TOUCH
「・・・横山くん、それ浮気っすよ。判ってやってます?」
イメージ程ではないものの、やはりそこそこに短気な錦戸は
目の前に繰り広げられている光景にあっさりと我慢を切らした。
いや、本人にとってみれば十分すぎる程我慢したのだ。
それは今日だけのことではなく、日頃から積もり積もったものも含めてのこと。
「は?なんやねん。どこが浮気やねん。変な言いがかりすんなよ」
人をいじるのは大好きだが、いじられるのは大嫌い。
言いがかりをふっかけるのは日常茶飯事だが、ふっかけられるのはまかりならない。
そんな若干の理不尽さを半ばグループ内で公然に許されてしまっている横山は
年若い恋人の唐突な言葉に思い切り眉根を寄せた。
「それっすよ、それ」
「それ?・・・ああ、これか」
「それ。なんなんすか」
「なにって、見ればわかるやろ。日本語の話せるチンパンジーや」
それとか、これとか。
容赦なく指示語で話される対象は、けれど物ではない。
れっきとした人間。
控え室のソファーの上で、今横山がまるでぬいぐるみかペットのように抱き込んでいるのは
錦戸と同い年の小柄な仲間。
「チンパンジーちゃいますっ。もーええ加減離してくださいっ」
その反応を楽しむように、より力を込めてぎゅうっと抱き込んでいる横山を後目に
その腕の中でじたばたともがいている安田。
撮影の合間に暇を持てあました横山が真っ先に目をつけた、格好のおもちゃ。
「暴れんなよ〜。エサくらいやるから、なー?」
「なー?やあらへんわ!俺はペットとちゃうねんから!ほんまやめてくださいよっ!」
「やっておまえすっぽり収まるねんもーん。ええわぁ」
「ちっちゃいて言いたいんですか!そうなんですか!」
「わかっとるやん。まぁええやん、人には向き不向きってモンがあんねんから。」
「意味がわからへん。何の向き不向きですか」
「俺のおもちゃとしての」
「全然嬉しくないです」
あまりと言えばあまりの言われように安田はげんなりしつつ、それでもなお抵抗する。
普段からメンバー、特に年下相手にはいっそセクハラ紛いのちょっかいを日常的に出してくる横山だ。
もはやいつものことと言えばそうなので、半ば諦め気味ではある。
特に同じちょっかい出され仲間であるところの丸山が今ここにいない時点で
自分がターゲットにされるのは最早自然の摂理であろうこともよく理解していた。
けれど今回は少しいつもと勝手が違う。
何故ならば、それは今安田の目の前で錦戸が腕を組んで不機嫌そうに自分たちを見下ろしていたから。
慣れたと言えば慣れたが、やっぱりどうしてもどきっとするその低い声音。
「横山くん・・・ええ加減俺も怒りますよ?」
「ええ加減て。おまえ割といっつも怒ってるやん」
「人を短気みたいな言いぐさせんといてくれますか」
「短気やん」
「あんたに言われたないわ」
「おまえこそ人が短気みたいな言い方すんなよ。俺めっちゃ心広いやん」
「あーもうどうでもええからそれ離せ!」
やっぱりおまえの方が短気やん、なんてのらりくらりと言ってのけて。
横山はそれでも平然と安田を抱きかかえたままソファにもたれかかっている。
安田は今の状況が限りなく自分に不利益であることを実感していた。
錦戸はまさか本気で怒っているわけではないだろう。
けれど本気で機嫌を悪くしている。
それもそうだろう。
安田にも判らなくはなかった。
自分の恋人が、たとえ仲間であろうと自分以外の人間を
楽しそうに抱きしめたりスキンシップしたり・・・普通は面白くない。
判る。よく判る。
判るけれども、安田としてはどうか自分にまでその矛先を向けるのは勘弁してほしかった。
その刃物のように鋭い視線は横山の方を向きつつも、時折その腕の中の安田にまで向けられていたから。
『はよ退けや、コラ』
そんな声が聞こえてくるような気がして、安田は改めてげんなりした。
気持は判る。
判るけども、機嫌の悪い錦戸は普通に怖いし
何よりこの強面カップルの間のやりとりに巻き込まれるのは本当に遠慮したかった。
けれど安田の願いもむなしく、錦戸はいい加減我慢の限界に来たのか強硬策に出た。
「力ずくでやらんと判らんねんな、あんたは」
「なんや物騒なこと言うなやおまえ。あ、俺のおもちゃとんなー!」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょおっ、亮っ、痛いてっ・・・・・・っき、気持は判るけどちょお待ってー!」
「えーから離せ!ヤスっ、お前も離れろ!」
ソファーにのしかかるように片膝をかけ、横山の腕の中から安田の腕を引っ張って引きはがそうとする錦戸。
そんな錦戸の手から安田を奪われぬようにとより腕の力を込めてそれを留めようとする横山。
