罪深きは誰だったか
信五が十日ぶりにやってきた。
「しんごっ・・・」
「おう、元気にしとったか?」
呑気に笑いながら手をあげて部屋にずかずかと入ってくる。
裕子がそれに立ち上がって出迎えようとするのを制し、その場にどかっとあぐらをかいて座ると、すぐさま懐から煙草を取り出す。
ライターに火が灯る小さな音。
それを耳にしながら、裕子は久しぶりながら慣れた手つきで脇にあった安っぽい灰皿を無言で差し出した。
信五は笑顔でそれを受け取りながら白い煙を吐き出す。
「ほんまはもうちょいはよ来たかってんけどな。ごめんな?なんか変わったことあった?」
「ううん・・・なんもなかった」
「そか。最近は物騒やからな、気ぃつけや?」
「おん。だいじょぶ」
変わらない人懐こい笑顔。
過ぎるくらいの気遣い。
出逢った頃から変わらないそれら。
けれど昔は煙草は吸っていなかったのに、と裕子は流れてくる白い煙に目を細めた。
信五は灰皿の上に煙草を翳して一度灰を落とすと、逆の手を裕子に伸ばす。
その指先が裕子の眩いばかりの金糸の髪に触れた。
手に取った一房をまるで確かめるように指先に絡ませる。
「また染めたんか?」
信五はなんだか楽しげにそう言いながら、煌めく長いその髪を自分の指先に絡めたまま口元に持っていく。
確かにこの前会った時にはもう少しだけ落ち着いた色をしていた。
染め直したのはつい昨日のことだ。
信五が次にいつここへ来るかなんて裕子は知る由もなかったけれども、もしかしたら何か予感があったのかもしれない。
「・・・前の色、飽きたし」
「そうなんか。でも、この方がええわ。お前によう似合うてる」
「そう?」
「お前は綺麗やからな」
「・・・おん、ありがと」
裕子は小さく呟くように頷いて、自らの白い指先でも髪に触れてみる。
そう、輝くような金色の髪がいいと、お前に似合うと、誰よりも綺麗だと、そう言ったから。
だから裕子はいつも髪を明るい色に染めるのだ。
ガラにもなく乙女チックでいたたまれなくてそんなことは言えないけれど、たぶん信五は判っているだろう。
「・・・その綺麗な顔で、ちゃーんと進めとるか?例の計画」
髪を絡めとられたままに顔を寄せられ、静かにそう訊かれた。
裕子はその言葉に一瞬身を固くしたけれど、ワンテンポ置いてから伏し目がちにこくんと小さく頷く。
それに満足そうに笑うと、信五は髪を絡めたのとは逆の手で裕子の肩を引き寄せ、そのまま抱きしめた。
大きくはなけれどもしっかりと鍛えられた両腕は強く暖かくて、ひどく安心する。
裕子はされるがままでそっと息を吐き出して緩く目を瞬かせる。
けれどその真っ白い頬をおずおずと胸元に寄せると、信五はそのまま顔を覗き込んできた。
「どや、あの坊ちゃんと関係は持ったか?」
「・・・・・・」
今この腕の中にいる時に訊かれるには、あまりな問いだった。
けれどもそれはもはや今更なことで、今更にショックを受ける自分の方がどうかしているのだと裕子は自分に言い聞かせる。
そして再び小さく頷くと、俯きがちに呟いた。
「こんど、別荘な、ふたりでいこ、って・・・あんな、・・・こないだ、指輪もらってん・・・」
元より小さかった声は最後の方はほとんど聞き取れない程だった。
けれど信五はそれで満足だったらしく、声を上げて快活に笑うと、まるで褒めるように裕子の柔らかな身体を更に強く抱きしめた。
「そーかそーか。なんや、もうお前にベタ惚れやんか」
「ん・・・素直で真面目な子やねん。ちょっとヒネとるとこもあるけど・・・」
「なるほどなぁ。ほんなら、もうお前と結婚まで考えてるやろなぁ・・・?」
それは独り言のようだった。
けれどうっすら笑みを含んだ、どこか寒気のするようなものでもあった。
さっきの人懐こさなどどこかに行ってしまったような。
今ここにいるのは誰だろう。
裕子が出逢って一目で恋をした、あの明るくて面倒見が良くて優しい村上信五は一体どこへ行ってしまったのだろう。
「し、信五・・・」
「ん?」
「あんな、あんな・・・」
両親に先立たれて莫大な遺産と共に寂しく暮らす良家のお坊ちゃん。
何も知らない彼を誑かしてその財産を横取りしようだなんて、そんな大それた酷いことを考えるような人間ではなかったはずなのに。
裕子は思わずそう口にしようとした。
けれど先は続かなかった。
