『俺ならね、あの人より幸せにできますよ?』
濡れた目元に口づけて、震える唇を愛撫して、疼く身体を抱きしめて。
そう囁いた言葉のなんと浅ましいことか。
けれどその言葉によって開かれた白い身体からは、むせ返る程の甘ったるい匂いがした。
君が振りむくならどんな嘘でもつこう
まるで食事をしているようだといつも思う。
さしずめ白いシーツが皿で、その上で喘ぎ身を捩る身体はメインディッシュ。
もうそろそろデザートの頃合かもしれない。
触れると妙に柔らかく滑らかな白い肌は美味しそうに染まっているから。
既に抵抗する力もない程にその身体の隅々まで熱で犯されて、ただ切れ長の瞳だけが潤んで瞬きを繰り返す。
揺さぶれば揺さぶっただけ、まるで波に攫われるようになだらかなラインがシーツを泳ぐ。
荒い吐息が戦慄く真っ赤な唇からこぼれては湿った空気に溶ける。
委ねられる熱を湛えた身体全てがまるで酔ったように乱れる。
「横山くん、変わってるわ」
「・・・あ?なんか、言うたか」
「うん、言うた。酷い方がええとか、マゾなん?」
「うっさい、ぼけ。だれが言うた、そんなん」
「身体が言うてる。酷くした方がええ感じやもん」
「大倉の、くせに、なまいき言うな・・・」
「ほんま、変わってる」
「・・・ッ、ん・・っく」
シーツにその身体を押し付けて、後ろから抱き込むようにして突き上げてみる。
すると腕の中で一際大きく震えた身体が熱を持って手に吸い付くような錯覚を覚えた。
この体勢はやりやすいけど顔が見えないのが難点で、なんとかその表情を見ようと抱き込みながら後ろから覗き込む。
半分くらい見えたその顔は身体のどこよりも鮮やかに染まっていた。
それは半分浮かされたようで、酔わされたようで、そのくせ妙に無垢でもあって。
まるで恋するみたいな。
恋するその人はここにはいないのに。
その相手は俺じゃないのに。
そんな綺麗なものを夢見る瞳でいたって、ここにはそんなものは欠片もない。
ここにあるのは生ぐさいまでの交わりだけで。
言ってしまえば食事の延長線上に性交があるようなもの。
それはその淫らなまでの白い身体にはお似合いなようでいて、そのくせいっそ生きづらいまでの稚い心には不釣合いだ。
欲望にまみれさせたこの両腕すら哀れみを覚えてしまう程に。
だけど選んだのはそっちだ。
あんな安っぽい嘘に騙されて。
美しくも脆い恋心に傷つけられた身体を俺の前に晒してしまった。
その姿は俺がきつく鍵を閉めていた心の扉を乱暴に叩いて、そこに閉じ込められていた恋のケモノを解放してしまった。
選んだのはそっちだ。
解放したのはそっちだ。
嘘をついたのはこっちだ。
騙したのはこっちだ。
本当は、ずっとずっと見ていたんです、なんて。
そんな小さな呟きは、もうケモノの咆哮に遮られて聞こえやしない。
「はぁ、・・っお、くら・・・」
「ん?なに?」
「おまえ、俺がいったんやから、はよ、いけよ・・・」
「ゆうちん早いわ」
「うっさい、おまえが遅いねん・・・っん、も、くるし・・・」
「まだいやや」
「おまえ、な・・・」
「もうちょい」
「この、・・ッん、しんど・・・」
「しんどいって・・・。そっちこそ萎えること言うのやめてや」
「ちょ、ンー・・ッ」
「もうちょい、ね?」
すでに膝立ちしたままの下半身を白く濡らすその身体をそれでも離さず、しつこく熱を与え続ける。
この熱がその全てを満たしたらその時は、もしかしたら全部塗り潰せるだろうか、そんなことを思って。
その美しくも脆く、そのくせいつまで経っても消えない恋心。
酷くすると感じるのは、何もマゾだからってわけじゃない。
酷くした方が喜ぶのは、あの人が優しいからだ。
こんな生ぐさいだけで睦言の欠片もない行為を望んで繰り返すのは、あの人の存在がこの人にとっては夢見るように綺麗で神聖なものだからだ。
今でもそんな幻みたいな恋心を捨てきれないから、俺にはその逆を望む。
逆を望んで、そのくせあんな嘘に騙されて。
