ねがいごとひとつだけ 2










村上の家に泊めて貰った丸山は、翌日そのまま村上と一緒に雑誌の撮影に向かった。
控え室に入ると既にそこにはほとんどのメンバーが集まっている。
丸山は自分達二人に一気に注がれる視線に思わず反射的に足を止めてしまった。
けれどそこには丸山が想像していた人間のものはない。
咄嗟に部屋を見回すけれど、彼の姿は見あたらない。彼だけがいない。
いつもなら村上と並んで早く来ているのに。

「おっ、同伴出勤か?」

そんな、さも面白そうな声はソファーに転がって雑誌を読んでいた横山のものだ。
いつもならほとんど一番に来ている村上にしては遅い時間だったし、その村上が珍しく丸山と一緒に来ているのだ。
横山からすれば朝一番の面白いネタなのだろう。
ニヤニヤと二人を交互に見ると悪戯っこのような顔で笑う。

「なんや昨日はお熱い夜かー?」

丸山は内心来た・・・と思った。
それは少し前に横山発信で妙に流行ってしまった、村上と丸山が付き合っている、というくだらないネタのフリだ。
さすがに沈静化したと思っていたのに今更また蒸し返す辺り、意外とネタにはしつこい横山らしい。
いちいちそれに反応するから余計に調子に乗るのだとはわかっているのだけれども、丸山は思わず困ったように眉を下げる。

「ちょ、なに言うてはるんですかー」
「おーマルちゃんだいじょぶか?こいつしつこそうやしなぁ〜」
「ほんまやめてくださいってっ。
昨日はそのー、俺が終電逃してもーて、ほんで降りた駅が村上くんちの最寄り駅やったんで・・・迎えに来て貰って、そんで泊めて貰っただけなんで・・・」
「ほー。そんで食われてもーた、と」
「ちゃいますって!」

ただでさえ、昨夜は申し訳ないことに呼び出した挙げ句に泊めて貰い、なおかつみっともない所まで見せてしまって。
丸山本人としてはとてもいたたまれないことなのだからとりあえず放っておいてほしい。
けれどもそんな内心とは裏腹に横山はさも楽しげにけらけらと笑い、また同様に周りのメンバーも笑っている。
思わず丸山が隣を見ると、村上は気にした様子もなく穏やかに笑って荷物を適当に降ろしていた。

「アホやね、横山さん」
「あ?」

さらりと呟かれた言葉に横山が怪訝そうな顔をする。
村上はそれにニコリと人懐こく笑いかけると、さも平然と言った。

「俺は段階を踏む方やからね、いきなりそんなんしません。そういうんは何事も紳士的に行きたいしね」

予想だにしない返しに横山はきょとんと目を瞬かせている。
代わりに丸山が目を白黒させて咄嗟に口を挟む。

「ちょ、村上くん?」
「せやから昨日はほんまに泊めたっただけやで?・・・なぁ?マルちゃん?」
「え、え、えー・・・?」

なに言うてんの?この人・・・。
丸山は軽く混乱する頭を持てあます。
何と言ったらいいのかも判らず慌てる丸山を安心させるように笑いかけてやると、村上は未だきょとんとしていた横山に向かってこれまた笑った。
けれどその笑みは少しだけ意地悪げなそれ。

「・・・むしろ、そちらさんの方がね、昨日は大変やったんとちゃいます?」

くすくすと楽しげに呟かれたその言葉。
横山の表情が途端にサッと変わった。
丸山から見た真っ白い頬に少し赤みが差したような気がしたのは、たぶん気のせいではなかっただろう。
すぐさま耳の後ろ側の辺りに手をやって何かを隠すような仕草。
そしてばつ悪げな表情。
最後に村上の方を軽く睨め付けるように見た視線。
丸山は気付かなかったが、横山の後ろで髪をセットしていた錦戸の肩が派手に戦いたのもまさに村上の言葉を肯定しているに他ならなかった。

