恋のスティグマ 後編










『一回だけでええから、おまえは忘れてええから・・・』

酩酊して既に意識も朦朧とした相手に縋り付く自分のなんと滑稽で愚かしいことだろう。
けれどそう思いつつも自分の手は卑しくも自ら服を脱ぎ、されるがままの相手の服を脱がし、許しを請いながらもゆるりと覆い被さる。
アルコールで紅潮した顔で、潤んだ目で、ぼんやりと自分を見上げてくる幼げな顔は確かに出逢った頃の面影を残していた。
そのことに言いようもない罪悪感で胸を満たしつつも、同時にどうしようもなくそれが愛しかった。

お前になら、と。
お前にこそ、と。
横山はそう思ったのだ。






「痕、結構まだ残ってんねんな・・・」

既にシャツは腰の辺りまで脱ぎ落とされ外気に晒された横山の素肌を、錦戸の指先が確かめるようにそっと触れる。
今日は雨のせいで随分と冷え込んでいるせいか少し肌寒い。
けれども触れてくる錦戸の指先はなんだか妙に熱くて、横山はその温度差に小さく肌を粟立たせる。
奇しくも三日前の夜と同じように錦戸は横たわっていて、横山はその上に覆い被さるように跨っていて。
こんな現場を誰かに見られでもしたら到底言い訳のきかなそうな体勢だ。
けれど二人とも何処か感覚が既に麻痺していたのかもしれない。
いや、横山に関して言えば頭はむしろ妙に冴えていた。
今は待機しているとは言え仮にも仕事中で、いつスタッフが戻って来るとも知れない。
まずいに決まっている。
けれどもそう冷静に思うのとは反比例して、横山は触れられた先から身体に湛えられる熱に身を任せてしまいたかった。
その手が伸ばされる意味は考えずに。

できるならもう一度だけ。

三日前の夜にも同じことを思ったというのに。
下から見上げられながらその細い指先が胸元を辿々しく触れていくのに細く息を吐き出して、小さくこくんと喉を鳴らした。

「錦戸、」
「ん?」
「どないしよか、俺、下も脱ぐ?それともおまえも、脱ぐ・・・?」
「・・・横山くん」

特に睦言を交わそうとするでもなく、ただ先へ先へとまるで急くように。
それは何もこの状況に焦っているというわけでもなく。
そうして自分のベルトに手をかける様は錦戸の目にはどう映っているんだろう。
節操のない男だと思われただろうか。
普段から自由な先輩はこんなところでも自由だと、そう呆れられただろうか。
横山はぼんやりとそんなことを思いながら錦戸の胸元を見下ろしてベルトを引き抜く。
それが無造作に床に落とされる音がしたかと思うと、次いですぐさまその腰に錦戸の腕が廻された。

「待ってや」
「なに?」
「勝手にどんどん先進めていかんでくれます?」
「でもおまえ、のんびりやっとるようなヒマないねんで」
「まぁ、確かに。・・・でもあんた、あの時も随分急いでたやん」
「・・・なにが?」

もしかして、と。
横山はここへきてようやく気付いた。
錦戸は何もこんな無意味な行為を進んでしたがったわけでもなんでもなく。
ただあの夜のことを暴こうとしているのではないか。
酔った錦戸に好き勝手に欲を満たした自分を暴いて、真実を突きつけようとしているのではないか。
そう思ったら横山は途端に怖くなった。
あれはただ一度の過ちで。
確かに自分が悪いけれども、せめてそのたった一度で自分は全てを納得して、そして錦戸も酔った意識の中に忘れ去ってくれればと。
それは自分勝手な話だが横山にはそれでも追い詰められた末の選択だった。

「俺、あんまよう憶えてへんけど・・・。もっかいしたら、判るかな、て思って」

ああ、でも。
それをまたもう一度、と欲深く思ってしまった時点でそれは更なる罪なのかもしれない。
横山は一度ふっと目を閉じた。

「はよしろや・・・」

そっけなくそう呟くと、ゆっくりと身を屈めて浅黒く日焼けした首筋に唇を寄せた。
けれど吸い上げるでもなく、ただゆるゆると触れるだけで愛撫ですらないようなそれ。

横山には錦戸の言葉に応えられるものが見つからなかった。
伝えられるものと言えば、それはもはやたった一つの真実しかなく。
けれどそれは横山の最後の砦でもあり、決して陥落させてはいけないものでもあり。
詰まる所、横山はここでもひたすらに目の前の欲を求めるしかなかった。
それは結局三日前のあの夜と同じだ。

「・・・あんま憶えてへんけど。全然憶えてへんわけやないで」

横山の言葉をどうとったのか。
寄せられる唇に少しくすぐったそうにしつつ、錦戸は腕を回した腰を強く抱いて身体ごと引き寄せると、すぐ目の前に近づいた白い胸元に唇を近づける。
そこには未だうっすら残る赤い痕があった。
それに目を細めながら唇を押し当てて、吸い上げる。

「っ、」

その微かに走るちくんとした痛み。
横山は小さく息を詰めてからゆっくりと吐き出す。
その傍から錦戸の唇はその痕を追うように辿っていく。
鎖骨近くの胸元から、お腹の方へと下がっていって、更には体勢的にきつくてそれ以上下がることが出来ないくらいの腰近くまで。
横山は自分では見ることが出来ないものの、その唇が違うことなく全てあの痕に触れていっているのだということに気付いていた。
その薄い唇によってもたらされる甘い痛みは忘れようもない。
むしろあの夜のそれは、それを刻みつけて貰うための行為だったと言っても過言ではないのだ。

