その憧れに濡れる悲しみのことば










「ちょ、なぁ、なぁ、」
「うっさい」
「なぁ、でもなぁ、バルくん〜・・・」
「うっさいねん!」
「で、でもー・・・な、泣いてるやんなぁ・・・?」
「泣いてへんわゴラ余計なこと言うとシメるでチンパ!」
「ちゃ、僕はチンパやなくてチパやのー!」
「おんなじやろが!」
「ちゃいますー!」

なんやねんこのチンパンジーほんまうっとい。
ほっとけっちゅーてんのがわからんのか。
空気読めって何度言われたらわかんねん。
あーー疲れる。

ゴシゴシ目をこすったら否が応でも指が濡れてますますムカツク。
こんなんなってる自分にムカツク。
ただの水や水。
うっかり漏れてもーただけやん。
ちびっただけやん。
なんかもうとにかくそういうアレとちゃうねん。
はよ止まれやクソー。

「あ、あ、こすったらあかんてっ。赤くなってまうよ?」
「あーもーさわんな」
「やってバルくんが無茶するから」
「ほっとけ言うてるやろ」
「そんなんほっとけへんよ。・・・ユウくんとなんかあったん?」
「・・・あらへんわ。なんかてなんや」
「や、わからんけど・・・なんとなくそうかなぁって・・・」

ムカツク。
ほんまムカツク。
なんでこのチンパにまで読まれてんねん。
オレそないわかりやすいんか。
オレはそないアイツばっかか!

「あ、ちょお、怒らんといてよー」
「怒ってへん。チンパンジーがうっといだけや」
「もー。たまにはお兄ちゃんにも頼ってやぁ」
「だっれがお兄ちゃんやねん!」
「や、やって俺一応バルくんのお兄ちゃんやもん!」
「そんなん認めへんぞ!認めへんからな!」
「ええー!!なんで今更そこなん〜!?」

そもそもそこもムカツクねん。
なんでこいつが兄貴やねん。
オレよりチビなくせに。・・・0.5センチやけど。
しかもオレのが男前やのに。
あーそんなん言うたらオレがほんまは長男のはずやん!
オレが一番男前やねんから!
そうやそうや、そもそもがなんでオレは三男なん。
・・・なんで、一番最後に生まれてきたん。
アイツの夢も希望も願いも愛情も抱擁も心も体も全てそのまま与えられてしまうポジションに。

「兄弟、なんてな。うっといだけや」

けどそう言った自分の声のふて腐れたみたいな響きは、どう考えてもガキっぽくて。
ワンテンポ置いて返ってきた声と、隣から優しい感触でさりげなく目元にあてられたタオルは、悔しいけどなんとなく年上っぽかった。

「バルくんはさぁ?」

慰めるんとは違う。
でも宥めるような穏やかな声はなんとなく心を落ち着かせる。
こいつのこういうとこはキライやない。

「ユウくんの弟なんが嫌なんかな」
「ちゃう」
「やったら、ユウくんより年下なんが嫌なんかな」
「ちゃう」
「ほんなら、ユウくんがこっち向いてくれへんから嫌なんかな」
「ちゃう・・・」
「・・・うん、ユウくんはバルくんを弟扱いなんかせぇへんし、年下扱いもせぇへんし、バルくんばっか見とるもんね」

貸してくれたタオルでごしごしと目を拭う。
赤くなってしまうとまた咎められそうだったけれど、全ての雫をぬぐい去るために。
それはきっと本当は酷く贅沢なものだろうから。
何を不満だと人には呆れられるようなものだろうから。
万が一にでもアイツには見られたくない。

「ユウは、」

身体を後ろの椅子に預けて目の上には柔らかなタオルを被せて。
真っ暗な視界。
そこにはあの白い顔と、そこにある切れ長の瞳が嬉しそうに撓む様が見える。
まるで眩しい物を見るみたいな輝きがある。
淡い色の瞳の奥には確かな憧憬と愛情が見える。

「オレの歌が好きやって、言う」
「・・・俺も好きやで?バルくんの歌」
「オレに自分の言葉を歌ってほしいて言う」
「・・・俺はユウくんの詞をバルくんが歌うの好きやで?」
「オレのこと好きやって、言う」
「俺も好きやで?」
「好きやから、大事やから、前だけ見て、歌い続けて欲しいって、」

