スウィート










抱き寄せた柔らかな身体からはふんわりと甘い匂いがした。

「・・・?ん?」

一瞬香水か何かかと思ったけれど、この容姿の割には意外と洒落っ気の少ない恋人がそんなものつける人間ではないことを錦戸はよく知っている。
男にしては妙に丸いラインを撫でるように触れながら鼻先を首筋に近づけて何度も確かめるけれど、やっぱり甘い。
妙に甘ったるい匂い。
たぶん外でこの匂いをかいだら思わず顔を顰めてしまうだろうそれは、つまり錦戸はあまり普段積極的には口にしないであろう類の物の匂いだ。
更にその種類を限定しようと錦戸がすんすんと鼻を鳴らしてそれをかいでいたら、呆れたように耳元で小さく笑われた。

「なんやのおまえ。犬みたいやぞ」
「や、なんや甘い匂いする・・・」
「あまいにおい?」
「ここ来る前、お菓子かなんか食いました?」

それはその白く滑らかな首筋だけでなく、その薄金茶のサラサラとした髪からとてふんわりと匂う。
香水のようにきついものでは決してなく。
まるでそのものが本来持つ匂いであるかのように自然と香る甘い・・・。

「あー、家で食うたわ」
「あ、やっぱり」
「おかんがなんや、たくさんもらってきてん。クッキーとかマフィンとか。他にもいろいろあったな」
「なるほど・・・その手の匂いか・・・」

もう一度改めてかいでみると確かに。
あの手の焼き菓子特有のバニラの香りが漂っている。

納得したように呟かれ、横山は少しだけ驚いたように目をぱちぱちと瞬かせると自分の髪を一房指でとって鼻を近づけてみた。
しかし自分ではよく判らない。

「うそ。そないにおう?」
「結構匂う。甘ったるい匂い」
「うそやろ。おおげさやわ」
「大袈裟ちゃうよ。やって匂うもん」
「おまえの鼻が犬並みやねん」
「なんやねんそれ」

本当に匂うのに。
確かにこうして抱き寄せて密着した状態でなければ、それはまるで判らない程度ではあるけれども。
本当に甘く匂うのに・・・。
錦戸は恋人からほんのりと香ってくるこの何とも言えない甘い匂いが、なんとなくいいな、と思った。

「なんか、横山くんっぽい匂い」
「なんやそれ」
「香水とかやなくて、お菓子の匂いってのが」
「・・・それはほめられてんのか?」
「どちらかというと」
「微妙な答え方すな」
「ええやん」

もぞ、と僅かに身動ぐ抱き心地のいい身体。
それだけでもふわりふわりとまた甘い匂いが錦戸の鼻をくすぐってくる。
思わずぎゅう、と力を込める。

「・・・にしきど?どした?」
「や・・・なんでも」

元々横山は平均よりも体臭が薄いのか、その分他の物の匂いが移りやすい。
だから煙草を吸ったり酒を飲んだりすればすぐさまその匂いがしてしまう。
また他のメンバーといれば、そのメンバーがつけている香水の匂いがしたりもする。
それは正直錦戸としてはあまり気持ちの良いものではなかった。
まだ煙草や酒ならともかくとして、恋人が他の男の匂いをさせているなんて我慢ならないのだ。
けれど。

「こういうんなら、ええなぁ・・・」
「なに。こういうのて。わからん」
「せやから、あんたから甘い匂いすんの」
「・・・自分じゃようわからんけど」
「でも甘いねん」
「そらしこたま食うたしなー」
「・・・また太りますよ」
「うっさい。甘いもんは別腹や」
「あんた別腹多過ぎ」

だから折角舞台やコンサートで絞れたというのにあっという間にリバウンドするのだ。
思わずそこまで言ってやろうかと思ったけれど、言ってしまうと恐らく拗ね倒すから止めておこうと思う。
痩せたい痩せたいと言う割には平然ともの凄い量を食べるから、いっそそれはネタなのか?と誰もが思うところだが。
実はそれでいて本当に痩せたいと思っていることを錦戸は知っている。
本気なら少し減らせばいいのに、とは当然の弁だとは思うもののやはり敢えて言わない。
拗ねると判りきった言葉で機嫌を損ねたくない。
齢24にもなって平然と甘い匂いをふわふわ漂わせるこの気まぐれな恋人。

