Venus don't say










「おーくらー・・・・・・あれ?」

用事を済ませて楽屋に戻ったが、そこには後輩の姿は既になかった。
代わりにちょうど着替えを済ませて帰り支度をする滝沢がいるだけ。
大倉、これからメシ行こうや、と。
そう続けようとした言葉はそのまま音になることもなく飲み込まれ、その代わりに小さく呟くような声が零れた。

「・・・タッキーだけ?」
「うん。あ、なんか約束してた?」
「や、ちゃうけど。メシどうかなーて思って」
「そっか。ついさっきまでいたんだけどさ、急ぎの用事ができたんで、ってバタバタ出てっちゃったよ」
「なんやあいつ」
「横山くんによろしく言うといてくださいー、て軽く頭下げられたよ。律儀だよな、大倉って」

あまり似ていないあののんびり口調を真似てそう言いながら、まさに正統派とも言うべき整った顔が小さく笑う。
横山もよく面倒見がいいとは言われるが、それを更に上回る、後輩に対してはまさに博愛的面倒見の良さを持つこの男には、大倉の素直で礼儀正しい様は好感が持てるのだろう。
それに曖昧に笑い返しながら、横山はあの図体の大きな後輩のぼけっとした顔を思い浮かべて呆れたように言った。

「あいつタッキー大好きやからな」

返しとしては端的な上にいまいち噛み合っていないそれに、滝沢は軽く首を傾げながら苦笑する。

「なんだよそれ」
「俺にはいつもそんなええこちゃうもん。めっちゃ猫かぶりやわ」
「そう?あんま裏表とかなさそうなのにな」
「裏表があるっちゅーわけやないけど。タッキーにはええこでおりたいねんて」

当人が聞いていたら、「もう!横山くんまた余計なこと言うて!やめてくださいよー!」とあのほっぺたを膨らませて非難されるだろう。
がたいがよくて黙っていれば十分男前に見える割に、やたらとのんびりと愛らしいと言っても過言ではない空気を醸し出す後輩の様子を思い浮かべ、横山は唇の端を上げる。
そんな横山の様を随分楽しそうだなと単純に思いながら、滝沢は同じように後輩を思い浮かべて素直に言った。

「別に普通でいいのになぁ。そんな意識しなくても、大倉はいいこなんだから」

当たり前のように呟かれたそのセリフに、けれど横山はふっと目を細めて首を傾げる。
そして今さっきとは違う角度からその顔を眺めてみた。
こうして見てみればもしかしたら違ったように見えるのか、それとも同じなのか、確かめるように。
結論としては同じでしかなかったのだけれども。

「タッキー、て、さぁ」
「ん?なに?」
「モテんのわかるわ」
「は?」
「さすがやなーて」
「なに?」
「乙女心をわかっとるなー」
「はい?ちょっと判るように言ってもらえる?」

うんうん、と至極納得したように大袈裟に頷く横山に滝沢はあからさまに怪訝そうな顔をする。
実は意外と長い付き合いにもなるこの関西の友人に関しては、滝沢には未だに判らないことが多い。
そこら辺、同じ関西の友人であるあの社交的な彼や小柄な彼程には、その深い所で接しているわけではないからしょうがないとは思うのだけれども。
根本的に自分とは思考形態や性質が違いすぎるようで、その発言一つをとっても滝沢にはよく判らなかったりする。
けれどそれは横山にとっても同じで、更に言えば横山にとってみれば滝沢は生きる世界からして既に違うという意識があった。

「意識して言うわけやないからええねやろなー。元々の性質なんかな。すごいわ」
「もうちょっと噛み砕いてくんないかな、横山」
「せやからタッキーがモテるんはわかるなって話やん」
「なんでそうなんの?」
「俺もいいこって言われたいわ」
「誰に?」
「せやからタッキーに」
「・・・なんで?」
「せやからそこら辺の乙女心はわかってや、タッキー。大倉はよくても俺はだめやなんて」
「誰が乙女だよ」

全く、面白いけどよく判らない奴。
滝沢は呆れたように笑いながらもそんなに悪い気はしなかった。

横山とはそう頻繁に会うわけでもないし、一緒に出掛けるようなこともない。
付き合いの長さを考えればもうちょっとあってもいいくらいの。
だからこそ滝沢は今回の舞台で横山と接する機会がかつてなく増えていることが内心嬉しかった。
これを機にもう少しお互い距離を縮められたらいいな、と。
単純にそう思っていた。
別に隠しているわけでもないし訊かれれば普通に答えていることだが、滝沢は横山にはそれなりの好意を持っていた。
ふざけておちゃらけた言動が多いかと思いきや、責任感は強いしその実はシャイで優しい。
そして何より、周りの大事な人間達をある種の自己犠牲すら伴って守ろうとする姿は、本人は照れ屋だからひた隠そうとするけれども滝沢はちゃんと知っていて、そんなところはその実尊敬すらしていた。
それは共感と言ってもよかったかもしれない。
滝沢もまた大事な人間を守るためならば何だって厭わないから。
横山となら、村上とはまた違った関係を築けるのではないかと滝沢は内心思っていて、だからこそ今のこの舞台期間はそういう意味でも楽しみだったのだ。

そうしてこの舞台中ますます思うようになった。
横山は見てないようで意外と見ている。
座長である滝沢をひたすらに立てて、かと思えば年若いジュニア達の面倒も見て。
時には滝沢を雲の上の存在のように見ては緊張して話すこともできない幼い子達との橋渡し役にすらなっている。
村上が以前「ヨコにはついつい頼ってまうねん」とさりげなく言っていたのを思い出す程に。

