I'm yours
ある夜、俺の部屋で何気なくラジオを聴いていた時だった。
横山くんと村上くんの生番組。
ベッドの上、俺をぬいぐるみか何かみたいに後ろから抱き込んだ体勢で大倉がぼそりと呟いた。
「ふーん・・・」
「なに?」
「そうなんや」
「せやから、なに?」
「笑顔が好きなんや」
「は?・・・ああ、今の子か」
それはちょうど今電波向こうの横山くんと村上くんが相手をしている電話の相手。
14歳。中学2年生の女の子。少し高めの声で、緊張しているのかたまに声が上擦っていて初々しい。
もはや恒例となっているのか、誰のファンかと訊かれたその子が答えたのは俺の名で。
横山くんが「珍しい子やなー」なんて失礼なことを言ったかと思えば。
今度は村上くんが「そんなこと言いなや。ヤスはええ子やで」なんてちょっと照れるようなことを言う。
更に村上くんの「ヤスのどこが好き?」って問いかけに、
その子は少しはにかんだような、電波上だけでも判るその女の子特有の可愛らしい様子を垣間見せながら言ったんだ。
『安田くんの笑顔が好きです。可愛いくて優しいから』
純粋に嬉しかった。
グループに8人もいる中で他でもない自分に、そんなことを言ってくれる子がいるってこと。
ファンってありがたいなぁ、なんて。
単純だけど確かにそう思っていたっていうのに。
この後ろのでかい男ときたら。
「ありがちー」
「お前なぁ、そういうこと言うなや。折角言うてくれてんのに」
俺の肩に顔を載せ、至極つまらそうにそんなことを言ってのける。
もはやラジオを聴いていること自体に飽きたみたいな勢いで。
しかもなに、その眠そうな声。いつもだけど。いつも以上やし。
眠かったら寝ればいいのに、さっきから俺を抱き込んだままで動きゃしない。
そのくせあくびなんかしてる。
俺は抱き枕とちゃうで。
「やって笑顔が好きーてさ。だいたいみんな言うで?」
「もー。ええやんか。そんなんいちいち言わんで」
頬に当たる黒髪がくすぐったくて、小さく身を捩るけれどままならない。
大倉は俺のそんな様子を見ても依然として抱きしめてくるだけで。
同じようなことを言うだけで。
「誰でもとりあえず褒められるんが笑顔やろ。やってだいたいみんな笑顔は普通よりええもんやし」
「うるっさいなぁ、もーええ言うとるやろっ。なんやねんな。感じ悪いでたっちょん」
いい加減しつこい、と。
振り返って一言ガツンと言ってやろうと思ったのに。
大倉はさっき以上に深く俺の肩に顔を埋め、腕には力を込め。
俺に振り返ることをさせてくれなかった。
肩口から聞こえるくぐもった声。
「・・・俺、お前の笑った顔キライ」
キライ。
それは単純に一つの言葉の響きとして俺の耳に届いて。
そこからじわりと胸の奥にも伝わって。
一瞬理解出来なかったけど、確かに何かがズキンとした。
むかつくとか怒るとか以前にショックだった。
「そ・・・なんや・・・」
「・・・キライやってん。ずっと」
更に続く、くぐもった声。
俺の身体を抱きしめるその手が片方だけ離れ、俺の唇にするりと伸びてくる。
柔らかく撫でられる優しい感触。
意識を否が応でも引き付けられるような。
少しだけ許しを請うような。
「過去形、やから。怒らんといてな」
「・・・・・・付け足すの遅すぎや」
「あーごめん」
「ビビったし・・・」
「ショックやった?」
「・・・当たり前やん。ひどい奴」
「ごめんな?」
「もーええし・・・」
ええけど、唇撫でるんやめて。
変な気になる。
長い指が妙に優しく唇を滑って、柔く擦れるような感じ。
俺がそれにほだされるのを判ってやっているのだとしたら、こいつは言ったように本当にひどい男だと思うけど。
たぶん無意識というか・・・本能みたいなものなんだろうから。
ある意味余計タチが悪いとも言えた。
でもそんなんで誤魔化されてる場合じゃない。誤魔化されてなんかやらない。
「・・・過去形でもなんでも、嫌いやったんやろ?」
「あー・・・なんちゅーか、会った時から思っててんやんか」
「なに・・・?」
「この人は何をそんなに焦ってんねやろーって」
ぼんやりと何かを思い出すような調子。
何でもないような口調だったけど、その言葉で少し判ってしまった。
大倉が俺を一体どう思っていたのか。
