浅き眠りに寄せて











ベッドにうつ伏せに寝転がっていたらいつの間にか眠ってしまったらしい。
次に意識がふっと戻った時、俺は何か大きなものに上から圧し掛かられていた。

「・・・っ、ん?ん??」

結構重い。
肺が圧迫されて苦しい。
何とか自由の利いた首を捻って後ろを振り返る。
そうしたら、そこにあったのは焦げ茶のクセ毛も見慣れた小さな頭・・・。

「な、大倉?なにしてん・・・」

瞬きしつつそうっと指先で髪に触れてみる。
その感触はやはり紛れもなく年下の恋人のものだった。
小さな頭を俺の肩口に押し付けるようにして。
大きな身体で俺の背中から腰の下辺りまで覆い隠すようにして。
大倉は人間布団よろしく、何故だか俺の上に乗っかっていた。

「おーくらー・・・?重いねんけど・・・」
「・・・なんでおまえ寝てんねん」

俺の肩口でぼそりと呟かれた声は少し低く掠れていた。
なんか不機嫌?
それとも眠い?

「なんでて・・・やって大倉が電話しとったからやんか」
「ちょお待っとけ言うたやん」
「せやけどな、大倉が電話しとる間、暇やってん」
「やからって寝んなや」
「ごめんて。・・・なぁ、結構な、重いっていうか、しんどいねんけどこの体勢・・・」

大倉の体温は何となく気持ちいい気がしたけれど。
さすがにこの重みはそれを上回る苦しさがある。
だから、どいて?って。
口では言わなかったけど、そう視線にこめて大倉の方を見た。
大倉はそれにじっと見つめ返してくる。
これまた、何かを視線にこめた眼差しで。
でも俺には生憎とそれが何かまでは判らなくて、思わず苦笑してしまう。

「・・・なに?」
「あんな、俺さっき思ってんけど・・・」

相変わらずその声は低く掠れたまま。
まぁ、元々大倉の声は低めなんだけど。
だから自分の少し高めで甘い声がコンプレックスの俺にとって、大倉の声は少しだけ羨ましかったりする。
そんな耳心地のいい声は・・・けれどいつだって、俺の理解を超えるようなことばかり言う。

「なんか嫌やったわ」
「嫌・・・?なにが?」
「お前の寝とる顔」
「・・・それってなに、俺の寝顔は見るに耐えんと、」
「ちゃうくて」
「ちゃうなら何なん」
「そういう意味やなくて」
「何なんよ」
「むしろ逆っちゅーか・・・」

大倉は少しだけ歯切れ悪く口の中でもごもごと何か言葉をこもらせる。
俺が何かと黙ってじっと見つめていると、一度大きく息を吐き出して。
身体を僅かにずらして俺の上から隣に転がった。
その先に視線を移せば、すぐそこには大倉の顔がある。
そこには少しの戸惑いみたいなものが見てとれた。

「大倉・・・?」
「・・・笑ってへんから」
「え?」
「当たり前やねんけど。寝とる時って、笑ってへんやん」
「あー、まぁ、そら、なぁ・・・。さすがに俺でも寝とる時までは笑えへんわぁ」
「せやから、」
「寝とる時まで笑っとったら、むしろどんな楽しい夢見とんねんって感じやんなぁ」
「せやから、・・・なんや起こしたくなった」
「・・・」

大倉の言葉は端的過ぎて判りにくい。
けど逆を言えばそれはいつだってストレートで。
何一つ包み隠すことなく素直な気持ちを伝えてくれる。
言葉という、形にすることへの躊躇いばかりがいつも先に立つ俺にはいっそ眩しいくらいに素直な言葉。
咄嗟に苦笑いすることしかできなかった。

「・・・俺、どんな顔して、寝てた?」
「それは・・・」

いつもなら素直な言葉が何かを躊躇う。
真っ直ぐな視線が俺を彷徨う。
ああ、こんな風に曇らせたくないのに。
その真っ直ぐ過ぎる何もかも、俺の何によっても翳らせたくないのに。

「・・・やっぱ、見るに耐えん、かな」

いつだって笑っていたい。
周りの大切な人たちのために、そして他ならない自分のために。
元気づけてあげられるように、心配をかけないように、・・・嫌われないように。

「あー、なんやろな、俺、やな夢でも見とったんかなぁ」
「・・・」
「よう覚えてへんけどなぁ・・・」

いつだってそう頑張りたい。
頑張りたいけど。
いったいどうしたら夢の中でまで頑張れるんだろう。
これ以上どうすればいいんだろう。

・・・夢の中でまで、頑張らないと、だめ、かな。

なんだか無意識に顔が引きつるような感覚。

「・・・マル、ごめん」
「・・・え、」
「ちゃう。そういう意味で言ったんとちゃうかってん。ほんまごめん」

じっと俺を見つめていた大倉は、急になんだか苦しそうな声でそう言って。
隣に転がったまま両手を伸ばしてきたかと思うと、俺の頭をぐっと引き寄せた。
長い両腕に頭を抱きこまれて少し苦しかった。
それはさっき圧し掛かられた時よりも、ずっと。

「おー、くら・・・?」
「ごめん、ごめん・・・ちゃうねん、ちゃうから、」
「大倉?どした・・・」
「ちゃうから、頼むから、・・・無理して笑おうとすんな」
「・・・っあ、いや、おれ、」