「ほんま・・・痕つきやすいねんな」
「ん、っ・・・」
「すごい、ほんま、すぐ赤くなる・・・。同じとこに上からつけると、血ぃ出とるみたいな感じに見える」
「おまえ、・・・」
「なに?」
「最中は、結構喋るタイプやってんな・・・。俺的にはむしろそっちが、びっくりやわ・・・」
「喋りたいから喋ってんねん。・・・あかんの?」
「あかんくはないけどな・・・。普段はようけ喋らんくせにな。おもろいなて思っただけ・・・・・・んっ」

横山がおかしそうに唇の端を上げた途端、それを見咎めるようにしてその指が胸の突起を眇める。
まだ密かやかに眠っていたそれは微かに指先で触れられた途端に小さく震え、思い出したように熱を湛え始める。
何かとちらりとその顔を見下ろすと、錦戸はうっすら笑って更に指の腹で確かめるように撫でては緩く押し潰してくる。

「また一個思い出した。・・・あんた、ココ感じやすかってんな?」

耳元でそう呟かれながら愛撫される突起は先程までの貞淑さなどとうに影もなく、じわじわと与えられる刺激に硬く張りつめていく。
そのビリッと走るような小さな痛みと頭の芯に直接響くような芽吹く快楽に、横山は大きく息を吐き出してはつい目の前の首筋に手を廻してしがみつく。
白い頬が次第に熱を帯びて紅潮し始める。
けれどそれに逆の手で一度だけ撫でるよう髪に触れただけで、錦戸はすぐさまやんわりとその腕を外させてしまった。
横山自身もははたと我に返ったように自分から身を起こす。

「そうされると、やりづらいんで。・・・ちょお待って」

待つ?何を?
思わず不思議そうに目を瞬かせた横山の、既にベルトも抜き去られて緩く前をくつろげられたジーンズを、錦戸の手が掴んだかと思うと下に引っ張る。

「あー、腰、ちょお上げてもらえます?」
「・・・あ、・・・おん」

こくんと頷いて横山が言われる通りに僅かに腰を浮かせると、錦戸はそのまま下着ごとジーンズを膝辺りまで一気に脱がせてしまう。
下肢がそのまま外気に露わにされてさすがに自然と身体が震える。
それは単に肌寒いというのと、黒い瞳の眼前にもはや隠すものもなく晒されているのと、両方の理由から。
それは三日前の夜とて同じだったけれど、あの時は錦戸は酷く酔っていて意識も定かではなかったからまだ良かったのだ。
けれども今は違う。
その意志の強そうな瞳は今真っ直ぐにじっと横山自身を映しているのだから。
思わずそっけなく呟いてしまう。

「あんま見るもんとちゃうやろ」
「まぁ・・・男なら誰にでもついとるもんやし」
「そらそうやわ」
「でも横山くんて、毛薄いっすよね、割と」

下肢の中心をまじまじと見つめられてさすがにばつが悪い。
確かにメンバー同士で風呂に入ることもままあるし、そこを見られること自体は何も初めてではない。
けれどもシチュエーションの違いというのは思う以上に大きい。
思わず片手でそこから隠してしまいたい衝動に駆られるけれど、それはそれでまた微妙だ。
どれだけ意識しているのだと悟られたくなかった。
だから結局またぼそりとなんでもないように呟くだけ。

「どこほめられてんねん」
「別に褒めてはおらんけど。・・・あんまグロくないかな、て」
「たいしてかわらんわ、そんなん・・・」
「ああ、まぁ。それともアレなんかな」
「なん・・・」
「あんたやから、かな」
「は・・・?」

一瞬意味が判らなくてきょとんと目を瞬かせるけれど、錦戸は特にそれには答えることもなく。
無防備になってさらけ出された腰に再び腕を回すと抱き寄せる。

「もうちょい、寄ってや」

抱き寄せられることに特に抵抗はなかったのだけれども。
それが思う以上に近く、むしろ横山の上半身が錦戸の頭の方を飛び越えるくらいに腰を寄せられるのに、横山もさすがに怪訝そうに下にある顔を窺う。
窺った先の錦戸の顔は、覆い被さるような横山の身体の既に胸元辺りにあり、それでも錦戸は抱えた腰を持って更にその身体をずり上げる。

「ちょ、ちょい待て、・・・錦戸?」

体勢が明らかにおかしいことになっている。
さっきジーンズを膝まで脱がされた名残で横山は未だ膝立ちの状態だった。
だからそのまま錦戸に身体を寄せられていくと、さらけ出された下肢がそのまま錦戸の顔の方に・・・。

「っ・・や、錦戸っ・・・!」

その意図にようやく気付いたが既に一足遅かった。
錦戸はうっすら口角を上げて笑ったかと思うと、横山の腰を抱いて更にぐいっと引き寄せると自分の顔に近づけて。
そこにあった、まだ触れられもせず大人しい下肢の中心を躊躇なく口に含んだ。

