赤い糸










「・・・・・・何してんねん、おい」

さっきから自分の左手をとって何やらごそごそと不審な動きをしていた内を、錦戸は面倒くさそうに眉根を寄せてようやく見咎めた。
いつも自分には理解できない思考回路と行動をとる、まさにアホの代名詞とも言うべき奴のすることだから、と錦戸は最初完全に放置していたのだが。
そんな中不意に感じた、小指が軽く締め付けられるような妙な違和感。
思わずちらっとそちらを見れば、内はファンの子が見たら思わずうっとりしてしまいそうな真剣な表情で、錦戸の小指に何やらリボンのようなものを巻き付けていたのだった。

内の骨張った長い指がリボンの先端を摘むとキュキュ、とちょうちょ結びを完成させる。
錦戸の小指に真っ赤なそれがひらりと流れる。
確かそれはさっき内が買ってきたケーキの箱を結んでいた代物のはず。
そこまで思い至り、せやから何をしてんねんボケ、と錦戸は低くそう言おうとした。
けれどもその寸ででさっきまで真剣そのものだった内の表情がにっこりと満面の笑みを浮かべたものだから、出端を挫かれてしまう。
なんだかとても満足げで、まさに何かをやり遂げたといった感じのそれ。

「よっしゃーできたー!」
「・・・あ?」
「ほらほら亮ちゃん、見てみ!かわいいやろー?」
「・・・何が」

錦戸にしてはそれなりに色々我慢しつつ、言葉少なに先を促してみた。
これでも一応自分の方が二つも年上なのだ。
少しは寛容に見てやらねば・・・。

「何がて!ほらほら、リボン!ちょうちょ結び!亮ちゃんかわええ!」
「・・・どうでもええけど日本語喋れ」
「せやから亮ちゃんがかわええねんてば!リボンと亮ちゃん!かわええ〜!」

しかしながら錦戸の我慢の限界はあっさりと訪れた。
やはり我慢は身体にも良くないのだ。
特に我慢など無駄だとしか思えないようなこの年下の恋人相手には。
そうして錦戸は結局いつも通り、内のそのピヨピヨと擬音の出そうな頭を思い切り手で叩いた。
しかも赤いリボンが小指に結びつけられた左手で。

「アホ黙れ!ええからこの状況を説明しろボケ!」
「あいたっ!あー怒ったー!なんでやー!」
「おまえの存在がアホすぎんねん。・・・なんやこれは」

低く呟きながらじろりと睨むように内を見て、赤いリボンで結ばれた左手の小指を見て、再び内を見て。
錦戸はその先を促すように視線を送り続けたけれども。
結局その視線の真意など内のヒヨコ頭には伝わりはしない。
大好きな錦戸から何かを期待されている、程度の認識なのだ。

「あんなー、あんなー、それなー、赤い糸っ」
「・・・・・・ああ?」
「せやからぁ、赤い糸やねんでーそれー」

ニコニコと甘いマスクに甘い笑みをこれでもかと浮かべた内はなんだか得意げにそう言って、小首を傾げてみせる。
錦戸は思わず「きしょっ」と呟いたけれども、それはグループのメンバー誰もが「かわええねぇ」と称する末っ子のお得意スマイルだ。
それを向けたら誰しもから、頭を撫でられるか肩を抱かれるかこめかみにキスされるか尻を揉まれるか、とにかくセクハラの嵐が巻き起こる程のそれ。
内心では錦戸とて可愛いと思わないではなかったが、言うと調子に乗るから絶対に言わないでおくのが常だ。
そうして敢えて言おうとしないから、逆に毎度無愛想で横暴な態度になる。
だからそういう意味では案外判りやすいのが錦戸亮である。
そして意識してかそれとも無意識でか、内はそれをちゃんと判っている。
だから錦戸に何を言われてもどんなことをされても決してへこたれない。
愛されることが日常である末っ子は、だからこそ他人からの愛情に敏感で、その本質を決して見誤らない。

「ほんま救いようのないアホがおるな。ちょっとは成長しろ。せめて救えるアホになれ」

そう呆れたように言ってさっさと小指のリボンを外そうとする錦戸の手を慌てて握って遮ると、内は身を屈めて錦戸をじっと覗き込んだ。

「あかんて亮ちゃんっ」
「せやからなんやねん!」
「外したらあかん!」
「うっさい鬱陶しいんじゃ!」
「せやから赤い糸やのに!」
「何がじゃボケ!」
「それはな、俺と亮ちゃんを結ぶ赤い糸やねん!」
「・・・・・・」

真剣そのものな表情に錦戸は思いきり眉根を寄せて、もう一度ちらりと自分の小指を見る。
そこにあるのはやはり安っぽいそこら辺にありそうな赤いリボン。
さっき食べたケーキを包装していた代物。
今度は無言でリボンを解きにかかった。

「あっせやからあかんー!やめてー!」
「ええ加減にせぇ。しばくぞ」
「しばかんでー!俺そんな趣味ないー!」
「俺かてないわ!」
「えっでも亮ちゃんはえむ、ぐぐぐぐぐっ」
「黙れ。縛ったろか」
「ん、やっぱり、むぐぐぐぐぐっ」
「もうええほんまにもうええ。お前はそのまま死ぬとええ」
「いややー!亮ちゃんを置いて死んだりせぇへんもんー!」
「むしろ置いてけ」

いい加減呆れ果てた、とばかりに錦戸は口を押さえ込んでいた内を放り出して立ち上がろうとする。
けれども片脚を立てて起きあがろうとした身体は逆方向からの力を受けてすぐさま引き戻されてしまった。
骨張った指先に手を掴まれて引っ張られる。

