ぽっかりと浮かんだ丸い月を見上げる後ろ姿。

白いシーツの上に浮かび上がるその猫背を更に丸めるから、丸みを帯びた独特のラインが強調される。
舞台も終わってまた少し明るめの色に戻した髪は今ちょうどうなじにかかるくらいの長さだ。
後ろ毛から続く白いうなじはそのままするりと肩から背中、腰から臀部までひと続きになだらかなラインを描く。
確かに暖かくなってはきたが、さすがに寒くはないのだろうか。
その後ろ姿はぴくりとも動かず、ただ一心に窓の外を見上げている。
そこに何か望むものでもあるのだろうか。
錦戸が思わずそんなことを思ってしまう程に。

シャワーで無造作に洗って濡れた黒髪をタオルで適当に拭きながら、その後ろ姿にゆっくりと近づく。
そうしたら、今気付いたわけでもないだろうに、ようやく横山が顔だけで振り返った。

「なぁ、今日のお月さんほんまキレーやで」
「明日は晴れらしいっすよ」

ギシ、とベッドを軋ませながら錦戸はその隣に腰掛ける。
横山はそれになんだか表情だけで笑うと、再び窓の外を見上げる。
その白い横顔が淡い月明かりに照らし出されてなんだか妙に幻想的に見えた。
この人は夜が似合う、と錦戸はぼんやり思う。
性質そのものはとても明るくて、いつもグループの中心にいるくせに、なんだかふと気付くと誰も知らないところで遠くを見ているようなところとか。
その理由も知れない密やかな孤独感は特有のもので、人知れずその甘い色の髪をゆらゆら揺らして独りでいる様は、まるであの月のようだとも思う。
淡い光をぼんやりと映したその瞳がうっすら細められ、本物の月を見上げて楽しげに呟いた。

「なぁなぁ、そろそろいけそうやと思わん?俺」
「なにが?」
「そろそろ飛べるんちゃうかな」
「また言うてんの、そんなん」
「いやほんまいけるって。25歳なったし」

歳をとったから飛べるようになったのではないかと思うその思考がまずおかしい。
だいたいが、25歳にもなってまだそんなことを言っているのもいい加減アホだと思う。
錦戸は呆れたような視線をその横顔に送る。

「そもそも飛ぶんやったらね、もうちょい痩せなあかんのとちゃうの」
「・・・おまえそれは言うなや。禁句やぞ」
「やってあんたええ加減贅肉ひどいで」
「言うなって!」
「舞台でちょっとは痩せたかと思ったらまた速攻戻ってきとるし」
「あーうっさいうっさい!そない意地悪なセリフは聞こえへん」
「ほんまのことやん」

少し拗ねたように両耳を手で塞ぎ、それでも横山はじっと窓の外を見上げる。
口調こそふざけた冗談めいたものでしかないというのに、その見上げる瞳は瞬き一つしないから、錦戸はなんだかその白い横顔から目が離せない。

それは思えば昔からそうだった。
錦戸が白い横顔をじっと見つめてしまうのは、その恋心以前に、見つめた先の瞳が気付けば遠くを見つめていたからだ。
時には地平の向こうを、時には空の彼方を。
何もないところに何かを見つけようとするようにしている時だってある。
それがどうしてか気になったから、何を見ているのかどうしても気になったから。
見つめている内に気付けば恋心が生まれていた。
そしてそんな頃からずっと、横山は繰り返し繰り返し言っていた。
昔から。
今もずっと。

「あー、そろそろ飛べる思うねんけどなぁ」
「あんた本気出したら飛べるてどっかで言うてたやん」
「・・・その本気がな、なかなか出せへんくてなぁ〜」
「飛ぶのに本気出すなら、その前に痩せるのに本気になった方がええで」
「・・・痩せんくても飛べるわ、その内」
「あー無理無理。この贅肉や無理やって」