綺麗だけど愚かな人。
「はぁ、はぁ、もー・・・げんかい」
「横山くん体力落ちたなぁ」
依然として後ろから抱き込んだ体勢で、耳元に呟く。
そんな声音にすら僅かに肩を震わせつつも返されるのは、特に可愛げもない言葉。
「おま、歳かんがえろや・・・いくつちゃうと思ってんねん・・・」
「俺、若いから」
「さらっと言いよって腹立つな・・・」
「・・・ほんなら、やっぱ同い年がええんとちゃいます?」
「・・・」
本当にしんどいのか、もう上半身をシーツに預けてしまたような状態で俯きがちでいるから、その表情はわからない。
ただ俺の言葉にまた小さく肩が反応して、その手がシーツをきつく握る。
息をするのに忙しいだけじゃないその沈黙。
荒い息の中に苦しげな何かが混ざる。
「横山くん?」
「・・・」
何も言わない。何も返さない。
息をするのも苦しいみたいに小さく喘いで、このままじゃその内呼吸困難で死んでしまうんじゃないか。
でもキスはしない。できない。
所詮空気なんて与えられないことはわかっているから。
でも、それでも、嘘をついた。
「ねぇ、横山くん」
「・・・なん」
「俺がね、幸せにしてあげますから」
「・・・」
荒い息が段々と落ち着いていくのがわかる。
だけどそれでも返ってくる言葉はない。
ただ身体が委ねられるだけ。
そのままカクンとシーツに落ちる上半身。
それを後ろから抱きとめて、上から覆いかぶさるように抱きしめる。
「ねぇ、あの人より幸せにしてあげるから」
あの時嘘をついた。
そして今もなお嘘をつく。
その美しく脆い恋心は、どれだけその身を傷つけようとも消えることはない。
この人自身が消したくないと思っているから消えない。
この人にとっての幸せなんてものはここにはない。ありはしない。
ただあの優しさを忘れられる逆のものを求めただけ。
本当は俺に幸せにして欲しいなんて思ってないくせに。
何故この嘘に騙された?
でもそうしてこの嘘に騙されたから、俺は嘘をつき続ける。
幸せになんてできないって、あの人以外に何人たりともそんなことはできないって、わかってたのに。
それでも嘘をつき続けるのは、ケモノが出てきた代わりに心の扉の奥に閉じ込められてしまった、この最後の捨てきれない想いのせい。
嘘とはつまり、願望だ。
「・・・・・・しんど、ほんま」
「さっきからそればっかや」
「・・・ほんまに、幸せに、してくれんねやったら、」
「ん・・・?」
後ろから抱きしめたまま。
いつもそうだ。まさに獣じみた格好。
その揺れる色素の薄い髪と、それが触れる白いうなじと、そこからなだらかに続く上下する背中に唇を寄せたら、なんだかまた甘ったるい匂いがした。
「もう、おまえは、離れへんよなぁ・・・」
その言葉すらなんだか頭の奥に妙に甘ったるく響く。
少しずつ落ち着いてきた、それでもまだ少し乱れた息の合間に呟かれたそれ。
まるでケモノを手懐けるエサみたいなそれ。
交尾みたいなこの体勢じゃその表情は見えない。
ただ白が染まる様を、乱れる様を、思う様見せ付けられるだけ。
それを再び両腕で抱きしめて、耳元で囁く。嘘をつく。
あの人よりも幸せにしてあげるからと、嘘をつく。
それに返される言葉はない。
けれどただ委ねられる身体。
言葉はない。
もしかしたらその上下する白い背中が何よりも、何かを語っているのかもしれない。
もう離すことなんてできやしない。
じゃあ、本当に騙されたのはどっちだ?
END
本当は別のカプでやろうと思っていた「狼」。
でもなんかさぁ書こうという時になってはたとしたわけです。
あれ、これ倉横の方が合う?みたいな。そしてあっさり変更。
しかしまた問題作だなーこれ。実は横山裕の方が問題であります先生。
あっでもこれまさか大倉誕祝いとかじゃないよ!ないよ!まさか!(ありえないからそんな)
(2006.5.17)
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