北風と太陽










収録が終わり、カメラ機材やスタッフが撤収を始めていた頃。
体重計に載ったまま固まった男が一人。
そしてそれを両脇から覗き込む男が二人。

「わあー、さすが横山くん!いっちばんですねー!」
「ほんまほんま。やっぱテレビ的にはね、おいしいですよね〜」
「・・・・・・」

逆ダイエット企画。
「そんなもんやって視聴率が取れるんですか!ほんまに取れるんですか!?」と、収録前まで散々プロデューサーに詰め寄ったというのに。
プロデューサーの「絶対おいしいよ!」という言葉にまんまと丸め込まれたことを横山は今さら後悔していた。
関西人は基本的に芸人気質の人間が多いため、「おいしい」という言葉に弱い。
散々食わされたものをトイレに行って出してきて、それでも体重計が指し示すものは、先ほどよりも1.6キロ増の現実。
その数字を見た途端、横山は身体がまるで鉛のように重くなるのを感じた。
・・・事実、1.6キロ分は重くなっているのだ。
今の横山を打ちのめすには十分なその事実に、けれど両側から覗き込んでくる内と丸山はひたすらに無邪気だった。
対横山に限定して言えば、それはいっそ苛立つ程に。

「ボクなんてー、結局0.3キロですよ?そら、食べたもんはおいしかったですけどー」
「俺もあんまおいしくなかったな〜。あんだけ食った割には中途半端や〜」
「・・・・・・・さい」
「ん?横山くん?」
「なんですかー?」
「おまえら、うるっさいんじゃボケェー!!」

その怒声に、内と丸山は反射的に横山の両脇から飛び退いた。
一瞬何事かとぽかんと口を開け、次いで様子を窺うように軽く身を屈めて横山を覗き込む。
見事二人揃ったその行動に、横山は「このアホコンビが・・・」と更にイライラを募らせる。
普段グループ内では自分こそが一番のアホだと言われていることはこの際棚上げだ。

「どーせ俺はぽっちゃり系や!」
「え、あ、横山くんっ?」
「バカにしたけりゃすればええわ!」
「いやそんなっ。バカになんてするわけないやないですか〜」

内と丸山は、ここでようやく自分たちが地雷を踏んだことを悟った。
そうだ。
横山が自分の体形を気にしていることなんて今さらなのだ。
あくまでもテレビの企画であるから、むしろ番組的にはおいしかったから、と。
なんだかんだと関西人気質が深くに根付いている二人はすっかり失念していた。
けれど時既に遅し。
二人が必死に言い訳やフォローを考えるのを後目に、横山は悔しそうに、最早じだんだを踏む勢いで二人にあらん限りに罵詈雑言を浴びせかける。
そして、今日一番の捨て台詞を吐き捨てて、プンプンと擬音が出そうな勢いで出て行ってしまう。

「内のガリガリ!マルの筋肉!あとで吠え面かくなやっ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

まるで嵐のようだった。
それが二人の感想だった。

横山という男は、とにかく幼稚だ。
これでグループ最年長などとは信じ難い程に。
いや、もはやメンバーは誰一人として彼を最年長としては扱っていないけれども。
それでも一応体面的には最年長で通っている横山裕という男のどうしようもない子供っぽさを、二人は甘く見ていた。
どすどすと勢いよく歩いていく音が聞こえなくなってから、二人は同時にため息をついた。

「うええー・・・それ言うたら俺、ガリガリなん気にしとるのにー。横山くんのあほー。ひどいわー」
「筋肉・・・。まぁ、俺はそれ言われても気にせんけどなぁ・・・」
「はぁ・・・怒らせてもーたー。しかも何なん?最後の」
「吠え面かくなや、ってやつやろ?何なんやろ・・・全然判らんかったわ・・・」

横山より2つ下の男と5つ下の男が、再び同時にため息をつく。

横山裕はとにかく幼稚だ。
けれどそんなことはいまさら、というのがグループでの共通認識である以上。
そんな幼稚な最年長を怒らせた二人こそが、錦戸的に言えば「救いようのないアホ」なのだろう。
一般常識的に言えば理不尽な話だ。
けれど二人はそのグループ内共通認識に染まりきっているからか。
お互い顔を見合わせては眉を下げ、困ったように大きく息を吐き出した。

「んも〜・・・助けてー村上くーんっ」
「頼んますっ。村上くんっ」

そうして二人が互いの手を取り合って縋るのは、当然神になどではなく。
あの幼稚な最年長を唯一手懐けることに成功した、グループきってのツッコミかつまとめやく。
言い換えれば動物使いと言ってもいい。