そこに思い出されているであろう自分がどんなものか何となくだけど判ってしまった。
だって自分でも自覚していたんだから。
周りに何とか認めて貰いたくて、でも一体何をどう認めて貰うのかすら明確には判らなくて、ただ空廻っていた自分。
「事務所入りたての頃なんて、正直むかつくこととかつまらん仕事とか沢山あったけど。
やっさんはいっつも一生懸命で。周りからもそう言われとって」
そうだ。だって負けたくなかった。
やるからには一番になりたかった。
すぐにそれは厳しいことだと、他の才能溢れる人間たちを見て思ったけど。
それでも諦めるなんてしたくなかったから。
「先輩とか同期の連中からも努力家の安田って、散々言われとったやんな」
努力は嫌いじゃない。
むしろそれをすることで、自分を確立出来る気がして。
少しでも自分が磨かれる気がして。
人間として大きくなれる気がしたから。
「俺、純粋に尊敬したわ。でもせやから逆に嫌やってん」
もう一度振り向こうとした。
今度はゆっくりと。
けれどやはり、今度もそれはままならなかった。
くぐもった声は俺の身体に直接響くように伝わってきた。
「人一倍頑張っとる分、きついこと沢山あるのなんて当たり前やんか。
・・・なのになんで、そない無理して笑うんやろって」
俺の唇を撫でていた手がするりと俺の腰に戻ってきて。
指先から力を込めて抱きしめられた。
「お前の笑顔、痛かった」
そんな風に掠れた声を出されても。
昔の俺にどんな想いを馳せられても。
今となってはどうしようもないこと。
「・・・しらんよ」
「ヤス?」
「そんなん・・・自分じゃ判らんかったもん・・・」
必死で。
あの頃はただただ必死で。
あの世界では「何でも出来る奴」なんて、逆に何も出来ないのと変わらない。
器用貧乏、なんて言葉を初めて実感した。
けれど俺はそれでもそこにいたかったから。
そのために余計な痛みなんて、全部封じ込めてしまわなければいけなかった。
周りに気付かせるわけにはいかなかった。
自分の弱さなんて、大嫌いだ。
「・・・単なる強がりやん」
「そうかもしれへんね」
「アホやでジブン」
「あの頃はああしかできんかったんよ」
「頑固やしな」
「・・・ああでなきゃ、やってけへんかったんよ」
笑わなきゃ、立っていることすら出来ない世界だった。
走り続けなければ置いていかれてしまうような世界だった。
それでもそういう世界を選んだのは自分だったから。
逃げたくなかったんだ。
「俺な、せやから正直最初やっさん苦手やってん。ええ人やけどーって」
「結構傷つくわそれ・・・」
「でも最初なんてそんなもんやろ」
「まぁ俺もお前のこと、なんややる気なさそうな奴やなーて思ったけど」
「せやろ?」
でもお前は最初からそうやってマイペースで自然体だった。
本当はやる気がないわけじゃなく、自分の目標のためにやることはやっていて。
変にガツガツすることなく、見えない裏側でちゃんと努力してる。
そんなお前が羨ましくもあった。
「でもな、今はちゃうで」
不意にうなじら辺の髪をかきあげられて。
首筋に押し当てられた柔らかな感触。
その熱に小さく息を飲み、それからゆっくり吐き出す。
その吐息は少しだけ熱かったような気がする。
「・・・今の笑顔はスキ」
「さっき、キライて言うたやん・・・」
「せやから過去形やて言うたやろ」
「調子ええわ・・・」
「やってほんまやもん」
首筋を撫でるようにして触れていたその薄い唇が、今度はふと耳朶に移る。
「っ・・・」
舌先で軽く舐めてから、唇で食むように。
更には小さく甘噛みされた。
歯がやんわりと当たる感触に甘い痺れが走る。
「なんかな・・・変わった」
「なに・・・が、」
「やっさんの笑い方。昔と変わった」
耳朶に押し当てられていた唇が僅かに動いた気がする。
恐らくはその端が小さく上がったから。
「何が、とはうまく言えへんのやけど。・・・見とって痛くなくなった」
「なんやのそれ・・・」
「ようわからんけど」
「そんなん、俺にもわからんわ」
・・・ううん、半分嘘。
何が変わったのかなんて、俺にだって確かによく判らないけれど。
何故変わったのかは判る。それしかないから判る。
「たっちょん・・・」
「ん?」
「意外とよう見とるなぁ、ジブン」
