ある冬の暖を取る方法
「さむい」
部屋で身体を丸めるその背中が一段となだらかな曲線を描く様を、村上は至極楽しげに眺めた。
当の本人の顔はご機嫌斜めでつんと唇を尖らせているけれども。
「そら冬やからね」
「さむい」
「今暖房つけたからもうちょっと我慢し」
「さむいんじゃ!」
そうやって癇癪起こしとれば少しはあったかくなるんやないの。
そんなことは思うだけで言わないが。
村上はとりあえず自分の方へちょいちょいと手招きをしてみせた。
「じゃあ、ちょおあっためたろか」
「・・・おまえ、さっぶいこととかエロいことしようとしたらしばくぞ」
「あんたと一緒にせんといて」
「誰がやねん!」
すぐそのさぶいことだのエロいことだのに思考が行くそっちの方こそどうやねん、と村上は思ったわけだが。
まぁ日頃の自分の行いが少なからずあるせいなのも判っていたのでやはり言わないでおく。
「はいはい、ちょおこっちおいで。ええから」
「・・・なにすんの?」
「あったかくしたるから。ほら」
「・・・・・・」
横山は暫し眉根を寄せて村上の顔をじっと窺っていたが、やがておずおずと四つん這いで村上に寄ってくる。
その微妙に警戒している様と寄ってくる様がまるで野良猫のようで、村上は思わずくすりと笑ってしまう。
そして床にあぐらをかいた自分の前に横山が寄ってきたのを確認すると、置いてあった貼るホッカイロを手に取り、それを剥がしながら笑顔で言ってのけた。
「じゃ、脚開いて?」
「・・・・・・は?」
「脚。開いて」
「・・・・・・宣言通り、しばいてええよな?」
「なんでやねん。なんもさぶいこととかエロいこととかしてへんやんけ」
「今しようとしてるやんけ!」
「してません。あんた自意識過剰ですよ」
「なんやとコラ」
まるで猫が威嚇するにも似て凄んでみせる白い顔。
それを見て村上はホッカイロを持ったのとは逆の手で、今はジャージに覆われた白い脚の内側をぺちんと叩いてやった。
「ええから脚開け言うてんねん。ほら」
「な、なんでやねん、説明しろ」
「せやからあっためたる言うてるやん。・・・ああ、次はそれ脱いでな」
「ぬ、脱げやとー!?」
「脱がなできひんわ。ほら、脱いで脚開け」
考えてみれば凄い台詞だ。
事実横山は若干押されてしまって、さっきの凄んだ顔も台無しといった様相できょとんとしている。
実は村上はそれを判って敢えてこういう言い方をして楽しんでいるので、そんな恋人の様が内心面白くて仕方がなかった。
「ほら、脱げって」
「ちょ、でも・・・」
「脱がんなら、脱がすで?」
「まて!それはやめろ。・・・ちょおまてよ、・・・」
横山ははっきり言ってよく判っていないのだけれども、何となく村上の物言いに押されて渋々ジャージの下を脱ぎ始めた。
それを見て村上は思う。
・・・色んな意味で危なっかしいやっちゃな。
自分で言っておいてあんまりな感想だが、思ったものは仕方がない。
「・・・・・脱いだで」
「よしよし。寒いやろー?ちょお待ってな」
「なんやの・・・」
ジャージを脱ぎ捨てると、抜けるような白さを湛えた両脚がその場に現れる。
少し長めの上着からすんなりと伸びたそれは、やはり日頃陽に当たらないからか他の部分よりもなお白く、何とも言えない丸みを帯びていて、決して細くはないのだけれども妙に女性めいていた。
横山は肌寒さと少しのいたたまれなさに眉根を寄せてじっとしている。
膝を抱えて寒そうにしている様が実際可哀相なので早く暖めてやろうと思いながらも、村上がのたまった台詞にはやはり少し問題があった。
そして当の村上はやはりそれを自覚して言っている。
「ヨコ、脚開いて。こっちに」
「・・・せやから、なんで」
「開いてくれへんとできひんて言うてるやん」
「いやや」
「ええから開けって」
「へんたいや」
「お前が寒い言うたんやんか」
「寒い言うたけどこんなんしろなんて言うてへん」
「せやからあっためたるって。・・・じゃ、勝手にやるで?」
「ちょ、いややって言うてるやんほんまやめろって!」
「せやったら開け」
「・・・・・・へんたいや。へんたいや」
今日のヒナ、変や。
横山は内心ちょっぴり不安な気持ちになっていた。
そして村上はそんな内心に気付いた上で敢えてそういう言い方とやり方をしていた。