チパが黙り込む。
その意味を理解したみたいに。
せやから嫌やねん。兄弟なんて。
全部わかってまうから嫌やねん。
一番近くにいて、一番わかって、せやのにこれ以上近づけへん。

「そのためならなんでもするからって、そのためならなんでもできるからって、そんだけでええからって、・・・」



『おまえのうたう歌がすき。うたうおまえがすき』



そう言ってちょっと照れたように笑ったその白い顔が綺麗すぎて。

「近づけへん。近づけへんねん、これ以上。どうしたらええねん。そんなんイヤや」

歌が好きやでオマエが言うならもっともっともっといつまでやって歌ったる走ったるどこまでだっていつまでだって。
だけど。
だけどそれだけじゃ、イヤや。
全部全部くれるって、そう言った。
だけどイヤや。
ちゃうねん。そうやないねん。

「やってアイツが見てるん、オレちゃうかもしれへんもん・・・」
「・・・君はバルくんでしょ?ユウくんはちゃんと見てるよ」
「ちゃう・・・ちゃうねん。アイツなんかちゃうねん。
もしもここにオレやなくて、オレみたいに三番目に生まれてちょっと男前でちょっとちっこくて目ぇでっかくて歌がそこそこ歌えてああだこうだ文句ばっか言うてそのくせ人見知りで、・・・そんなんおったらええねん、きっと」
「バルくん、そんなん言うたらあかんよ。ユウくんがかわいそうやわ」

チパはちょっと怒ったみたいな声で言った。
こいつは優しいヤツや、ほんまに。
オレにも、ユウにも。
そんでオレらのことを誰より思ってくれてる。

「そうかもしれへん。オレひどいかもしれへん。でも思ってまうねん。どないしたらええねん」

ほんまはわかってる。
何が不安なんか。
一番不安なんは、いっこだけやねん、ほんまは。

「アイツは歌うオレが好きやて言う。歌ってくれればええて言う。・・・それ以外、オレになんも望まん」

全てを与えられているくせに。
与えて貰っているくせに。
求めた全てをこの手に入れているくせに。
そのくせ望まない相手に不満を持つことは傲慢か?
だけど思ってしまう心が痛くてしょうがないんだ。
歌うオレを眩しいばかりの瞳で見つめるオマエの目が、近いのに遠い。

何かが違う。
何かが違う。
オレとオマエで一体何が違う。
キスをして抱き合って温もりを感じ合って。
それなのにオレとオマエで何が違う。

オレのが恋やとしたら。
オマエのはもしかしたら、違うんかな。
オレは好きで。
オマエも好きやのにな。
そうやとしたら、なんて、なんて、・・・かなしい。


「チパ」
「ん?」
「今日、アイツいつ帰ってくる?」
「確か友達と飲んで帰るって言うてたから、遅いと思うよ」
「そか・・・ほんなら、よかったわ・・・」
「・・・そやね、よかったね」

押しつけたタオルを再び上下させて雫を拭う。
止まらないのは悲しくてしょうがないから。
好いて好かれて愛して愛されているのに悲しくてしょうがないから。
幸せなはずなのに悲しいなどと感じてしまう自分はきっとひどい。
だからこんなみっともない姿もお似合いなのかもしれない。
でもアイツにだけは見られたくない。
アイツがただ一つ憧れた星が本当はこんな弱く小さなものだなんて。
気付かれたくなかった。

「・・・ユウには、言うなよ」
「バルくんがそう言うなら・・・」
「・・・ほんならもうどっかいけや」
「もー、ほんまにわがままやー。・・・しゃあないなぁ、俺お兄ちゃんやからバルくんの言うこと聞いたるな?」
「うっさいチンパ」
「せやからチパですー」

そう言って隣で立ち上がった気配。
ゆっくりとした足音、閉まる扉の音。
そして静まりかえった部屋。

そこでようやくオレからその音が生まれた。

「ゆー・・・」

漏れる嗚咽と、濡れたアイツの名前。










END






三兄弟パラレル?
そしてひどい暗さ・・・。
相変わらずすばよこはこんなんなるなー。
どうにもこうにも裕さんのすば兄に向ける眼差しが憧憬であるという夢を見ているために。こう。
亮横の錦戸と少しかぶるところがありますが、錦戸に対するのが大事な守りたい宝物だとしたらば。
昴横のすばるに対しては、夜空に輝く一等星をひたすら見上げるにも近い何かがあると。やはり夢を。
愛されてるのにかわいそうなすば兄。
(2006.3.2)






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