「・・・錦戸?」
「んー・・・?」
「おまえ、ほんま犬やな」
「なんでですか」
「さっきからにおいかぎすぎやわ」
「甘い・・・」
「おまえあまいもん好きやないやんけ」

わからん、とばかりに横山が小首を傾げるようにして顔を覗き込んでくる。
自然と目の前に現れた赤くつやつやした唇は、今の匂いとも相まってまるでキャンディのようにも見えてくる。
錦戸は自然とそれを舐めるように自分の唇を合わせてみた。

「ん・・・」

不意打ちという程でもなかったけれど。
特に前置きもなしに触れられて横山は一瞬目を細めて小さく息を吐き出す。
細い腕に敢えて身を任せ、更に何度も啄むように触れてくる薄い唇にゆるゆると応える。
すると触れる程度だったそれがチュと音を立てて吸い付いてきて、思わず苦笑した。

「ん、おまえ、」
「まって、まだ・・・」
「・・・っん、こら、・・・亮」

何度も何度も舐めては吸い上げて。
このまま受け続けたら唇が腫れてしまうのではないかと思わせる程の執拗な。
けれど幼い子供が飴を手放せないのにも似た。
横山の心をいつだって離さない純粋で一途過ぎるそれ。
なんだか愛しすぎて、横山は思わず両手で頬を包むとゆっくり引き寄せ、こつんと額を合わせた。

「なんやと思ったら、おまえ、なに?あれか?」
「・・・なんです?」
「今日は甘えたちゃんか?」

ふふ、と笑われた。
その濡れた赤い唇は舐めた途中のキャンディさながらで、早くまた舐めたいと思わせる。
その言葉にはいつもなら子供扱いはやめてください、とでも言うところだが。
今日はこの匂いのせいなのだろうか。
さっきからずっと白い身体からふわふわと漂ってくる甘い甘い匂い。
そして目の前で自分を愛しげに見つめる甘い微笑み。

甘いものは好きじゃない。
けれどこの人は特別。
甘くほんのり匂っては、自分にだけ甘やかに微笑む。
自分だけの甘いもの。

「・・・だめですか?」

合わせられた額もそのままにじっと見上げたら、一瞬きょとんと幼げに淡い瞳が瞬いて。
すぐさま楽しそうにくすくすと、ふわふわと、笑ってみせた。

「亮はあまえんぼさんやなぁ」

笑う度に甘く匂う。
食べたらやっぱり甘いんだろうか。
錦戸はそんなことをぼんやり思いながら、また再びチュ、と舐めかけのキャンディに唇を寄せる。
すると自然と黒髪に白い指が差し込まれ、絡められ、すべすべした頬の感触が首筋に触れてくすぐったかった。

「あんたが甘いから」

耳元でそう囁いたら、舌足らずで砂糖菓子みたいな声がなんだか嬉しそうに呟いた。

「おまえが甘えるから」



甘い恋人と。
甘える恋人と。

そんな甘いひとときを。










END






無意味にラブ亮横。
実はこれ、以前一回だけ設けたキリ番、8888ヒットの御礼小説になり、ます・・・(小声で)。
おおおおおい8888て!いつの話だよ!て感じで誠に申し訳ない。
ゆうに四ヶ月近くはお待たせしてしまいました・・・。
もう見てらっしゃるかも微妙なところですが、リクエストを下さった尚さんに捧げますっ。
リクエストありがとうございました!
ちなみにリクエストは「亮横でひたすら甘い感じの」ということで。
いやー亮横で甘いってこんなに難しいのね!という感じで結構難産でした・・・。
何せ私亮横をすれ違い傷つけ合いカプだと思ってるから(はた迷惑)。
まぁ「甘い」だからって本当に甘いネタにしてる辺り苦し紛れ感が拭えません。でも楽しかった。
とりあえず裕さんていう綺麗な白いおねいさんからはいつもほんのり甘い匂いが漂っていると思います(妄想)。
そしてあまえんぼ亮ちゃんはそんな甘いおねいさんに存分に甘えちゃえばいいと思います(趣味)。
・・・ああ、あと、いつも可哀相な目に遭いがちな錦戸さんを甘やかして幸せにしてあげようキャンペーンでもありました(・・・)。
お粗末様でした。
(2005.9.29)






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