「ん、・・ん・・・」
「やめ、やめろって錦戸・・・おま、あほか、・・あ・・・っ」

横山は混乱した。
腹の下にあるその黒い頭をなんとか離させようとするけれど、そして腰を離そうとするけれど、錦戸がきつく腰を固定してしまっているからそれはままならず。
しかも生暖かく濡れた感触に包まれる感触に、眠っていた快楽の火種が一気に炎のただ中に放り込まれたみたいになって身体中を暴れ回る。
時折絡むように表面を這う舌に頭の奥が痺れるようにジンとして力は余計に入らなくなってしまう。

「にしきどっ・・・ほんま、やめろ、・・・やめろってっ・・・!」

舌先で嬲られるようなその感覚に横山は喉の奥に悲鳴を殺しながら頭を振る。
目頭が熱くて堪らない。
そのまま今にも涙が零れてしまいそうだった。
そしてそれは何も生理的なものだけではなく、羞恥から来るものだけでもなく。
何より錦戸にそんなことをさせたくなかったのだ。
自分のモノを舐めるなんて、そんな汚らしいこと。
錦戸にはして欲しくなかった。

「にしきど・・ッ!たのむからっ、やめ・・ろ・・・っ」

けれど錦戸は聞き入れない。
体勢的にきついのもあるだろうが、ひたすらに行為に没頭するように、次第に鎌首をもたげて形を変えていくそれを口内で搾り取るように刺激する。
そんな行為は当たり前ながら決して慣れているようには感じられないし、事実さほど上手いというわけでもない。
けれどだからこそ横山にはそんな男慣れなどしているはずもない弟分にそんなことをさせている苦しさと、同時に他ならぬ想い人にしてもらっているという気持ちよさが身体中を鬩ぎ合ってどうにかなりそうだった。
しかしどちらにしろそうして身体の中を快楽が満たしていくに比例して、横山は自分の汚さを思い知っていくようで。
ついには一粒涙をこぼした。

「も、・・・ええ、から・・・」

既に追い詰められて息も絶え絶えだった。
けれどそれだけではない声の弱々しさを感じて、さすがに錦戸もいったん口を離す。
ゆっくりと自分の身体を持ち上げて、横山の身体を支えながら上半身を起こす。
なにぶん横山の方が体格があるから一つ一つの動作が大変だが、なんとか自分の膝の上に横山を跨らせるようにして置くと、一息ついてじっと真正面に見据えた。
けれど横山は錦戸の方を一瞬は見たけれどすぐに逸らしてしまう。
なにせその薄い唇がこれみよがしに濡れていてはいたたまれなくても致し方ない。
それに錦戸は判らないとばかりに眉根を寄せて軽く拗ねたような声を出す。

「なんでそない嫌がんねん」
「なんで、て・・・おま、きたないやん・・・」
「そんなん承知でやってんねん」
「あほ、おまえはっ、・・・おまえは、そんなんせんでええねん・・・」
「・・・あんたはしてくれたのに?」

ハッとそちらを見ると、思う以上にまっすぐな瞳とかち合った。
錦戸は一体どこまで思い出しているのだろう。
あの夜のこと。
もしかしたら、もう全部・・・。

「なんとなく、やけど。寝転がった俺の下の方でな、あんたの髪がゆらゆら揺れとった気がすんねん。
そんでなんやめっちゃ気持ちよかった気ぃする。あんな気持ちええの初めてやった気ぃする」
「あほか・・・あほやろおまえ・・・」
「なにがあほやねん。事実やん」
「あほ・・・おまえ、」

そない無邪気に笑って言うことちゃうで、と。
横山はそう言ってやりたかったのを飲み込んだ。
したこと自体も思惑も、そんな風に笑って貰えるようなものじゃなかったのに。

「そんで俺、やたらとあんたに痕いっぱいつけた気ぃすんねん。・・・せやろ?」
「・・・まぁ、見ればわかるしな」
「な。俺盛りすぎやってんな」
「ちゃうわ。・・・そんなんと、ちゃう」

そうさせたのは自分だ。
錦戸がしたくなったのは単なる生理現象でしかない。
そう自分がし向けたからだ。
酔って意識も朦朧とした相手の服を脱がせて、否が応でも反応するだろう部分を舐めて、快楽を無理矢理煽って、その気にさせて、痕をつけさせた。
別に抱いてもよかったし、抱かれてもよかった。
横山は錦戸であればなんでもよかった。
想いを告げて通わせ合うという、その絶対的な前提が欠けていることなど自覚済の上で。

「・・・何がちゃうねん。言うてや」
「にしきど、」
「言えや。・・・聞きたいねん。どうしても、聞きたいねん・・・」

いつの間にか錦戸の片手が横山の首の後ろに回って、顔が近づけられた。
真っ直ぐな黒い瞳が横山の紅潮した白い顔をじっと映している。
切なる程に見つめてくる。

だめだ。
・・・だめだ。
横山の頭の中でそんな声がする。
この瞳はだめだ。
見つめられたら抗えない。
映されたら逃げられない。
いや、本当は逃げることはできるのかもしれないけれど、何より横山自身が逃げたくなかった。
たった一度だけでいいと、そう思ったはずなのに。
事実今こうして再びがあるように。
長い年月が降り積もらせたものは思う以上に大きすぎて。
その想いの強さ故に横山を身動き取れなくさせた。