NEWSの仕事で東京に行っていた錦戸が昨日一日早くこっちに帰ってきて横山と会ったことを、村上はちゃんと知っていたのだ。
そして久方ぶりに会った二人の夜がどの程度のものだったかということも想像くらいは軽くつく。
むしろグループ内の事情で村上が知らないことの方が少ない。
ただ普段そういうからかい方をすることが滅多にない村上だけに、横山も油断していたのかもしれない。
つまりは、今村上はそれをしてでも話題を逸らしたかったのだ。

丸山がじっと村上を見る。
村上はちらっと視線だけで返して笑っただけだった。
それは随分と優しい笑みだった。
よく判らなかったけれども何となくホッとして、丸山の表情にも自然と笑みが浮かぶ。
けれども。

「・・・あ、せや、大倉」

横山がぽつりと呟いた言葉に、丸山の表情は途端に強ばる。
ゆっくりとそちらを見ると、横山は身体を後ろに倒してソファーに預けながら何でもないことのように言う。
今度は自分が話題を逸らそうとしているのかもしれない。

「マル、おまえ昨日大倉と飲んでたんやろ?俺と錦戸も飲んでてんけど、最後の店で大倉に会ってん。
ちょうどおまえが帰った後やったみたいで一人やったで。あいつちゃんと帰れたんかな。・・・そういや遅いなー?」

一人ペラペラと話される内容は、さも自然な流れで微妙に違う方向へと話を転換させようとするものだったけれども。
丸山にはそんな横山の思惑などよりも、その事実の方が問題だった。

「大倉と、会ったんですか・・・?」
「おー、なんや一人寂しく飲んどったからな。
元々最初は俺から誘ったのに断って悪かったし、おごったるから一緒に飲むかーて言うてんけどな。
結局明日も早いし帰る言うて、あいつすぐ帰ってもーてん」
「そう、なんですか・・・」

それで繋がった。
昨夜の大倉の電話口での様子。
それは所詮想像でしかないけれども、たぶんそういうことだろう。
丸山が帰った後、一人ぼんやりと飲んでいた大倉の元にやってきた、横山と錦戸。
別に二人が一緒にいる所なんてよく見るし、プライベートでのそれも然りだ。
けれどもきっとタイミングが悪かった。
いつになく気持ちの沈んでいた大倉にはタイミングが悪かった。
きっとあの穏和な笑顔の裏に沢山のものを堪えてその場を後にした大倉の気持ちは一体どんなものだったのだろう。
丸山には想像するしか出来なくて歯がゆくて、思わず眉根を寄せた。
ただ確かに判るのは、あの電話口での弱った声。
・・・そして結局自分はそれを受け止めきれなかった。

「しかしほんまに遅いなあいつ。もう遅刻やで」

ちらりと時計を見てそんなことを言った横山の声の調子は、もう話題を逸らすだとかそういうものでもなく、ただ単純に未だやってこない大倉を気にしているようだった。
そうだ。
大倉も村上と並んで朝が早いメンツなのだ。
だいたいがいつも、一番に村上が来て、次に大倉が来て、というのがお決まりだというのに。
時計の針がもう集合時間を僅かに過ぎているにも関わらず、未だ姿を現さない大倉。
丸山の鼓動が一気に落ち着かなくなる。
どうしたんだろうか。
何かあったんだろうか。
いや、何か、なんてとっくにあった。判っている。
昨日の夜傍にいてやれず、その弱った声も受け止めてやれず、自分は一体何をしているのか。