瞬間、ハッとして思わず手で顔を覆いたくなった。
でもそれより先に、大倉は更に腕に力を込めた。
その胸に顔が押しつけられて息苦しい。

「ごめん、ごめん、俺が悪かった、・・・せやから、そないな顔せんで・・・」
「おおくら・・・」

なんでそんな泣きそうな声?
お前の落ち着いた声、俺好きやのに。
俺がそんな声にさせてんの?
俺、今度はどんな顔してたん?
教えてや。
自分じゃ、もう、ようわからん・・・。

「・・・知ってたから」
「しって、た?」
「お前が、普段は苦しくても無理して笑ってんの」
「・・・」

大倉の長い指が俺の髪を梳く。
俺も基本的には大倉と同じくクセ毛なんだけど。
最近パーマかけてストレートにしたから手櫛も通りやすくなっていたみたいで。
その指はするりするりと俺の髪を滑っていく。
なんだか妙に落ち着くその感覚に、また少し眠気が戻ってくる。

「俺、それ、結構むかつく時があって、」
「・・・ああ、せやからたまに俺変な八つ当たりされんねや」
「・・・八つ当たりちゃうわ」
「ちゃうのん?」
「・・・客観的にはどうかわからんけど」
「じゃあ、少なくとも大倉にとってはちゃうねんな」
「・・・ん」
「ほんなら、ええわ・・・」

お返しのようにその髪に指を差し入れる。
クセのあるそれはなかなか手櫛も通りにくい。
けどその少し引っかかるような感触も、またなんだか愛しい気がした。

「せやから、いっつもヘラヘラ笑いよって、って。思っててんけど、」
「ひど・・・」
「でも実際な、寝てるとこ見たら・・・なんや不安になった」
「不安・・・?」
「・・・なんで、寝顔ばっかあんなやねん」
「あんなて、」
「なんで、あんな顔で寝んの」


『まるで死んだみたいに綺麗な顔で』


俺は一瞬よく意味が判らなくて。
そのまま固まったみたいにじっとしていた。

「・・・あの、え、それ、もしかして褒められてる?」
「んなわけあるか。アホやお前」
「そ、そうやんなぁ・・・。でも、きれい、とか・・・」
「・・・褒めてへんわ、そんなん。褒めてたまるか」

ああ、また低くて掠れた声。
不機嫌そうな。
眠そうな。
泣きそうな。
お前がそんな声を出すことはないのに。

そんな大倉とは対称的に、俺は気付けばふっと相好を崩して笑っていた。

「なぁ、なぁ」
「・・・なに」
「俺、意外と大丈夫やで」
「・・・なにが」
「せやから大丈夫なんやって」
「さっぱりわからん」
「俺、大倉にはちゃうやろ?」
「おれ・・・?」
「大倉には、笑った顔と寝てる顔以外やって、見せてるやん」

何を考えてるのかさっぱり判らない、なんてよく言われるけど。
俺だって判らないことが沢山あるけど。
でも少なくとも俺の知ってる大倉は、本当は人をよく見ていて、何も言わずとも人を思いやれる。

お前はこんなこと言われてもまた不機嫌になるかもしれへんけど。
隠したいこと程気付いてくれるお前が、ちょっとだけばつ悪くて、申し訳ないけど、・・・実は俺には、ほんとに、嬉しい。

「俺、確かにすぐ頑張って笑おうとしてまうけど・・・。もうそればっかりは、どうもならんけど・・・。
笑わなくなったからって、急にいなくなったりとかせぇへんよ」

だから、なぁ?
そんな泣きそうな顔しないで?

今度は逆にその小さな頭をぎゅっと抱きこんだ。
丸い後頭部をそっと掌で撫でたら、きゅ、とお返しみたいに小さくしがみつかれた。
その仕草がなんだかちょっと幼くて可愛かった。

「・・・いなくなったり、せぇへんよ」

でもそうしたら更に強く力をこめて抱き寄せられた。
大倉はとても暖かくて、なんだかますます眠くなる。

「せやからなぁ、おおくらぁ・・・」
「ん?」
「ちょっと俺、まだねむたい。寝かせてくれへん・・・?」

抱きしめられたままだったから、その表情はよく判らない。
けれど、ふ、と薄く笑んだような気配だけが伝わってきて。

「・・・ええよ」

また柔らかく髪を梳かれた。
その暖かな腕が何よりも心地よい枕になりそうだ。

今度はきっと「綺麗」だなんて言って貰えるような表情はきっとしていない。
頑張って笑っているようなこともきっとない。
でも、じゃあ、いったい今度はどんな顔をしているだろう。
眠ってしまう以上やっぱりそれは自分でも判らない。

だから、な。
それは俺が後で起きたら、またお前が教えてや?










END






自分の中で微妙に倉丸倉ブームが到来している模様。
でも毎回似たようなモンを書いてるような気がしなくもなく。
マルちゃんは基本的にどうにも放っておけない痛々しさが底に垣間見える子なので・・・。
裕さんとは違う意味で放っておけない子。
しかも最近どんどん綺麗になるしさー!おばさん心配!
もー大倉に守ってあげてほしい・・・!(はいはい)
しかしこの二人だとカップル的というよりかは家族的スキンシップが過多であります。
(2005.6.15)






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