまった。
こちらからは返しそびれてしまった。
無理矢理に引き留めてもっと深いくちづけを送る、なんて。
意外と高度な芸当だったらしい。
まだまだ想像ばかりで追いつかない自分自身が少し悔しい。
「まだまだやな・・・」
ぐしゃぐしゃと頭をかいて大きく息を吐き出した。
自分で言い出しておいて、不意打ちされるとうっかり見とれてしまうようじゃまだまだダメだ。
とりあえず次こそは二人きりで海へ行こう。
寒いなんて言われたって関係ない。
白い波の音とミスチルのバラードをバックにして。
朱い夕陽の下で見つめ合ったなら。
その時こそ、今度は俺の手の内で虜にさせてやるから。
END
恥ずかしい亮横に。
甘めで普通にカップルしてる感じの亮横・・・ついでにまぁぴろきとたちょんに邪魔もさせたりしつつ・・・
とか思って書き始めたら何か予想以上の恥ずかしさに。
ていうかうちの錦戸ったら恥ずかしすぎる。なんなのこの子(戦慄)。
妄想が激しすぎますね。
格好よさげに見せかけて実はかっこつけてるだけで情けない妄想青年だよこれじゃ。
でもお互い押したり引いたりで勝敗が見えないくらいの亮横がいいです。
ちなみにこの亮横+内・倉っていうのがいわゆる「横山チーム」だというのを
最近ようやく知ってときめきが隠せないわとさんです。
下二人は綺麗なお兄さん大好きだといい。そんで亮ちゃんの邪魔をしまくればいい。
でも結局は亮ちゃんのことも大好きなんだけどね。
(2005.6.7)
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