内心本気で気にしているからか尖った唇がなんだかおかしい。
錦戸はおもむろに手を伸ばすと、その無防備な白い脇腹をプニと摘んでみせる。
微妙に緩んで柔らかなそれは錦戸の骨張った細い指先に容易く摘まれ、その予想以上の感触に錦戸はまるで子供のように楽しげにツンツンと引っ張ってみせる。

「うーわ、伸びる。なんやこれ」
「ちょ、おま、つまむなって!こら!」
「なんやこの肉。ありえへんやろアイドルとして」
「やめぇって!」
「こんなんじゃ飛ぶとか無理無理。いくらあんたがピーターパン言うても無理やって」
「うっさい!飛ぶゆーたら飛ぶねん!おっまえ今に見てろよ!」

唇を更に尖らせて、ついには骨張った手を叩いて離させる。
そうして息巻きながらそんなことを吐き捨てて見せた横山は、ふいとまた顔を背けて膝を抱えると夜空を見上げてしまう。
錦戸はそれにそっとため息をついた。

「・・・ぜーったい、飛ぶねんから」

冗談やネタにしてはいくらなんでもしつこすぎる。
実際のところ、それは言ってしまえばもう何年も言っていることだから、最早しつこいなんてものではないのだけれども。
恐らくは錦戸の方がネタにしてしまいたかったんだろう。
そんなことをまさか本気で言っているわけがないと。
いや、たぶん本気で言っているわけがないのは本当だけれども、僅かにでもその心にそんな思いがあることすらも全て否定してしまいたかったのだ。
それはその白い横顔が気付くとあまりにも遠くを見ているからだ。
たとえ周りに誰がいても、自分がいても、ふわふわとまるで地から足が浮き上がっているみたいに掴み所のない、そんな目をするから。

遠くを見るその横顔が気になった。
そうして気付けば恋をしていた。
けれども駄目だ。駄目なのだ。
あの遠い夜空に、美しい月の浮かぶそこに、飛んでいくなんて。
もうそんなことを許してしまえる程度の想いではなくなってしまった。

「きみくん」
「ん?」
「なんでそない飛びたいの?」
「んー・・・・・・」

抱えた膝に顔を預けて、横山は少しだけ微睡んだような声で呟く。

「飛んだら見えるかもしれへんから」

たったそれだけの答え。
それ以上は何も言ってくれなかった。
ただぼんやりと窓の外に広がる夜空を見上げるだけ。

何が見えるかもしれないのか。
一体何を見たいのか。
たぶんそれ以上は訊いても答えてはくれないんだろう。
決して短くも浅くもない付き合いで判っていたから、錦戸はそれ以上を問うことはしなかった。
それにきっと、たとえ聞けたとしてもさして意味はなかっただろうと思う。
たぶん聞いてもわからないから。

愛と理解は別物だ。
どれだけ恋して愛していても、全てを理解できるわけじゃない。
むしろ想えば想う程にどんどんわからなくなっていくこともある。
たぶん、横山と錦戸の関係はそういうものなのだろう。
歳を重ねる事に年齢不詳になって、幼い精神性を抱えて、そのくせ沢山のものを抱えるだけ抱えていくその姿は、錦戸にはわからないことだらけだ。
自分や仲間達が歳を重ね大人になっていくごとに増やしたものを全て抱えようとする。
そんなことは無理なのに。
そんなに沢山のものを抱えたまま飛ぶなんて、無理なのに。
抱えるものが昔よりも増えてしまった今となっては余計に。

けれどたとえばの話。
もしも実はその背中に目に見えない翼が生えているとしても。
沢山のものを抱えたまま、翼を広げようとしているとしても。
きっと、やっぱり無理なのだ。
もうこの手がその身体に触れてしまったから。

錦戸はそっと手を伸ばして白い腕に触れる。
夜空を見上げていた顔がふとそちらを見て、きょとんと目を瞬かせる。

「どした?」
「ねぇ、きみくん」
「ん?」
「ねぇ、きみくん・・・?」
「ん・・・?なんや、どした」
「きみくん」
「せやから、なんやって」

黒い頭をその肩にことんと預ける。
横山は不思議そうな顔をしながらも、当然のように逆の手でそれを優しく撫でてやる。
ふわりとしたその感触に横山はうっすら目を細めるけれども、それは錦戸には見えない。
その代わり、錦戸は自分の頭を撫でるその手に自分のものをそっと重ねた。ギュッと握った。
そこにはほんのり熱が生まれた。