「俺、横山好きだよ」

そんな思考から出た言葉は唐突ながら滝沢の本音であり、素直なそれであり。
特になんのてらいもなく向けられた。
けれど当の横山はその切れ長の目を少しだけ驚いたように瞬かせる。
滝沢の顔を確かめるようにそれを何度か繰り返して、それからふっと息を吐き出しておかしそうに笑った。

「さっすが」
「だからなにが」
「ストレートやわ。乙女心にキュンとくる」
「そりゃよかった」
「罪な男ってタッキーみたいなんを言うんやろなぁ」
「お前ね、さすがに買いかぶりすぎだから」
「やってタッキーやもん」
「褒められてんの?」
「そら、タッキーを落とし込んだりはせぇへんよ。みんなに怒られてまう」

そう言って目を細めて微笑む表情。
やけに白くて柔らかそうな頬を緩め、厚みのある唇の端を上げるその様は、純粋に綺麗だと思う。
舞台のためにいつも明るい色の髪を黒くしたせいか、少し大人っぽくも見える。
元々自分と同い年には見えないくらい、黙っていれば大人びた容姿をしているのだ。
けれど普段の言動や行動のせいなのかあまりそうは見られない。
滝沢はそれを単純に勿体ないと思うし、同時にそれこそが横山の魅力なんだろうとも思う。
ただ何となく滝沢が思うのは、あまりそういうところを自分には見せてはくれないということ。
そう、やたらと至る所で「憧れてるから未だに緊張する」なんて言う割には、実際のところそんな様子を見たことはない。見せない。
だから滝沢は訊いてみた。
この際だ、と割に軽い気持ちで思って。

「じゃあお前は?」
「んー?」
「俺のこと好き?」

冗談めかして笑いながら。
けれど別にふざけて言ったわけでもない。
好意を持った人間にはやはり好意を持っていて貰えたら嬉しいのは当然で。

「・・・たっきー?」

横山の言葉はやけに舌足らずに響いた。
そういう物言いがその容姿を裏切って幼さを印象づけるのだ。
たとえばシャイな性質から来る照れ隠しの言葉なんかは、その妙な幼さを伴って人に庇護欲みたいなものを抱かせる。
けれども、そのくせやっぱり滝沢には見せようとはしない。

「あかんて」
「なに?」
「俺タッキーに恋したらどないすんの」

あかんであかんで、ライバル多すぎやん、と。
冗談めいてぶつぶつと呟く様はまるで子供のようだけれども、なんだか違う。
たとえば横山と誰より深い所で繋がっているであろうあの関西の友人二人や、たとえば先程帰って行った大きな身体の後輩や。
彼らに対するものとは、なんだか何かが違う。
けれどその何かはよく判らなかったし、滝沢も特に深く考えようとはしなかった。
そういうものなのだ、と滝沢はただそう思っていたのだ。

「あはは、恋されちゃうか俺」
「しちゃうて。やってタッキーやもん」
「俺そんな好かれてんのか」
「タッキーやもん」
「全部それだな。めんどくさくなったんだろ」
「・・・タッキー、タッキーはそない真実を言い当てたらあかんで」
「あはははは!」

そういうものなのだと。
実はもう10年にもなる付き合いの中でそう思っていた。
同郷の彼らと自分とは違う。
でもそれならそれで、この与えられた機会にその中でも距離を縮めることはできるだろう。
滝沢はそう考えていた。
ただ単純に、ただ純粋に。
それこそ真っ直ぐなその気持ちは、横山をして「タッキーやから」とそう言われるものなのだ。

「ほんなら俺そろそろ帰るわー」
「あー、うん。お疲れさん。今度メシ行こうよ」
「お、ほんまに?ちょお、今からドキドキしてきたわ。・・・じゃ、また明日な」

そう言って笑いながら部屋を出て行った横山の後ろ姿は、そう見ない黒髪と相まってなのか、あまり見慣れないものだった。
ああでも、昔はそれでも黒髪の時代もあったんだと、確か大倉が言っていた。
目の前で閉まった扉をぼんやりと見ながら思い出す。
だから同郷の彼らからしてみればその姿とてそう見慣れないものでもないのかもしれない。
まぁ、そんなものだろう。
滝沢は特に不思議に思うこともなかった。
自分と横山の関係は、距離は、そういうものだと昔から思っていた。
そしてそれらをこの機会に少しでも埋められたらいいと。
「タッキーやから」、そう言われるだろうただ真っ直ぐな好意で。

「・・・焼肉かな」

肉が好きだと言っていたから。
やはりただ単純にそう思った滝沢は、だからこそ知らない。
鈍感なのでもなければ無神経なわけでもなく、ただ知らないだけ。
それは仕方のないこと。
見えないから、見せないから、知るはずもないこと。


閉まった扉のその向こう側の光景。
扉伝いに力なく座り込んだ横山が、小さく俯いて僅か染まった頬でぼんやりと床を見つめていたことなんて。
知るはずもないこと。










END






念願の初滝横。・・・ていうか横→滝。
基本的にうちの滝横は横→滝であります。
一回くらいは両思いで書きたいけど基本はこれ。
裕さんはたきざわさんには恋する乙女だからね。
本人相手には普通に話してる感じするくせに、他の人とか記事ではやたらと憧れてる発言が多いのが萌えです。
てかありえんくらいの恋っぷり。
滝横は裕さんの片思いと基本気付いてなくて友達として好きなたきざわさん、というどうもならん感じに萌えるカプだと思っています。
でもたきざわさんあれで結構裕さん好きよね。興味津々よね。
(2006.3.19)






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