この恋は罪だ。
幼く穢れなく純真無垢で、まるで空想上の天使なんてものがそのまま現れたみたいな少年に恋したその時から。
横山はその想いを胸に秘めつつもずっとそう思い続けてきた。
それでもまだ昔は良かった。
自分に懐いて頼ってくれる可愛い弟分が愛しいだけなのだと、そう思いこむこともできた。
やがて成長して大きくなって自分の手なんか必要としなくなっていけば自然と落ち着く感情だと思っていた。
そこにあるのは変わらぬ穏やかな愛情だけ。
家族愛とはそういうものだ。
けれども実際の所それは錦戸が成長していくのを目の当たりにするにつれ、強さと深さを増していくばかりの想いだった。
いや、もはや想いなんていう可愛らしいものではなく、それは欲求と言ってよかった。
出逢った頃こそ随分と下にあった目線が段々と近づいていって、やがて首を曲げずとも目を合わせられるくらいになって。
横山は、その強さと脆さを同時に内包した瞳に映されることに幸福を感じてしまった。
凛々しく整った顔が時折幼げに笑いかけてくるのに胸が疼いた。
その細いけれど確かに大人になりかけた指先が何気なく触れる度に自覚した。
自分は彼に触れたいのだ、触れて貰いたいのだ、と。

横山にとって錦戸は生まれて初めて出逢った、まっさらできれいな、そんな存在だった。
ただそれは実際の所、既に随分とすれていた自分よりも幼くて、同年代の少年達よりも更に幼くて、だからこそそう見えただけの話だったのかもしれない。
他人に言えば、何を大袈裟な、と笑われてしまう程度のことかもしれない。
けれどもそれは雛鳥の刷り込み現象にも似て、錦戸が横山に無条件の信頼を寄せ頼るのと同じく、横山もまた錦戸を自分が守るべき綺麗なものと感じとったのだ。
現実問題なんてどうでもいい。
そんなことは関係なかった。
だから錦戸が成長していずれ自分と同じように大人になって、ただ綺麗だ無垢だと言えるような人間ではなくなっていったとしても、それでも横山にとって錦戸は永遠に綺麗な存在なのだ。
それはいっそ聖域と言ってもよかったかもしれない。
けれどだからこそ、横山はずっとこれは罪だと思い続けてきた。

だって寄せられるその真っ直ぐな信頼全てを裏切るような欲を伴うこの恋が、正しいわけがない。


「おれ、・・・酔ったおまえにな、色々したん。色々させたん・・・」

あの夜は横山にとっては幸せなものであり、同時に不運の夜でもあった。

それは衝動的なものでもあったし、同時に、気付かぬ内に蓄積したものがこの時を望んでいたとも言えた。
錦戸が単独で主演するドラマが決まり、そのお祝いをしようと言って横山は最近お気に入りの店に連れて行った。
それは飲み屋と言っても、いつも居酒屋程度の横山にしては珍しく割と落ち着いた雰囲気の小洒落たバーで。
あまり酒慣れしていない錦戸にもおいしいと感じられる酒やつまみが多かったせいか、錦戸はいつになく上機嫌で飲んだ。
錦戸は普段はさほど饒舌とは言いがたい。
けれど酒の力と、新たな仕事へのやりがいと、そしてそれを横山が祝ってくれたことが嬉しかったのか、いつになくよく喋った。
これからまたロケで忙しくなるだろうけれども頑張ってやり遂げてみせると、力強くそう言ってはそのくせ無邪気に笑う錦戸に、横山はひたすら頷いて笑って話を聞いて、時折発破をかけてやった。
錦戸は本当に上機嫌でよく笑ってよく飲んで、さすがに飲みすぎやろ、と横山に途中から窘められるくらいのペースだった。
途中までは確かに横山の方が飲め飲めと言ってはいたのだけれども、呂律が回らなくなってきた辺りでさすがに横山もしまったと思った。
けれど、強くもないくせに、と横山が呆れたように言えば。
少しだけむくれながらも、もう子供やないです、と更にグラスを煽ってみせるから。
ひんやりとした硬質なテーブルの上に懐くように顔を押し付けては、子供扱いせんでください、とじっと見つめてくるから。
きっとそれが引き金だったんだろう。

心の中に愛しさと切なさが入り混じってどうしようもなくなってしまった。
横山にとってまるで宝物にも似て大事にしてきた存在が、今その翼を力強く広げて羽ばたこうとしている。
どうしようもなく目を奪われる程のそれは横山にとっては嬉しくて自慢で誇らしくて。
けれど同時に、そのまま自分の元から羽ばたいて巣立って行ってしまうような気がして。
嬉しくて、悲しくて。
横山はその二つの感情に心を苛まれた。
そしてその夜ひとつだけ願った。


「いっぱい、いっぱい、いーっぱい、・・・痕、つければええなーて・・・」

ぽつりと呟くような言葉に錦戸は怪訝そうな表情を向ける。

「なんで、そんなん・・・」
「そんだけなら、まだ、赦してもらえるかな、て・・・思うて」
「・・・なに言うてんねん、あんた。わからん。わからんわ」
「好きでおってもええかな、て思うて・・・そんだけなら・・・」

赤い痕は恋の痕。
赤い痕は恋の烙印。
愚かなる、罪なる、そんな恋の烙印。
どうせなら錦戸自身に刻みつけて欲しかった。
それだけでこの先想いを秘めて生きていけるのなら、せめてその一夜だけでも、その烙印が欲しかった。