「・・・んー、俺もそん時はようわからんかってんけど、今思うとあれが恋ってやつやったんやなーって」
「恋なぁ・・・」
「恋やねぇ・・・」
「よう見られてんのは知ってたけど」
「あー、やっぱり?」
俺、そういうの隠すんとか苦手やねん。
そんな風に苦笑して。
ちゅ、って誤魔化すみたいに耳朶の裏にキスされた。
そう。
知っていた。
見られていること、知っていた。
その視線の類がどういうものかも、何となく。
俺の笑う顔が言う通りもしも変わったとすれば。
それはお前の視線のせいだよ。
なんでそんなに無理してんの?って。
もっと普通でええやんか、って。
言葉にするわけでもないくせに・・・いや、言葉じゃきっと俺は聞けなかった。
だからこそその視線は如実にそう言っていた。
それと同時、笑っていなくてもいい、ただ寄りかかってもいい場所を与えてくれた。
時にはその隣に、時にはその背中に、結局はその腕の中に。
「今の笑顔はなー、かわええからスキ」
ただ純粋に、妙に嬉しそうに。
そう囁かれたのは他でもない、さっきから散々触れられる耳元で。
否が応でも鼓動は速くなる。
頬も熱くなる。
頭はそれを誤魔化すことでいっぱいになる。
「・・・それやとさっきのファンの子と変わらへんよ」
「俺の年季と一緒にせんで」
「ファンの子に張り合うなや」
「なに言うてんねん。俺、安田章大のファン第一号やねんからな」
「・・・なにそれ」
たぶんゆるりと上がった唇の端。
それがまた、ちゅっと小さく押し当てられた。
今度は少し顎掴んでを引き寄せられた、頬に。
「安田章大がどんだけ頑張ってきたか。一番近くで一番見てんねんから、言ってもええやろ?」
「・・・たっちょん、たっちょん」
「うん?」
「それ、殺し文句なん?」
「・・・なんでそう思うん?」
「・・・何となく。今死にそうやから」
「なら、そうかも。お前にならいくらでも言ったるで」
「遠慮する」
「つれへんなぁ」
これ以上言われたら、本当に死んでしまう。
その言葉の、その指先の、その唇の。
その熱に融かされて死んでしまう。
でもそれはきっと、あの視線の熱に当てられた時から何となく予感していたこと。
思えばあの熱に触れた瞬間から、俺は変わった気がする。
笑顔なんて本当は自然と浮かぶものなんだって、当たり前のように教えてくれた人。
なぁ大倉。
きっと知らないだろうけど。
全部お前が作ったもんなんだよ。
お前が好きやって、かわええって、そう言ってくれるものたちみんな。
知らなくたっていいけれど。
知られたらもう俺はどうにかなってしまいそうだけれど。
「おおくら」
甘えた声。
自分でもちょっと恥ずかしくなってしまうくらい。
腰に廻る手に自分のものをきゅっと重ねて。
後ろから抱きしめられた体勢だから、これ以上どうしたらいいのか判らずに。
ただ少しだけ俯いて、もう一度呼ぶ。
「・・・おおくら」
そうしたら、両腕で身体を軽々と持ち上げられて。
身体が反転する。
ふわりと膝の上に降ろされたかと思うと、真正面にあるその顔がやんわりと笑んでいて。
・・・ああ、言い忘れていた。
俺もお前の笑顔が好きだって。
けれどそれを口にする前に、唇を塞がれた。
軽いものと深いもの、まぜこぜになったくちづけ。
そこからじわりじわりと身体中に広がっていく熱。
それらに犯されて、ついには目頭さえも熱くなってしまう。
「章大」って、小さく呼ばれて。
そこで吐息混じりで囁かれた言葉にも、俺はただ僅かに頷くばかりだった。
言葉はいらない。
だって頷けばそれで事足りる。
今更言われるまでもない。
『笑うのも泣くのも、俺の前でが一番かわええよ』
全部、お前のものなんだから。
END
なにこの倉安。
・・・という具合に色々と変化し続けるうちの倉安。
いやもー最近のあの子らを見てるとこう・・・こういう感じに見えてきた・・・(たぶん病気)。
大倉さんてば可愛い上にやっぱり男前だよね(大倉忠義ときめき月間継続中の模様)。
安田さんは結構空回り気味なとこがあるよねっていう。そこがまた可愛いんだけど。
色々とねつ造しすぎですいません。
でも安田さんの乙女だったり男前だったりの微妙なさじ加減を目指したい。
(2005.3.26)
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