スターゲイザー
『それでもあなたが好きです』
丸まった白いシーツに向かって、もう何度目かでそう言った。
するとその盛り上がった塊がもぞもぞと緩慢に動き、顔だけが見える。
ボサボサになった黒髪を鬱陶しそうにかき上げ、そのついでのようにこちらを見た。
眠そうに眇められた猫のような瞳。
安らかで暖かな眠りを妨げられたと言わんばかりに不機嫌そうですらあるその視線。
眉間に深く刻まれた皺はこの人においてはよくあるものではあるけれども。
目元がうっすら赤く染まった今のその状態をせめて特別だと思うことは、許されるだろうか。
「・・・なにぼーっと突っ立ってんねん」
その掠れた声には否が応でも鼓動は逸る。
歌っている時とこんな時と、そのどちらの声もなんだか妙な色気があると思う。
その違いは、そこに垣間見えるものが強さか痛々しさか、そして自分を満たすか飢えさせるか、そんなところだ。
「あのね、さっきちょっと外出たんですけど」
「ほーん。寒ないか?」
「めっちゃ寒いですね」
「せやろな。俺出たないもん。凍え死ぬ」
「すばるくんは危ないですよ」
「な。お前みたいに脂肪あらへんからな」
「・・・や、俺も最近痩せたんで寒かったですほんまに」
「そんなどうでもええ情報ええわ。どこで強調すんねんそこ」
顔だけを出していたシーツから、今度は両手を出して枕の脇をまさぐり始める。
細すぎる腕が探り出したそこからは小さな四角い箱が一つ。安物のライターが一つ。
目の前でゆらりと灯った火と共に、骨張った指が白い煙を燻らせる。
「ちょお、人のベッドで寝煙草やめてや」
「ええやんけ。一仕事終えた後の一服やで」
「匂いつくでしょ。ほんまやめて」
「いーやーやーあーうまーい」
「ほんまにこの人は・・・吸うなら外行ってくださいよ」
「寒いやんけ。お前そう言うたやんけ。言うからやんけ」
「人のせいにせんでください」
「よかったやん」
「なにがなんです」
「オマエのおかげで、外行って凍えながら吸わんで済んだやん」
本当に、この人は。
溜息をつく視界の先で、なんだかいつの間にか楽しげな顔でこちらを見ている。
細く痛々しい指先で煙草を挟み、時折その先端を口に含んで、ちろりと赤い舌を覗かせながら白い煙を揺らめかせる。
時折灰が落ちて白いシーツを汚すのに思わず眉を顰めた。
そんなこちらの顔を見ても気にした様子はなく、むしろそんな顔を楽しむみたいに寝転がってはじっと見つめてくる。
大きな瞳。
鋭い瞳。
強い瞳。
痛々しい瞳。
酷い瞳。
そのくせ少しだけ、何故だか優しくも見える瞳。
「なぁ」
「なんです」
「オマエ、ちょおほっぺ赤なってんで」
「せやから寒かったんですって」
「なんで外なんか行ってん。寂しいやんかぁ」
「めっちゃ寝てたやん・・・爆睡やったやん・・・」
「なんや、寂しかったんか?」
なんだか含み笑いされてばつが悪い。
何度も何度も何度も繰り返した言葉には、何一つとして反応してはくれないくせに。
そのくせそれ以外には、気付いて欲しくないことまで気付いてくれる。
「ほら」
たとえばそんな風に、煙草を持った手で適当に手招きされて、俺の足はそれでもゆっくりとそちらに向かうこととか。
・・・ああ、何も気付いてくれるわけじゃないのかもしれない。
それで当たり前だと思われているのかもしれない。
別にこちらだってそんなことに今更構いやしないけれど。
ゆっくりと腰掛けたベッドサイド。
そのままじっと見上げられる。
ゆらゆらと立ち上ってくる煙が鼻を突く。
それが少しだけ目に染みる。
「すばるくん」
「あ?」
「俺ね、外行って星見てきたんです」
「はぁ?なんやそれ。オマエそないロマンチスト少年やったんか」
「うん。きれいやった」
「ほーん。寒なかったら俺も見たいなぁ」
ごろりと更に体勢を変えて、ベッドに完全に仰向けになる。
天井をぼんやりと見上げ、まるでそこに星空があるみたいに煙草を持ったままの手を伸ばしてみせる。
同じように見上げてさっきのことを思い出してみた。
「うん。そこでな、すばるくん好きです、って言ってきた」
「うっわ、なんやそれ。どんなロマンチスト行為やねん」
「ええでしょ別に」
「ええことあるか。オマエ、なにも本人がおるのにお星さんに言わんでもええやん」
「そら本人にも言いますけどね」
「本人だけにしといた方がええで。ちょっと頭カワイソウな子やーて思われるで」
「あー、ほんでもええですよ。どうせ知らん人でしょ」
知らない人間にどう思われたって構わない。
たとえ先のない恋をしているとしても構わない。
ただそれでも何度も何度も繰り返すのは、形のないそれをできるだけ留めておきたいからかもしれないけれど。
「おーくら」
「はい?」
「あっためたるから、こっちこい」
あっためさせたる、の間違いじゃないのか。
どちらにしろどうかとは思う。
触れたその手こそ随分冷たいくせに、なんだか得意げな顔でそんなことを言う。
それでもこの手はその僅かな温もりを求め、この心は冷えた細い身体を温めたいと願う。
「えー、なんや煙草くさそー」
「ええにおいやろが」
シーツを持ち上げ、自分の身体を押し込んで。
潜り込んだそこには思った程の温もりもやはりなくて。
だから躊躇なく両腕を廻し、少しだけ煙草の匂いがする肌と髪とを抱き込んだ。
閉じた瞼の裏にはさっき見た星が浮かんでいた。
END
やーどうなのコレ。初めて書いたよ倉昴。
身内の倉昴に夢中なぺんこちゃんリクエストです。
私にとっては未知の領域過ぎて四苦八苦でしたよこの程度書くのにも!
え?ていうか倉昴ってこんなんでいいの?一応研究はしたんだけどもこんなんでいいの?ていうか逆っぽくない?(恐々)
てな感じですがforぺんこちゃんです。
(2006.11.13)
BACK