「っ、おいっ・・・」

急なことに思わず体勢を崩し、錦戸は一瞬目を瞑った。
けれどもその身体は固いフローリングの床には落ちることなく、細い腕と薄い胸板に抱き込まれてしまう。
最近内がつけている香水の匂いがふわんと鼻をくすぐって錦戸は思わずそちらを見上げた。
そこにはにこりと甘く綺麗に笑う内の顔があった。

「置いてなんかいかへんよ」
「・・・」
「俺は亮ちゃんと一緒におりたいもん」

きゅう、とまるで子供がしがみつくみたいに抱きしめられた。
錦戸は呆れたようにため息をつきながら軽く腕を回してやる。
身長では随分昔に抜かれてしまったけれど、細さは今でもさして変わらない。
お互いいつまでも細く頼りない身体を互いに支え合うようにして抱きしめ合った。
錦戸が自分から少し力を込めてやると、その耳元を内の嬉しそうな声がやわやわとくすぐる。

「亮ちゃーん」
「・・・なんやねん、そんで」
「せやから赤い糸やねん、それ」
「せやからさっぱりわからんねん、それが」
「あんな、横山くんが」
「は?」
「横山くんがな、言うてたん」

何か不穏な名前が出てきた、と錦戸は思わず眉根を寄せて顔を上げる。
あのしょうもない最年長はまたこのアホに余計なことを吹き込んだのか、と。

「人間は誰だって小指が赤い糸で引っ張られてんねんてー」
「・・・横山くんが言うたんか」
「おんっ。ロマンチックやんな〜」
「アホや。ただのアホや」
「あっ、またそんなん言うてー」
「あの人もお前もアホやねん。ほんまアホばっかや」
「なんでやのっ。赤い糸はほんまにあるのに」
「あるかボケ」
「あるて!」
「見えへんわそんなん」
「せやからほら!見えるやん今!」
「・・・・・・お前、もしかして、安っぽいコレのこと言うてんのか?」

さりげなく未だ錦戸の左手の小指に結びつけられた赤いそれ。
ご丁寧に可愛らしいちょうちょ結びで。
それは見れば見る程に、錦戸的に言えば「アホっぽい」代物だ。
何せそれはついさっきまでケーキを包装していただけのものなのだから安っぽいのは致し方ない。

「お前なんや、その赤い糸とやらはこんな安っぽいモンなんか?」
「あー、それもそうやねぇ」
「ナメとんのか。冗談やないわ。こんなんお前、洗濯でもしたら一発でヨレヨレやで」
「赤い糸は洗濯したらあかんよ亮ちゃん」
「そういう問題やないわ」
「もー、亮ちゃんワガママなんやから〜」

でもワガママな亮ちゃんも好きやでー、なんて。
キラキラした笑顔でそう言ってのけた内の頭を無言で一発叩くと。
錦戸は更に無言で小指に結びつけられたリボンをあっさり解き、それを適当に放り投げた。

「あっ、解いたー!ひどいー!解いたー!」
「こんなんで結ばれて堪るか」
「せっかく上手く結べたのにー!」
「・・・こんなんで結ばんでも、一緒におるやろ」
「え?」

ぼそ、と呟かれて内は一瞬きょとんと目を瞬かせる。
錦戸はそれにひどくばつ悪そうに視線を逸らすと、いっそ頭突きをする程の勢いでその黒い頭を薄い胸板に押し当てた。
暫くぱちぱちと目を瞬かせた後、内はまるでとろけそうな笑顔を浮かべて錦戸の黒髪をひたすらに撫でた。
うれしいうれしい、とまるでそんな気持ちを伝えるみたいに。

「亮ちゃん亮ちゃん」
「・・・なんや」
「目には見えへんけど、信じてくれる?」
「なにを」
「見えへんもんやから、せめて見えるようにしたら信じてくれるかな、て思ってんけどな?」

頭を撫でられる感触に何となく大人しくしていた錦戸だったけれど、内の何気ないその言葉に内心ドキリとする。
何も考えていないように見えて、その実考えている。
錦戸の気持ちや考え方や、些細な不安を。
内は決して頭は良くないけれど、その時だけは頑張って考える。
錦戸が少しでも不安にならないようにするためには自分には何が出来るかと考える。
その結果は必ずしも正解ではないかもしれないけれども。

「・・・ほんまアホやな、お前は」
「えーなんでやー」
「アホが余計なこと考えるからアホなことになんねん」
「アホアホ言わんでっ」
「俺をナメんな。あんなもんに頼る程アホやない」

必ずしも正解ではない。
けれどもその過程が錦戸には愛しい。
そして自分ならばどうするだろうかと考える。
結局そうして互いが互いのことばかり考えている。

「目に見えへんくても、ちゃんと判っとればええねん」

そう言ってふっと笑いかけてやったら、また甘やかな笑顔が錦戸に花咲いた。

互いばかりを見て、笑って、考えて。
赤い糸はいつだって、お互いを引っ張り合っている。










END






ぺんこに亮横を書いてもらう代わりに初めて書いた内亮。
本来私どちらかというと亮内なんですけども(笑)。
でもまぁ書いてみて思ったのが、どっちでも自分で書く分にはあんま変わらないなーという(笑)。
たぶん亮内書いてもこんな感じでですよ私の場合。
ぴろきの方が亮ちゃん好き好き大好きで、押せ押せで、錦戸があーうざいうざいて感じで、そのくせ実はめっちゃ好きなんだよ。
まぁそんな感じです。掛け持ち組はなんか普通にラブいな。
(2006.2.5)






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