「おまえな、酔っぱらってたせいでほんまどこもかしこも熱くなっててな。
口とかもほんま・・・めっちゃ熱かってん・・・」

その熱が心地良かった。
まるで本当に烙印を押されるようで。
きっと痕は数日もしたら消えてしまうだろうけれども。
きっとその熱は憶えていられる。
一生憶えていられる。

「あー、でも、あかんな・・・やっぱ男やからかな・・・。
また触りたなってまうねん。おまえがそこら辺で無防備に寝とったりするとな・・・」
「・・・欲求不満か。変態か」
「あー・・・そうかも。今まで思ったことなかったけど、俺けっこう性欲強いんかな・・・あかんわ、ほんま変質者やわ・・・」
「・・・ていうよりか、あんたは勝手過ぎんねん、ええ加減」

いつのまにか視線を落としてぼそぼそと呟いていた横山の頭を更に引き寄せて、錦戸はそっと唇を合わせた。

「っ・・・?」

強引ではないけれども唐突なそれに、横山は一瞬目を見開く。
合わさった唇の感触、そしてするりと忍び込んでくる舌の感触。
静かに絡められる唾液の音が小さく耳をついて思わず腰が戦く。
中途半端に愛撫された下肢が再び震える。
そして口づけの最中、自分をぎゅっと抱き寄せたその細い両腕に胸がどうしようもなく締め付けられる。
その腕が触れた部分こそが、今快楽で疼かされた身体の何処よりも熱を持っていた。

「あんたは、勝手や・・・」
「にしきど・・・?」
「勝手過ぎる・・・。なんでもかんでも自己完結しよって・・・」

トーンを抑えたその声音は迸るような感情すらも抑え込んでいるようで。
けれどその両腕から込められる痛い程の力だけは、錦戸の激情とも言える程の感情を伝えてきて。
横山は自然と自分からも遠慮がちに腕を回した。

「俺は嫌や。・・・絶対に嫌やっ」
「なに、なにが?おまえ、どしたん・・・」
「嫌や、なかったことにするなんて、忘れるなんて、俺は嫌やからな・・・」
「・・・なにがいやなん」
「自分ばっかずるいやろ!・・・自分だけ憶えてようなんて、そんで俺には忘れろなんて、あんたは、ずるいねん・・・!」

ついには抑えきれなくなったのか。
子供が癇癪を起こすにも似てそう声を荒げる錦戸の背中をやんわりと撫でてやりながら、横山は目元を染めてパチパチと瞬かせながら言う。
何とか堪えるように、パチパチと、幼げに瞬かせて言う。

「でもな、錦戸。勝手なんはわかってんねん。
今まで俺はほんましょーもないことばっかやってきたし、ロクな恋愛もしてこんかったし。好きや、なんて口にしたこともなかった。
・・・でも、せやからな、おまえだけは大事にしたかってん。ほんま、ほんまに、好きやったから。
うん、けど、せやな・・・俺の自分勝手。ぜーんぶ、自分勝手や・・・」

そう言って赤い目元を晒して笑ってみせるから。
錦戸はそれに顔を歪める。
熱い何かがこみ上げてきて堪らなかった。
錦戸は知っている。
その表情を既に知っていた。
あの朝、自分に向かってやはり赤い目元を晒して笑ってみせた。
そしてその前の夜、確かに泣いていた。

ごめんな。
ありがと。
ごめんな。
うれしい。
ごめんな。
ありがとな。

ただ酔いに任せてその白い身体中に痕をつけていく錦戸に、そう言って笑って、泣いて、繰り返していた。
嬉しくて哀しくて愛しくて切なくて。
横山は泣いていた。
恋の烙印を刻まれる度に生まれるその熱に身体を震わせて。
ずっとずっと泣いていた。
叶えてはいけない恋だと自分に言い聞かせて泣いていた。

本当は、その時に抱きしめてやらなければならなかったのに。
錦戸は唇を噛みながらも一際強く抱きしめた。
腕の長さも強さも全然足りない。
そのことがどうしようもなく悔しくて無力感に苛まれながら。

「きみくん・・・もう、止めよ。そういうん、止めようや・・・」

錦戸はそう呟くと横山の身体を後ろにトンと軽く押すと体勢を一気に入れ替えてしまう。
今度は逆に錦戸の方が覆い被さるような形になる。

「っ、・・・錦戸?」

依然としてパチパチと目を瞬かせて少し潤んだ瞳で見上げる。
錦戸はそれを見下ろしながら一度ふわりと笑ってみせた。
それは横山の愛した無邪気で無垢な代物で。
一瞬それに気の緩んだ横山の片脚を抱え上げると肩に担ぎ上げ、身を屈めて。
中途半端に放置されていた下肢の中心をさっきと同じように口内に含んでしまう。
途端にビクンと身体を戦かせて横山はその黒髪を緩く掴む。

「や、せやからあかんて、おまえっ・・・」
「っん・・・ふ、ん・ん・・・」
「あほっ、なんで言うこときかんの、・・・っぁ、りょお、あほっ、やめぇって・・・っ」

今度は手も使ってきつめに扱き上げる。
すると先端から滴っていた白濁が錦戸の唇の端から零れ落ちるのが見えた
横山はそれにますます頬を紅潮させ、同時に熱は更に膨れ上がっていく。