「・・・あ、あの、俺ちょっと連絡・・・」

思わずポケットに入れた携帯を取り出しながら部屋を出ようとすると、目の前の扉がゆっくりと開いた。
そこには今まさに思い描いていた長身があった。

「お、大倉・・・」

思った程ではなかった。
けれども丸山は知っていたから判ってしまった。
そのサングラスの奥の、少し腫れた目。

「・・・あ、おはよ」
「おー、おはよ・・・」

何となくぎこちなく挨拶を交わすと、大倉はスッと丸山の横を通りすぎて室内の他のメンバーに向かって少しばつ悪そうに頭を下げた。

「すいません、寝坊しました」

それに横山がからりと笑ってヒラヒラと手を振る。

「珍しいなー。大丈夫か?二日酔いか?」
「あー・・・まぁ、そんなとこですね。こうならんように切り上げたつもりやったんですけど」

大倉はサングラスもとらずにうっすら笑ったような気配でそう言った。
その様子が、想像のしすぎなのかもしれないけれども、丸山は見ていられなくて内心落ち着かなかった。

強い男だと思っていた。
自分なんかよりも余程強い男なのだと思っていた。
けれど強いだけの人間なんていない。
大倉がその叶わぬ恋に今確かに傷ついているのは事実だ。
丸山は思わずにはいられなかった。
できればもう、裕さんとは話さないで欲しい。
大倉にこれ以上傷ついて欲しくなかったから。
そして、自分も傷つきたくなかったから。

我知らず手をぎゅっと握りしめる丸山に気付いたからかなの、どうなのか。
視界の端で村上が動いたのが見えた。
無言で大倉の元に行って、じっとその顔を見つめている。
大倉は何かと不思議そうだ。

「村上くん・・・?」
「・・・大倉」
「あ、はい・・・」
「お前、遅刻やぞ?判っとるか?」
「あ・・・はい、すいませんでした。以後気をつけます」

その言葉には、確かに咎めるような険が含まれていて、大倉は慌てた様子でもう一度深く頭を下げる。
確かに数分とは言え遅刻は遅刻だし、怒られても仕方がないことではある。
しかも相手は先輩なのだから。
これは仕事だ、同じグループだからと言って甘えは許されない。
大倉は内心そう思って素直に頭を下げたが、それに丸山は内心もしかして、と思った。
確かに村上はきっちりした男だから遅刻には厳しいけれどもそれ以上に気を遣うタイプだから、こんな風にメンバーの前であからさまに言うようなことはしないように思える。
だからむしろその真意は違う所にあるのではないか。
なんだかそれが昨日の自分の醜態に繋がる気がして、丸山は思わず口を挟みそうになった。
結局挟める言葉など何も思いつかなかったけれども。

どこか緊張にも似た空気が室内に流れているのにいち早く反応したのは横山だった。

「おい、ヒナ?まぁええやん・・・数分なんやし。反省しとるやろ」

横山の声はさっきのからかうようなものとはまるで違う。
それにちらっと視線だけをやってからまた目の前の大倉に戻すと、村上は今さっきが嘘のようにふっと笑顔を浮かべた。
そして唐突に手を伸ばして大倉の柔らかそうな頬を指先で摘んでみせる。
大倉は思わず目を瞬かせてされるがままだ。

「んっ?」
「顔、パンパンやぞお前。もー酷いで?男前台無しやわ」

摘んだ頬を軽く引っ張りながら声を出して笑う。
それに部屋の空気が一気に緩む。

「時間ないから、はよ顔洗ってき。・・・あ、そこの顔パンパンの子も一緒に連れてったって」

そう言って頬から手を離すと丸山を指差した。
唐突に指名されて思わず大倉を見たら、視線がかち合う。

「二人ともはよ男前になって帰っといで」








近くのトイレに入り、並んで顔を洗った。
お互いそこまで何となく無言だったけれども、同時に洗い終えて顔を上げた所で目の前の鏡に映った自分達の顔が、当たり前だけれどもびしょ濡れで。
それをお互い見たらなんとなくおかしくなって小さく笑ってしまった。
そこでようやく会話が生まれる。
今日二言目の会話。

「・・・顔、戻ったかな」
「どうやろな〜・・・」

タオルで顔を拭きながらお互いの顔を鏡越しに見る。
二人して寝不足や体調不良がモロに顔に出るタイプだからこういう時に困る。
ただ丸山と違って大倉は、その内心がどれだけの状態であろうともそれは表情にはあまり出ないのだけれども。
だから特に表情を変えることもなく、ぽつりと呟いた。