「なーんか、今呼ばれたなぁ」

村上はきょろきょろと辺りを見回してみる。
けれど特に誰もいない。
よく番組で使うスタジオだから、誰か見知った人間が声をかけてきたのかと思ったのだ。
そしてそんな風に視線を色々なところにやっている村上の前には、横山がいた。
先ほど内と丸山にありえないくらいに幼稚な暴言を吐き捨ててきた件の最年長が。
そして横山はここでも暴言の嵐だった。
未だ色々と収まっていないらしい。

「はぁ?なにがやねん。おまえついに難聴か?歳か?」
「同い年のあなたに言われたないですよ。・・・うーん、でもほんまに幻聴かな」
「いいや、難聴や。おまえ声がでかいから難聴やねん」
「そんなん別に関係あらへんがな!」
「せやからおまえはいっつも声でかいっちゅーねん!・・・つか、なんでおまえこんなトコにおんねん」
「おお。ようやっと訊いてくれたな」
「・・・うざっ。待っとったんかいな」
「まぁ、そう言いなや」

そう言ってにこりと笑う。
色々な人間に爽やかと評判の村上の笑顔。
それを向けられてうさんくさそうな顔をするのは横山くらいなものだろう。
けれどそんな態度を取られるのにもすっかり慣れたもの。
というか実際のところ、村上にはそんなものは1ミリ程にも効きはしないのだった。

「あんなー、ちょお近くを通りかかってな。
そういや今日三人はロケやったなーって思って来たら、ビンゴやってん」

プンプンと怒りながら出てきた横山を外で待っていた人間。
それは、缶コーヒーを二本手にして爽やかな笑顔を浮かべた村上で。
それを目にした途端、横山は一瞬踵を返しそうになった。
村上はそれを見て苦笑気味に、「んなあからさまな態度とんなやー。暖かい缶コーヒーあるでー」と手招きしたものだった。
けれど実際のところ、横山は別に戻る気などはさらさらなく。
ただ単に、一瞬にして緩んでしまいそうな頬を抑えようと背を向けただけだったのだが。

そうして村上の手から受け取った缶コーヒーで暖を取りながら、横山はやはり今もこうして不機嫌オーラを引きずっていた。
村上は特に心配げな表情をする出もなく、あっけらかんとそう言って、コンクリートの壁にもたれかかる。

「しかしなんや、不機嫌やな?」
「・・・まーな」
「今日のロケ、いまいちやったんか?」
「・・・ロケ自体はまぁ、よかったんとちゃう?アレでほんまに視聴率取れんのかって話やけど」
「じゃあアレか、予想以上に結果が出たか」
「・・・まーな。・・・ってかおまえ、どこまで知っとんねん」
「ん?だいたい全部」
「はぁっ?なんでやねん!」

缶コーヒーを両手に持ち、同じように壁にもたれかかっていた横山は、ハッとした様子ですぐ横を向く。
すると村上がなんだか楽しそうな笑顔を浮かべ、スタジオの方を指さしてみせた。

「スタッフさんたち、先帰ったやろ?さっきそこでプロデューサーにも会ってん。そんでな、色々聞いた」
「・・・知っとんなら初めっからそう言えや。あーやだやだ、この根性悪」

ケッと吐き捨てるようにそう言いつつも。
寒さには勝てないのか、村上から貰った缶コーヒーで必死に暖を取る横山の姿に、村上はこっそりと頬を緩める。

「まぁまぁ。わざわざ俺の方から言い出して機嫌損ねんのもなぁ思うて」
「もう今の段階でじゅうっぶん、損ねとるわ!」

さっきのことを思い出したのか、横山はギッと眉をつり上げてみせる。
村上はそれを宥めかすような調子で覗き込んでみた。

「なんやー?内とマルになんか言われたか?」
「・・・あいつらうざいねん。横からぎゃあぎゃあと」
「どうせアレやろ?横山くんさすがおいしいですねーとか何とか言われたんやろ?」
「・・・・・・せやからおまえはなんでわかんねん。きしょい」
「きしょい言われてもなぁ・・・」

さっきは、それこそ自分がぎゃあぎゃあと喚いていたくせに。
今度はぼそぼと聞き取り辛いくらいの調子で・・・それでも悪態をつくことは忘れない。
村上はやれやれ、と思う。
この大雑把でいい加減でどうしようもなく幼稚な恋人は、同時に変なところで妙に繊細だから大変だ。