つまりはそういう展開を楽しんでいるわけだ。
すばるをして「ほんま性悪やこいつ」と言われる所以がここにある。
それは横山も当然判っていることなのだけれども、恐らく寒さのせいであまり頭が働いていないのだろう。
つまり現状を若干極端に述べるとすれば、今の横山はまんまと村上のおもちゃにされているのだ。
「はいはい、そんな感じ。・・・あ、いや、もうちょっとかな」
自分の目の前に座り込んで真っ白い両脚を恐る恐る開いていく様が楽しくてしょうがない。
冬は自分向きの季節だなぁ、と村上はしみじみ思う。
他の季節よりも横山が若干弱って素直になるからだ。
たぶん夏だったら、こんな風に困った様子で自分に向けて脚を開くなんてありえないから。
「もうええやん・・・開いたやろ」
「もうちょっと開いてくれへんとできひんかも」
「・・・さむい」
「せやから今あっためたるって」
「はよしろって・・・」
なんだこの空気は、というのが横山の正直な感想だった。
単に寒くて、それを暖める、とかそういう展開だったはずなのに。
なんだかこれじゃ・・・そういう時みたいだ。
ああやっぱりしばいておけばよかった、と若干後悔しつつ、寒いことに変わりはないのでとりあえず早く何とかしてほしい。
しかし横山はこんな俗に言うM字開脚と呼ばれる体勢までさせられておいて、実際村上が何をしようとしているか未だに判ってないのだ。
逆を言えば判らずここまでやっているわけで。
自分で言っておいて村上が危なっかしいと思っても致し方ないのかもしれない。
「・・・よしよし。じゃあ貼るなー」
「貼るて・・・ホッカイロ?」
「そうそう。あんな、太ももの内側て太い血管が集まっとるから、そこにホッカイロ貼るとすごい効くねんて」
「あ、そうなんや」
「せやから貼ったるな」
「おん」
なるほど。そういうことか。
横山がホッとしたように納得して頷いたのを見て、村上はこっそり笑う。
確かに最初からそれをするだけのつもりだったのだけれども。
あんまりにも楽しい反応をするからついつい余計な時間をかけてしまった。
村上は、周りが言う程に自分がいわゆる「いいこちゃん」ではないことを知っているので、別に大した罪悪感は抱かないのだけれども。
このくらいはまぁ、かわええ悪戯やんね。
にこりと笑うと、横山が不思議そうな顔をした。
「じゃあ、貼るから・・・ちょおごめんな」
そう言って身を屈めて横山の内股に手をかける。
突然触れた手の温かさに反射的にぴくっと反応するそれを一度するりと撫でてみる。
そのままの体勢でちらりと見上げたら、少しだけ紅潮したような白い顔と視線がかち合ったから、とりあえずふふっと笑いかけて。
え?と目を瞬かせる横山を後目に、その柔らかで弾力のある白い内股にちゅっと唇で触れる。
「なっ・・・」
しかし口を挟む隙は与えず、すぐさま手にしていたホッカイロを貼ってやった。
「よーし、できた」
「おまえ・・・」
「ほら、暖かいやろ・・・・・っていたっ!いたいがな!いたたたっ!」
ようやくの反撃とばかりに思い切り頭をグーで叩かれた。
横山の顔は更に紅潮して眉根がぎゅっと寄っている。
それだけ赤くなってたらもう寒くはないやろ、と村上はぐわんぐわんと頭を揺らされながら思ったりした。
「エロいことすんなて言うたやろが!このへんたいが!ふざけんなよほんまに!」
「いたたたっいたいてヨコっごめんごめんやっておいしそうやって・・・・・わるかったから叩かんといて!」
「おまえ最初っからそういうつもりやったやろ?なぁ、そうやろ!?」
「まぁまぁ、ええやないですか。あったかくなったでしょ?・・・って、いたいって!もうかんべんして!」
「へんたいは死ね!」
とりあえず、二人とも暖かくなったので結果オーライということで。
END
メモからの再録SS。
なんですかこれは。村上セクハラ編?
いやね、太ももの内側にホッカイロ貼ると暖かいのはほんとらしいですよ。
それを雛横でやってみたかっただけなの(それもどうか)。
ちょっとサドっ気の片鱗を見せる村上信五でした。
(2006.2.5)
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