そして二人からかけられる真逆の方向からの力に身体を引っ張られ、あわてふためく安田。
この図を客観的に見るとどんなものなのだろう。
実はこの部屋にはその視点が可能な第三者が存在した。
寝不足だと言っては椅子にひっくり返って寝ていた大倉は、この騒ぎにぼんやりと目を覚ましていた。
「あれ、なにこれ・・・。変なことになっとる・・・」
ぼそりと呟いた声音は決して大きいものではなかったけれども。
今まさに第三者の助けを切望していた安田は咄嗟にそれをキャッチした。
目を擦りながらぼんやり横山たちを見ている大倉に気付いた安田は
半ば無駄だと思いながらも藁にも縋るような思いで言った。
「た、たっちょーん!助けてっ」
半ば無駄だと判っていた。
そしてそれは案の定で。
未だ半分眠気に支配された大倉は、ぼんやりと安田に手を振ったかと思うと再び寝に入った。
「あーごめん無理やわー。おやすみ」
「こらぁっ大倉っ!」
「ぐう・・・」
この薄情者ー!と叫んでみても、大倉はあっさりとまた夢の世界に行ってしまったようで。
安田の言葉は空しく部屋に響くのみだった。
そしてそんな安田を挟んでの攻防は未だ繰り広げられているわけで。
「離せ言うとるやろ!」
「なんで離さなあかんねん」
「なんで?恋人以外の男にそないベタベタしてええとでも思ってんですか?」
「単なる仲間へのスキンシップやん」
「そんな言い訳聞けるか。胸くそ悪い」
「あー?胸くそ悪いんはどっちやねん!」
「あんたやろ!」
「ちょ、ちょおー・・・二人とも、落ち着いて・・・」
「うっさいんじゃ!」
「お前は黙っとれ!」
「す、すんません・・・」
なにこれ。俺とんだとばっちりやん。
安田はちょっぴり泣きそうだった。
どちらが悪いかと言えば、正直どっちもどっちだろう。
ただどちらかと言えば、ここは横山に折れて欲しいところだった。
いくら仲間へのスキンシップとは言え、やはりここまで自分以外にベタベタされたら
恋人としてはいい気分はしないのは当然だし。
それが人一倍嫉妬深い錦戸ならばなおのことだ。
そんなことは当然理解しているだろうし、何より年上なんだから・・・。
けれどそんな常識が通用しないのが横山だということは、嫌と言うほど理解してもいる安田だったので。
そういう意味では錦戸が折れるべきなんだろうか・・・と思考は堂々巡りになっていくのだった。
「だいたいが、これで浮気とかよう言えるわ。単にヤスを抱っこしとるだけやんか」
「それで十分やろっ」
「やって暇やねんもん」
「ほんなら、構うんなら、・・・俺にすればええやんか」
「・・・おまえ?」
「そうや。なんでそっち行くねん。意味わからん」
あ、ちょっと解放の兆しが見えてきた?
会話の流れが変わってきたことに僅かな光明を見いだす安田であった。
そうだ。そうなのだ。
基本的に構いたがりで構って貰いたがりな横山だから。
だったら、横山になら喜んで構うし構われるであろう錦戸がいる。
錦戸はあれで一途な男なので、傍目こそ面倒くさそうにするだろうけども、内心は大層喜ぶだろう。
「・・・いやや」
「はぁっ?」
「ちょ、横山くんっ?」
錦戸と安田の声がかぶった。
当然のように予想され得る展開を平然と蹴倒してしまうこの横山裕という男。
その脳内構造を覗いてみたいと安田は半ば頭痛のする思いで実感した。
「俺は今ヤスを構いたいねんもん」
「・・・俺や駄目やって言いたいんか」
あああー横山くんーそれ以上亮を刺激せんでー!
安田はそう叫びたかったけれども我慢して、二人の間で戦々恐々としている。
「だめっちゅーか。・・・んー。んー?」
「誤魔化すな」
「ヤスはなんやかわいいやんか」
「可愛くなくてすんませんね」
「せやで。おまえすっかり可愛くなくなったもん」
「そんなん俺のせいとちゃうし。・・・なんやねん、ごっつ腹立つ」
「お前が可愛くなくなったのが悪い。俺のせいとちゃう」
「・・・そこまで言うんすか。俺のせい言うんか!呆れるわ」
吐き捨てるような言葉には既に拗ねが入っていた。
安田はさすがに錦戸が可哀相になってくる。
傍目から見ると、どうにも錦戸の一方通行のように見えてしまう二人の会話。
けれどそうではないことは、二人の間にいる安田にはよく判っていた。
さっきから自分の身体に廻された横山の手の力が、きゅっと強く込められるようになっていたから。
それがまるでただ何かにしがみついて、自分の感情を取り繕おうとしているようだったから。
「・・・俺のせいとちゃうもん。お前にはそんなんできんわ」
「ああそうですか。もうええわ」
「・・・にしきど?」
「なんです」
「りょお」
「・・・・・・・ああもう、ほんま腹立つな、あんたは!」
「うん」
「横山くん」
え?なに?