「あ、・・・りょ、もう・・・ほんま、はなせっ・・・」

もう限界だ、と。
潤んだ目で訴えかけたけれど、それに返されたのは薄く笑んだ表情だけ。
横山はそれにまさか、と思ったけれどもその瞬間には先端に軽く歯を立てられて。
抗う間もなくそのまま熱を吐き出してしまった。

「ッ、・・・あ、ぁ・・・はぁ・・・っ」

シートの上で白い背が一際大きく撓ってすぐさまくたりと弛緩する。
横山は荒い息を持てあましながら恐る恐る見上げた。
そこには案の定口元を白く汚して自ら綺麗にするように舐め取る錦戸の姿があった。

「やっぱうまいもんとちゃうな」
「あたりまえやろぼけ・・・」
「飲むもんとちゃうかったわ」
「俺は飲めなんて言うてへんぞ。・・・離せて言うたのに」
「せやけど初めてくらいはな、飲んでやりたかってん」
「なんやそれ・・・あほか・・・」
「あんたも飲んでくれたやんか」
「・・・・・・」
「結構思い出してきたで、俺」
「・・・便利な頭しとんねんな、おまえ」

横山はたいそういたたまれない気持ちになりながらも、仕方なさそうに手を伸ばして錦戸の頭を引き寄せて。
未だ拭い切れていなかった白いそれを自分の指で拭ってやった。
そんなものを錦戸にいつまでもつけていることは横山自身が我慢ならなかった。
なんだか妙に真剣に指の腹でそれを繰り返す姿は母猫が子猫にするようでなんだか微笑まし気でもあった。
しかし錦戸はその手を掴むと再びシートの上に身体を押し戻してしまう。

「じゃあ、続きな」

そう呟きながら、未だ手に付着していたぬめりをするりと横山の後口に押し当てる。
あからさまにその先を予感させる動きに横山も途端に身体を強ばらせた。
それでもそのぬめった指が二本ずるりと侵入してくる感覚に、小さく引きつったような声が赤い唇から漏れる。

「にしきど、・・・それ、」
「俺、こっからはよう憶えてへんねん、ほんまに。思い出せへん。
あの時はあんた上でやったん?いや、初めてで上はきついか・・・やっぱ最初は下やった?」
「いや、その、それは・・ぅ・・・」
「正直なんや腹立つわ。最初を憶えてへんなんてな・・・ありえへんわ・・・」
「せやから、その・・・っん、」

ブツブツと不機嫌気に呟きながら指を徐々に奥に忍ばせていっては、ぬめりを利用して襞を広げていく。
錦戸の指と内壁が擦れ合う感覚が、言葉で言い表せない程に気持ち悪いような気持ちいいような、不可解でザワザワと落ち着かない。
その先に何があるか判らない程子供ではないが、横山は正直少しだけ怖くて思わず白い手を伸ばした。

「ま、まて、錦戸・・・」
「今更なんなんすか。・・・挿れられんのは嫌なん?」
「ちゃう、ちゃうくて・・・」
「せやからなんなんすか。はっきりせぇ」
「・・・せやからっ、」

首筋にしがみついた白い手。
それが強ばっていることに錦戸も気付いた。
思わずいったん指を引き抜く。
それに小さく息を飲み込むと、横山は視線を落とした。

「これでも初めてやねんっ・・・・・・文句あるんか!」
「はっ?」

錦戸はまさに唖然とした顔で口を開けて固まった。
その表情があんまりにも間抜けていて、横山は思わず頭を軽く叩いてしまった。

「いてっ。なにすんねん!」
「あほっ!おまえあほかっ!なに言わせんねん!」
「アホアホ言うなやっ。あんたの方がよっぽどアホなこと・・・っ」

しかしそこで錦戸はようやく気が付いた。
ここから先の記憶がないのは。
最初からここから先などなかったということだ。

「・・・うそ、やろ?・・・あの時、最後までせんかったん?」
「うそなんてつくかっ。・・・そんなん、できんわ、ぼけ」

横山は拗ねたみたいにぽってりした唇を尖らせる。

そこから先はできなかった。
抱いてもいい、抱かれてもいい、そう思ったけれども。
横山は結局その先はできなかった。
それは錦戸を汚してしまうことだと思ったから。
だからこそ、いくら自分が痕をつけられても、逆に錦戸に痕をつけることはできなかった。
烙印は自分にだけで十分だと、思ったから。

「できんかったもん・・・」

消え入りそうな呟き。
けれどそれに錦戸は盛大に吹き出して、笑った。

「っく、あははははは!」
「な、な、ちょ、おまっ・・・」
「あははははは!アホや、アホやこの人、あー腹いたっ・・・」
「おいこら!笑いすぎやろしばくぞぼけ!」

いくらなんでもそこまで笑うこともないだろう。
横山はプルプルと拳を振るわせて、まさにその黒い頭にゴツンと一発食らわせる寸前だった。
けれど本当におかしそうに笑った錦戸は不意に顔を上げたかと思ったら、なんとも嬉しそうに笑ったのだ。
振り上げた拳などそれに容易く解かれてしまう。