「マル」
「んー?」
「昨日はごめん」
「・・・んー、何が?」
「電話してくれたのに、なんやろくな対応できんで」

鏡越しに見るその表情にはやはり変化はなく、ただ顔をタオルで拭くと、少し濡れた髪を後ろにかきあげて整えている姿があるだけだ。
丸山は自分もガシガシと顔を拭くと一息ついてようやくと言った体で笑った。

「気にせんでええてー。実は俺も昨日終電乗り過ごして、村上くんちに泊めてもらってん」
「あ、そうなんや」
「うん。そんで村上くんと話しとったら、大倉はちゃんと帰れたんかなーて言うて。そんで」
「そっか」
「うん。ちゃんと帰れてたんならよかったわ。こっちこそいきなり電話してごめんな」

そう言ってさりげなく会話を終わらせて、丸山はトイレを出ようとした。
けれども身を翻す前に大倉が呟いた。

「お前にな、めっちゃ会いたくなってん」
「・・・え?」

思わずそちらを見た丸山に、大倉はそれでもただぼんやりと鏡の方を見て言う。
そこに丸山がいるのに、やはり鏡に映る丸山を見て言う。

「あんなきついなーて思ったん、初めてやったから。・・・あの二人さ、意外と普通やねんで」
「普通・・・?」
「そ、普通なん。二人でそこにおるんが極々普通で当たり前、みたいな。当てられるとかそんなレベルやなかったわ」

大倉が何を言いたいのか。
あの二人を見て昨夜何を思ったのか。
それはきっと、絶望的なまでの、手の届かない感覚。
それだけだったんだろう。

「いつも通りお前と一緒に帰ればよかったかもな」

胸を小さな針を刺したような感覚が襲う。
それは昨夜のあの刃のような言葉に近い。
ただ二度目のそれだから、最初に比べれば覚悟があったから少しだけ痛みは小さかった。
それでも痛いことに変わりはないけれど。
思わず胸を押さえたい手を小さく握りしめ、何と返せばいいかと丸山が考え込んでいると、大倉は笑った。

「・・・なんてな、俺ほんまにあかんわ」

それは自嘲気味というよりか、どちらかと言えば自分に言い聞かせるような少し強い調子だった。
鏡をぼんやりと見ていたその視線が丸山自身に向いて、やはり強い視線でじっと見つめてくる。

「お前に甘えすぎやなーて、思った。
ちゃうやんな。お前が甘いんやなくて、俺が甘えすぎやねんな」
「や・・・でもそれは、」

自分がしたくてやっているのだ。
だからそんなことは言わなくていいのに。
けれど丸山が言葉に詰まっている間に、大倉は頷いて先を続ける。

「俺、あの人のことは諦めるわ」
「えっ・・・?」
「まぁ実際諦めるも何もないねんけど。・・・昨日な、なんだかんだと自分往生際悪いやん、って実感してもーたから」

そう言って笑った。
確かに顔は洗ってすっきりした様子だったけれど、目は未だ僅かに腫れているくせに。

「けじめはな、いずれつけなあかんから」
「大倉・・・。ええの?そんで、ほんまに、お前、ええの?」
「今は正直辛いと思うし、ようないけど。・・・いずれこれでよかったと思えるようにせんとな、あかんから」
「・・・うん」
「とりあえずお前には言っとこうと思って。お前のおかげやから」
「や・・・何も、してへんけどな・・・」
「ええねん、そんで」

そう言って柔らかく笑う大倉の顔をぼんやりと見つめながら、丸山は思った。
大倉は強くて、でも当然のように弱い部分もあって、それでもなお強くあろうとしていて。
今前に進もうとしている。
けれど自分はどうだ?