安田は何が起きたのか判らず、横山の腕の中からぼんやりと二人を見上げた。
イライラしている錦戸の名を、舌足らずに二回呼んだ横山。
それにますますイライラしつつ。
けれどもその中に、しょがない、しょうがないから愛しい、そんな響きを込めて名を呼び返す錦戸。
見上げた拍子、安田の身体に影が出来て、錦戸の身体は横山に覆い被さる。
その薄い唇とぽってりした唇がやんわりと重なるのが見えた。
安田は目の前の光景に頭の中が沸騰するような気がした。
そこに絡む視線と視線が随分と熱っぽくて思わず目を奪われてしまった。
「・・・見んなボケ」
「あっ・・・ご、ごめ・・・」
唇が離れた途端、見ていたことを錦戸に咎められ、咄嗟に目を逸らす。
・・・でも俺全然悪ないし。ちゅーか人を間にしてキスとかありえへんし。
もちろん面と向かっては言えないので、心の中だけでそう呟く。
安田は依然として横山の腕の中。
頭上では彼らは彼らなりに一段落ついたのか、錦戸は軽く捨て台詞のようなものを呟きつつ部屋を出て行った。
「横山くん、今夜は覚悟しといてや」
安田はその意味が判らない程子供ではない。
そしてそう言われて横山がどんな反応をしたのか、特に返事がなかっただけに気になったけれど。
何となくそちらを見るのが憚られて、居心地の悪い気がしながらもじっとしていた。
「・・・そういう覚悟ならなぁ・・・とうにできとんねんけどな」
「横山、くん・・・?」
その呟きに、おずおずと顔を上げる。
腕の中から見上げた横山は、安田を見て少し眉を下げ曖昧に笑った。
彼は大人の宥め方で、上手いこと年若い恋人を丸め込んだ。
・・・それだけではない。
「なかなかな、もうこういう風には触れんくなってもーたわ」
ぎゅっと抱き込まれた身体は苦しいくらいだった。
けれど安田は特に抵抗しなかった。
安田はよく憶えている。
横山は確かに、昔は錦戸のこともよくこうして抱きしめていた。
むしろ誰よりも一番可愛がっていたのが錦戸だった。
傍目から見てもまるで兄弟のように仲の良かった二人。
いつだって一緒にいた。
いつだって容易く触れ合っていた。
けれど今は出来なくなった。
それこそが、きっと横山が抱えた錦戸に対する想いの塊なのだろう。
ああ、亮もアホやな、と安田はぼんやりと思う。
横山の腕の中。
錦戸はまだ気付かないのだろう。
一途に憧れ続けた横山を恋人として手に入れた彼は、だからこそ気付けない。
人をいじるのが三度の飯より大好きな横山が、以前のように錦戸に過剰なスキンシップしてこなくなったのは。
錦戸が嫉妬するくらいに他の誰にもするのに、錦戸にだけはしてこなくなったのは。
つまり、錦戸を可愛い弟分以上のものとして認識をするようになったからに他ならない。
一人の男として意識しているという事実に他ならない。
恋人になったというのはそういうこと。
恋人なのに触れられないなんて、と錦戸にしてみれば不満かもしれない。
けれどそれこそが横山裕の本気。
大事だからこそ、簡単に触れられないのだ。
実は照れ屋で臆病なみんなの兄貴分。
安田は少しだけ・・・ほんの少しだけ。
彼を抱きしめてやりたいと思った。
もちろんそれが出来る体勢ではなかったから、叶わなかったけれど。
横山のそんな内心を、錦戸が何も言わずとも汲み取れるようになる日は来るんだろうか。
きっとそうすれば自分も少しは被害から免れるだろうに。
安田はそんな希望的観測をぼんやりと頭に描きつつ。
しょうがないから今はただ、恋人に素直に甘えられない彼の抱きぐるみにでもなっていようと思った。
END
なんかちょっと久々にまともな亮横を書いたような。・・・まとも?
確かたまにはラブいのを書こうと思ったはずなのに。全然ラブくないよ。
うーん・・・亮横ってラブ難しいな。
むしろ今回は横山さんと章大の絡みを書きたかったとも言えるような。
横安というか安横というかもうこの二人がくっついてるだけで好きなのです。
兄弟っぽくてかわいい。
(2005.4.22)
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