「・・・よかった」
「え?」
「よかった。よかった・・・」
「な、なにが?おい、にしきど?」

目を白黒させる横山の唇に一度触れるだけで口づけて。
錦戸は横山の白い頬を両手で包むと真っ直ぐに見つめた。

「好きや」
「・・・あ、」
「順番、間違える前でよかった。・・・横山くんのこと、好きや」
「亮・・・」
「あんたのこと、ずっと好きやった」

伝えるなら今しかない。
錦戸は本能的にそう思った。
自らに罪を科して自ら罰を与えるような、そんなどうしようもないこの想い人に自分の真実の想いを伝えるならば。
そのタイミングは見誤ってはならないと思った。
欲望に呑まれた後ではきっともう愛なんてこの人には伝わらない、この臆病な人には、きっと伝えられない。
そう思ったからこそ、錦戸は嬉しかった。
それでも少しは間違えたし、遠回りはしたのかもしれないけど。
そんなのはこれからいくらでも埋めていける程度のものだ。

「好きや・・・。ねぇ、横山くん・・・」

まるで甘えるみたいに頬ずりしてみせると、くすぐったそうに肩を竦めながら紅潮した頬が緩む。
横山はそのむずむずしたような甘い感情を持てあます。

「・・・なぁ、亮」
「ん・・・?」
「キス、しろや」
「はぁ?」
「ええからしろて。・・・せーへんなら、俺からするで」
「なんやその脅し・・・」
「せやから、・・・・・・て、言うてるんやんけ」
「はい?聞こえへんねんけど」
「せやからっ・・・もっかい、してほしい、て・・・言うてんねんっ・・・」

顔はもう真っ赤で。
目は潤んでいて。
そんな悪態混じりの告白めいた言葉。
錦戸はそれに言いようもなく鼓動を高ぶらせて思う。
普段が普段だけに、こういう時のこの人はなんだか妙に可愛らしい、と。

「そんなん・・・いくらでもしたる」
「っん、ん・・ふ・・・」

深く合わせた唇はその端から雫が滴ってもなかなか離れなかった。
そうして互いが互いをぼんやりと熱っぽく映して。
横山の白い瞼がパチ、と一回瞬いたのを切っ掛けにようやく離れるけれども、その拍子に感じた外気に濡れた唇が冷やされて、すぐまた欲しくなってしまう。
錦戸は大きく息を吐き出すと、自分のジーパンの前をくつろげてゆっくりと横山の顔を窺った。

「・・・ちょお、もう我慢できんかも」
「ま、若いから、なぁ・・・」
「・・・なんやそれ。あんたかて限界やろ」
「ん・・・せやな・・・」

てっきりまた顔を赤くして反論され悪態をつかれるかと思ったが。
横山は確かに顔は赤くしたままだったけれども、なんだかやんわりと笑ってひとつ頷いた。

「おまえが欲しくて、限界、や」

触れる、口づける、舐める。
そんな直接的な何よりも。
その横山の言葉は錦戸の中の熱を煽った。
判っているなら上手すぎる。
判っていないなら愛しすぎる。
思わず性急な動作で横山の腰を掴むと、自らの熱を宛がった。

「俺もあんたの中に、入りたい」

身体を密着させて囁けば、甘く滴るような声が返される。

「・・・ええよ。入ってきて」

その声に導かれるように。
錦戸は濡らした後口にゆっくりと先端を侵入させていく。

「っ、ん・・・」
「だい、じょぶ・・・?」
「ん・・・っいけ、る、たぶん・・・」
「じゃあ・・・」

しがみついてくる白い手を更に首に廻させてやりながら、その後は一気に奥まで身体を進める。
ずるりと内壁が擦れる音と圧迫感は先程の指の比ではなかった。

「・・・ッ!あ、ぁ・・・っ」
「ごめ、きみくん、ちょお力・・・抜いて・・・」

慣らしたと言っても十分ではないし、所詮いくら慣らしたとて元々が受け入れる機能など持たない男の身体なのだ。
横山にかかる負担は尋常ではない。
事実横山は息をするのも辛そうに顔を歪めてきつく錦戸にしがみついている。
そしてまた錦戸も挿れたのはいいものの、異物を拒絶するようにきつく後口を締め上げられてかなり苦しかった。
このままでは動くどころの話ではない。
何とか力を抜くようにと肩を撫でて何度も口づけて落ち着かせようと努めた。

「ん、んっ・・・はぁ、はぁっ・・・」
「そう、もうちょい・・・ん・・・」

暫くしてようやく横山が落ち着いてくると錦戸の熱を締め上げていた圧迫感も緩んでくる。
錦戸が一息ついて紅潮した顔を窺うと、なんだかポケーと気が抜けたような幼げな表情を晒していた。
思わず笑ってしまった。

「なんやその間抜け顔」
「・・・あ?今なんか言うたか?」
「今完全にどっか行っとったで、あんた」
「うっさい。いちいち人の顔に文句つけんな」
「顔にやないわ。表情に、や」
「どっちでもおんなじやんけっ」
「全然ちゃうやん。・・・なに、挿れただけでそんなんなってまう程ええんか?」

ニヤリ、と唇の端を上げた特有の笑い方をされて、思わず横山はムッとした表情で返す。
意趣返しのように今度はわざとお腹に力を入れて中にいる熱を締め上げてやった。
唐突なそれに思わず声を漏らしてしまって錦戸は舌打ちする。
逆に横山は余裕を取り戻したようにふふんと笑ってみせた。