そんな大倉に惹かれた。
そんな彼に半ば憧れていたのかもしれない。
丸山は自分の弱さが怖かった。
誰かに必要として欲しかった。

ただ想うだけなら許されると思っていた。
あわよくば想いが報われたならば幸福だと思っていた。
弱さを盾にした都合の良いことばかり。

大倉はもう前を向こうとしているのに。
無理をしてでも、その未来のために頑張ろうとしているのに。
丸山は自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
そんな風に笑って自分の気持ちと決別しようとしている大倉を前にして、貼り付けた笑顔の裏で、それでも思ってしまった。


ほんでも、俺の方向いてはくれへんよな?











それから一週間くらい経った頃だっただろうか。
その日も夕方からの撮影と取材が終わって控え室に戻ろうとした丸山は、向こうから歩いてくる人物を目にして思わず足を止めた。

「裕さん・・・?」

小さく呟かれた程度のそれは聞こえなかったのか、横山は気付かない。
心なしか俯いているせいで視界にも映っていないようだ。
未だ撮影時の衣装のままで、どこかおぼつかない足取りは何となく危なっかしい。
体調でも悪いんだろうか。
丸山は少し心配になって駆け寄った。

「裕さん?どうかしたんですか?」
「あ・・・マル・・・」

横山は丸山に気付くとハッと顔を上げる。
そこで異変に気付いた。
その白い顔が不自然なくらいに紅潮していて、目元が少しだけ潤んでいて、よくよく見てみれば衣装の胸元が不自然に開いている。
撮影時には綺麗にセットされていたはずの薄金茶のサラサラした髪も乱れてしまっていた。

「ゆう、さん・・・?」

丸山は普段鈍感なのにこんな時ばかり気がついてしまう自分が内心恨めしかった。
自分以外のメンバーで先に撮影を終えたのは、今の時点では横山と大倉だけだ。
今控え室にいるのはその二人だけ。
そして今控え室の方からやってきた、目の前の横山の状況。

「おおくら・・・?」

その名を呟くことしか出来なかった。
けれども横山にはそれで十分だったようで、一瞬顔を強ばらせると、丸山の顔をじっと窺うように見る。
お前はどこまで知っているのかと、それを慎重に探るように。
そしてその表情で丸山は確信を得た。

「裕さん、大倉・・・大倉・・・言うたんですか・・・?」

大倉は一週間前のあの日、丸山に向かって言った。
穏やかに笑いながら言った。
諦めると、そう言った。
けれどもその言葉は儚くも反故されたのだ。

しかも目の前の横山の様子は尋常ではない。
ただ口で想いを告げられただけなどとは到底思えないその姿は。
丸山にとっては想像したくもない、けれど、きっと何かの拍子で弾けてしまったであろう大倉の想いの結果。
それはきっと丸山が思う以上に、そして本人が思う以上に、強すぎて。
それ故に横山を半ば怯えさせる程の方法をとらせてしまったのだろう。

「裕さん・・・大丈夫、ですか?」

丸山は自分こそ大丈夫ではない様子でそんなことを訊いた。
それに何とか自分を落ち着けるように小さく頷きながら、横山はいそいそと胸元を締めて深呼吸する。
白い頬が紅潮した様が色鮮やかで、丸山は思わず目を細める。
その姿はあからさまに控え室で何が起きたのかを物語っていて。
可哀相で、同時に憎らしくもあった。
そしてそう思ってしまった自分にまた自己嫌悪を抱いた。

「・・・マル、ええか、おまえ、誰にも言うなよ」

横山は必死に自分を落ち着けるようにしながら、低く押さえ込んだ声で言う。
それはきっと自分のためというよりか大倉のためだろう。
大倉が自分にしようとしたこと、それを他のメンバーが知ったりしたら否が応でもグループ内に不和が生じる。
誰よりグループを愛している横山がそんなことをさせるはずがない。
そういう人だということは丸山とて判っている。
そんな人だからこそ大倉も好きになったのだ。