依然として絡めとられていた金糸の髪が急に強く引っ張られ、痛みを感じて反射的に目を瞑った瞬間、噛みつくように口付けられた。
「んんッ・・・!?・・・っふ、ぅ・・・」
何度もした行為。
けれども慣れることのない動き。
激しく翻弄される赤く厚みのある唇、それが戦慄いて端に銀色の糸を伝わせる。
白魚のようなその手が鍛えられた肩に縋るように当てられると、信五は一旦唇を離した。
「はぁっ・・・」
奪われた呼気を取り戻すように大きく息を吸い込む。
けれど今度はすぐさま床に身体を押しつけられて、その痛みに裕子は思わず切れ長の目できつい視線を向けた。
そこに上から返されたのは楽しげで人懐こい笑顔。
「お前のその目、ほんま変わらんなぁ。そそられるわ。それが狂わせんねんな。温室育ちのお坊ちゃんなんぞひとたまりもなかったやろ?」
「そん、なん・・・・・・っん!」
思わず反射的に言い返そうとしたところを、黙れとばかりに服の上からその豊かな胸を手のひらで鷲掴みにされた。
特有のその痛みに息を詰め、裕子は小さく肩を震わせてもう一度見上げる。
「でもあれやな?ちょお太ったんちゃうん?ここもおっきなってるやん」
「なって、へんわ・・・変わってへん、そんなとこ・・・」
「嘘やん。俺わかんねんで?あー、もしかして触ってもろておっきなったん?」
「ちゃうわっ・・・!ま、まだそんなん、してへん・・・」
心ない言葉に心が悲鳴を上げている。
それでも恋も愛も捨てられない心が泣きわめいている。
それが聞こえたのだろうか。
信五はさっきとはうって変わって優しく、まるで壊れ物にするように、そっと裕子の首筋から胸元までを撫でる。
「そっか。まだなんや」
けれど逆の手が煙草を灰皿に押しつけたかと思うと、裕子の黒いスカートを躊躇いもなく捲り上げた。
細くはないが柔らかなラインを描く肌理の細かな脚が露わになる。
「なに、焦らしてんの?」
「なんで・・・なんでそんなん言うん・・・」
「ま、細かいやり方はお前に任せるけどな。若い男なんぞ所詮身体やで。頃合いを見てヤらせたれや」
「・・・・・・しん、ご」
「ん?」
「しんご・・・」
「なんや、どした?」
泣きたかった。
けれど泣いても無駄だと判っていた。
だから裕子は泣かなかった。
この金色の髪も、この他の誰にも未だ触らせていない身体も、全部ただ一人のためのものだと。
信五は判っているのだ。
判っていてなおそう言う。なおそうする。
昔は男友達が少し触れただけでもヤキモチを妬いていたくらいだったのに。
そんな彼は一体どこへ行ってしまったのだろう。
もう戻っては来ないのだろうか。
そうだとしたら、それは何故だったのだろうか。
裕子には判らないことばかりだ。
けれどそれでも一つだけ判っていることがある。
「なぁ、そないしょぼくれんなって」
そう言って今度は優しく宥めるように口付けられた。
裕子はそれにそっと目を閉じる。
「愛してんで?」
あの村上信五はどこかへ行ってしまった。
けれど代わりにこの村上信五がここにいる。
「せやから・・・俺の言うことはちゃんと聞きや?」
冷たい声音は今の彼のもの。
けれど村上信五のもの。
裕子は愚かだから判らないことばかりだった。
けれども愚か故に判ってもいた。
彼が村上信五である限りこの恋心もまた死なない。
彼が変わってしまったように変貌を遂げながらも生き続ける。
恋とは繊細なものでもロマンチックなものでもなく、ただどうしようもなく哀れな生き物なのかもしれない。
今再び優しく口付けられてもはや思考を放棄してしまった、その煌めく金色の髪の持ち主のように。
END
関風ファイティングツアー横アリ二日目でついに見れた、横山裕女装映像、彼氏村上バージョン!
その彼氏村上のあんまりな俺様ヤンキーDV風味に衝撃を受け、うっかり冬コミの無料配布で出した話。
もうね〜ほんと凄まじかったからね・・・。
裕子ちゃんのスカート捲るわセクハラするわ、挙げ句の果てに「俺のいうこと聞けや」ですよ。震えたわ!
その上裕子ちゃんがなんかすごく従順というか、力関係が信五>>>>>>裕子なんだよね・・・。
普段の雛横にはありえなくて萌えでした、というとこから妄想してできた信五×裕子。
話に出てくる坊ちゃんはまぁ、その、いつも通りあの子で・・・ね・・・(目を逸らしがちに)。お約束!
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