「あほ。調子のんなよ若造」
「言うたな・・・?」

錦戸は目を細めると、片脚を抱え上げて角度を急にすると奥を抉るように突き上げた。
内壁が強く擦られるその感覚にビリビリと芯まで痺れるような感覚が走って、その強い波のような衝撃にその度白い背がビクンと撓る。
白い両腕が何とかしがみついて錦戸の背に爪を立てた。

「あ、ちょお、亮っ・・・つよいっ・・・」
「聞かん。気持ちええやろ?」
「でも、・・・っあ、あ・・・・あかん、て・・・あか、」
「何があかん。・・・よすぎてあかん?」

ガクガクと顎を震わせて、閉じることが出来なくなった唇からは雫が滴って。
横山は堪らず両腕で錦戸の頭を掻き抱く。
そのままにさせてやりながらも、錦戸の唇は目の前にある白いうなじに寄せられてきつく吸い上げた。
ピリッと小さな痛み、そしてまた波が寄せるようにして奥を突く強い痛み、それら全てが一つの海のように快楽となっていく。

「ふ、ぁあ・・っ」
「横山くん・・・」

そうして白い肌に痕を刻む度、奥を突き上げる度。
錦戸もまた白い腕に抱かれ、後口をぎゅうぎゅうと熱く締め付けられて。
どうしようもないくらい、そのまま意識が遠のきそうになるくらい身体が快楽に支配されていった。
堪らず白い胸に頬ずりして、そのまま少し顔を上げると柔らかな白い喉笛に舌を這わせて。
それでも飽きたらず結局は赤い熟れたような唇に吸い付いて。
それはまるで動物のようで、子供のようで、けれどもう横山にはそんなものではなくて。
横山は既に力が入らなくなりつつある手で錦戸の頬を撫でると、吐息混じりで呟いた。

「りょお・・・おまえ、かわええなぁ・・・」
「ちょ、こんな時にかわええて、」
「かわいくて、かっこよくて、男前や。・・・いつのまにそんなんなってんやろな?」
「きみ、くん・・・」

横山はずるいと思う。
こんな時に、そんなことを言われたら。

「好きやで?・・・おまえになら、なにされても、ええわ」
「きみくんっ・・・」

そんなことを言われたら、もう止められないのに。

錦戸の性急さを増した動きはまるで獣の交尾のように激しいものになっていく。
けれど横山はそれこそを望むと言うかのように嬉しそうに笑ってしがみついては、その熱に身を委ねた。





















「あ、しもた」
「はい?」

嵐のような激情のままに抱き合った後。
よくもまぁスタッフにも見つからずにできたものだと、二人はさすがに我に返ってホッと胸をなで下ろした。
いくらなんでもありえないシチュエーション過ぎる。
お互い忘れていたわけではないのだが、今はまさにロケの待機中だったのだ。
身体についた残骸を処理して慌てて服を着て、もうスタッフが顔を見せても大丈夫だという頃になってようやく落ち着いたのか、横山ははたと思い出したように呟いた。

「・・・いや、まぁ、ええねんけどな」
「は?なんなんすか」
「や、どうせならな、て思ってんけど・・・忘れとった・・・。ちゅーかそんな余裕なかったしな・・・」
「さっぱりわからんねんけど」
「やー・・・その、まぁ、なんちゅーか、
・・・・・・おまえにもいっこくらい、つけときゃよかったな、て・・・もう今ならよかったんかな、て・・・」
「いっこくらい?つけときゃよかった?」

やっぱりわからん、と錦戸は深く眉根を寄せる。
横山はそれをチラリと見やっては唇を軽く尖らせぼそりと呟いた。

「・・・キスマーク、ていうか、そういうん」
「ああ・・・そんなことか」
「そんなことで悪かったな!なんやねんっ」
「・・・あんた、憶えてへんのやろうけど」

拗ねてふいっとそっぽを向いてしまう、未だ少し紅潮した頬を、するりと撫でてこちらを向かせる。
そして錦戸はおもむろにTシャツを肩まで捲り上げ、それを横山に見せてやった。

「ほら」
「へ?」

そこにはうっすらとだが、赤い、糸を引いたような三本の傷が残されていた。

「あんた力強いねん。おもいっきりしがみつくわ爪立てるわ・・・」
「・・・・・・」
「ま、せやからキスマークはなくても、痕はちゃんとつけてんから安心してええで」
「・・・・・・なんや、それ。おもんない」

けれどそう言いながら、横山は嬉しそうに笑ってその痕をそっと撫でた。
そして横山の身体にも錦戸が刻んだいくつもの痕がある。

この痕はいずれ消えてしまうけれど。
この熱はずっと忘れない。
そしてこれから何度でも何度でも刻み続ける。

それはもう烙印ではなく。
ただの、恋の証。










END






こんなもんに丸三日はかかってしまいました。なんか難産だった。
前編は割とさくさく書けたのになぁ。
まぁ、そもそもが、くっつく→お初、ていうのを一気にやろうとこと自体が無謀なんすけども。
とりあえずうちの亮横はいつでもウジウジ悩んでばっかりですよ。
でもってユウユウがもういい加減おかしいよねうちの子ね。今に始まったことでもないのですが。
とりあえず色々ありますが、本懐遂げられてよかったね!亮横!と。そんな感じで。
(2005.10.23)






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