「あんたが飛べへんのはね、俺が飛べへんからや」

見えない翼をこの手で掴んで引き留める。
そうでなければ、そうでなければ・・・本当に、いつかここからいなくなってしまいそうだから。
錦戸はその丸い肩に顔を押しつけて、その手を更にきつく握りしめて、ひたすらにその熱を感じようとする。
その肩から伝わる熱のせいなのか、目頭が妙に熱い。

「・・・りょーお、ちゃん」

なんだかやたらと抜けた幼い声がする。
掴んだのとは逆の手がやんわりと錦戸の背中に廻って、子供を宥めるような調子で上下した。

「飛ぶ時は、おまえも連れてったるから」
「・・・きみくん?」
「せやからな、そない泣きそうな顔すんな」
「・・・」
「泣くなって」
「ないてへん」
「泣きそうやん」
「けどないてへん」
「しゃあないなー。もー」

一人で飛んでったら、亮ちゃんが泣いててもすっ飛んでいけへんからなぁ。
そんなことを冗談めいた調子で言って、横山は小さく笑うと錦戸の頭をぐしゃぐしゃとかき回すように撫でた。
その感触が優しすぎてまた目頭が熱くなる。
優しすぎるから、儚く感じてしまう。
この不安は消えない。
一緒にいる限りはいつまでも消えない。
きっと、ずっと、横山はこれからもずっと、空を飛びたいと、そう言い続けるだろうから。

「・・・ほんまやで。あんただけ飛ぶとかずるいねんからな」
「なんやおまえも結局飛びたいんやんか」
「だいたい俺が無理やのにあんたなんてもっと無理やねん」
「おまえまだ言うか。問題は重さやないねんで!」
「重さ以外になんの問題があんねん」

もしも飛んでいってしまったら、自分が泣いても見えないから来てくれない。
天と地で離ればなれになってしまったら、彼が泣いても自分は雨と混じって気付かない。

「亮、・・・りょお」
「なに」
「おまえも一緒、やから」

月を映した瞳がやんわりと撓む。
夜空を見上げていたそれが自分を見下ろす。
そうして更にゆっくりと降りてきて、唇が触れた。
少しだけ濡れたような感触に目を細め、ゆっくりとその頭の後ろに手を廻し固定して、改めて自分から唇を合わせた。

「・・・きみくん」
「ん、ん・・・?」
「ほんなら、約束やで」
「ん・・・」

何度も何度も角度を変えて啄むように合わさる唇。
吐息混じりで紡がれる約束。
合間に絡められる小指と小指。
それは月明かりだけが知っている、儚すぎる約束。
約束なんて横山は何よりも嫌うことを知っていながら、錦戸はそれでも言うのだ。

錦戸は細い両腕で白い身体を掻き抱いた。
見えない翼を絡め取るように。
詮無い想いを込めるように。

どうかお願い。
この先何があったとしても。
決してひとりではいかないと、約束して。











END






一日遅れでユウユウお誕生日おめでとう記念亮横!・・・お祝い?
久しぶりに幸せな亮横をね〜・・・と思ってたのになぁ。
どうしてもすれ違い気味で切ない気味で未来の見えない感が漂うカップルですね。
そんなんが好きなのでどうしても。
ていうかなんか横亮っぽいよね!(笑)
最近どうにも錦戸が彼女っぽくなるよ。まぁいいんじゃないかな。それでも亮横です(頑なに)。
なんだかんだと私は錦戸亮に裕さんを幸せにしてあげてほしい。錦戸さん頼みますよ!
というわけでユウユウ25歳おめでとう!若人とお幸せに。
(2006.5.10)






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