「あー・・・もー・・・今回の分また絞るのにどんだけかかると思ってんねん・・・」

少し前から散々言っていた。
最近ようやくジムに通うようになったんだと。
それはそれは嬉しそうにその日の成果を語る横山は、村上にとっては頬が緩む以外にどうしようもないほどに可愛らしかった。
反面、それは横山が存外に自分の今の体形を気にしているということでもある。

「・・・まぁ確かに、無理が利かんくなってくる歳やな。そろそろ」
「あ?何か言うたか?」
「いやいや。別に」

思わずぽつりと呟いた村上は、はたと向けられる不審げな瞳ににこりと笑って首を振る。

確かに考えてみれば、昔のように若さでは乗り切れなくなる歳ではあるだろう。
それは何も横山に限ったことではなく、自分やすばるにも言えることだと。
でもそれは敢えて言わなかった。

「でも横山さん、別に言う程太ってはおらんでしょ?普通やないの?」

そう、いくら横山が「ぽっちゃり系」と自分でそうは言っても。
別に一般的に言えば平均くらいのものだろう。
それは単に、自分たちの事務所に所属している少年・青年たちに痩せ型が多いだけの話だ。
何かというと横山から「ポジティブすぎてイヤ」と鬱陶しそうな顔をされる、他称「ポジティブ村上」にはそこまで横山が悩む理由が正直よく判らなかった。

「あほ。前に言うたやんか」
「ん?」
「俺はなー、ウォンビンみたいになりたいんやて!」
「・・・あー。ああ・・・」
「ウォンビンやで。うぉんびん!」
「あーうん。言うとったね」

うぉんびんうぉんびん、て・・・と。
村上は一瞬失笑しそうになって何とか堪えた。
悩みこそいっそ乙女のようにデリケートな問題ながら、その動機は単なるミーハー男子であった。
今話題の韓国の美男子。特にその肉体美が話題の。
テレビで彼の裸を見た横山は、何やらその身体に強烈な憧れを抱いたらしい。
しかしそれこそ村上にとっては笑いの種である。
「微笑ましい」と言う類の笑い。

今横山が憧れるナンバーワンの男であろうブラウン管の中の彼は、確かに芸術的な肉体美を誇っていた。
綺麗に焼けた褐色の肌に引き締まった筋肉。
確かに男ならば一度は憧れる体型かもしれない。それは村上にも判った。
けれども。

「・・・ヨコは、そない無理せんでもええのに」

村上が思わずそう呟いてしまうくらい。
その横山の憧れはともかく、実践するには無理があった。
元々抜けるような色白で、太る痩せる関係無しに生まれつき身体のラインが女性のように丸く筋肉がつきにくい横山だ。
それがアレを目指すというのは、とりあえず村上には微笑ましいとしか言いようがなかった。

「あ、おまえ今なんか俺の大志に水を差すようなこと言うたやろ?な、言うたやろっ?」
「いや水を差すて言いますかねぇ。・・・俺は好きやのにーって思っただけですわ」
「はぁ?好き?なにが」

未だ缶コーヒーを両手に持ったまま、横山は胡乱気に眉根を寄せて村上の方をじっと見る。
その白くて柔らかそうな頬が、寒風に晒されたせいか少しだけ赤らんでいるのが判る。
この乾燥した空気にも負けない瑞々しい唇が軽く尖らせられているのがまた、横山らしくて。
村上はそれにうっそりと笑み、横山の少し乱れた髪に手を伸ばす。

「せやから、今の横山さんが好きって話」
「・・・・・・・おまえは何を言うとんねん」
「今のままのヨコが好きって話。色白でぽっちゃりの、綺麗でかわええキミちゃんがええって話」
「っ、おまえは、アホかっ・・・」
「そうやな。ヨコのことになるとな」

しゃあしゃあと村上がそう言えば、横山はついには一瞬押し黙って。
両手に持っていた缶コーヒーをぎゅっと強く握りしめたかと思うと、じりじりと数歩後ずさった。
それがまた寒いからか、僅かに震えつつなのが村上には微笑ましかった。

「さむっ。おまえはほんっまに寒いやっちゃな!こっち来んな!」
「なんやねん。そない邪険にすんなや。ほんまのこと言うただけやのに」
「あーもーなんやねんどいつもこいつもー!俺をナメとんかー!」
「ナメてへんて。みんなね、あなたのことがかわええだけですよ」
「・・・みんなてダレ」
「ん?エイトのみんなよ。みんなね、バカにしとるわけやないですよ。そのまんまのヨコが好きやねんて」
「・・・アホやろおまえら」
「あなたには負けますけどね」
「・・・・・・」