「・・・裕さん、訊いてもええですか」
「なんや・・・」
「断ったんですか?」
「・・・」

横山は答えない。
ただ苦しそうに眉根をぎゅっと寄せて視線を落としただけだった。
普段自分をからかってばかりの、けれど本当はとても仲間思いで優しい先輩。
自分は一体なんて酷い言葉を吐いているんだろうと、丸山はどこか遠くで思った。
それは仕方のないことなのに。

大倉は苦しい程に横山に恋をして、けれどもなんとか諦めようと思って、それでも結局諦めきれなかった。
だから結局一番最悪の形でその想いを吐露してしまった。
けれど横山には応えられない。応えられるはずがない。
どれだけ大倉を大事に思ってはいても、それでも横山には錦戸がいるからだ。
理由はそれだけだ。それ以外にはいらない。
そんなにも単純な話なのに、どうして大倉も自分も、こんなにも醜く足掻いてしまうのか。

諦められないのは自分も同じだ。
大倉が横山を結局諦めきれなかったように、丸山も大倉を諦められない。
あの聡く心優しい男が、そんな酷いことを衝動的にしようとしてしまう程に恋い慕ったこの目の前の人が、羨ましくて妬ましくて堪らない。
丸山はそこから目を逸らすようにその横を通りすぎようとする。
そして今大倉が一人でいるであろう控え室に向かおうとした。
けれど咄嗟に横山に腕を掴まれてしまう。

「待てっ、マル・・・」
「・・・なんです?」
「今、いくな・・・」
「なんで・・・?」
「頼む、いかんでやってくれ・・・」

泣きそうな顔で懇願するように言う。
そんな横山を見るのは初めてで、丸山は否が応でも思い知らされる。
どれだけのことがあったのか。
そして今大倉はどれだけの状態になっているのか。

「裕さん離して。大倉のとこ、いかな」
「あかん。頼むから、今はそっとしといてやって」
「大倉、は?大倉・・・」
「・・・一人にしてやってくれ。あいつのこと思うんなら、たのむ・・・」
「大倉どしたん?大倉、大倉・・・おおくら・・・っ」

丸山がその名を呟く度に横山の表情は苦しさを増す。
仕方のないことだ。
けれども大倉の腕を振り払って口にした拒絶の言葉を思うと、傷つけた自覚があるからこそ、横山は丸山の口にするその名を聞く度に責められているような気になってしまう。

「ごめん・・・」
「裕さんはなして・・・おねがい、大倉んとこ、いかせて・・・」
「ごめん、ごめん、たのむから、今は、」
「いやや、あいつんとこ行かせてやっ・・・」

思わず力ずくで横山の手を振り払おうとする。

「ごめん、たのむからっ、・・・・・・泣いとるとこなんか、見んでやって・・・」

そう言う横山の顔こそ今にも泣きそうだった。
その言葉に、その表情に、丸山はぴたりと動きを止める。

「なん、で・・・?」

その言葉が何に向けられてのものか、丸山自身よく判らなかった。

なんで大倉は横山を諦められないのか。
なんで横山は大倉を受け入れてはくれないのか。
なんで自分は大倉を諦められないのか。
なんでみんな幸せになれないのか。

なんで、自分は、結局大倉のために何もしてやれないのか。
あの夜も。
そして今も。

好きだから支えになりたくて。
好きだから好きになってほしくて。

けれどどうしたって叶わない。

彼の想いが永遠に叶わぬように。
自分の想いも永遠に叶わない。

前を向こうとした彼の想いがそれでも叶わぬのなら。
前すら向けない自分の想いなど叶うはずもない。


「なんで、・・・なんで・・・・・・おおくらぁ・・・」

その場にぱたんと崩れ落ちるように膝をついてしまう。
泣いているであろうその元にも行けない。
自分は彼に届かない。


願うばかりで。
ただ願うばかりで。

願いは決して叶わない。










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(2006.1.4)






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