そして何故そこで大人しくなるのかは、いまいち判りづらいところだが。
元々横山は大層素直でなくひねくれてはいるが、自分に向けられる愛情にはひどく弱い部分がある。
やはり素直ではないから、そうやすやすとそれを表に出すことはないけれども。

「よーこ」
「・・・なに」
「そないなとこおらんで、こっち来ぃやー」
「なんで」
「やって寒いやろ?」
「・・・寒いな。確かに」
「せやろ?ほら、おいでって」

村上がひどく邪気なくそう笑うと。
横山はそれを暫しじっと見てから、無言で寄ってくる。
その笑顔を横山は全般的には信用していない。
意外にしたたかで頭のいい恋人が、その笑顔を武器にしていることを知っているから。
けれどそんな客観的な事実と、横山が感じる主観的な事実は少し異なる。
どれだけうさんくさいと思おうと、結局横山は村上の笑顔が好きだからだ。
そう笑まれると、最後には拒絶なんて到底出来ないからだ。
敢えて村上が僅かに死角になりそうな物陰に移動したのも、その真意は判っている。
けれど判っていても横山は寄っていった。
それが無言でなのは、やはり素直ではない辺りから来ているのだが。
結局、それもまた村上のことが好きだからだ。

「・・・おー。ヨコ自身は結構あったかいなぁ」
「おまえは暑苦しいわ」
「そうかー?普通やと思うけど」
「暑苦しい。きっと声がでかいからや」
「関係あらへんて」

そんな会話を交わしつつ。
ビルとビルの間の物陰で。
横山は、村上の両腕にぎゅうっと抱き込まれていた。

まるで太陽みたいな男。
それが純粋な横山の感想だった。
暑苦しく・・・常に暖かい。
横山は、こいつとおったら冬もラクかも、内心そんなことまで思った。
そしてまた村上も、なんだか嬉しそうに腕に力を込める。

「んー・・・やーっぱ、ヨコはこのまんまでもええと思うけどなぁ」
「うっさい。俺の大志を邪魔すんな」
「はいはい。大志ね。ウォンビンね」
「・・・うぉんびんや」
「でも俺、好きやねん」
「なにが」
「ヨコの身体」
「・・・エロヒナ」
「まぁまぁ。言うても男ですから?」

癒されると周りから評判の笑顔を浮かべ、そんなことを平然と言ってのけるこの男が。
横山は内心好きでしょうがないのだから、世の中は上手く出来ている。
そして同時に、そんな横山曰く「暑苦しい」男、村上は確かに本当に暖かいようで。
その温もりはどうしようもなく素直じゃなく幼稚な横山の心を、いつもこっそりと溶かしているらしい。

「・・・ヒナ」
「ん?」
「めっちゃ寒い」
「おー、大丈夫か?どっか店とか入るか?」
「おまえんち行く」
「・・・俺んち?」
「ん」
「なぁ、それって。・・・そういう意味でとってええのん?」
「そういう意味ってなんやねん。おれ、しらん」
「あ、そ。じゃあ好きにさしてもらいますわ」
「エロヒナ」
「なんも言うてへんし」
「顔がやらしいねん」
「そういう横山さんの顔は、赤いですけどね」
「・・・」

暑苦しい男、村上。
意地っ張り番長横山裕の心をも溶かす。

「・・・ま、ダイエットも暖まるんも、運動が一番手っ取り早いしな」

そう言ってにこりと笑う顔は、ひどく無邪気で。
そして同時に、きっと事後に浴びせかけられるであろう文句を一発で封じ込める言い訳を、さらりと呟くのだった。









END





ヒナヨコー。ようやっと書けましたよ。
本命は亮横ですが、横山受けにおける原点はやはりヒナヨコだと思うのです。
だーってもう、あの二人はほら、夫婦だから、ね・・・。
レコメン聴いてると毎週おかしくなりそうです。あいつらのラブっぷりに。
横山さんの村上さんへの暴言の嵐を聴く度に「そんなに好きなの・・・!?」と戦きますよ。
村上さんは村上さんでね、横山に甘すぎますしね。甘やかしすぎ!
色々と時事ネタも盛り込んでみました。裏ジャニとかレコメンとか。
というかうちの横山はどうもならんね・・・。しょうもない子です。ダメな子萌え。
身体を絞るのはいいですが、基本はぽっちゃりのままでいいと思います。
村上さんじゃないけど、色白ぽっちゃりな裕さんが、すき!(訊いてないよ)
(2005.2.24)





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